かわいい。
あ!この人の顔ね。
覚えてるよ。
ということでまた次回空港でお会いしましょうせ〜の。
(2人)『Youは何しに日本へ?』。
まず最初は…。
ニカラグアへ行くには直行便がないためまずは12時間かけアメリカはヒューストンへ。
到着後ヒューストン国際空港で…。
ようやく到着したのが。
やってきたのはニカラグアは北にホンジュラス南にコスタリカと国境を接し…。
そんなニカラグアの面積はかつてニカラグアはスペインに支配されていたこともあり公用語はスペイン語。
町なかには美しく歴史あるコロニアル建築がいまだ残っています。
念願だった自由をやっとのことで獲得。
その喜びはとても大きく革命を記念したお祭りのような行事が毎年行われるほど。
しかしその盛り上がり方が異常でなんとお祭りなのに…。
そんなニカラグアでマルちゃんってもしやちびまる子ちゃんのこと?と思いきや…。
どうやら早速注文してみると…。
ん?これはもしや…。
そうこれれっきとしたマルちゃんの海外版なんです。
そして食べ方を見てみると。
その食べ方がなんと大量のマヨネーズをカップラーメンの中に。
更にケチャップまで尋常じゃない量をかけています。
かき混ぜた中を見てみると。
さてマヨネーズとケチャップが入ったマルちゃんのお味は?こんな食べ方でニカラグアではそんなニカラグアの町なかで目についたのが。
更に…。
今回の実はニカラグアはいまだに交通設備が整っておらず…。
首都のマナグアでは日本の東京の倍以上なんとそれは…。
実はニカラグアは中米屈指の貧国の一つ。
貧困国なため町なかではその対策でお店や民家が鉄格子で囲われており治安があまりよくないのが実情。
果たしてそんないったいどんな人物なのでしょうか?早速その日本人がいるという住所に行ってみると…。
はい。
こんにちは。
こんにちは。
こちらが中米の秘境の国ニカラグアで外観はやはり他のニカラグアの家と同様に…。
門の上には聞けば九笹さん…。
早速家の中に入り今育てているという子ども達を紹介してもらうことに。
九笹さんは現在こちらの更に現在一人暮らし中の長男の桃太さんと次男の雄治さんはすでに独立。
そして九笹さんがとりわけかわいがっているのが…。
それがこちら。
これはいったい?実はこれ九笹さんが繁郎君の喜ぶ顔を見るために自分で考案したその名も…たらい回し。
実は繁郎君のお父さんつまり九笹さんの長女すみれさんのご主人は…。
まだ当時1歳だった繁郎君にはそれ以来九笹さんはお父さんのいないしかも死ぬわけにはいかない。
うわ〜!なかでもシンナー中毒者が町なかに溢れる危険な場所で…。
一体ナゼ彼女は貧困に苦しむ子ども達を救うことになったのか?その裏に涙なしでは語れない…。
今回『世界ナゼそこに?日本人』。
死ぬことを自分のものとしたい。
そう思って生きてまいりました。
命を惜しまれるようなことを…。
こちらも大切な人の命を通じていかに生きるかを考えさせてくれる映画です。
そこで今回はこの映画に出演される豪華なゲストにお越しいただきました。
主演の…。
お越しいただきました。
(拍手)
(拍手)簡単に言うとほんとに聞けば九笹さん九笹さん早朝に起きたあとすぐキッチンに。
朝食だけでなく小学校に通っている…。
今作っているのは玉子焼きのようです。
しかし…。
今度はどうやらおにぎりを作るようです。
そしてのりを巻いて…。
大学生のまるで母親のよう。
皆さん続々と起床のようです。
孫の繁郎君おいしそうにおにぎりを食べています。
かわいい。
毎日孫の繁郎君を小学校まで送っていくのが九笹さんの日課。
こちらが孫の九笹さん同様ニカラグアでは家に戻ると…。
これではいただきま〜す。
それにしても仕事には行かなくていいんでしょうか。
一方孫のどうやら昼食のよう。
生徒みんなおいしそうにご飯を食べています。
と思いきや…。
まだこれはいったい?すでに朝おにぎりを食べてきたはずの繁郎君にとっては2度目の朝食。
一方九笹さんはどこかにお出かけのようです。
やってきたのは九笹さん宅から徒歩3分の…。
九笹さんはいつもこちらの市場で…。
すると九笹さん主夫のようなことをやり始めました。
交渉の末本当はこの積み重ねがこの日は1週間分の食材でおよそ10キロ合計800円のお買い上げ。
孫の繁郎君が小学校から帰宅しここから九笹さんは孫の繁郎君につきっきり。
