エリートの道を捨てなぜかハイチといえばカリブ海の青い海と白い砂浜が美しいリゾートというイメージのある国ですが…。
実はそうではないこんな一面もあることをご存じでしょうか?マグニチュード7.0の大地震は津波も発生し自然災害に直面することが特別に多くそのたびに多くの被災者が生まれるというハイチ。
直行便がないためアメリカを経由し…。
中米の秘境ハイチ共和国に到着。
東はドミニカ。
海を隔てて北西にキューバ西にジャマイカが接する海とともにある国。
そんなハイチの少しフランス語が混ざった言葉。
それもそのはずここハイチは独立してからおよそ200年経ちますが今でも混乱が続いており治安があまりよくないのが実情。
商店は頑丈な鉄で囲われておりほとんどの店ではショットガンを持った警備員を雇って配備。
国内にピストルは10万丁出回っているといわれておりまた取材期間中に行われていた楽しいはずのカーニバルでも…。
現在まで治安維持の活動を続けているのが現状です。
今回のロケでは取材班が空港に着いた瞬間から現地の警察が密着ガード。
カメラを持っている外国人は特に襲われる可能性が高いからとのこと。
更に…。
この車!?移動は軍などでも使用するこちらの頑丈な車を使用。
このくらい用心しないと安心してロケは行えないのです。
この治安の悪さに拍車をかけているのはこの国の貧困問題にあります。
少しでもお金になるものがないかとゴミ処理場につめかける人々。
服や体は川で洗う。
家にトイレがなく庭先で用を足す。
それが当たり前なんです。
この貧困だけでも生きていくのが大変。
それなのに更に…。
そして…。
家の中でも崩れかかったレンガがそのままに。
こちらのお宅の壁は崩壊寸前になっています。
家を修理するお金もなくいつ崩れるかわからないこの家で家族12人今も暮らしているといいます。
こちらは家をなくした奥さんと娘2人広さは6畳ほど。
娘2人はベッドですがハイチ地震から3年経った今も毎年来るハリケーンの影響もあり復興は追いついていません。
現在でもここで本題。
そんな危険で貧困でもあるハイチにわざわざということで早速教えてもらったIOMという場所へ。
車で10分。
するとありましたIOMの文字が。
早速中へ入ろうとしたそのとき…。
そう言ってガードマンから足止め。
日本のテレビの取材だということを切々と伝えオオノさんに会わせてほしいと頼みます。
しかし…。
現地のクレオール語が話せるスタッフが警備室でもオオノさんに連絡を取ってもらえるよう説得。
もう取材は無理なのかと思っていたそのとき…。
やっと会えました!こちらが聞けば大野さん東大京大と並ぶ旧帝国大学の一つ一流大学の阪大を卒業。
しかも大学院の博士課程まで進んだにもかかわらずなぜか日本でのエリートの道を捨てこの地に単身やってきたといいます。
実は大野さんにはある壮絶な過去がありそのことが理由でこの地にやってくることになったのだというのです。
とその前にここIOMというところで大野さんはいったい何をしているんでしょうか?実はここIOMとは世界の紛争地や災害被災地更にその周辺地域で…。
そして大野さんは阪大工学部の建築学科で得た知識を生かしてそんなIOMの敷地内を歩いていると…。
なんと大野さんがやっているのは仮設住宅づくりだけではありませんでした。
これは家が倒壊してしまった被災者がテントに移る際に渡す生活用品。
水汲みに使えるバケツの中にトイレットペーパーや石けん歯ブラシなど被災者の初期の生活から支援しているのです。
そして一緒に働いている仲間は…。
職員の皆さんは明るい人ばかり。
スタッフとともに頑張り続けた成果は着実に実っているといいます。
そうこれが大野さんが作ったというハイチの仮設住宅。
3年前の震災直後に建設され…。
大野さんはその点検にやってきたのです。
