ハートネットTV リハビリ・介護を生きる「秦万里子の歌う介護」(2) 2014.11.20

(拍手)
(荒木)すばらしい!改めまして音楽家の秦万里子さんです。
(一同)よろしくお願いします。
もうウキウキしてきました。
こんな感じでね。
今日秦さんをお招きしましてお送りする「歌う介護」の2日目です。
昨日は秦さんご自身の介護体験ご紹介しましたけども今日は視聴者の皆さんの介護体験をもとにして秦さんから歌のプレゼントをして頂きます。
プレゼントですか?そうなんです。
私がプレゼントできるものは歌とかピアノなんですね。
でもそこに全てを自分の中に入れてお話を伺ってそれから作りたいと思います。
コンサートでもよくやってらっしゃるそうなんですよ。
お客さんからちょっとした情報をもらってそれをもとにして曲を作るという事で…ちょっと荒木さんでやってみましょうか。
私にプレゼント?お試し。
じゃあ私プレゼントして頂きます。
そうですね…じゃあ今朝召し上がったものは何ですか?昨晩の残りの水餃子をポン酢で食べてまいりました。
分かりました。
ではそれで歌にしたいと思います。
えっそれだけでですか?それで大丈夫でございます。
それではお願いします。
どうぞ。

(拍手と笑い声)ちょっとチャイニーズでしたね。
もう羨ましいなと思って。
そんなクルクルやるほどね髪の毛が豊かでいらして。
何を食べてたらそんな豊かなのかなと思ってたので。
それと水餃子とはちょっと関係ないかな…。
でもそういうの楽しいですね。
ねえ。
話してる間にこのパターンでいこうというのが降りるんですか?降りてこない。
降りてこない?あのね…自動販売機と同じですね。
だから座って自分にウッてスイッチを入れると降りてくる。
缶ジュースのようにボコッと。
今日はプッと入れるのが「介護」。
さようでございますね。
テーマですけれどもいかがですか?これだんだん年を取る度に若返るって方はいないのでだからみんなの問題として私もその一員としてこの番組を見ながらお勉強しつつ楽しく生きたいと思います。
では早速視聴者の皆さんの体験談ご覧頂きます。
(きよこ)ほらなってるじゃない?たくさん。
神奈川県藤沢市の住宅街。
窓から顔をのぞかせているのは柳原せいさん。
大正3年生まれの100歳です。
(きよこ)なってるでしょ。
夏の間日よけにしていたフウセンカズラが実をつけました。
草花が大好きなせいさんです。
狭心症と糖尿病の持病があるせいさんの要介護度は3。
同居する娘の石橋きよこさんが介護しています。
それがちょっとだんだん自分も年を取ってくると大変になるかもしれないですけどカタッと音がすると飛んでいかないといけないので。
介護のかたわらきよこさんは自宅で茶道を教えています。
この道50年以上。
週に3回お茶の稽古をつけています。
自分のつとめがある事で無理なく介護に向き合う事ができるといいます。
(きよこ)夜のお稽古が始まるまでに食事を終わらせなくちゃいけないとかパジャマに着替えさせなくちゃいけないとか。
ちょっとは大変ですけれど…母にもいつもニコニコしていられないと思います。
きよこさんの夫吉幸さんも介護を支えています。
せいさんの味の好みを熟知した吉幸さんが毎日3度の食事を作ります。
はいごはん来た。
(きよこ)ごはん来たよ!あっ寝たの?きよこさんはせいさんとの限られた時間を後悔のないように送ろうとしています。
(笑い声)おいしいでしょ?おかげさまで…そうですね…本当95ぐらいになってからやっとそう思うようになって。
それまでは私は世話になってないって言ってましたので。
ね?そのぐらい勝ち気でしっかりしてないと長生きしないんじゃないでしょうか。
大正3年長野県に生まれたせいさん。
5人の子どもを育てたのは戦中戦後の食糧難の時代でした。
それこそ貧乏暮らしでしたけれどクリスマス会を家でやってみたりお正月はおせちをちゃんと作ってみたり。
せいさんの介護をするようになったきよこさんは母親が経験した苦労について思いを巡らすようになりました。
今年も実をつけたフウセンカズラ。
来年のために一つ一つ種を取っておきます。
せいさんは来年101歳を迎えます。
せいさんご自分でお食事とられてましたね。
しかも硬いごはんを食べられて。
おかゆとか雑炊なんか嫌いらしいですからせいさん。
そうですね。
お嬢さんと向き合って…。
95歳までは勝ち気で負けず嫌いだったって…。
その方が元気なんですね。
それとお母様と向き合うようになって介護をするようになってからまた思いも変わってきたのかなって…。
秦さんのお歌じゃないですけど本当に喜んでお返しを今なさってるお顔でしたね。
秦さんどんな事を感じましたか?お顔が本当にお幸せそうで…。
それで食事をするのも私たちはこっちで食べるからお母さんベッドでとかじゃなくて向かい合っていろいろお話ししながらやっぱり口からものが入るという事はありがたい事だなって思いました。
本当にすてきな笑顔でしたね。
では今のVTRの内容を踏まえて曲を演奏して頂きます。
では今メモをさせて頂いたのでそれをもとに歌を作りたいと思います。
よろしくお願いします。
お願いします。
ではせいさんの歌「ゴッドマザーのフウセンカズラ」歌います。