まずは学校から出た宿題を見てあげて…。
宿題が終わるとそのあとはサッカー。
しかし…。
来年還暦を迎える59歳の九笹さんには大変そうです。
今度は夕食の準備を始めました。
九笹さんお母さん顔負けの働きっぷり。
本日のメニューはそして九笹さん手作りのこうして九笹家では毎晩夕食を家族一緒に食べるのが日課なんだそう。
ふだん学校で忙しい子ども達となかなか話すことができないためしかし実はここに至るまでにはそれは別の日に明らかになりました。
九笹さんこれからある場所に行くというのでついていくことに。
九笹さんちゃんと仕事していたんですね。
すると突然…。
言えない。
そう言った九笹さんの頬に涙が。
実は今から行くそのしかしそもそも一体ナゼ九笹さんは日本から遠く離れた中米の秘境の国ニカラグアに来ることになったのか。
その裏には何かを得るために何かを失った知られざる…。
ではそもそも一体しかしそもそも一体ナゼ九笹さんは日本から遠く離れた中米の秘境の国ニカラグアに来ることになったのか?その裏には何かを得るために何かを失った知られざる…。
小さな頃はいつも野山を駆け回るただいま。
おかえりなさいませ。
父親は現在のJT当時の専売公社の勤め人。
父は一家の大黒柱として子ども心に九笹さんはそう感じていました。
そして高校を出ると自然の中で育った経験から旧帝国大学のひとつで水産業に強かった名門卒業後は人もうらやむそれがそのきっかけとなったのは九笹さん28歳のとき。
ある中根千枝さんの著書「適応の条件」を読んだ九笹さんはそこで九笹さんが選んだのがこうして海を渡った九笹さん。
そのとき派遣されることになった場所は日本から12,600キロ離れた中米のそう中米に移って2年。
出会いもありました。
後に九笹さんの奥さんとなる人でした。
慣れない異国で暮らす九笹さんに彼女はそんな親切で優しい彼女とならきっと九笹さんのほうから猛アタックし交際がスタート。
出会って3年間順調に愛を育み九笹さん31歳のときに結婚。
九笹さんが特にかわいがったのが優しい性格で世話好きな男の子それから男の子でありながら…。
時にはいちばん大好きだったというバラの花をお小遣いをためて九笹さんにプレゼントしてくれたこともありました。
決して裕福ではありませんがそう思っていたのですが…。
予想だにしなかった家族の崩壊がある日始まってしまったのです。
そのきっかけは…。
ついには子ども達を置いて毎晩のようにこうあるべきと思った家族の姿。
それは自分の周りでは当たり前だったきちんと働く厳格な父親と夫を支え家庭を守る優しい母親。
そんな理想の家庭像を妻に押し付けていたのかもしれない。
しかし一度かけ違えたボタンは戻ることはありませんでした。
結婚12年目43歳にして離婚。
奥さんと話し合った結果仕事と育児の両立は並大抵の大変さではありませんでしたが更にこの先は6人分の学費も膨大にかかります。
そこで九笹さんは続けていた工事現場の仕事に加え空いた時間には牧場の仕事まで手伝うようになりそれこそ馬車馬のように働いたのです。
更に疲れきった体で料理や洗濯などすべての家事もこなしました。
そんな父親を子ども達も何かと手伝ってくれるように。
そうこの子たちが九笹さんの生きがい。
なかでも忙しかったおうありがとな誠司。
そうバラが大好きだった三男の誠司君。
幼い頃から困っている父を助けようとするとてもそんなシングルファーザーとして多忙を極める日々のなかそれはホンジュラスの日本大使館で働いていた知り合いから聞いたこんなひと言でした。
隣の国ニカラグアはしかもそれほどきつくない労働条件でそうなればこうして1998年九笹さん43歳のとき一家はニカラグアに移住することになったのです。
願いどおり子ども達との時間も増えるなかで九笹さんはこんなふうに考えるように。
言ってみればただあのというところだけじゃないですかね。
妻と別れ苦労を重ねまさにそのとき。
またしても一家を不幸のどん底に突き落とすここが痛むのか?今から妻と別れ苦労を重ねやっとそう思えた矢先ある日。
あっ。
誠司…。
突然激痛を訴えた誠司君。
すぐさますると三男の誠司君は恐ろしい病魔におかされていることがわかったのです。
それは…。
悪性骨腫瘍でした。
日本と比べ医療事情の遅れたニカラグア。
