今夜、一人の女優が封印した悲しき過去をひもとく。
私たちは捨てられたの。
だから私は好きでもない仕事をしてるの!
アメリカ兵だった父に捨てられ、母一人娘一人の極貧生活。
あんたんちって貧乏なんだね。
しかし、頼みの母は。
お酒、サイコー。
一人待つ娘を尻目に、酒に浸る。
なんで帰ってきちゃったん。
きょうから私、この人と暮らすから。
おう!お嬢ちゃん、世話になるよ。
かわいいね。
年は?
年下男を連れ込み、その果てに。
あんたなんか、生むんじゃなかったわ!
そして。
50年もの確執の末、母は今。
認知症に。
母と娘に一体何があったのか。
その悲しき宿命とは。
相談したい芸能人第1位、北斗晶の実家の畑に、あのお騒がせ女がやって来た。
女子プロゴルファー、古閑美保。
最終的にいくら稼いだの?
5億ですね。
5億?
女ってリミットあるじゃないですか。
あ!やばい、子ども産めないかもってなったら、なんかどっかもらおうかな、精子みたいな。
もらおうかな?
なんかアメリカでも行って。
賞金女王にも輝いた古閑は、そのセレブぶりや、強気な言動、時には、恋多き女として報道されることもある、お騒がせなアスリート。
しかし、今夜。
今まで、4人の人とおつきあいしたんですけど、4人とも全員ふられています。
まじか?
はい。
逃げられるの?
大体基本的に。
何が原因なんだろうな?それな。
重いんですよ、私が。
カメラの前で初めて見せた、リアルな素顔とは。
そして。
いた!いっぱい。
そうそうそう。
今が旬、農場のとれたて野菜が。
ほーら。
ヘルシーな3品の絶品料理に生まれ変わる。
おいしそう!
今夜も北斗の実家の農場で、芸能人が土に触れながら、自分を見つめ直す。
お願いします。
お願いします。
ずいぶん、きれいな格好してきたね。
そうですか?一応、動ける格好で来たんですけど。
新しい靴とか、金持ってんだろ?そんなきれいな靴履いてて。
長靴は?
長靴は、履いてこようとは思ってました。
思ったんだけど?
貸してください。
貸してくださいって、畑仕事するんだぜ、今から。
きょうはね…。
農作業開始。
いんげん。
いんげん?
これ、いんげんなんだよ。
あっ、これいんげんなんですか?
これ、いんげん、いんげん。
きれいな色。
スーパーで買い物とかしたことある?
ありますよ。
ある?
私、料理しますもん。
料理すんの?いんげん買ったことある?
いんげんあります。
150円ぐらいですね。
ばっかだねぇ、今、10本ぐらいで300円すんだよ。
えー!
買ってねぇじゃねえかよ。
高い!
早速、いんげんの収穫を開始。
1本の苗の所にこんだけあんだぜ、よく見るとな。
あっ、いた!いっぱい。
うん、そうそうそう。
うれしいだろ?いっぱいのとこ見つけると。
うれしい。
これはね、取れたてのいんげんは、最高だよ。
いんげんだってさ、ゆがいて食べるけど、こういう小さいやつなんか、本当、うん、甘い。
へぇ。
うーん。
いんげんの本当の味。
ゆがいたほうがいい、私はね。
何、お嬢様みたいなこと言ってんだ。
わー!びっくりした!
カマキリ。
いんげんかと思ったじゃないですか。
ここで北斗が何かを発見。
なんだ、あれは?
あれ、うちの犬です。
もれなくついてきたんか。
ピクニックじゃねぇかよ。
なんと、きょうの撮影に愛犬を連れてきた古閑。
これは早速、北斗の雷が落ちるのかと、期待したスタッフだったが。
おいでー。
おいでー。
おいでおいで、あららら。
よかったね。
やったー。
もうこれできないから、東京じゃ。
ちょい、ちょい。
きれいにしてんな、私よりきれいにしてんじゃねえかよ、犬がよ。
引退早かった?今いくつ?
今、32です。
32歳で、引退いくつでした?早かったよね?
29歳の年だったと思います。
引退までがっぽり稼いだだろうよ。
だって、なんかテレビでよく言ってない?すっげぇ金持ってるって。
いや、お金は…、まあ、持ってる持ってないって言ったら、持ってるかもしれない。
持ってんじゃねえか。
でも最終的にいくら稼いだの?
生涯獲得は5億とか。
賞金だけは。
5億!
でも、税金がそれの半分以上ですからね。
それで、熊本の実家に、土地買って、家を建てたんです。
どうでもいいけど、なんで手動かさない?なんで手を動かさないんだよ。
わー!もうカマキリがおった!今。
どこ?
ここに。
続いて北斗が案内したのは、オクラの畑。
ここで、古閑の恋愛事情について、根掘り葉掘り。
彼氏いるの?
今、いないです。
今いねぇのか。
うわさになってたな、なんかな?
うわさね。
世間を騒がしてたな。
あれはちがかったの?
うーん、仲いい友達。
ともだ、ともだ、友達で終わっちゃったか。
だから、飲みに行くので。
なんていうかな、飲んでる席ですごい友達になっちゃうんですよね。
でもいない時期のほうが少ないですけど。
じゃあ結婚は?結婚。
結婚は、すごい好きな人がいたら、結婚したいし。
その人の子どもも欲しいです。
子どもが欲しいという古閑。
その意外な本音を語りだす。
結構ほら、女ってリミットあるじゃないですか。
そのときになって、あ、やばい、子ども生めないかもってなったら、なんかどっかもらおうかな、なんか、精子みたいなの。
もらおうかな?
なんかアメリカでも行って。
でも、それは金があるから、そういう選択肢もできるんだよ。
考えちゃいます。
収入がないと、それはできないもんな、やっぱり、思うもん。
だからやっぱり、賞金は、いまだに使いたくないから、こうやって頑張ってるんです。
そのとき!
あっ、おっこっちゃった。
おっこっちゃったよ。
わー!ナナちゃん!うそー!
びっくりした、ナナちゃん。
落ちると思わなかった、びっくりした。
ちょっと、すみません。
お前、助けてくれた人の顔、覚えとけよ。
この日、収穫したのは、いんげん、オクラ、長ネギ、そして大葉。
じゃあ、これ、持っていって、料理するか。
はい、します。
あっ、乾きましたね、ナナちゃん。
全然、もう。
ということで、取れたての野菜を調理。
今回は大葉、いんげん、オクラをメインに使って、3品の料理を作るという北斗。
料理は好きです。
作ってあげるのが好きです。
作ってあげるのが。
前の彼氏?
前の彼っていうか、好きな人ですね。
好きな人にはやっぱ、作ってあげたい。
1品目は、取れたての大葉を練り込んだ手作りうどん。
じゃあ、これを、この中に入れて、みじんにしたやつを。
入れます。
入れて。
これでスプーン1杯分の、小さじ1杯分の塩を、この水の中に入れてくれる?うん?
えっ?
水って。
今から取るな。
それ、水を少しずつ入れながら、混ぜて混ぜて、混ぜて、混ぜて。
何をつくんの?いつも。
得意なものは何?
得意なものはハンバーグとか、あとから揚げとか。
あと、ぜんぜん嫌みじゃないんですけど、おいしいものをやっぱ、結構食べてるので。
それね、そう、だからね、世間の旦那にいつも言ってるの、うまいものね、うちの女房の料理はまずいとかって言う人いるんだよ、いつも同じものばかり出すとかって文句言ってる男、世間の男たちいるだろう、そういう人。
そういうね、女房にうまいものを食わせてなかったら、うまいもんなんか作れないの。
いや、絶対そうです。
これ本当。
だから、うまいものを女房に作ってもらいたかったら、うまいものを食わせろと。
食べさせればいいんです。
うどん生地を20分寝かせる間、次の料理の準備へ。
いい色だねぇ。
おいしそう。
2品目は、いんげんと高野豆腐のミルフィーユ。
薄くでいいんですか?あっ、すごい薄く?
せっかくだからさ、たっぷり入れようよ。
でもさ、ゴルフってさ、練習したりとかさ、すごいツアー回ったりとかしてさ、どうやって男性と知り合うわけ?
ほら、同じ仕事の人だったら理解もあるしとかさ、絶対思うじゃん、それ、そういうふうに。
理解はあるかもしれないですけど、そんな、なんか、そんな関係になったことはないです。
そんな関係、そこまで深いことは聞いてない。
今までどういう人とつきあってきたの?