そんな仮設住宅の中はどうなっているのか?こちらはおじゃまさせていただくと入ってすぐの場所には売るための商品が置かれており広さはおよそ6畳。
その奥が寝室。
こちらもおよそ6畳。
大野さん隅々までチェック。
3年経っても構造的には問題がないようです。
実はこの仮設住宅に住めた人はまだいいほう。
それは…。
フォンド・ヴェレットという町では9年前その被災者たちが移住できる土地は2004年のハリケーン以来なかなか見つからず…。
ようやく見つかったのは昔住んでいた中洲を見下ろすわずかな空き地だけだったのです。
そこは氾濫した川のはるか上にあるこの山の上。
実は1か月前に完成したこの仮設住宅には大野さんの強い思いが。
そこには長いテント暮らしで苦労を重ねた被災者の心が少しでも安らぐようにと以前はベニヤだった壁を石を積み重ねコンクリートで固めたものに改良。
実はこれもともとは木材の高騰によりベニヤが使えなくなったことで変更したものでしたが結果的に耐久性を高くすることができました。
屋根は丈夫でサビに強い強度を増したアルミを採用。
玄関には広間を設け炭での調理をここで行うようにしました。
今では家族8人悪天候を気にせず暮らせるようになりました。
家の中にはまず6畳ほどのスペースが。
そしてその奥にはベッドが置いてある寝室。
こちらも6畳ほど。
さまざまな工夫を凝らしたこの建物。
大野さんの思いは伝わっているんでしょうか?そしてまた1軒の家が建とうとしていました。
出迎えてくれたのは大歓迎を受けた大野さん。
夜になり自宅に戻ってきました。
そうです。
(スタッフ)すみませんおじゃまします。
いえいえ。
まあそうですね。
真っ暗でわかりづらいですがこちらが結構いい暮らしをしているんですね。
と思っていたらこの家の2階のここが大野さんの部屋。
やはり暗くてわかりづらいですが8畳くらいの広さです。
電気がないと水を引っ張りあげることができないためシャワーも使えず電気がなくても料理は作れるそうで自炊が基本の大野さん。
ハチマキで懐中電灯を頭に巻きつけ即席ヘッドライトで調理します。
スーパーで買ったオクラを茹でてカツオ節をまぶしポン酢をかけるだけ。
煮てる間に…。
食べながら調理をするんです。
そうめんももう3年になるハイチでの一人暮らし。
板についています。
こうしてしかしそもそもいったいなぜ大野さんは3年前にここハイチに来ることになったのか。
その裏には何かを得るために何かを失った知られざる…。
シンナーが蔓延するこの危険な土地に…。
更に今では幸せな家庭を手に入れた彼ですがその笑顔の裏にはその裏にはお見逃しなく!さぁそれではですねいったいなぜ大野さんは大学院の博士課程まで進みながらも日本でのエリート人生を捨ててハイチで仮設住宅を作ることになったんでしょうか?生き方を変えたかったんじゃないかなと。
エリートとかまじめに仕事と向き合ってきたなかで…。
誰かを助けるために生きていきたいと思ったと。
待て!マグニチュード7.0ハイチ地震直後に移住。
しかしそもそもいったいなぜ大野さんは3年前にここハイチに来ることになったのか。
その裏には何かを得るために何かを失った知られざる…。
先生からこんなふうに評されました。
でも夢中になったのはフルートよりも目に見える世の中がバブルを迎えた高校時代。
少年の夢は高層ビルの建築に向かいます。
いつか自分も希望を胸に旧帝国大学の名門でした。
けれど人生の設計図が見えてきたその矢先…。
なんと21歳にして…。
なぜか突然ぶつけたわけでもひねったわけでもないのに右太ももの付け根に激痛が続きます。
やがてまともに歩くことさえできなくなってしまったのです。
大腿骨に巣くった巨大な骨の腫瘍。
腫瘍の影がぼやけているのを見て医師は眉をひそめました。
きわめて危険な骨肉腫かもしれない。
その言葉が大野さんを絶望に追いやります。
直前に良性と告げられたものの手術を終えても一向に引かない足の痛み。