ここで治せるのか?その一心から九笹さんは医療技術の進んでいる日本の病院で誠司君の治療を始めることを決めたのです。
一心でした。
こうして抗癌剤を使った治療が始まりました。
けれどその強い副作用を受け日に日に変わりゆく誠司君の姿は九笹さんにとってつらいものだったといいます。
誠司君は2年間頑張りました。
しかし…。
わずか16歳で一人旅立ってしまったのです。
抑え切れない悲しみに沈んだ九笹さん。
長い苦しい時間を経てその心にはある想いが芽生えました。
こうして導き出した答えこそ先ほど涙を流しながら向かっていた場所だったのです。
ええ。
そして着いたのは…。
大きな農場。
誠司君が亡くなって2年後の2008年九笹さんは待遇のよかった大使館の仕事を辞めました。
代わりに始めたのがこの広大なそしてその場所にCEIJIと命名したのです。
九笹さんは九笹さんはかつて牧場で働いていた経験を活かし。
それが亡くなった息子の遺志と信じて。
大きな感謝の気持を隠しません。
そしてこの農場にはそれは…。
九笹さん。
はい。
男の子だけど小さな頃からバラが大好きだったという誠司君。
天国から見てもらおうと作ったバラ園。
亡くなって8年になりますが誠司君は九笹さんの心の中で仕事を終えるといつもバラを1本持ち帰り遺影の前にお供え。
こうして話をするたびに九笹さんの心はありし日の誠司君でまたいっぱいに。
どれだけ時間が経とうが悲しみが消えることはありません。
残された家族だけでなく続いての…。
ケニアへの直行便はないためようやく到着したのがアフリカ大陸赤道直下の国かなり少なめ。
早速首都ナイロビから捜しているケニア人の足たどり着いたのは畑に囲まれた郊外ののどかな町早速日本人を捜そうと歩いていると…。
と次の瞬間想像もしなかったなんとこちらに向けて突然巨大な石を全力で投げつけてきたのです。
すぐにその場を離れます。
安全な場所に避難しなんと彼らは全員でシンナーを吸っておりそれが日常的な光景だというのです。
と次の瞬間!危ない危ない!なんということでしょう。
シンナーで錯乱状態に陥っていた彼らが今度は…。
彼らが吸っているというシンナーとは…。
にもかかわらず街を歩いていると少年たちが皆一様に…。
あたりまえのようにシンナーが入ったボトルをくわえているのを目にします。
その目は…あまりにもうつろ。
足取りはおぼつきません。
果たしてシンナーが蔓延し危険がつきまとうこの街で危険でなさそうな人を見つけ日本人について聞いてみると。
どんどんと人が集まってきます。
すると…。
なんと親切なこの少年がテルミさんのもとへ案内してくれるといいます。
連れてこられたのは…。
少年にうながされるまま門の中へ。
中には建物がひとつ。
ここに日本人がいるのでしょうか?あっこんにちは。
この方がすると連れてきてくれた少年を見ていて何かに気づいた様子の照美さん。
するとしぶしぶそでから何かを取り出す少年。
これはまさか…。
シンナーの魔の手はこの街の少年たちの間に信じがたいほど広く伸びているようです。
それにしても照美さんはこの施設の設立者。
生活にかかわるほとんどすべてのことを自分たちでこなします。
そしてこの子たちの誰もが我々の想像をはるかにこえる住む家もなくなった子供たちはくず鉄拾いなどで稼いだわずかなお金で…。
その結果栄養失調で倒れていくという負の連鎖を繰り返しているのです。
照美さんはそんな子供たちがシンナーに溺れて人生を棒に振るのを未然に防ぐため14年前にこの施設を設立したんだそう。
そして…。
その謎を探るべくとある日の朝。
子供たちは朝の5時ごろに起きだします。
夜が明けきる前の朝ごはん。
朝食はみんな揃って食べるのがこの施設のルール。
せめてもの栄養のためにパンだけは思う存分食べさせたい。
これも照美さんの親心。
そして朝日が昇ったころ…。
この日の前日路上でよほど家に帰りたくないのかどうしても家の場所を教えてくれません。
今日はわずかな目的は理由を探ること。
バスが走るにつれジョセフの表情は固くなっていくよう。
そしてたどり着いたのは…。
すると…。
ハイハローハウアーユー?突然嗚咽を漏らして涙する女性が。
家も施設も飛び出しそればかりを思いながら探し続けていたところ偶然再会できた驚きと安堵から心の関が崩れてしまったといいます。