今までは、まあ、普通の人。
普通の人?会社員とか?
そうですね。
あんまりつっこまないでくれって感じ?自分から告白するの?
いや、私、自分からは無理ですね。
言わないの?
はい、だからなんでもお酒の席がやっぱりきっかけなんですけど、飲みに行って、相手の人が、また飲みに行きませんかとかって誘ってくれて、で、何回も何回も誘われたら、あっ、ちょっと気があるのかなと思うじゃないですか、相手がね。
それで、あるのかなと思って、またそれでも何回も何回も誘われたら、こっちもちょっと、どんどんどんどん好きになるみたいな。
それがきっかけです。
またしゃべれでしょ。
それもあれだし、かき回してるだけだったら、だめなんだよ。
卵っていうのは、一回持ち上げたりとかしないと、くるくるくるくる回してるだけだったらなんにもまざんねぇんだよ。
しかしここから、お騒がせ女の意外な素顔が明らかになり始める。
向こうが一生懸命頑張ってくれたから、こっちも、やっと心を開いて、答えるのに、そこからがやっぱ一方通行すぎて。
なんか途中から、逆転して、逆転するのがすごい開いちゃうみたいな。
逃げられるの?
まあ大体、基本的に。
今まで4人の人とおつきあいしたんですけど、4人とも、全員ふられています。
まじか。
はい。
そんなに男が逃げるほど何をするの?
肉食女というイメージとはほど遠い、意外な行動とは。
相手の家に行って、×××たことがある。
そういうところが嫌がられるんだよ。
そして、取れたて野菜が大変身。
さらに。
かつて、国民的人気を博したエド・はるみは今、仕事激減。
そして。
あいさつする人を選んでて。
そういうのもあるんですか?
そんなふうにも言ってないですし、一斉にネット記事で、エド・はるみ、性格悪し、CAたちに大嫌われ、って書いてあったんですよ。
今まで4人の人とおつきあいしたんですけど、4人とも全員ふられてます。
まじか。
ちょっと冷たい感じに、反対に見られてるんじゃねえの?
全然全然全然。
好きな人の前では、なんか、犬、犬、犬。
えっ?犬。
そんなに男が逃げるほど何をするのよ。
例えばさ、帰ってくるまでずっと待ってるとかさ。
待ってます。
私、自分の予定入れないです。
なんか買ってやっちゃったりとか。
買ってあげたりするのも好きですね。
バッグとかあげましたね、150万ぐらいするのあげたかも。
ころころって引っ張るやつ。
ばかじゃねぇの。
ばかなんですよ、私。
続いて、だしで煮た高野豆腐を半分に切り、容器に敷き詰め、味付けした鶏ひき肉と、ゆでたいんげんを交互に重ねていく。
そして話は、恋愛で毎回男性に逃げられるという、古閑の内面に。
何が原因なんだろうな?それなぁ。
重いんですよ、私が。
重い?
そう。
重い女、古閑美保。
今までの失敗を、赤裸々に語りだす。
これが嫌がられました。
相手の家に行って、勝手に掃除してたこと。
ああ。
嫌がられた。
これ、タッパーでできるからね。
料理は心ですからね。
そういうところが嫌がられるんだよ、いちいち、めんどくせぇ。
熊本県出身の古閑は、両親と妹の4人家族。
私、父親と比べちゃうんですよ。
比べるのがよくないって、ハウトゥ本とかにもよく書いてあるんですけれども、いまだに比べちゃうっていう。
そんな本読んでんのか。
そうそう、私ハウトゥ本、ありとあらゆるもの全部読んでます。
お父さんぐらい、裏切らない人が現れたら結婚したい。
でもね、ぽーんと現れるんだよ、あるとき。
ねえ、っていいますよね。
健介と私さ、出会ってさ、1か月で結婚した。
えー?
手、動かせ。
出会って1か月のときは、私まだ、なんか、ごはん行こうとか言われても断ったりしてますもん。
人を信じれないというか。
人を信じれない?なんでそんなになっちゃったんだろな、金稼ぎ過ぎちゃったのかな。
あっ、でも、うちのお父さんにちっちゃいときから言われてました。
なんて?
お前に楽しいことばっかり、やらせてくれる人は信じるなって言われてました。
いいね、それね。
嫌なことを言ったり、私が嫌いになるようなことを言うような人を信じろって言ってました。
すごいな、それはいいことだよね。
そうですね。
よし、じゃ煮るか。
はい、煮ましょう。
大葉を練り込んだうどんを、鍋の中へ入れて12分。
でも、おいしそうですよ、ちょっと太めだけど。
それを水で締めて、盛り付けたら、手打ちうどんの完成。
さらに、取れたてのオクラといんげんもそれぞれ別の料理になって、3品の料理が完成。
ほーら!
取れたて野菜はどんな絶品料理に仕上がったのか。
お母さん!
私の通帳を返して!
認知症の母を介護し続けた女優は。
返して!
その母に無情な裏切りを受けていた。
娘なんか、生まなければよかった。
母の日記につづられていたのは、娘へのばり雑言。
裏切り発覚のあと、
全部の料理が出来上がった。
わー!
ほーら。
きれいに出来た。
こちらが、北斗農場で取れたての野菜で作った3品。
大葉を練り込んだ風味豊かな手打ちうどん。
高野豆腐と鶏のひき肉、取れたてのいんげんを、ミルフィーユのように重ねた一品。
取れたてのオクラは今回、レンジで作れる茶碗蒸しに仕上げました。
いただきます。
どうだ?
ちょっとちゅるって感じではないですけど、コシがある!
味はおいしいよ。
これ、これも食べてみようよ。
頑張って敷き詰めたミルフィーユを。
あっさりしてておいしい。
うん、おいしい。
すっごいオクラだらけ。
そうですね、おいしそう。
うーん!これうま!やばい。
これ、お酒のあとにいい、食べると。
また酒の話か!
とここで、仕事に出ていた佐々木健介が帰宅。
一緒に食べながら、あの質問を。
どうやって1か月で結婚したんですか?
しつこかったんだよ。
1か月で、だって私も1か月しつこい人いましたよ。
出会えたときに、食事の席があって、俺の横に座ったのね。
そのときに、ぱっと見て、俺はあっ、俺の嫁さんになるなと思って。
本当にですか?
本当に。
人生で初めて。
ちょっとかわいかったの、こんな強く見えるけど。
かわいかった。
私の夢は渋谷を手をつないで歩きたいって、それが私の夢なんだって。
じゃあ行こうかって言って、2人で渋谷に行って手つないで。
で、1か月で結婚?
うん。
そこらへんから。
またおいで。
はい、またとか言って、私本当に来ますよ。
いいよ、いいよ。
俺だって、社交辞令好きじゃないから。
私も大嫌いなんですよ。
芸能人の人って、また行きましょうね、ごはん行きましょうねって、絶対誘って来ないですよね。
でね、行きましょうよって言われて、いつですか?って言ったら、なんとかですって言って、じゃ、LINE交換しましょうっていって交換はするんだけど、じゃ、いついつ行きませんかって言ったら、絶対断るでしょ。
その日は何々が入ってますとか、ことわるっていうことはそっちからまた、すみません、この前は。
いついつ空いてるんですけど、どうですかって来るのが筋でしょう。
二度と連絡ないです。
じゃあ、言うなよって思う。
面倒くせぇやつと友達だった。
絶対来ますから、本当に。
素直でかわいい方ですよね。
私初めて、彼女に会ったとき、くそ生意気そうな女だなっていう、なんかそんな女に見えたけど、全然イメージと違って。
そのあと、LINEを交換してくださいっていうふうに言われて、ラインを交換しました。
その夜に早速、いついつ空いてますか?って来たんですよ。
どう返したんですか?
それが、その日に2日間挙げてきた。
向こうが。
この日とこの日はどうですか?って。
本気ですね。
そうなんですよ。
その2日間、私仕事があるから、それを断るのがね、また社交辞令使ってって言われるんじゃないかと思って。
大変。
うわー、正直な方なんすね。
ストレートなんですよ。
今ここで出してる顔と、彼氏の前で見せる顔はたぶん全然違うと思うので、実際、彼の前だと、ちょっと重たいのかもしれないですね。
真麻もそうなの?彼の前だと、やっぱり今の真麻ではないわけ?
そうですね。
いや、彼氏の前で犬って言ってたのが、すごくよく分かります。
帰ってくると、もう玄関まで走って迎えに行って、尻尾振ってっていう感じですね。
真麻も重いの?
