でもやると決めたら根気よく。
それが羽深流のグローバルな人。
ニーハオ!
(2人)ニーハオ!こんな大きい岩がガンガン飛んできて…。
乱闘騒ぎになるっていう時もあったんです。
主義主張を強くなんなきゃいけないなと思って頑張った時もあったんですけど限界がありますよね。
疲れるし…。
南部さんの現場は中東ヨルダン。
内戦が続く隣国シリアから多くの難民が流入しています。
この日訪れたのはシリアとの国境近くにあるザータリ難民キャンプです。
テントやプレハブなど仮設の住宅に8万人以上が暮らしています。
2年前に設営された世界最大規模の難民キャンプです。
戦火を逃れてきた人々が初めに訪れる難民登録所。
2013年1月南部さんは志願してヨルダンに赴任。
登録作業を担当しました。
どんな状況で逃げてきたのか。
家族に犠牲になった人はいるのか。
援助方針を決めるため差し迫った難民の状況を聞き出す重要な役割です。
10年ほど人道援助に関わってきた南部さんでしたが難民受け入れの最前線は初めてでした。
初日は…もう結構衝撃でしたね。
登録を待っている人たちの人山が見えてその時の人山があまりにも大きくてあともう音がすごかったのが…音。
「早く登録してくれ」っていう事ですごい騒ぎ始めて。
これはすごい所に来たなと。
今世紀最悪の人道危機と呼ばれるシリア内戦。
(銃声)政府軍と反政府勢力の戦闘は4年目に突入し難民はおよそ300万人。
今も増え続けています。
南部さんがヨルダンに来た当初は連日2,000人を超す難民が押し寄せてきました。
こんな大きい岩がガンガン飛んできて窓ガラスもたくさん割れて。
あとはもう待ちきれなくなった難民の方たちが金網を素手で破って入ってくるんですね。
破って入ってきて乱闘騒ぎになるっていう時もあったんです。
紛争地や大規模災害などの危険な現場で難民の保護と支援に取り組むUNHCR。
世界125か国以上で活動しています。
緒方貞子さんが日本人初のそして女性初のトップを務めた事でも知られる国連機関です。
南部さんがヨルダンに来て1年半。
難民キャンプは日々変化していくといいます。
キャンプに出来た繁華街。
シャンゼリゼ通りと呼ばれています。
避難生活の長期化。
難民への支援も緊急援助から水道や学校の整備など生活支援へと変わっていきます。
最初はこんな感じではなくって小さいトタン屋根で出来たお店が1つ2つある程度だったんですけども。
1年の間にあっという間に膨れ上がって。
でもそれは世界のどこの国の難民キャンプを見ていてもある程度もうそのキャンプが出来てしばらく時間がたつと自然とこう市場って出来てしまうものなんですね。
難民支援の最前線に立つ南部さん。
グローバルな人になるまでにはう余曲折の人生がありました。
最初の海外生活は中学生の時。
親の転勤で…中高5年間をタイで過ごし大学入学を機に帰国。
しかし母国のはずの日本でギャップに苦しみます。
タイでその当時何か高校ではやってたのってちょっと屋台で買ったものを…ちょっと古着とかを着たり。
そのまんまの服装で初日に行ったら何かどうやら周りがオシャレしている。
でも最初は私もみんながオシャレしてるって気付かなくって。
「あっ何かちょっとこぎれいな感じかな」ってしか思ってなくって。
そういう中で何となく私は変なやつっていうふうにだんだんとカテゴリーに入っていったんです。
「南部はタイで育ったし何か服装とかも何かちょっと変だし。
何か変なやつだね」っていうふうに。
「じゃあもういいよ。
自分は変なんだからいいや」って思ってたんですけどもでも変なやつに入っちゃうと何か本当の意味での人間関係を築く時に何か難しいなって。
ちょっとここの垣根を感じたんです。
なかなか日本になじめず海外で働く道を模索します。
目指したのは国連。
タイで見た貧富の格差を思い出し人道支援の仕事がしたいと考えるようになりました。
アメリカの大学院を卒業後NGOや赤十字で経験を積み…しかし喜ぶのもつかの間いきなり壁にぶち当たります。
