ボンタイ

社会、文化、若者論といった論評のブログ

「子どもにNHKを見せたがる老害」の遺伝子が「意識高い系オタク」に引き継がれている問題について

NHK=老人のための放送局」と言うステレオタイプに潜む罠

 昭和の時代、PTAの選ぶ「子どもに見せたくない番組」はドリフだった。その名残カラか、平成になっても「志村けんのバカ殿様」は上位にランクインし続けている。

 だが、実際には当時の日本人の大半は家族でドリフを見ていた。今ほど核家族化の進んでいなかった時代。祖父母から孫まで3世代一緒に見ていた家庭も多かっただろう。

 大昔のドリフには「戦争もののコント」が必ずあった。実際に軍歌を演奏したりもしたし、そもそもドリフ大爆笑のテーマソングは戦時歌謡隣組」の替え歌である。初期は軍歌「月月火水木金金」だった。右翼趣味としてではなく、それがかつての日常であった戦争体験世代が当時を思い出して笑っていたのだ。

 

 日本人の間では「NHKは老人が見るテレビ局で、民放は若者が見るテレビ局だ」という固定観念が長らく存在していた。しかし現実はそうではない。「子どもにNHKを見せたがる老害」は確かに存在するが、そんなものは高齢者の中でもごく一部にすぎない。一握りの老害の「負の存在感」がでかすぎるのと、役所や病院のロビーのような高齢者の多い公共空間でNHKが流れている率が高いことが、偏見を助長しているだけである。

 

 そして、「子どもにNHKを見せたがる老害」の世代交代がここ数年で急激に進んでいる。それが「意識高い系オタク」である。

 

2010年代、意識高い系が急速にNHKを塗り替えている

 「ニッポンのジレンマ」と言う討論番組をご存知だろうか。

 2012年から教育テレビの深夜に放送されている番組だ。出演者はいわゆる「意識高い系論客」ばかりで、ツイッター上の「アルファツイッタラー」の一部のメンツと重なる。

 多くの日本人はそもそも教育テレビを見ないわけで、ましてや深夜帯である。番組の存在を知らない人が国民の大半だろう。だが、ツイッター上では、その手合いのクラスタの間で根強い人気があり、少しアルファツイッタラーをフォローしているとTLが番組の実況で埋まってしまう。2000年代初頭に放送されていた「真剣10代しゃべり場」の視聴者層がそのまま高齢化したような人たちだ。

 

 深夜などにチャンネルを回していると、近年のNHK「意識高い系」の番組が日に日に増えていることに気づく。その手の番組には必ず同じような「臭さ」があるからよくわかる。テロップなどの編集センスが変な雰囲気だったり、必ず同じ「意識高い系の絵面」の出演者が出てきたり、ロキノン系のもさいバンドがテーマ曲を歌っていたりする。爆笑問題のふたりが学者を訪ねたりする「探検バクモン」(「爆笑問題のニッポンの教養」から改題)や、「プロフェッショナル 仕事の流儀」はその手の代表格だ。大概が深夜番組や正月時期のスペシャル特番などの単発企画として始まり、その後定期放送化されている。

 いずれにせよ、民放では存在しないような企画コンセプト・編集センス・出演タレントばかりで、まるで早稲田や慶応の意識高い文系学生が学園祭で上演するために作った自主映像をそのまんま番組化したような痛い雰囲気がある。

 

 これらの番組を放送していた時間は、それまでなら、純粋なドキュメンタリー番組をやっていたり、教養番組の再放送などをやっていた放送枠だった。つまり、老人向けの「昔ながらのNHK」の番組をやっていたわけだ。

 私にはこのここ数年の現象は、ある種の世代交代に見える。かつてドリフやクレヨンしんちゃんを毛嫌いし、民放バラエティ番組を侮蔑していた「子どもにNHKを見せたがる老害」が寿命を迎えて死んでしまった穴を「意識高い系」が埋めているような構造である。

 

NHKが「意識高い系オタク」とコミュニケーションをするようになった

  NHKでは2009年から広報アカウントをツイッターに設置。

 「中の人」と称する匿名覆面アカウントが積極的に情報を発信し、ネットユーザとリプライ(返信)を投げ合ってやりとりを繰り広げてきた。東日本大震災当時の情報発信に注目が集まり、現在は70万人を超えるフォロワーがいる。