重たかったみたいですね、前の…からすると。
古閑さんはどうなの?岡村さん、独身。
でもなんか、仕事で1回お会いしたことありますけど、僕の顔見てずっと笑ってましたよ。
僕の顔を見て。
そんな。
いい人見つかったらね、いいですよね。
5億円持ってますよ。
2008年に、このギャグで大ブレーク。
翌年には、24時間テレビで、マラソンランナーにも選ばれ、国民的人気を博したエド・はるみ。
しかし、次の年からテレビ出演が激減。
さらに雑誌やネット記事では、その原因は本人にあると、バッシングが勃発。
あいさつする人を選んでる。
そういうのもあるんですか?
そんなふうにも言ってないですし、一斉にネット記事でエド・はるみ性格悪い、CAたちに大嫌われって、大嫌いって書かれたんです。
エド・はるみが今夜初めてその苦悩を告白。
さらに。
私もあんまりそういうネットとか見ないんだけど、まあ、たまにチェックするとさ、リカコの悪口とかいっていっぱい載ってたりするわけさ。
リカコもバッシングについて口を開いた。
よく言われるのは、家のことなんにもしてないとか。
子育てしてないんじゃないかとか。
この赤裸々な告白をもたらしたのは、世間から何かと誤解されがちな、こちらの芸能人たちの座談会だった。
子どもが大きくなったときに見たら、つらいなってすごく思う。
俺もちょっとある。
だから、辞めるべきなんだろうかというふうにも思う。
辞めるって何を辞めんの?
えっと、お仕事を。
えー!
すごい嫌なことがあったから、じゃあ、そんな思いしてまでしごとしてるいみないなとおもったしでも辞めたいなって思ってることもあります。
封印していた本音をテレビ初告白。
彼らは一体なぜ、誤解されてしまうのか。
その原因について、皆さんも一緒にご覧ください。
このなんか変な感じだよね。
本当、そうですね。
誤解されやすいって、だいぶ緩やかに言ってるけど、要は嫌われてるってことでしょ。
そう…。
そういうことだと思いますよ。
そうですって言っちゃうとあれだけど。
この手の企画で、俺と並ぶってやばいよ。
品川さんは、でもその象徴であって。
その象徴じゃねぇよ。
私も、なんか、批判的な意見はとても多いと思う。
だけど。
あっ、ありがとうございます。
ありがとうございます。
私がしゃべってたのにね。
こういうこと言うから嫌われる。
誤解されやすいのかな、そういうところがね。
まずは自分たちが誤解やバッシングされる理由について、どう思うのか。
私はね、とても怖がられますよね。
もちろん切れキャラってこともあると思うけれども、やっぱり私から出てくる何かが気に入らない人が多いっていうことなんだと思うんですよね。
やっぱね、ほかの女性芸人とは全然違うんですよ、青木って、なんか。
そうなんですか?
例えば太った女の子にデブとか言って、ちょっとやめてくださいよみたいな、きゃっきゃっきゃって盛り上がりました、で、終わったら、ありがとうございましたなんですよ。
青木は例えば、きょう、どうした?オレゴンから愛みたいな服着てきてみたいな。
もう本当にちょっとむかついてるでしょ。
むかついてるわけじゃないけど、品川さんに言われることじゃないなっていつも思ってるの。
きょうもどうでしょう、髪の毛、ちぎってきたんだろ?
違いますよ!やめてください。
これが…。
私、違うの。
私をコントロールされるっていうのが、ちょっと、待ってっていう、普通にそれにやっぱり勝てないから、やっぱりすごく勝てないから、見えない所でせめてかみつきたいっていう。
でも確かに青木さんの場合って、なんかこう、気軽に冗談とか、言い合えるような感じじゃなくて、なんかこう、お願いしますみたいな、気を遣っちゃってしまうというか、なんかそういうのある。
本当に女の人たちは、楽屋にあいさつに来ると、本当にもうなんか、子鹿のようにあいさつして来る人が多くて、たまに私よりも先輩の男の人の楽屋にいたりして、その女の子が来ると、おはようございますみたいな、あっ、こんな子だったの?みたいな。
青木は、世間から誤解されることで悩んでいるのか。
悩んだこと、例えばネットとかっていうのって、私は見ないんだけど、見たらね、誰でも何か書いてあるでしょ。
ずっと書いてあるでしょ。
それを、子どもが大きくなったときに見たら、つらいなって、すごく思う。
俺もちょっとある。
だから、辞めるべきなんだろうかっていうふうにも思う。
辞めるって何を辞めんの?
えっと、お仕事を。
えー?
でも、一番大事なのは、もう子どもだから。
それはそうですよ。
子どものために生きたい、子どものために、まっとうに生きたいというのが一番だから。
うん、それが一番かな。
今、現在、別に辞めたいっていうのは、ないでしょ?
えっ?
いやいや、ないけど、ないけれど、このバラエティっていうことに関して言うと、すごく好きだし、私も出身がバラエティだと思ってるし、尊敬もしてる。
けど、バラエティを説明するって子どもに対してすごく難しい。
難しいですね。
っていうのは正直あるし。
でも小さいうちにやっぱりバラエティ見せないでおこうかなっていう自分もいたりする。
分かる。
なんかそこの葛藤に、なんか、いつも悩みながら生活してるっていう感じ。
だから辞めようとは思わないけれど、その選択肢がないわけではない。
バラエティに関して言うと。
さらに。
よく言われるのは、家のことなんにもしてないとか。
本当は裏の顔があるんじゃないのみたいな感じで、書かれたり、言われたりするんで。
スタジオでは、バッシングを受けた芸能人たちが本音を告白。
リカコさん。
私、誤解だらけなんじゃない?ねぇ?うんじゃない。
いやいやいや。
そこはまあ、見たとおりなんだよね。
そうですよね。
よく言われるのは、家のことなんにもしてないとか。
子育てしてないんじゃないかとか。
そういうこと?
そのギャップが結構、ギャップというか、世間的にはなんかそういうふうに思われてるみたい。
見た目がやっぱりいつまでたっても美貌だしスタイルもキープされてるし。
黒いしね。
黒いしって。
焼けてるママってあんまり信用できない。
朝から晩まで家事やってたらあんなに焼けないって。
リカコさんはもう、最初からそういうふうにもう全然、全部出せる方だったんですか?それとも途中からもうそうしようっていうふうに変わられたんですか?
もう最初からストレートでしたね。
エド・はるみはどうでしょう?
ちょっと言いたいこと山ほどあるんですけど。
いいよ。
結構なんかあったよね、ネットとか。
いやもうもうもう。
ちょいちょい言ってたな。
あったじゃなくて、今もですけど。
今も?
今もですけど。
2008年にこのギャグで大ブレーク。
よくとしには、24時間テレビでマラソンランナーにも選ばれ。
国民的人気を博したエド・はるみ。
しかしその次の年から、テレビ出演が激減。
さらに雑誌やネット記事では、その原因は本人にあると、バッシングが勃発。
態度が横柄、急にあいさつしなくなったと、悪い評判ばかりが横行。
あいさつする人を選んでるって。
そういうのもあるんですか?
もう、そんなふうにも言ってないですし、一斉にネット記事で、エド・はるみ性格悪い、CAたちに大嫌われってまず第一番に書かれたんですよ。
エド・はるみが今夜、その苦悩をテレビ初告白。
私の場合はなんか、真面目すぎるっていうか、生真面目で、一生懸命やってても、でも本当は違うんじゃないのみたいな、本当は裏の顔があるんじゃないのみたいな感じで、なんかそういうふうに、全く事実じゃないこととかを、書かれたり、言われたりするんで、真面目とかって、なんだったんだろうって思って。
だから私もこういうふうに足組みたいんですよね。
組んでええよ。
ええねんで、組んでも。
リカコさんみたいに生きてくればよかったなー。
足組んだらまた言われるとか。
いえいえいえ。
最初からそうであったら、なんか、私はこういうふうに真面目にちょっと育ってきちゃって、リカコさんが真面目じゃないって言ってるわけじゃない、違いますよ。
考えすぎやろ、そんなん。
考えすぎ、考えすぎ。
ほらほら、こうやって誤解されるんですよ。
してないやん。
自分で気付いてしまったんやろ?