話を聞けばそしてジョセフのお姉さんに案内してもらい家へと向かいます。
どうやらこの小さな小屋がとそのとき遠くから1人の女性が。
聞けばこの一部屋しかない小さな家に住んでいるのはお母さんを含めなんと4人。
本当はジョセフは5人兄弟。
しかし稼ぎ頭のお母さんにも今はまともな収入がなく全員の子どもを育てるだけの余力は残されていないようです。
家族と照美さんとで話し合いが始まりました。
そこでジョセフのお母さんが出した答えは…。
結局照美さんの施設でジョセフを預かることになりました。
小学校1年っていうのは…。
ジョセフ。
照美さんのところで暮らせると決まりなんだか表情が明るくなった様子。
照美さんも嬉しそうです。
翌日早速彼は社会で生きていく力を見につけることができず…。
照美さんどうやらいきなり早速校長先生による面接が始まりました。
ひとまず1年生のクラスに入学が決まったジョセフ。
年下の子どもたちのなか逃げずに頑張れるでしょうか。
そして2人はその足で街の制服屋さんへ。
新品の制服を一式揃えます。
教室を覗いてみるとピカピカの制服を着て一生懸命授業を受けるジョセフの姿が。
学校で勉強できることが嬉しくてしかたない様子。
これならしばらくは逃げずにいられそう。
実はそこには施設で夜を過ごすことができないこぢんまりとした平屋の一軒家に到着。
ここがご自宅。
主な間取りは物がたくさん置かれた居間が1つとちょっと小ぶりな寝室が1つ。
と晩ご飯の準備を始める照美さん。
まずは強力なガスコンロでお湯を沸かします。
ところでこのお湯何に使うのでしょうか。
なんですか?それ。
そう作っていたのはこのお湯割りなしでは料理が始まらないんだそう。
続いて炊飯器がないため昔から使っているという炊き上がったお米のお味は?と思ったら落ちたやつもいっちゃう感じなんですね。
炊き上がったお米で日本から調達した梅干し入りのおにぎりをにぎり…。
照美さんの晩ご飯が完成。
照美さんの晩ご飯のスタイルは本を片手にやはり焼酎のお湯割りを飲みながら。
すると…。
すぐに回復することもあれば朝まで電気がこないこともあるんだとか。
そしてこの暗闇が照美さんにある記憶を思い起こさせたのです。
2011年3月照美さんがいなかった深夜危険を察知して天井裏に逃げた子どもたちは無事だったもののナタのような命こそ奪われなかったものの大ケガを負ってしまったのです。
それは…。
事件後すぐ更に…。
自分を狙った強盗に子どもたちが襲われた。
照美さんの心はとてつもない後悔と自責の念で埋め尽くされました。
そんな思いで今も危険なこの街に留まり子どもたちを救い続ける日々。
しかしそもそも一体ナゼ照美さんは日本から遠く離れた異国の地アフリカ・ケニアに来ることになったのか。
更に…。
泣きながら話していたその裏には大切な人を亡くし生きる希望さえ失った…。
何不自由ない幼少期に突然始まった…。
ここから彼女の18歳のとき奨学金の試験に合格。
ふるさとを飛び出した彼女は東京である出会いを果たします。
それは3つ年上のよくしゃべり行動派の照美さんと静かにじっくり考える武さん。
相反する2人は互いの欠点を補うかのように惹かれ合っていきました。
そして照美さんが大学を卒業し2年が経った頃2人はしかしその先にあったのは甘い生活ではなく照美さんは幼稚園に勤め…。
武さんは都内の2人は都会の激しい流れに翻弄されすれ違うばかりの日々が続きました。
そんな生活が2人は都会から逃げるようにたまたま訪れたようやく資金をため2人は照美さんのふるさと照美さんは明るい未来を信じて疑いませんでした。
突如その幸せが一転。
ほかの車のために道を支えていた石垣の1つがころり。
瞬く間に道は崩れコンクリートを満載した
(スタッフ)それ思い出すと。
そうですね。
このままでは自殺してしまう。
それほど憔悴しきった彼女を親戚や友人は手分けをして毎日見張りました。
そんな日々が続くなか…。
見るに見かねた友人が気分転換になればとなかば強引にアフリカ旅行へと誘ったのです。
するとこのときたまたま訪れた46歳のとき愛する夫を突然交通事故で亡くした照美さんは生きる気力さえ失っていました。
そんな彼女を見るに見かねた友人が気分転換になればとなかば強引にアフリカ旅行へと誘ったのです。
するとこのときその陽気なブユンゴがこう言ったのです。