不安は消えませんでした。
疑心暗鬼のなかでリハビリが始まります。
それは…。
あの阪神淡路大震災に遭遇してしまったのです。
激震の瞬間大野さんは自宅のベッドで眠っていました。
シンナーが蔓延するこの危険な土地に…。
いったいなぜ彼女はこんなにもシンナーが蔓延するこの地で暮らしているのか?一体彼女の過去に何があったのか?その裏にはマグニチュード7.0ハイチ地震の直後に移住。
大野さんに再び追い打ちをかける出来事が。
それは…。
あの阪神淡路大震災に遭遇してしまったのです。
激震の瞬間大野さんは自宅のベッドで眠っていました。
すさまじい揺れのなかで身動きもとれず幸い大野さん自身は被害を免れたものの慣れ親しんだ街は無残に破壊されていました。
余命宣告を受けたものの良性とわかり術後のリハビリのかいもあって足の痛みも癒えました。
学生生活を取り戻した大野さんは…。
と改めて夢に向かって歩み出します。
その一心で帰国してキャリアを築く海外留学も決まりました。
一歩ずつ着実に縮まっていく夢への距離。
でっかいビルはすぐ目の前にあったのです。
そんなときまたしても巨大津波を呼びスリランカなどインド洋周辺に大きなダメージを与えたのです。
まあ自分がその…。
まあその代わり今は予定されていたスマトラ島沖で起きた地震の津波により大きな被害を受けていたスリランカ。
大野さんはしかし行った先で津波は何もかも飲み込み人々の暮らしを根こそぎ奪っていたのです。
作業は気温35℃を超す炎天下で始まりました。
最初はガレキの処理。
続いて基礎作り。
震災直後のスリランカは衛生状態が悪くスタッフのなかには食中毒に倒れたりデング熱などに苦しむ者も続出。
参加したスタッフの半数がひと月足らずで脱落していきました。
そんなとき彼を支えてくれたある言葉がありました。
自分が作った家族の母親は大野さんの瞳をまっすぐに見てこう言いました。
そのまなざしに大野さんは震えました。
そして体中をひとつの確信が貫いたのです。
レールにのってけれど気がつけば3か月の期限はとうに過ぎへぇ〜!それこそがハイチで起きた大地震だったのです。
今自分がいるならばしかしガレキをどければ無数の亡骸。
悲惨な光景に直面し続けてでも…。
人々のたくましさでした。
それはハイチで最初に手がけた
(笑い声)新しい暮らしを手に入れた住民たちの何の変哲もない日常に強く励まされたのです。
一度はたとえちっぽけでもと大野さん。
人々の笑顔は大野さんを奮い立たせるエネルギー。
遠く離れた穏やかな日常を待ちわびる人たちのために小さな明日夜9時からの『世界ナゼそこに?日本人』は…。
死ぬことを自分のものとしたい。
そう思って生きてまいりました。
豪華ゲストが登場。
残された人生…。
1年かけて?そんななか天山山脈を登っていたそれでもうじゃあこれはもういやいや。
でもやっぱり続いてのブラジルに行くには直行便がないためアトランタを経由し合計31時間ようやく到着したのが日本の反対側南半球に位置するブラジル最大の都市サンパウロ。
果たしてこの町に暮らすこちらが日本人が住む高層マンション。
こんにちは。
いらっしゃいませ。
ここですか?ご自宅。
はいどうぞ。
こちらが2人の夫の死を乗り越えじゃあおじゃまします。
はいどうぞ。
お部屋の数は?すごい。
こちらのマンションはお値段は秘密ですが更に金澤さんはここ以外に金澤さんは夕食作りへ。
和食を作るときには遠く離れた日本を思い出すそう。
今日は腕によりをかけた近くに住む現在はブラジルで医師をしているというエリート。
そして金澤さんと一緒に住むこちらも優秀な方なんですね。
夕食は家族3人で食べるようにしているそうです。
波瀾に満ちた生活を経て何を広めたかは公園に行けばわかるというので早速行ってみると…。
おっあれゲートボールやってますね。
ブラジルでゲートボールやってますね。