エドさんは、うわさによると、あいさつする人を選んでるって。
見ました、週刊誌の人が。
いやもう、それも私、下積みが20年あるんですよ。
逆に、あいさつされないほうだったんで、もう、やっぱりそういうふうにあいさつしない人になりたくないので、グーグー言ってるときも、一生懸命、おはようございます、おはようございます、おはようございますってやってるときに通り過ぎる方もいらっしゃるじゃないですか。
100%やっぱりできないんですよ、人間だから、完璧には。
それを書かれちゃって、そのなんか、偉い人にだけあいさつして、若い人にはしないとかって。
なんでそんなこと書くんだろうね。
ねぇ。
でもさ、そんなんいろいろあると思うけど、ちょっと悩み過ぎだし。
そばにいる人で、こう、なんだろう?励ましてくれる人とかは?
旦那さんやろ?
味方おるやん。
夫が、私がそういう記事とか、ネットとか見るたびに、びっくりすることが書いてあって、こんな言ってないのにとか、やってないのにとか、うちでそうなるじゃないですか。
そうすると夫が、いやもう、そんなん気にしないで、もう、大きい人になりなよって。
だからもう、リカコさんがたぶんうち、夫、絶賛だと思います。
あの、さっき、あの、さやかさん、子どものことで。
仕事辞めるかどうか。
辞めようかっていうこと、うちも子どもいるじゃない。
家族の問題ね。
私もそういう、ネットとか見ないんだけど、たまにチェックするとさ、リカコの悪口とかって、いっぱい載ってたりするわけさ。
このあと、リカコが世間のバッシングについて初めて口を開く。
さらに、重い糖尿病を患い、全身の血液を抜いてろ過する治療。
さっき、さやかさんの子どものことで、辞めようかっていうこと、うちも子どもいるじゃない。
家族の問題ね。
実は世間の目が気になるときもあったというリカコ。
そのとき、息子がかけたことばとは。
もうなんだろ、お兄ちゃんのほうとは普通に、日常的によく、大人の話ができるようになってきて、ある日、なんか私もあんまりそういうネットとか見ないんだけど、たまにチェックするとさ、リカコの悪口とかっていっぱい載ってたりするわけさ。
ふだんは全然、気にしないんだけど。
ああいうのって何が楽しいんだろうねって、ぼそっと長男に言ったの。
そうしたら、ばかだな、そんなこと気にするのかって言うわけよ。
だから、そりゃだってさ、悪口言われてさ、気にしない人いなくない?って、私はなんか、自分が傷つくよりも、こういうふうに人の悪口を言って、楽しんでいる人の気持ちが分からないし、なんでこういう世の中になっちゃったんだろうということもすごくショックだよって言ったら、長男が、あのねって、人にね、そうやって嫌われたり、悪口言われたり、ネタにされるってことは、あなたの仕事では宝じゃないですかと。
誰も見向きもしなくなって…。
息子さんが。
すばらしい、20歳の息子さんが。
誰も見向きもしなくなって、悪口も言われなくなったら、母ちゃん、誰にも見られてないってことなんだよって。
はけ口をね、そういう人に与えてあげてるあなたは、とってもすてきじゃないですかって、言ってくれたの。
最高。
よくできた息子ですよ。
子どもは見てるから。
子どものために仕事を辞めようとか、思わないほうがいいなって思うし。
やっぱり、家族が一番自分のことを見ててくれれば、それでいいと思う。
そうですね、本当、リカコさんがおっしゃったように、うちの夫も、悪口言われるだけ、いいじゃないって、本当にあれだったら、言われなくもなるよっていうふうに言われたんですけど、でもやっぱり、私が本当に言ったりやったりしたことで、批判されるんだったらいいんですけど、全く事実じゃないことで、こういう人だ、こんな悪い性格なんだ、こんなひどい人なんだって、ずっとやっぱり書かれてると、やっぱり私も人間なので。
それさ、具体的に何を言われたの?
事実じゃない、何を言われたの?それ聞かないと分からないよ。
そうだ、それ結局、私、あの4人の中に入りたかったですね、結局、こうなりますよね。
今の…。
こういうふうに、ようやく5年目にして、ようやく今言えたんですよ。
だから言っちゃいなよ。
そう、言ったほうがいいよ。
言いたいこと山ほどありますよ。
それ、言いなさいよ。
全然いわへんから。
エド・はるみがバッシングのきっかけとなった出来事を告白。
さらに。
なんか立て続けに、すごい嫌なことがあったから、じゃあ、そんな思いしてまで仕事してる意味ないなと思ったし。
芹那もまた、バッシングに限界を感じていた。
この続きは後半で。
かつて、その日本人離れしたルックスとスタイルで一躍脚光を浴び、元祖、ハーフモデルとして名をはせた女性。
女優、秋川リサ62歳。
モデルから女優に、華々しい転身のその裏で。
お母さん、落ち着いて。
私の通帳返して!
お母さん。
母が認知症に。
献身的に支える壮絶な介護生活を送っていた。
しかし。
本当の地獄は、そのあとに待っていた。
母の裏切り。
その発覚は衝撃的なものだった。
認知症を発症するずっと前のことなんですけども、ずっと書きつづった日記帳が出てきてしまって、それに書かれてることが、すべて悪口であったりとか、怒りであったりとか。
その古い日記は。
娘なんか生まなければよかった。
身を粉にして介護してくれた娘、秋川への罵詈雑言でびっしりと埋め尽くされていた。
私、なんかそこまで悪いことしたのかな、この人に。
そこに横たわっていたのは、母一人と娘一人。
50年にもわたる壮絶な確執。
あんたなんか、生むんじゃなかったわ!
そして今、認知症を患い、返すことばすら持たない母に、娘は何を語るのか。
1952年、東京都渋谷区に生まれた秋川リサ。
父はアメリカ人、米軍の技術者だった。
決して裕福ではなかったが、仲むつまじい家庭だったという。
しかし、秋川が物心つくころになると、そこにいたのは、母だけ。
父の姿はなかった。
ねえねえ、お母さん。
お父さんってどうしたの?
お父さんは、戦争で死んじゃったの。
そっか。
母は、戦死したという父に代わり、家計を支えるため、夜はスナックへ。
いってらっしゃい。
いってきます。
一方、秋川は。
1人、母の帰りを待ち続けていたという。
拭えぬ寂しさを抱えながら。
私を育てるためにやっぱり、一生懸命働いてくれてたんだと思いますし、すごく苦労もしていたんだろうと思うし、言ってみりゃ大黒柱にならなきゃいけないっていうのは、大変だったんだろうっていうのは、子どもながら、分かってたっていうか。
そんなある日、秋川は父の死について、一つの疑念を抱く。
それは。
私の父は、アメリカの軍人だったけど、朝鮮戦争で死んだというふうに聞かされていたので、ああ、そうだとずっと思っていたんですけど、小学校の歴史で朝鮮戦争を習ったらば、合わないんですよね、私が生まれる前にお父さんは死んでしまっていることになっていて。
あれ?おかしいなと。
お母さん。
ん?
お父さんって今どこにいるの?戦争で亡くなったわけじゃないよね?どうして隠すの?私、本当のことが知りたい!
湧き上がる疑念を抑えられなかった。
すると。
私たちは捨てられたの。
だから私は好きでもない仕事をしているの。
もう済んだことよ。
実は、父は戦死ではなく、秋川らを捨て、家族が待つアメリカに帰ってしまっていた。
そしてこのころから、少女が知らなかった母の一面が、顔をのぞかせ始める。
店は終わったはずなのに、なかなか帰ってこない母。
いい飲みっぷり。
おいしいよね。
お酒はサイコー。
お酒、サイコー。
待つことしかできなかった。
ただいま。
帰宅はいつも深夜。
そして。
うっ。
時を同じくして、稼いだお金を、洋服やアクセサリーに使い始めた母。
その姿は、みるみるうちに母から女に変貌していった。
だがその一方で。
何、その格好。
ださっ。
新しい服も買ってもらえないんだ。
あんたんちって、貧乏なんだね。
貧乏!貧乏!
母一人、娘一人の生活は、一気に困窮。
しかし、母はそんな現実に目を背けるかのように、ますます放とうのかぎりを尽くしていた。
何、やだ、帰ってきちゃったー。
お母さん。
お母さんのことはよろしくね。
なんで帰っちゃうのよ。
やだー。
その果てに。
ただいま。
お母さん。
おかえり。
きょうから私、この人と暮らすから。
おう。
お嬢ちゃん、世話になるよ。
かわいいね。
年は?