最初の赴任地はアフリカエチオピアの難民キャンプ。
独裁的な圧政を敷く隣国のエリトリアから人々は避難してきました。
感染症がまん延し電気も水道も満足にないへき地。
南部さんは自分とは全く境遇の異なる難民たちとどう向き合うべきか戸惑います。
エリトリア難民をアメリカが数多く受け入れてたんですけどもアメリカへ行きたいっていうそういう方たちが本当にもう100人200人と毎日来て…そういう方たちに囲まれるんですね。
学校だとかそういうのは全く要らないと。
「早くアメリカへ送り出してくれ」と。
そういう要求を毎日毎日された時に何かこれは対話の問題じゃないなと。
そういうふうに要求…自分ができない事を要求された時にどういうふうに向かっていけばいいんだろうかという。
そこは難しかったです。
そんなある日南部さんは一人の少女と出会います。
名前は…聞くと一緒に逃げてきた母親が行方不明だというのです。
しばらくして少女は母親に何が起きたのか南部さんに語り始めました。
スーダンの国境を越えようとした時に国境軍に射殺されたと。
本当に冷静に何か私の目をジ〜ッと見てそういうふうに淡々淡々と言って。
私は何と声をかけていいのか分からなくて…。
…で本当ただギュ〜ッてギュ〜ッてずっと抱きしめてたら泣き出して肩がグッショリぬれるぐらいもうずっとずっと泣いてて。
本当にその時この子をうちに連れて帰りたいなってこの仕事上も許されないしそれが彼女の解決になるとは思えないし。
そういう無力感の中で仕事をする難しさっていうのはすごく感じました。
無力感。
「自分は何ができるのか」。
相談した上司の言葉を今も忘れずにいます。
彼らの人生を自分一人で変えれるとは絶対思わない方がいいって言われたんですね。
皆さんの支援ができるんじゃないかっていうそういう思いで入ってったんですけどもそれも結局傲慢だったのかなと。
いや割り切れないです。
割り切れないですね。
エチオピアで出会ったその女の子の話もずっともう一生消える事はないしおせっかいながら傲慢ながら心配し続けるんじゃないかなと思います。
1年後南部さんはスイスの本部に異動。
働くなら最前線の難民キャンプと考えていましたが希望は通りませんでした。
入ったのは環境保全に関わる部署。
各地の難民キャンプに出張しては本部に戻り世界各国のスタッフと会議に臨みます。
南部さんここで新たな課題に直面します。
(英語での会話)欧米では当たり前の自己主張。
謙遜や協調性といった日本人らしさはなかなか通用しません。
(英語での会話)思う時はあります。
何か自分があまり知らないトピックだとなかなか会話に参加できなかったり。
ひと言も発言ができなかった時とかって家に帰ってずっと落ち込んで反省して…。
「あ〜駄目だった」って思ってたんですけど。
一度ニューヨークに会議に呼ばれた事があって行ったんですけどその時の皆さんのアプローチがもう全然違くってしゃべった者が勝ちっていう。
こちらから挨拶に行ってもやっぱりちっちゃいアジア人で若く見られるし…だからあんまり相手にされなくって。
どうすれば自分の主張を通せるか。
試行錯誤の末南部さんはある策を講じました。
「私はこう思うんだけどどう思う?」って。
…で意見をすり合わせておく。
それで私が何か発言をした時にそちらの人にもそちらの方からサポートしてもらって。
みんながどなり合ってる時にその人にもどなってもらう。
私がどなれないから。
でもそれもチームワークだと思うんです。
1人で仕事をしてる訳じゃないんで。
本部でやれるだけの事はやったと感じた南部さん。
異動の希望がかない現在いるヨルダンに赴任します。
グローバルな職場で異なる価値観を持つ人々との会議にも随分慣れました。
流ちょうな英語はしゃべれないと苦手意識もあったのですが次第に気にならなくなったと言います。