悲惨な環境でその震える小さな体を照美さんは抱きしめずにはいられませんでした。
愛する人を失った者と愛されることを知らない者。
その悲しみを分かち合うのに言葉はいりませんでした。
同時に夫を亡くして以来初めて芽生えた生き続けたいという意思。
照美さんはすぐにブユンゴの心も落ち着いたころ…。
それは目を疑う光景でした。
帰る家さえなく空腹と寂しさを紛らわせてくれるシンナーに溺れブユンゴと同じ年頃の少年たちが自らの命をどぶに捨てようとしていたのです。
なんとかしたいいやしかし施設立ち上げに奔走する彼女のある日突然それどころかついには照美さんはすぐさま病院で診断されたのは…。
しかしある日のこと照美さんはすぐさまそして…。
病院で診断された病名それはなんと…。
一命を取り留めたものの…。
しかし…。
その一念を支えに手術からわずか3ヵ月で歩けるまでになる驚異的な回復を見せた照美さん。
再びケニアへと舞い戻り今も運営する施設今日のお買い物のお目当ては「HappyBirthday」と書かれたケーキ。
そう今週ついに卒業生第1号は料理人を目指す無口なジョンと洋服作りで暮らしていくと決めたおしゃれなケビン。
施設ができて間もない頃にここへ引き取られた2人。
料理人を目指すジョンは一週間ほど前から…。
一方…。
実はこの前の日照美さんは洋服を作りたいというケビンのためにミシンを買いにいったのです。
ところが…。
そんな照美さんの思いとは裏腹に届いたミシンを見たケビンはなぜか急にふて腐れここ数日彼女とは口もきいていませんでした。
これまでにも…。
たくさんのトラブルを起こしてきた問題児のケビン。
このまま照美さんとは口をきかずにふて腐れたままついにやってきた今日の主役ジョンとケビンもそろいました。
その言葉に対しそしてここのところずっと口をきいていませんでした。
しかしこの後新品ではなくそんな彼から照美さんへのまだふて腐れたままなのでしょうか?すると…。
はなむけのミシンがなんだか永遠の別れの象徴に思えてただ寂しかったから…。
(拍手)日本から遠く離れたアフリカの大地で
(拍手)戸田様は三年後には腹を召されると伺いました。
そして本日のゲストのお三方が出演する映画『蜩ノ記』も家族の愛そしていかに生きるかを考えさせられる感動作だというのですが…。
僕たちの今の時代と違って時代劇の世界なので非常にみんなが耐えに耐えてでも毅然と日々を悔いなく過ごそうといって一生懸命生きてる姿が本当に美しい映画ですね。
映画館にも行きます。
よかったら4人で行きませんか?
(笑い声)2014/09/29(月) 21:00〜22:48
テレビ大阪1
世界ナゼそこに?日本人SP「愛する家族の死を乗り越えた日本人」[字]
中米ニカラグアで4人の子供を育てるシングルファーザーがいた!アフリカのケニアでは貧しい子供を救う日本人女性が!一体ナゼそこに?その裏には波瀾万丈の人生ドラマが…
詳細情報
番組内容
ナゼそんなところに日本人が?世界で暮らす知られざる日本人が続々登場。今回は「家族愛とは何なのか?大切な人の死を乗り越えた日本人」2時間SP!▼中米の秘境ニカラグアで4人の子供を男手一つで育てるワケありシングルファーザーがいた!▼アフリカのケニアでは大病を患いながらも、路上で暮らす貧しい子供達を救う日本人女性が!一体ナゼそこに?その裏には波瀾万丈の人生ドラマが…。ゲストに役所広司、原田美枝子が登場!
出演者
【MC】
ユースケ・サンタマリア、杉崎美香
【ゲスト】
役所広司、原田美枝子、青木崇高、東貴博、たかのてるこ
番組概要
◆「世界ナゼそこに?日本人〜知られざる波瀾万丈伝」は世界の果てで暮らす、知られざる日本人の活躍に密着!そこから元気や勇気をもらい、日本人としての誇りが持てるドキュメントバラエティ!
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バラエティ – 旅バラエティ
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情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
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