中学1年。
へぇ。
ちょっとあんた、なにやらしい目で見てんのよ。
さあ、入って。
ある日、突然、一回り年下の男性を家に連れ込んだ母は、同せいを宣言。
自分の気持ちに素直な人というか、恋愛に関しては自由奔放っていわれるかもしれないけれども、子どもだった私としてみれば、やはり母親像ってほうをもうちょっと見せてほしいというような気持ちはありました。
心の準備もないまま始まった、見知らぬ若い男との同居生活。
リサ、ここにごはんついてるよ。
なんだよ、しょうがねえな。
それは思春期を迎えた秋川にとって、耐え難いものだった。
キャッ!
はっ。
キャじゃねぇよ。
早く着替えろ。
あまりいい感じではありませんでした。
たぶん20代後半の方が、38歳の女性とつきあっていて、13歳ぐらいの娘のいる、私がいないほうがもっと、2人だけの時間、楽しめるのにぐらいに思ってたんじゃないのかなっていう。
はははは。
無職だという男のために、母に代わって食事の世話。
さらに友達と話していると。
おい!うるせえよ。
そんなことはあした、学校で話せばいいだろうが。
自由が奪われ、徐々に男のペースに支配されていく。
だが、その矛先は、秋川だけではなかった。
うるせえな。
俺に口ごたえすんじゃねえよ、出ていけ!
ごめんなさい。
こちらが遠慮しなきゃいけないのかっていうことに対しては、なんで?って、ここは私と母の家なのにっていう、そういう反抗心はありました。
自分だけなら我慢もできた。
しかし、母を手荒に扱う男が許せなかった。
そしてついに。
ちょっと待ってください。
ここは私と母の家です。
母さんを夜中まで働かせて、あなたは何もしない。
テレビを見るときもあれば、電話だってしたいときもある。
それが嫌なら、あんたが出てってよ。
じゃあ出てってやるよ!
私としてみれば、正義感で言ったんですけど。
母を守りたい。
その思いで、秋川は勇気を振り絞った。
そして。
ただいま。
あれ?あの人は?
出てった。
えっ?
私が追い出したの。
は?
すると母から返ってきたのは、予想だにしないことばだった。
なんてことしてくれたの!私の最後の幸せをあんたが壊したのよ!絶対に許さない。
あんたなんか、生むんじゃなかったわ!
ちょうど多感な年頃になりかかってた私にとっては、そのことばは非常にショックでしたね。
たぶん母にとっては、自分の最後の恋を、娘が壊したって思ったと思うんですね。
今になると、大変理解できます。
母でもありますけど、一人の女性ですからね。
私は母の幸せを奪ってしまった。
その罪悪感と、大好きな母に、つらいことばを投げつけられたという事実が、その後の母と娘に暗い影を落とすことになる。
時は流れて1967年。
15歳となった秋川は、モデルデビュー。
アンアンの専属モデルとして名をはせ、ハーフモデルというジャンルを初めて確立。
19歳のときには、CMの専属契約が7社。
パリコレの舞台にも立ち、華々しいモデル人生を歩んでいた。
そして私生活では、21歳で結婚。
すべてが順風満帆。
多忙を極める秋川。
そのお金の管理をしていたのは、母だった。
しかし。
ねぇ、今月の給料の振り込み、遅れてない?お金がなくて困ってんのよ。
えっ?あんなにあったのに、何に使ったの?
とにかくないのよ。
悪いけど、すぐ振り込んでね、お願い!
仕事きっぱり辞めてっていうか、何もしなくなっちゃって。
母は、私の稼いでるお金で食べるようになりました。
働いても働いても、いつのまにか足りなくなるお金。
秋川の手元に残ったのは、母が買った洋服とバッグの山のような請求書だけだった。
それでも、母をとがめなかった秋川。
なぜなら。
あんたなんか、生むんじゃなかったわ!
母の幸せを壊してしまった罪悪感。
憤りはぐっと押し殺していた。
その後、秋川は2度の離婚を経験。
40歳でシングルマザーに。
秋川もまた、女手一つでわが子を育てるという苦しい状況に。
そんなとき、手を差し伸べてくれたのは。
赤ぎつねっていうのよ。
意外にも母だった。
子どもを育ててくれたのはお母さん。
大変愛情をかけてくれましたので、人間っていうのは変わっていくんだろうなって思って。
孫の誕生が、母の母性を呼び起こしたのか。
ささくれ立った秋川と母との関係は、少しずつ修復されていった。
もしもし?
お母さん?ごめん、きょうもちょっと仕事で遅くなりそう。
あっ、そう。
大丈夫よ、楽しくやってるから。
それよりもね、あなた体に気をつけて、体調悪くしたら、なんにもならないんだからね、分かった?
母の助けもあり、子どもたちは、すくすくと成長していった。
おばあちゃん、ごはんできたわよ。
はい、ありがとう。
ありがとう。
きょうはね、私が作ったんだよ。
そう。
おいしい。
麻里也、腕が上がったわね。
ありがとう。
おいしい。
傍らには、母と2人の子ども。
ようやく手に入れた幸せな家族の食卓。
秋川に穏やかな日々が訪れた、かに見えた。
しかし、暗い運命はすぐ足元にまで迫っていた。
ある日のこと。
もしもし。
私の通帳がないの。
通帳?ああ、そんなこと私に聞かれても分かんないわよ。
すぐ帰るからね。
はい、はい。
そこに広がっていたのは、目を疑う光景だった。
お母さん、開けるわよ。
どうしたの?
まるで泥棒が入ったかのように荒らされていた母の部屋。
そして。
あんたよ、あんたがやったのよ。
お母さん、落ち着いて。
私の通帳返して!
落ち着いて、お母さん。
私の通帳、返して。
返して!
このとき発覚したのは、認知症。
自分の家族が認知症には、いつかなるねって想像してる方は、どなたもたぶん、いらっしゃらないと思いますし、そうなってほしくないと願うと思うから、ああ、ついにこれは、大変なことが始まりかけているなっていうふうに思いました。
一度発症すると完治はまれ。
場合によっては、進行のスピードが恐ろしく速いという、この病の恐ろしさにほんろうされる、壮絶な介護生活が始まった。
えっ?うちの母がですか?どうもすみません。
娘さんですか?勘弁してくださいよ。
お金払わずに出ようとしたんですよ。
無銭飲食っていうのをしてしまうことが増えてきて、気がついたときには、かなりの場所で、そういうご迷惑をかけてきたんだなっていうことがありましたよね。
しかも夜には。
ねえ、お母さん、起きて。
おばあちゃんがどこにもいないの。
起きて!
えっ?
ねぇ、あれ、おばあちゃんじゃない?ほら。
はいかい。
それは17時間にも及ぶことがあったという。
そして。
ただいま。
何この臭い。
あっ、何これ。
その目線の先には。
お母さん!
息つく暇もなく次々と秋川を襲う介護という厳しい現実。
介護に関しては、期限っていうのが決められないし、それは、死をもって終わるっていうことになりますから、だから途方に暮れたというか。
そうですね…、どうしようって思いましたね。
先が見えない地獄のような日々に。
母にとっては、たった一人の娘ですから、私がやっぱり、それは介護をしなければ。
逃れることはできないし、誰かに押し付けることもできないし。
母を介護する秋川を、そばで見ていた娘、麻里也さん。
当時の様子をこう振り返る。
だから頼るとこもママはないので、一生懸命、いろんな方法で、おばあちゃんの介護っていうか、まあ、サポートを全部、やってかなきゃいけなかったんで、一生懸命やっていましたね。
母一人、娘一人。
たった一人の母を救うのは自分しかいないと、献身的な介護を続けた秋川。
しかし、本当の地獄はこのあとに待っていた。
それは、母の部屋で洋服の整理をしているときのこと。
あら?
それは母に預けていた自分の預金通帳。
え?
なんと、残金がゼロに近い状態だった。
母には全部預けてましたので、それがどのくらいの残金があってっていうのは、ゼロになるまでは、私は確認をしなかった。
ただ、その期間のお金の出し入れっていうのは、ちょっと通常では考えられないようなことをしていたことが確かですね。
さらには、秋川が目にしたこともない、ブランド物のバッグなどが多数。
しかし、秋川を絶望のふちに追いやったのは、そんなことではなかった。
あら?何、これ?
通帳の横に大学ノーとがあったので、家計簿だと思ったんです。
で、あっ、そういうのつけててくださったんだなって。
だが。
これって、お母さんの日記?