日本の方がよく思われるのが完璧じゃないと駄目だって思われると思うんですけど完璧じゃない英語で仕事をしてる人っていうのはこの業界にいっぱいいてそれは問題じゃないんです。
文法が違っていてもちょっと間違った単語を使っていても半分自分の母国語で話している事に気付かないままに話してるなんていう人もいるんですけれどもでもそれでも…ヨルダンでの仕事にも慣れ始めた頃南部さんの職場にやり手の上司が異動してきました。
ドイツ人の…自己主張の強いタイプでした。
実際にお会いしたら確かに心が温かい方。
でも同時にすごい押しも強かったですね。
自分がこうと思った事は絶対曲げない。
だから周りで10人が「それは違う」って言っても「いや自分はこうだからこう思う」って言って。
なかなか説得して説得されてくれない…。
自分の主張を簡単には曲げないスーザンさん。
ある日2人はついに衝突します。
原因は新しい登録所の建設について。
現場の意見を反映させたい南部さんに対し経験豊富なスーザンさんは聞く耳を持ちません。
別に私もそこまでものすごく強く自分を押してる訳じゃないしただ一緒に話を聞いて最善の方法を探すのが一番いいんではないかなと思ってたんですけれども私が何かを言おうとすると私の1行が終わる前にバチッと切って「それ違う!」って言って…。
私も一応準備していて1から5までポイントがあったんですけれども5まで全然たどりつかなくて大体2くらいでもう30分経過みたいな。
南部さんは一旦引き下がり1日かけスーザンさんの主張を徹底的に分析しました。
こちらも歩み寄らなければいけないし「あなたが言っていた事を私も考えてみました」って言って…で「考えてみた結果やっぱりこうだと思うんですけれども」というふうに言った方が…。
後日再び話し合いの場を持ちます。
南部さんはスーザンさんの主張に理解を示しつつ自分の意見も加えた折衷案で合意を得る事ができました。
海外でさまざまな違いを乗り越え仕事をしてきた南部さん。
3年前改めて難民との向き合い方を考えさせられる出来事がありました。
東日本大震災です。
南部さんのふるさと宮城県も大きな被害を受けました。
自分の知っている通りとか学校とかが映っていて自分の母校の小学校が避難所になっていて…というのを見た時にものすごい衝撃があったんです。
海外で活動している国際協力の最前線で働いてる日本人の職員が今自国の人たちが苦しんでいる時に自分帰んなくていいのかなってみんな全員自問自答したと思います。
もんもんとした気持ちのまま訪れたアフリカの難民キャンプ。
干ばつによる大飢饉からやっとの思いで逃げてきたソマリア難民から南部さん思わぬ言葉をかけられます。
津波が来て多くの方たちが亡くなって…でそれを僕は聞いてとても悲しかったと。
お悔やみを申し上げますというふうに丁寧に言われたんですね。
その時私はすごくびっくりして…。
まず自分はいわゆる出張で来ていてこの方たちをなんとか支援しようというそういう思いで来たのに反対にそういう優しさをかけられたという事がもう自分の言葉で表せないくらいうれしかったし私は本当にこのソマリアの方たちにそこまで心を寄せているんだろうかと自問自答をしました。
支援する側とされる側。
一方の立場からでは見えないものに気付かされました。
UNHCRに勤め始めて6年。
今ヨルダンで南部さんが最も力を入れているのは首都アンマンなどヨルダンの都市部に暮らす難民の支援です。
新しい暮らしを切り開こうと難民キャンプを離れ都市部に流入する人たちが後を絶ちません。
その数は今やヨルダンに暮らす難民の8割にも及びます。
この日南部さんはアンマンに暮らす難民を訪ねました。
難民キャンプと違い支援が届きにくい都市部の難民の現状を把握するのが目的です。
訪ねたのはヨルダンに来て1年になる家族。
UNHCRはこうした都市部の難民を対象に現金を支給するなどの支援を行っています。
アパートの一室に家族8人。
貯金も底をつき日雇いの仕事で食いつないでいます。
内戦が始まる前は何不自由のない生活をし上の娘も大学へ進学させる予定でした。
