俳優の菅原文太さん 死去12月1日 19時23分
映画「仁義なき戦い」、「トラック野郎」などのシリーズで知られ、昭和の映画界の最盛期を支えた日本を代表する俳優の菅原文太さんが、先月28日、転移性肝がんによる肝不全のため、東京都内の病院で亡くなりました。
81歳でした。
菅原さんは仙台市で生まれ、雑誌のモデルを経て昭和33年に俳優としてデビューしました。
昭和48年に第一作が公開された深作欣二監督の映画「仁義なき戦い」で自分の信念を貫き通す、すごみのあるヤクザを演じて強烈な印象を残し、一躍トップスターになりました。
また、昭和50年からは「トラック野郎」シリーズで恋愛に不器用で義理・人情に厚い「一番星」という愛称のトラック運転手を演じ、人気を集めました。
その後も「太陽を盗んだ男」や「ビルマの竪琴」など数多くの映画に出演したほか、NHKの大河ドラマ「獅子の時代」や「利家とまつ」などテレビでも存在感のある演技で親しまれました。
さらに菅原さんは、平成13年に公開された宮崎駿監督のアニメーション映画「千と千尋の神隠し」で初めて声優にも挑戦しました。
徐々に俳優の仕事を減らしてきた菅原さんは、農業に力を入れ、平成21年には山梨県に農業生産法人を設立し、有機農業に取り組んだほか、都会を離れ地方で生活しようという人を支援するNPO法人「ふるさと回帰支援センター」の顧問として地方で生活する魅力を紹介する活動などを続けていました。
また、東日本大震災のあとは、原発事故など、日本が置かれた現状に心を痛め、俳優の引退を決めたうえで、脱原発を呼びかける活動や、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認に反対する集会に参加するなど、社会的な活動にも力を入れてきました。
菅原さんは、平成19年にぼうこうがんを患い治療を受けていましたが、先月28日の午前3時、転移性肝がんによる肝不全のため、東京都内の病院で亡くなりました。
葬儀は、30日、福岡県内で家族のみで行われたということです。
小さな種蒔いて去りました
俳優の菅原文太さんが亡くなったことを受け、妻の菅原文子さんは「七年前に膀胱がんを発症して以来、以前の人生とは違う学びの時間を持ち『朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり』の心境で日々を過ごしてきたと察しております。『落花は枝に還らず』と申しますが、小さな種を蒔いて去りました。一つは、先進諸国に比べて格段に生産量の少ない無農薬有機農業を広めること。もう一粒の種は、日本が再び戦争をしないという願いが立ち枯れ、荒野に戻ってしまわないよう、共に声を上げることでした。すでに祖霊の一人となった今も、生者とともにあって、これらを願い続けているだろうと思います。恩義ある方々に、何の別れも告げずに旅立ちましたことを、ここにお詫び申し上げます」とコメントしています。
文子さんのコメントの中にある「朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり」のことばは中国の古典、「論語」に由来するもので、「人として大切な道徳を悟ることができれば、すぐに死んでも後悔はない」という意味です。
また、「落花は枝に還らず」は「ひとたび散った花は再び枝に戻らない」という意味で、「死んだ人は再び生き返らない」ことを例えています。
吉永小百合さん「密度濃い共演」
昭和62年公開の市川崑監督の作品「映画女優」で菅原文太さんと共演した吉永小百合さんは、「本格的な共演は『映画女優』だけでしたが、密度の濃い日々でした。市川崑監督のもと、溝口監督と田中絹代さんに扮しての芝居でしたが、緊張感の中で胸が躍りました。近年の社会的な御発言も、私の心に強く響いております。ご冥福をお祈り申し上げます」というコメントを出しました。
北大路欣也さん「波動が忘れられない」
菅原文太さんが亡くなったことを受け、ともに東映の看板スターとして活躍した北大路欣也さんは「映画『仁義なき戦い』、『ダイナマイトどんどん』で共演させて頂きました。激しく、熱い、文太さんの波動が忘れられません」というコメントを出しました。
小林旭さん「大変寂しい」
菅原文太さんが亡くなったことについて、映画「仁義なき戦い」で共演した歌手で俳優の小林旭さんは、所属事務所を通じて「日本の映画界から、また一人の偉大な俳優がお亡くなりになり、大変寂しく思います。心よりご冥福をお祈りいたします」というコメントを出しました。
あべ静江さん「兄貴分的な存在」
菅原文太さんが出演した人気映画シリーズ「トラック野郎」でマドンナの役を務めたあべ静江さんは、菅原さんの昭和50年公開のシリーズ第二作「トラック野郎 爆走一番星」で公開当時24歳のあべさんが、マドンナの役を務めました。
あべさんは、突然の知らせに「本当に驚きました」としたうえで、「文太さんは、兄貴分的な頼れる存在で周りをいつも盛り上げる人でした。映画のロケの打ち上げで100人ほどを集めて熱く演技論を語っていたのが印象に残っています。映画公開の日には、ロケに協力した電飾にぎやかなトラック野郎がたくさん銀座の映画館に応援に駆けつけてパレードしていたことが忘れられません。文太さんには、安らかに眠ってくださいと言いたいです」と話していました。
大竹しのぶさん「私の理想の人」
菅原文太さんが亡くなったことを受け、NHKの大河ドラマ「獅子の時代」で共演した大竹しのぶさんは「ことしの春、ラジオ局で久しぶりにお会いしました。『君は立派になったなぁ』と目を細め握手したのに・・・本当に残念です。大河ドラマで一年間、妹としてごいっしょさせていただきました。豪快で男らしい兄さまは、私の理想の人でした。また一人、日本の『男らしさ』を持つ方がいなくなってしまい、悲しいです」とコメントしています。
神木隆之介さん「本当の祖父のよう」
菅原文太さんが亡くなったことを受け、平成17年に公開された映画「妖怪大戦争」で共演した俳優の神木隆之介さんは「『妖怪大戦争』撮影時にはとてもよくしてくださり、本当の祖父のようでした。またごいっしょしたいと思っていましたので、本当に残念です。ご冥福をお祈り申し上げます」とコメントしています。