読んじゃいけないって頭の中で分かっていながら、あまりにも大きな字で、50代後半から、認知症を発症するずっと前のことなんですけれども、ずっと書きつづった日記帳が出てきてしまって。
認知症という悲劇はあったものの、ようやく共に食卓を囲める関係になった母は何を思っていたのか。
そこには。
信じられないことばが書きつづられていた。
娘なんか生まなければよかった。
娘の人生のために、私は犠牲になった。
娘への感謝はおろか、そこには、心がかきむしられるような罵詈雑言がぎっしりと書かれていた。
怒りの表現として、そういうものを書いたのかもしれないっていうふうにも思えましたけれども、それでもやっぱり、その何度も何度も、その娘なんて欲しくなかったとか、生まなきゃよかったとか、みんなどっか行っちまえなんかいうのが出てくると、うーん、ちょっと、なんかこう、私、なんかそこまで悪いことしたのかな、この人に。
そう、その日記がつづられていた時期は。
あっ、できたできたできた。
お上手、お上手。
よくできたねぇ。
それよりもね、あなた、体に気をつけて。
体調悪くしたら、なんにもならないんだからね。
優しいことばをかけてくれたその裏で。
それはやっぱりちょっと、ショックっていうよりも、ああ、こんなに長いこと一緒に暮らして、幸せだね、楽しいねって言ってた時期もあったけど、やはり、こういうふうに思ってることも多かったのかなという。
あの日。
あんたなんか生むんじゃなかったわ!
母の幸せを奪って以来、ひたむきに頑張り続けて、ようやく手に入れた幸せな家族の食卓。
支えてくれた母のため、認知症にも全力で立ち向かった。
しかし。
母の日記は、そのすべてを崩壊させた。
すべては砂の城だったとでもいわんばかりに。
喪失感っていうのかな、なんだったんだろうな、今まで。
そんなに彼女は不幸だったのかな。
そして、
秋川は、埼玉県のとある場所にいた。
たまにはここも来るの?おばあちゃま。
現在、秋川は、母を介護施設に預け、別々に暮らしていた。
施設に預けようかなという思いと、いや、そういうふうに思う自分がもしかしたら、すごく冷たい人間なのかなとか、ああいう日記を見てしまったから、そんな区切りをつけようとしてるのかなとか、すごく試行錯誤をしました。
でもお互いに、ある距離をおいたほうが、私も母ももしかしたら、いいんじゃないかと思いました。
おばあちゃん、おばあちゃん。
私よ、ここにいるよ。
現在87歳。
認知症は進行し、会話はおろか、秋川が自分の娘であるかさえ認識できていないという。
それでも。
いいお天気でよかったね。
ねぇ、おばあちゃん。
毎日楽しい?この間、回転ずし食べにいったでしょ、ね?楽しかった?
月に1度は母のもとを訪れ、こうして話しかけているという秋川。
もう母の答えは返ってこないと知りながらも。
何が娘をそうさせるのか。
そりゃねえ、もっといい娘を生みたかったのもかもしれないし、本当に娘なんて欲しくなかったのかもしれないし、もしかしたら息子が欲しかったのか、そこらへん分かりませんけど、でも、私はうーん、生んでくれてありがとうって、思いますし、あんまりにもね、ちっちゃいころからあんたなんか生まなきゃよかったって、言われ通してきたので、一回ぐらいあんたを生んでよかったって、心から言ってほしかったですね。
1回ぐらい、そんなに褒められてどうしよう、私って有頂天にさせてもらえるほど、褒めてほしかったなっていうか、なんか強く抱き締めてほしかったなっていう感じはちょっとあるかな。
ちゃんと1日3回、よく食べて、よく寝て、それで昼間はゲームとかして。
でもたまには、ちょっと運動しなきゃだめだよ。
恨んでなんかいないんですよ、私、本当に。
事実は事実なんですけども、でもやっぱりむだな経験はないって言ったら変な言い方ですけど、私はだから絶対、娘にはそういうことばを投げかけないし、むしろ、ある意味、教えてもらった、いろんなことを。
だから、決して悪い母でもないし、今はもう何も分からなくなっちゃってて、母ってちょっと、どちらかというと、物事の考え方が批判的な人なんですね。
とっても暗い考え方の人なので、なんでこんなことを書いたのとか、例えば、なんで私のことを生まなきゃよかったなんていうことを言うの?なんていうのを聞いてしまったら、たぶん答えが分かるのが、だって本当にそう思ったんだもんって言っちゃう人なんですよ。
だから、愛情表現がとても下手な人、分かるよね?私たちの時代のお母さんって、愛情表現下手よね。
そうなの、しかも女1人で頑張った人って、そっくりなのね。
そうそう。
だからあの日記、もちろん、読んではいけないこと分かってるんですよ、人様の日記を。
たとえ親でも。
そこに書いてあったことっていうのは、もしかすると、そこに書くことで気分転換をして、そして、次の日も頑張れた。
消化できてたんですね、それでね。
思いたいし、そうだと思っています。
だから母の気持ちは分かるけど、あれはできれば、人目に触れない所で、処理しておいてほしかったなって思う。
そうですね。
私はリサと逆で、トイレに入ってうちの母親があんまり認知症でひどいことを私に言うので、くそばばあ、死ねって、毎日何十回も言ってたんです。
ああ、そうですか。
そうなるんですよね。
でも私は母を憎んでいたわけではないの、心から。
でもそれをはき出さないと、自分が生きれなかったの。
だからお母さんもそうだったのかもしれない。
そうだと思う。
ねえ。
うちはおばあちゃん101歳まで生きましたから。
すばらしい。
そうなんですよ。
認知症もほぼなくて、ちゃんと分かって、耳が遠かったり、歩けなかったりいうのはあったんですけど。
お線香で髪の毛燃えたりもしてたでしょ。
あれはね、昔からボケやったんですよね。
自分で仏壇にろうそくとかつけて、こうやって手を合わすんですけど、手合わせて、ばーっと燃えて、昔からえらいこっちゃ言うて。
かつて、国民的人気者だった、エド・はるみは。
こんな悪い性格なんだ、こんなひどい人なんだって、ずっとやっぱり書かれてると、やっぱり私も人間なので。
世間からのバッシングに苦悩していた。
なんか私、ここ入ってきたときも、わーって皆さん、迎えてくださるじゃないですか。
嫌なやつが来たって思ってるんだろうなって思って。
思ってないよ。
かなり重症やな。
私こういうふうにようやく、5年目にしてようやく今言えたんですよ。
言う場もなくて。
だから言っちゃいなよ、だから。
言ったほうがいいよ。
言いたいこと、山ほどありますよ。
それ言いなさいよ。
全然いわへんから。
バッシングのきっかけとなった出来事を初告白。
私言っていいですか。
ええよ。
じゃ私、あの、飛行機に乗ったんですよ。
すごい空調の真下だったんですよ、それで、わっ、これもう私、空調だめなんで、かぜひくと思って、通ったCAの人に、すみません、ちょっとそれ、いい席だったんですけど、どこでもいいので、ちょっと寒くて、替えてもらえないですかって言ったら、少々お待ちくださいって言って、ずっと来なかったんですよ、えーっと思って、ようやくすみませんって言ったら、あっ、席ないですねって言われたんですよ。
えーって、これ絶対にだめだわって思って、別の方に、すみませんって言ったら、少々お待ちくださいって、あっ、どうぞって、行って、後ろがらがらだったんですよ。
エコノミー席がいっぱい空いてたんですよ。
ああ、よかったと思って、すみません、ありがとうございますって、その人としてて、よかったって言ってたら、その最初の人がふっと通ったんですよ。
だから、あっと思って、すみません、ありましたけどって言ったんですよ。
席ね。
教えてあげた?
ありましたけどって。
そうしたらその人が、はぁ?って言ったんですよ。
で、ええっと思って、あっ、いいです、いいです、大丈夫ですって言ったんですけど、何か?ってとかって言われたんで。
いやいや、もう本当大丈夫です、ごめんなさいって。
なんかもめるのも嫌じゃないですか。
顔も出てるし。
ほーっと思って、その飛行機降りたんですよ。
そうしたら、数週間後に、エド・はるみ許すまじっていうタイトルが出て、何?これと思って、そこクリックしたら、超マジむかつくんですけどエド・はるみって。
かぎかっこで、ちょっと空調寒いんだけど席ない?って言ってきたっていうんですよ。
言ってないし、状況も違うじゃないですか。
気にしすぎだな。
それが一斉にネット記事でエド・はるみ性格悪い、CAたちに大嫌われ、第1弾で書かれたんですよ。
そこからなの?
そこからです。
でも気にしすぎやな、やっぱり。
そうですか?