公園で行われていたのはなんとどうやら金澤さんがブラジルに広めたのはこのゲートボールのよう。
やっている人に話しかけてみると…。
調子はどうですか?95歳!?なんと御歳お元気ですね。
というよりこの方そうブラジルは多くの日本人が移民として渡り現在ここサンパウロにはおよそ100万人の日系人がいるそうです。
その日系人のお年寄りに大人気なのが更によく見ると日本人だけではなくブラジルの方も。
日系人が持ち込んだゲートボールは現在ブラジルでおよそ2万人もの競技人口がいる人気のスポーツ。
どういう意味なんでしょう?なんと競技人口が2万人もいるブラジルでいわばほぼ独占的に販売しているんです。
しかしいったいなぜ日本人の金澤さんがここブラジルでゲートボールの道具をこちらが金澤さんが営むブラジルの2万人もの競技人口を支えるしかし店内にいるのは金澤さんただ一人。
(スタッフ)こちらのお店はお一人?その後10年以上も1人で亡きご主人の名前がついたこの店を守り続けています。
そこには二人の夫の死を乗り越えゲートボールの道具をほぼ独占的に販売するにいたった波乱の人生があったといいます。
その真相を探るべく金澤さんに同行。
なんでもここブラジルでゲートボールの道具をほぼ独占的に販売できるようになった理由がわかる場所へ今から向かうというんですが…。
おはようございます。
ありがとうございます。
(スタッフ)この方は?更に過去3度も強盗に遭った経験から車を走らせること3時間。
やってきたのはこちらのグラウンド。
とそこへ…。
車からはお年寄りが続々と降りてきます。
この日はサンパウロ周辺のチームが集まるすると金澤さんが突然お店から運んできた道具をなにやら並べ始めました。
そうなんとここで今からそのためわざわざ店に行く手間が省けるとほとんどの人がこの出張販売で道具を買っていくそう。
ブラジルにはなかったまさに金澤さんはしかし金澤さんそもそもその秘密がわかるという場所へついていくと…。
(スタッフ)ここは何の場所なんですか?やって来たのは公園のなかにある共同墓地。
ここに金澤さんが1人でもゲートボール用品を販売し続ける理由がありました。
そう金澤さんはこれまで2人のご主人に先立たれているんです。
ここはその2人が眠るお墓。
ブラジルでゲートボールの道具をほぼ独占的に販売しその発展を支えてきた金澤さん。
そこに至った理由それはこのお墓に眠るしかしそもそもいったいなぜ金澤さんは日本から遠く離れたブラジルに来ることになったのか。
その裏には2人の夫と死別した…。
3人兄弟の長女として生まれ山口県で育った金澤さん。
人生の転機は15歳のとき。
家族5人で夢を抱いてブラジルへ渡りました。
当時の日本政府はブラジルには金のなる木がある。
そこは楽園などと甘い言葉で移民を奨励していたのです。
しかしそこで待っていたのは楽園などではなく食べるのもままならない貧しい生活だったのです。
貧しい生活のなか幼い弟と妹を学校に通わせるため自分は学校に行かずバナナ売りとして働き始めた金澤さん。
毎日重いカゴを背負い兄弟のために売り歩く日々。
しかしポルトガル語もまったく話せない金澤さんのバナナを誰も買おうとはしませんでした。
噂が広まりバナナは次第に売れるように。
今日も待ってくれている人がいる。
そんな思いを支えになんとそんなある日金澤さんにテレビが壊れたとき修理を頼んだところやってきたのは日本人でした。
たまたま仕事でこの国に来ていた意気投合した2人は交際を始め4年後には結婚。
はずでした。
ところが希望を抱いた金澤さんに…。
悲しみに暮れた金澤さんを救ってくれたのはその後に誕生した2人の子どもたちでした。
決して裕福ではないけれど今度こそ幸せになれる。
そう思いました。
ところがそれも束の間。
今では幸せな家庭を手に入れた彼ですがその笑顔の裏にいったい彼の過去に何があったのか?その裏にはブラジルで夫の死を乗り越えしかしそれも束の間。