困窮する暮らしに見いだせない希望。
南部さんがそんな難民たちに必ずする質問があります。
聞くまでもない質問のようですがその答えに希望を失っていないか難民の心理状態を知るヒントが隠されています。
彼らがどれほど将来に希望を持っているかなというそれを把握する事にもつながるとは思うんです。
帰りたくても帰れないというそこまで追い込まれた難民の方たちというのはもう何年間もその祖国を離れていて…。
でも子どもたちもその追われた国で生まれて育って学校を卒業してってそういう状態にあるともう帰りたくても帰れないだろうなというふうに諦めてしまう方たちが多いんですね。
希望を持って頂くような支援をしなければって言うのは簡単ですけどもやるのは本当に難しいです。
この日南部さんはシリア難民を支援している日本政府に実情を報告するため大使館を訪れました。
調査を通じ出会った家族へより多くの支援が届くように。
現状の報告と支援の拡大を働きかけるために奔走しています。
これ今まで都市難民として住んでいるシリア難民の方たちのほぼ全ての家庭に対して家庭訪問を行っているんです。
都市難民がもう8割以上9割近くに最近なってきている中でこの支援の難しさがどんどんどんどん複雑化している。
そういう複雑な状況の中での…。
住み慣れた家を失いふるさとを追われた難民の立場に立つ。
南部さんは難民の代弁者としてその思いを伝えていきます。
世界の難民たちと向き合ってきた南部さんのグローバルな生き方。
その中で学んだ大切な事がもう一つあります。
それは家族の大切さ。
今年の春南部さんは妊娠している事が分かりました。
夫は同じ職場で働くフィリピン人のエルデンさん。
2年前に結婚しました。
海外を飛び回る仕事柄南部さんはもともと家族を持つつもりはありませんでした。
その考えを変えたきっかけも難民との対話です。
難民の方たちの一番の関心は自分の家族が大切だ。
自分の家族を守るのが大切だ。
だからこれをしたい。
だからそれをしたいというのがすごく多くあったんです。
自分の妻が夫が子どもがすごく大切でもしくは自分の両親が大切で支援をしなければというのはそれは私の中にはあんまり…。
両親には申し訳ないんですけどあまりなかった気持ちで…。
でも実際に自分が今家庭を持つ立場になったら何となく分かる気がしてきました。
国も文化も異なる人々が働くグローバルな現場では常に相手の立場に立って考える事が光る個性になる。
それが南部流のグローバルな人。
ちょっと年を取るのが楽しみなんですけど…。
年を取れば取るほど少し説得力も出てくるじゃないですか。
「あなたもっとちゃんとしなきゃ」って言うとおばちゃんの言う事だから聞こうって思うと思うし。
何かおせっかいなおばちゃんになりたくって…。
はい。
2014/09/28(日) 01:29〜02:00
NHKEテレ1大阪
グローバルな人〜世界で生きる 処方箋▽ヨルダン×難民支援×国連アボイ南部成子[字][再]
「グローバルな人」ってどんな人?海外で幸せをつかみ生きている日本人に密着取材。“グローバルな人”の言葉と生き様を通じ、世界で生きる処方箋を探していく。
詳細情報
番組内容
「グローバルな人」ってどんな人? これからの日本、『グローバル・リーダー』を求めるとよく言われるけど…本当に必要なことって何??? 番組では、海外で幸せをつかみ生きている日本人に密着取材し、グローバルに生きる“ノウハウ”を解剖。“グローバルな人”の言葉と生きざまを通じ、世界で生きる処方箋を探していく。
出演者
【語り】堀越将伸
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
OriginalNetworkID:32721(0x7FD1)
TransportStreamID:32721(0x7FD1)
ServiceID:2056(0x0808)
EventID:3490(0x0DA2)