記事を知らない人もいるでしょ。
だからほら。
なんにも知らないよね。
腹が立って、言い返すときって、いっぱいあるけど、攻撃されやすい立場じゃない、私たちって。
だから私たちのひと言って、すごいバーッて返ってくるけど、その席をさ、譲ってもらったところで終わればよかったのに、その最初の人に自分が言っちゃうところが、やっぱり。
まずいとこがあるとするならばそこなんでしょうね。
そうなんだよ。
攻撃されやすいタイプなんじゃないの?
攻撃されやすいですね。
ねえ。
そうかもしれないですね。
ちょっとだから、こっちにも原因あるかもわからへんね。
ほら、結局こうなるじゃないですか。
でもこれはなんか、新たなキャラが生まれそうですね。
本当ですか?
ちょっとしたことで、すぐへこむっていう。
それいい。
さらに!
芸能界一もてるみたいな感じに。
自分もそういうキャラクターに便乗して、どんどんやってったら、なんか結構きついなって思ってきちゃって。
芹那も世間のバッシングに限界を感じていた。
初告白の本音とは。
私、すごい誤解されやすいって思うのは、なんか、もともとアイドルグループにいたんですけど、そのあと卒業して、バラエティのお仕事をするようになって、そうしたらキャッチコピーみたいな感じで、芸能界一もてるみたいな感じに、くっつけられるようになって、自分もそういうキャラクターに便乗してどんどんやってったら、なんか結構きついなって思ってきちゃってたときと、周りはもうそういうイメージっていうのとっていう感じで、たぶん声もこういう感じなので、なんか、こう、こういう声で、そういうキャラクター設定でみたいな感じで、そういう誤解は嫌だなと思って。
なんか、芸人の中で、芹那ちゃんに近づくと危ないみたいな。
なんですか?それ。
芹那に近づくなみたいな、芸人に、ちょっと言われてんですよ。
私も聞いたことあります、それ。
これまで芸能界一のもて女として、数々のうわさが流れた芹那。
時に世の中からバッシングを受けたこともあった。
その原因はなんなのだろうか。
電話番号教えてみたいなことを言ったら、すぐ番組で、誰々に電話番号聞かれたって、言われるから、気をつけたほうがいいですよみたいな、そのへんはどうなの?
私、でも、口説かれたって、自分の口からはっきり言ったことなくて。
誰かに最近口説かれたみたいな話ないの?みたいになったときに、いや、くどかれたとかはないですけど、なんか一緒にデートしよみたいな話で盛り上がったことはあるみたいな話をして、でもなんかそれがすごい大きくなっちゃったことがあって。
でもそれ以外はないんですよ。
そのエピソード的なものが。
結構、バラエティとかで、本当は芹那ちゃんは作ってるんじゃないかみたいな、そういうつっこみみたいなされてて、私、料理教室やってるんですけど、来てくれたんですよ。
私も実は、ごめんね、誤解してたんですよ。
芹ちゃん、普通の声なのかなと思ってて、でも全然ふだんからずっとこの声で。
たぶんね、男からしたら、かわいらしい声なんですよ。
だから、そのかわいい声を演出してんじゃねえのかっていうあれでしょ。
ひがみ的な、女の子からすると、いいなみたいな、感じで、逆に言われてんのかも。
その声とか、注目したことなかったです、人の声に対して。
でもかわいこぶってるところはあるでしょ?
かわいこぶってるところないです。
ほんとに?
はい。
でもさっきメイクしてたときと雰囲気が全然違う。
そうですか。
スタイルとしてやってるんだろうなということと、やっぱり裏では違うんだろうなって、今思った。
さらに、料理研究家の森崎は、世間の厳しさを身にしみて感じたことがあるという。
私は楽しみにしてた、おしゃれなお店に行ったんですよ。
で、ちゅう房って、すごい反響するんですよね、窓があんまりなくて。
たまたまその日は、お客さんもそんな少なくて、全部聞こえてきたんですけど、結構、悪口を言われてて。
そのあと、その人がサーブしに来るんですけど、すごい笑顔で、こちらなんとかですみたいな感じになるので、さっきのそのギャップが激しくて、ちょっと人間不信というか、うわー、こんな思いするんだなって、めちゃくちゃショックでした、そのときは。
いやぁ。
そしてこのあと。
なんか立て続けに、すごい、やなことがあったから、じゃあ、そんな思いしてまで仕事してる意味ないなと思ったし。
芹那が封印していた本音を初告白。
そして、
世間からバッシングされた芹那。
悩んだことはあるのだろうか。
私は企画とかで、じゃあ口説かれるとか、もてるとかいうのに出るのが嫌になっちゃって、事務所とかに、じゃあ、こういうこと言われるのもう嫌だとか、こういうふうな話になっても、もう絶対出てこないよとか、どんどんなんか、絞っていっちゃって、自分で。
じゃあ、自分が今一番やりたいことってなんだろうって思ったときに分からなくなっちゃって。
バラエティ出ても、結局、なんかその心削ってまで出る必要ないやと思ったら、じゃあ次、何か見つけるまで、のんびり過ごす時間欲しいなって思って、前まではなんか、なんでもへらへらしてたらなんとか過ごせたんですけど、なんか立て続けにすごい、嫌なことがあったから、じゃあそんな思いしてまで、仕事してる意味ないなと思ったし。
それで仕事辞めようってことじゃないでしょ?
でも辞めたいなって思ってることもありますよ。
えー。
まあ、ともかくつらかったんですね。
嫌なことってなんですか?
なんかね、なんだろ、なんか、嫌なこと、なんかその、ウフフフ。
オンエアしてほしくないんですけど。
仕事辞めたいとか、テレビでこんな話しちゃっていいの?結構、ナイナイアンサーからヤフーニュース飛び出るよ。
そうですか。
結構ナイナイアンサーって、すぐヤフーニュースに。
オンエアまでに辞めてるってことないですか?
結構ね、びっくりしましたね。
びっくりしましたね。
切実やね、芹那。
そうでしたね。
品川さんは自分でどう感じるんですか?
俺ね、たぶん、俺、これ、オンエア中に人の悪口言うし、オンエア終わっても人の悪口言うの。
だから。
でもそういう人って、いっぱいいそうだけど。
いる。
なんで品川さんだけ。
やっぱり態度悪かったんで、それで仕事が減ったっていうのはあると思うし、単純に打ち合わせとか、あんま好きじゃなかったから、なんか機嫌悪いとかっていうのも、すごい態度に出ちゃったりしてたから、たぶん嫌われてんだと思います。
だから、今、全体的な、なんか品川に言おうってなったら、お前、好感度低いとか、お前嫌われてんじゃんっていう、一番分かりやすい代表的なワードできたから、俺的には、一個にまとまって助かるなって。
分かる?
なんか品川さん、自分のことそうやって嫌われてるっていうじゃないですか。
なのに、すごいじゃないですか、発言が。
よく嫌われてるって自分で思っている人がそれだけできるなって、今、すごい思っちゃって。
気付いたのは最近。
現在は、嫌われているイメージを受け入れているという品川。
果たして過去はどうだったのか?
リアルな話すると、有吉さんにおしゃべりクソ野郎って言われたときは、本当、芸人として喜ばなきゃいけない、ものすごいおいしいパスだったのに、俺はもう正直ショックだったし。
笑いって、地鳴りになるんだってくらい、受けたの、本当にどどどどどって。
こんなに受けるってことはみんな俺のことこういうふうに思ってんだっていうのがあって、で、次の日からやっぱ言われるし、見ましたよって。
そのときも、結構、機嫌よく返せなかったんだよね。
それから映画とか頑張ろうとかってなってきちゃうんだけど。
要は映画とか頑張って、バラエティ界のやつを見返してやろうとか思って、やり始めたからね。
バラエティの人間が。
それから、どうした?品川って、東野さんがやってくれるまで、その間、その間だけ、全然もやもやしてたかもしれないな、バラエティとか悪口ってことに対して。
そうなんだ、知らなかった。
全然分からなかった。
誤解されたことで、仕事への影響はあったのだろうか。
えー、でも、仕事は、それは一番多いときよりは全然減ってるけれど、でもそれがその理由なのかは分からない。
品川さん、収入面では変わったんですか?
あっ、俺?俺?俺、収入の話。
まあ、バラエティの仕事は減ってんすけど、はっきり言って、収入は変わんないでしょ、変わんないっていうか、映画とか漫画とかあるから。
すごいね。
すごい。
例えばバラエティの仕事がないときって何してんですか?
ないときは、原稿を書いたりとか、それか、ジム行ってます。
子どもと遊ぶか、あと英会話。
英会話?