金澤さんが31歳のときまたも予期せぬ悲劇が。
(スタッフ)病院には?ようやく手に入れた満足な治療を受けられないまま7ヵ月におよんだ闘病生活の末金澤さんは最愛の人を自宅で看取ることになったのです。
(スタッフ)報告はされたんですか?涙をこらえながら2人の子どもを女手一つで育てるため意を決して始めたのは児童施設での住み込みの仕事。
ところがその決断が意外にも新たな出会いを生んだのです。
そこで偶然勤務していたのが後に夫となる久保さんでした。
しかし一つ問題が。
当時34歳だった金澤さんに対し久保さんはなんと65歳。
夫を失い悲しみにくれる金澤さんはまるで本物の父のような彼の無償の優しさにしだいに安らぎを抱くようになったのです。
この人なら寂しがっていた子どもたちの父親にもなってくれるはず。
そう思った金澤さんはすべてを託す覚悟で久保さんと結婚。
これを機に一から夫婦二人三脚で日本の食品の移動販売を始めました。
南米の奥地にある家を訪れ1軒1軒売り歩く日々。
時にはこの実直な出張販売がいつしか久保商会と言われるようになり日系人のなかで噂になるほどの人気を博したのです。
そんな移動販売のなかそうブラジルで暮らす日系人が意外にも欲しがったもの。
それは祖国のスポーツそんな気持で始めたゲートボール用品の販売はどんどん売り上げが伸びていきいつしかお店を構えるまでになりました。
しかしついにそれは…。
結婚して21年ともに頑張ってきた夫の旅立ちは金澤さんの胸にポッカリと穴をあけてしまったのです。
そう落ち込む彼女を救ってくれたのは夫が残してくれた移動販売のお店だったのです。
自分を必要としてくれる居場所。
その日そんな貧しい子ども達を救う日本人女性を発見!しかしいったい更に果たしてその裏には死ぬことを自分のものとしたいそう思って生きてまいりました。
テレビ東京開局50周年記念作品。
10月4日公開の映画『蜩ノ記』から豪華ゲストが登場。
安心して…。
2014/09/28(日) 16:00〜17:15
テレビ大阪1
世界ナゼそこに?日本人予習復習SP「秘境ハイチで大地震の被災者を救う日本人」[字]
中米カリブ海に浮かぶハイチ共和国に移住した日本人がいた!2010年M7.0ハイチ地震直後に移住して多くの被災者を救っているという。その裏側には波瀾万丈の人生ドラマが。
詳細情報
番組内容
ナゼそんなところに日本人が?世界で活躍する知られざる日本人をご紹介。
◆中央アメリカ、西インド諸島に位置するハイチ共和国は2010年のM7.0ハイチ地震でも知られているが、その直後にそこに移住した日本人がいた!聞けば、多くの被災者を救っているという。一体、未知の国ハイチで何をしているのか?その裏側には波瀾万丈の人生ドラマが…。
番組概要
◆「世界ナゼそこに?日本人〜知られざる波瀾万丈伝」世界の果てで暮らす、知られざる日本人の活躍に密着!そこから元気や勇気をもらい、日本人としての誇りが持てるドキュメントバラエティ!
出演者
【MC】
ユースケ・サンタマリア、杉崎美香
【ゲスト】
東貴博、加賀美セイラ、ラブリ、渡部陽一、たかのてるこ
お知らせ
9月29日(月)夜9時からは「世界ナゼそこに?日本人 大切な人の死を乗り越えた日本人 2時間スペシャル」!!
◆中米ニカラグアで4人の子供を育てるシングルファーザーがいた!
◆アフリカのケニアでは貧しい子供を救う日本人女性が!
一体ナゼそこに?その裏には波瀾万丈の人生ドラマが…!!
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ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
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