(涙声で)ありがとうございました。
私も最初のせいさんが外を眺めているあの顔がず〜っと脳裏に浮かんでいてその姿があってこのメロはきますね。
ありがとうございます。
フウセンカズラをどういうふうに見てそしてきよこさんとどういう思いで種を取ってたのかなって。
きっとねあれが一年に何回も何回も取れる訳じゃなくてまたこの季節がやって来たって思う事がね。
きよこさんもおっしゃってらっしゃいましたけどもっともっと何かやりたくてもやっぱり限りがある事だからそれとフウセンカズラとちょっと重ねてみました。
あんなに柔らかい笑顔の中にゴッドマザーという部分の魂が若い頃におありだったんだなと思うと今は本当にありがとうって生きてる事に柔らかい時間を過ごしてらっしゃって。
何をしても返す事ができないというきよこさんの思い…。
穏やかな日常の中でご覧になってたんではないかなと思いますね。
では次の体験談ご紹介しますね。
ご紹介します。
1983年に生まれた一人息子の純さんは先天性の筋ジストロフィーでした。
小学5年生から車椅子の生活になり綾子さんは長年勤めていた幼稚園を退職。
息子の純さんの介護が始まりました。
綾子さんが番組に寄せてくれた体験談を抜粋して読み上げます。
「普通学校に通った息子はトイレの介助が必要になったので私が付き添って自宅と学校を往復しました。
短大にも進学しパソコンの仕事にも就きました。
食事も自分で食べていましたが19歳の頃から風邪をひきやすくなりました。
息子は延命治療を望まず22歳まで生きました。
息子は亡くなる前日に『今までありがとう』と言ってくれたので『他人行儀にそんな言わんでよかよ』と言いました。
その後息子の友人にパソコンを習って私もパソコンライフを楽しんでいます」。
息子の純さん2005年22歳で亡くなりまして当時純さんが書いていたブログを今はお母さんの綾子さんが引き継いでいるという事です。
私もちょうど息子が同じぐらいに生まれてきっと親の息子への思いというのは一緒ですからね。
それが22歳で…。
それも子どもを…自分の子どもを介護する事というのはまた思いも違うでしょうね。
人間やっぱり何となくこういう人生になるんじゃないかなって思い描いてる事もあって。
その中には子どもが先に天へ召されるっていう事はあまりシナリオには入っていないんですよね。
それに毎日向き合わなくちゃいけない事っていうのはやっぱり親にとっては…産み出した者としてはその終わりを見届けるという事は毎日本当に…本当に胸引き裂かれる思いだったと思いますね。
ではその思いを込めて秦さん曲をお願いします。
続いての体験談は…やった〜!
(笑い声)ひ孫と遊ぶ…戦争のお話して。
うん?戦争のお話。
戦争?うん。
ここ数年耳が遠くなりました。
娘の眞知子さんは繰り返しふるさとの北海道にいた頃の話を聞くようにしています。
北海道深川市で生まれ育った春子さん。
60歳まで看護師として勤め上げました。
コーラスや英会話など多趣味だった春子さんは夫が亡くなったあと30年以上独り暮らしを楽しみました。
「第九」を歌ったりしてましたからねドイツ語で。
コーラスに入ってて。
切り絵をやったりとか毎日フル回転だったようです。
しかし5年前入院したのをきっかけに千葉で暮らす娘の眞知子さんが自宅に呼び寄せたのです。
突然見ず知らずの土地にやって来た春子さんは…。
「いつ帰るの?いつ帰るの?もうあっちへ帰りたい」という事ずっと言ってました。
何か月でしょうかね…。
ふるさとを離れた春子さんの心の支えとなったのはペットのたろうでした。
もう身動きしないで母と一緒に3時間ぐらいず〜っと座ってました。
こうやって抱かれてて…
(眞知子)わんこに話しかけていました。
私の気持ちが分かるのはたろうだけだねって。
新しい生活に慣れてきた春子さんでしたが去年転んで座骨を骨折してしまいました。
3日ほどの入院から戻ってくると眞知子さんは歩くリハビリを勧めました。
もう歩かないと歩けなくなるから歩けるんなら歩かせましょうと。
必要な時は手を引いてあげて…。
その時に私が思ったのは人間一生自分の足で歩いて自分の口で食べると。
最期までそれいってほしいなと思ったので…リハビリのかいあって再び自分の足で歩けるようになった春子さん。
通っていたデイサービスにも1か月ほどで復帰しました。
長年コーラスを続けていた春子さんにとってここでの楽しみは歌を歌う事。