英会話やってます。
なんでですか?
英会話はアメリカとか行きたいなって思うから。
海外で映画を作りたいということかですか?
海外で映画も作りたいなと思います、正直。
じゃあハリウッドとかっていうこと?
ハリウッドとは思わないですけど、アメリカで映画撮りたいなとか思います。
あの、これぶっちゃけて言うと、芸能界、芸能人って誤解させる仕事やと思うんです、ちょっと。
皆さん、この人、感じええわって思ってる芸能人の方おられると思うんですけど、ほんま裏見たら、えっ?って思う人、結構いるんですよ、やっぱり。
それをみんな勝手に、そういうセルフプロデュースであったりとか、そうやって、みんなが私はこういう人です、仕事の選び方とか、そういうのしながらやってますから、勝手にお茶の間の皆さんがイメージ、やってますから、誤解させていってるっていう、そういう演じてる部分もあるので。
普通にしゃべってるつもりですけど、これ、演じてますからね、われわれ。
もっと声も小さいですし、実家帰ったら、もう、何しゃべってるかわからへんって言われますから。
ぼそぼそっとね。
そうなんですよ。
このあと、重度の糖尿病のため、全身の血液を抜き、
前回、腕を管でつながれ、全身の血液を抜き、ろ過するという、過酷な闘病生活が発覚した芸能人、グレート義太夫。
そんな義太夫に訪れたというある転機に、涙。
一体何が起きたのか。
おはようございます。
きょうはどちらへ?
相変わらず透析ですよ。
この日も、過酷な治療を受ける義太夫。
2日以上は空けられないですからね。
もし空けてしまうとどうなるんですか?
死んじゃうと思いますよ、最終的に。
1回でも治療を休めば、その先には、死の危機。
しかもその治療は1日5時間を週3日。
1週間で15時間にもわたり、行っている。
義太夫が壮絶な闘病生活を送るきっかけとなったのは。
これは糖尿病ですよ。
えっ!
糖尿病。
予備軍を含めると、成人のおよそ4人に1人、いまや、国民病とまでいわれる糖尿病。
自堕落な生活の結果、さらに病は悪化。
ついには、腎臓の機能を失い、腎不全になってしまった。
今は腎臓の代わりに、血液中の老廃物や水分を排せつする、人工透析という治療なしでは生きられない体に。
55歳、独身の義太夫を支えていたのは、1人離れて暮らす、82歳の老いた母だった。
治療が終わるたびに、家に立ち寄る息子のため、昼食を作って待つ母。
お水で油を落として。
食卓に並ぶのは、病気の息子を考えた野菜中心の料理。
しかし。
半分食べな、トマト。
トマト大嫌いなんですよ。
大嫌いなんですけど。
いただきます。
ごま、ごまあえ?
おいしい?
うん。
ああ、そう?ほうれん草。
ちょっと、ひざが悪いから。
いすに失礼して。
出た、牢名主。
えっ?
牢名主。
そこにあったのは、母への感謝もなく、食事を作ってもらうのが当たり前になっている日常。
来ないよ、月曜日は。
うーん。
じゃあ、月曜日ね。
だから来ないって言ってんじゃん、月曜日。
来ないって言ってるじゃん、だから。
ああ、そう?
しかし、そんな義太夫が、初めて耳にした母の本音。
できたらねぇ、一緒に住みたいなっていう気持ちもありますけど。
話をしてるでしょ、私はもう耳が遠いからね、そういう、今、補聴器つけてんですけど、そういうのからさ、一緒に住みたくないなって感じたんですよ。
だから、やっぱり、都営住宅に申し込んで、入るしかないなって。
母は、老いた自分の存在が、病と闘う息子の重荷になるのではと案じ、一緒に住みたいという本心を押し殺して、1人暮らしをしていたと知った。
まいったですね、こんなこと思っているなんて、全然分かんなかったですけど。
そして今もなお、壮絶な闘病生活を続ける義太夫。
週3日は透析に費やさねばならぬため、少ない時間の中、できる範囲の仕事を懸命にこなしているという。
酒と泪と男と女という歌があるんですけども、それをきょうは、ごあいさつ代わりに、それを聴いていただこうと思うんですけど、よろしくお願いします。
えー、この歌はですね。
そして、透析後は、いつものように母が作る昼食を食べるため家へ。
ただいま。
おかえり。
お待ちどおさま。
朝から準備していたひじきの煮物など、この日も病気の息子のため、栄養を考えた料理が並ぶ。
きょうの夜とか大丈夫なの?
うん?
夜とか食べるものあるの?
大丈夫よ、眠れた。
ゆうべはちょっと眠れなかった。
違うじゃん。
眠れる、眠れないじゃなくて、夜は食べるものあるの?って、ちゃんと。
あるよ。
おつかい行かなくても?
ある。
大丈夫。
何言ってんだ。
こぼれたよ。
以前より笑顔がこぼれる母と息子。
実はその生活に、ある変化が起きていた。
このあと、母と息子の姿に涙。
息子と母に訪れた転機とは。
引っ越しました。
引っ越したんですか?
引っ越しました。
じゃ今は?
上というのは?
同じマンションの、違う階に引っ越した。
そうなんですか。
はい。
そう、前回の撮影後、一緒に暮らしたいという、老いた母の本心を受け止め、同じマンションの別の部屋に引っ越していたのだ。
前よりは、電話する回数とか、のぞきに来る回数が増えたんで。
実際、近くにいると違いますか?
違いますね、気分的に。
何かあっても、まあ、安心ですね。
ひざと耳が不自由な母。
今は近くにいる息子の存在に、安心して暮らしているという。
そして。
でも俺、あした3時から仕事だから、3時から仕事だから。
いいよ、だから。
いなくても。
うん。
送って話は聞くけど。
迎えにっていうか、帰ってくるのはちょっとつきあえないかもしれないけど。
あした、どこか行くんですか?
あす病院。
やっぱ足痛いんで、ちょっと。
義太夫さんが送っていく?
送っていく。
そういうのも近くにいてくれると。
ありがたいですよね。
今までお世話になった母に少しでも恩返ししたい。
そして、お彼岸のこの日。
2人は20年前に亡くなった父の墓参りへ。
ずいぶんちょっと、時間かかったけどね、これからは今までとちょっと違って、そばにいられると思うんで。
まあひとつお父ちゃんにもね、安心してもらえる。
本当に。
今までの分ね、ちゃんと孝行しますから。
これからでも遅くないから、頑張ってちょうだい。
体のほうも気をつけてね。
それが一番。
よかった。
よかったね。
いい方向に。
前回、一緒に暮らしていた母が、糖尿病を患ったため、療養のため、故郷、ブラジルへ母を帰したことを告白したマルシア。
日本よりやっぱり、自分のふるさとにいたほうがいいかなと思って、だから、母、時たま電話するんですけど、忙しくなると、忘れて電話しなくなったり、で、最近は電話するようになった。
義太夫さんのおかげで。
このVTR見て?よかった。
少し、前よりは電話したり、気にしたりするようにはできたんで。
やっぱ親は大事にしないと、ずっといるもんじゃないんです。
そうですよね。
空いててよかったですね、上。
そう思った。
空いててよかった。
ねぇ。
空かないとき、全然空かないですからね。
上ってことは横は空いてなかったんでしょうね。
岡村さんも妹さんが若いときは、お兄ちゃん、脇毛抜いてって言ってた。
そうそうそう。
女性の人って、脇毛抜くんやって思ったのは、妹からでしたから。
抜くって、岡村さん抜いてあげたの?
そう、抜いたり。
2014/09/30(火) 21:00〜22:54
読売テレビ1
解決!ナイナイアンサー2時間SP[字][デ]
「娘なんか産まなきゃよかった…」母一人と娘一人…50年にも亘る壮絶な確執!逃れられない悲しき宿命とは!▽「私なんて…」エド・はるみが言えなかった苦悩を初めて告白
詳細情報
番組内容
「娘なんか産まなきゃよかった…」母一人と娘一人…50年にも亘る壮絶な確執!「私は、母の幸せを奪ってしまったの?」逃れることのできない悲しき宿命とは!▽「キャラクター便乗すると結構キツイ…」「態度が悪かったから仕事が減った…」世間からバッシングを受けた芸能人が集結!!テレビ初告白のホンネが飛び出す…「私なんて…」エド・はるみが言えなかった苦悩を初めて告白!!▽お騒がせ古閑美保に北斗晶が喝!
出演者1
【MC】
ナインティナイン
【進行】
松本志のぶ
【VTR