 私はこのアカウントが、具体的な役職や顔や名前を明かさない匿名覆面アカウントだったことが、「匿名ネット原住民」の親近感を与えたのではないかと思っている。実際、ネット右翼的な書き込みが一切ないことをのぞけば、この広報アカウントは2ちゃんねらーとほとんど変わらない。2ちゃんねる式のネットスラングやハイコンテクストも多い。論議が白熱して炎上することもある。

 だが、それはとても狭い世界でもある。LINEネイティブのプリクラアイコンの平成生まれ世代のツイッターアカウントで、NHK広報局をフォローしている人はまずいない。アカウントの存在そのものを知らない人がほとんどだろうし、そうした「一般人の若者」の感覚とはズレている。

 

 NHK広報アカウントの情報はとても偏った層にしか届いていない。推察するに、どうも30代~40代の「意識高い系オタク」にたらウケているように見える。この手のアカウントは、民放の話題をほとんどしていないが、なんとなくPTA式の民放フォビアを抱いている層であることは想像に難くない。

  この「意識高い系オタク」の感覚はニュース番組にも取り入れられるようになっている。

 たとえば、深夜0時前に放送するニュース番組「NEWSWEB」は画面の下にツイッターの投稿がひたすら流れていて、コメントを拾いながら進めている番組だ。このツイートの文体や内容が 「意識高い系オタク」臭プンプンなのだ。アナウンサーと共に番組を進めるコメンテイターは「ニッポンのジレンマに出てくるようなアルファツイッタラー論客」ばかりで、ツイッターの投稿で出演者が決まることもあるという。

 匿名インターネットで原住民の間で発生したバズを「つぶやきビッグデータ」として分析すると、キャプチャー画像が貼られて拡散される流れはもうお決まりだ。

 

 以来、このツイッター連動方式はいくつかのドキュメンタリー系の単発特番でも採用されるようになったし、通常のニュース 番組でもアニメネタやネットスラングに媚びたようなネタをたくさん取り入れるようになってしまった。 ニュース7のキャスターが「壁ドン」をしたのもネットでのウケ狙いであることは明らかだし、「春ちゃん」のような萌えキャラを天気予報で用いたりもした。

 

朝ドラからあさイチの流れが「ツイフェミ」の定番になっている

 あなたは今放送中の朝の連続テレビ小説(朝ドラ)が何であるかをご存知だろうか。

 普通は知らないだろう。朝ドラの放映時間は男性なら通勤時間だし、小中高生なら学校に行っているし、大学生やニートなら寝ている時間だ。

 それこそ「老人とおばさん」向けの古臭いコンテンツが朝ドラである。

 

 だが、ツイッターで少しでもアルファツイッタラーをフォローしていれば、ウィスキー職人とイギリス人妻の物語「マッサン」が今の朝ドラであることがよくわかる。一度も放送を見なくても、どんな出演者がいて、どんなストーリー展開が毎日繰り広げられるのか、勝手に情報が入ってくる。

 

 特に「ツイフェミ」と呼ばれるファミニスト論客気取りの女性層に朝ドラのハッシュタグ「#マッサン」を付けた投稿が流行っている。彼女らはドラマを実況中継しながら、内容を社会問題と関連付けて、たとえば父権社会、雇用問題、戦前の社会構造をめぐるウンチクをこねくりまわした考察をする。するとそのツイートに触発された別のツイフェミが話題を展開させ、リツイートの拡散を通じて無数に「朝ドラで社会問題を騙るオバサンたちの輪」が広がっていくのだ。

 話の内容に影響されたファンイラストの投稿も沢山ある。アラサーからアラフォー世代くらいの女性オタク層が朝ドラに走っているということが、よくわかる。

 こんな流れがはじまったのは2013年に放送されたあまちゃん」からだ。

 震災被災地のローカルアイドルを描いた「あまちゃん」は国民的ブームになった。宮藤官九郎氏が手掛けた作品だけあって、若いセンスで作られており、サブカルネタやユーモアが所せましと織り交ぜられた異例の朝ドラだった。