(拍手)仲野さんありがとうございました。
ありがとうございました。
長い長い人生を生きてきた春子さん。
ここでの暮らしももう6年目になります。
やっと最近いろんな病気したり入院したりしてもう諦めたのかな?でもやっぱり希望を取ってしまうともう本当にトーンダウンしちゃうんでいつもそういう感じでやってます。
たろうちゃんが心の癒やしなんですね。
全部吸い取ってくれたんでしょうね。
しかしもう長年住み慣れた土地を離れてふるさとを離れるっていうのは本当心細かったでしょうね。
でも先ほどの最後の方の笑顔はもう楽しんでらっしゃる。
心から喜びの笑顔でしたね。
それも自分で歩いて行動の範囲をどんどん広げていったというのが大きいと思うんですよね。
やはり誰かがついていかないとそこに行けないっていう方々もいらっしゃるからそれが自分の足で自分の口で何か食べたり行けたりするという事は本当に人間にとって基本的な事なのでね。
だから遠く離れるって事はやはり基本的な一つ住むというところが変わるっていうのは大きな事なんでしょうね。
やはりお歌を歌ってらっしゃいましたね。
ふるさとの。
ねえどんな思いで歌ってたんでしょうか。
それでは曲の方よろしいですか?はい分かりました。
(2人)よろしくお願いします。

(拍手)ありがとうございました。
明るい感じで最後は何かおばあちゃまに希望を持たせて頂いて。
だって本当に帰れるかもしれないし。
そういうふうに思う事はとっても大切な事。
いくつになっても夢はあった方がいいわ。
介護にとって受ける方もする方もその夢希望を少しでもこういうふうにね…。
大事な事ですよね。
だって1曲歌が増えたんですよおばあちゃま。
たろうをこうやってだっこしながら。
ありがとうございました。
本当にこれから希望が持ててよかったおばあちゃま。
お元気で。
お元気で。
今日は視聴者の皆さんの体験談をもとにして秦さんに曲を作って頂きました。
何かやはり曲になると介護する人される人の思いというのがス〜ッとこう入っていくような感じで心打ちましたよね。
私涙もあって…最後は笑顔もありましたけれども涙も悲しい涙ではなくって何か本当に触れ合っていく事で人の何かそういう琴線に触れるというか…だから次に頑張ろうっていう涙なのでいいんですよね?泣いても。
もう泣く事はとっても大事な事だと思う。
人間泣くっていうのは大事な大事な感情の表現なのでそれを止めないで介護してらっしゃる方も泣きたい時はいっぱい泣いて。
笑いたい時はこんな時にって思わないでいっぱい笑うのがいいと思うな。
そしてこういうふうに気持ちを外に出していくっていう事が大事だと思います。
いや本当に今日はすてきな曲たくさんありがとうございました。
ありがとうございました。
すてきな時間でした。
音楽家の秦万里子さんでした。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
・「今まで今までありがとう」・「わたしからも言いたい」・「これからもありがとう」・「フウセンカズラはあなたの手で」・「種を取られるのを待っている」・「ゴッドマザーですうちの母は」・「いつかは帰ろうお家に帰りましょう」・「きっとその夢どこかでかなうわ」・「今まで戦争抜けて生きてきたのよ」・「さあお家へ帰ろうお家に帰ろう」・「わたしと歌ってください」「きょうの健康」です。
今回の「食で健康」は2014/11/20(木) 20:00〜20:30
NHKEテレ1大阪
ハートネットTV リハビリ・介護を生きる「秦万里子の歌う介護」(2)[字]

「秦万里子の歌う介護」二夜目は視聴者からの介護体験記に、秦さんが即興演奏。介護を生きる日常と希望、寄る辺なさとかけがえなさ、不安と安心の今日と明日を歌います。

詳細情報
番組内容
子育て、仕事、家事、そして介護。自分らしく生きる主婦たちへの応援歌を歌う「半径5メートルの音楽家」秦万里子さん。「秦万里子の歌う介護」の二夜目は、募集した視聴者の介護体験をもとに作詞作曲、即興で歌います。介護を生きる希望と力、寄る辺なさとかけがえなさ、癒やしと赦(ゆる)し、安心と不安の今日とあす。介護のありようは「百人百様」。秦さんのオリジナルの詩と曲が、それぞれの介護の物語と響き合います。
出演者
【出演】荒木由美子,秦万里子,【司会】山田賢治

ジャンル :
福祉 – その他
福祉 – 高齢者
福祉 – 障害者

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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