 この内容が女性のオタク層にウケたのだ。視聴スタイルごとに「早あま」「朝あま」「昼あま」「夜あま」「週あま」「録あま」などの視聴者が分かれ、ツイッター上ではハッシュタグ付きで「あま絵」が投稿されるようになった。東日本大震災や都市と地方の格差問題などの社会問題がテーマであったことから、意識高い系の間で「あまちゃんで語る日本の未来」論議が生まれたりもした。 

  朝の本放送が終わると、そのままワイドショー「あさイチ」に引き継がれ、キャスターが感想を語る「あま受け」もファンにとっての定番となったのだ。

 そんなこともあって「朝ドラ」と「あさイチ」を続けて視聴しながらツイッターでダベる風潮が3~40代の腐女子のツイフェミの間で広まった。

 このあさイチ」も通常のNHKの報道番組とは異なり、明らかに「狙っている」番組だ。

 硬派なニュース番組や生活情報番組を打ち切らせ、2010年に放送が開始した「あさイチ」は、ひんぱんに「オタクネタ」や「ネットで話題」のネタに媚びた特集を組んでいる。民放深夜番組も放映できないような過激な下ネタを朝っぱらからやたら取り上げることも特徴で、その都度匿名ネット空間でバズが発生している。レギュラー陣には2000年代初頭に一世を風靡したジャニーズアイドル「V6」の井ノ原氏(イノッチ)もいる。彼の全盛期を嵐を応援している10代は知らない。やっぱりNHKの朝の時間帯はアラサーやアラフォーの子育てをしている女性オタク層を狙っていることは明らかだ。

 

 かくして、数年前までであれば老人と「昭和時代に結婚出産したようなオバサン」しか見なかった朝のNHKは、特殊な視聴者層に焦点を当てて「若返り」しつつある。

 

懲りないNHKと、知らないうちに老害になってしまっている意識高い系オタクたち

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/NHK_Broadcasting_Center_20080809-001.jpg

 私は近年のNHKのこうした傾向をとても憂慮している。

 なぜか、NHKは国営放送だからだ。国民全員に受信料負担を強いているのであれば、その国民全体に向けた番組作りをすべきなのである。

 

 昭和の時代のNHKは、公職者やPTAのような「子どもにNHKを見せたがる大人」に特化した番組作りだけを行っていた。言ってみれば「民放の逆張り路線」である。まずこの昭和のNHKが間違っていたのだ。

 その「誤った精神」は平成時代になり、娯楽や価値観が多様化しても糺されなかった。たとえば衛星放送やケーブルテレビの無数なチャンネルができて、インターネットが飛躍的に発展すると、民放テレビに「最先端をリードする影響力」がなくなってしまった。テレビ離れの時代に民放各局が急激に凋落しているが、国民から税金のように受信料を取り立てるNHKの存在感はむしろ今まで以上に高まり、NHKは近年、開局以来まれに見る高収益と高視聴率を記録し続けている。

 

 私はこのNHKが「意識高い系オタク」に媚びを売っている風潮がどうしても気に食わない。それは図に乗っているようにしか見えないのだ。

 そして、「意識高い系オタク」たち当事者もまた、自分たちの程度を客観視できていない。彼らはもう若者ではないが、自分たちが若い頃にオタク文化を見下し、「いつまでもアニメから卒業できない幼稚さ」を非難した大人たちと、今の自分が同じレベルになっていることに、気づいていない。

 

 私のような平成生まれ世代の場合、特に地方なら、オタク層の若者も、意識高い系が侮蔑する「マイルドヤンキー」と同化している。

 腐女子がプリクラアイコンでツイッターをしていて、同級生のギャル風の見た目の子とやりあったりしている。彼女らは流行りのアニメを見るし、アニメイトにも行くし、お絵かきもするが、NHKとは接点がない。「意識高い系オタク」の現実と分離した匿名空間でネットジャーゴンまみれたやりとりはそれだけで敬遠してしまう。「ジレンマ」や「NEWSWEB」の意識高い感じも、平日朝8時のツイフェミホイホイも、ついていけない。

 

 いずれ世代間格差がより広まることになると、「意識高い系オタク」の老害化はより顕著になると思う。そして、そのときやっと、NHKは昭和の時代から進歩していないんだと。根本的な構造問題を客観視できていないのだと、気づくのである。でもその頃には手遅れなのだ。