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日本のデータ・リテラシー 低いの、高いの?

ゼロイチ思考

モノづくりで世界をリードしてきた日本が遅れてしまったのは、英語とインターネットが苦手科目になっていることが大きい。世界は英語とインターネットで結ばれている。

米国のネット企業は国境を越えて、「グーグル帝国」「フェイスブック王国」「ツイッター共和国」を構築している。21世紀の情報産業革命の時代を日本は生き抜けるのか。

そう考えると心細くなってくる。これからはビッグデータの時代と言われるが、日本人の平均的なデータ・リテラシー(読解力)はそんなに高くない。

野村周平さん(野村さん提供)
野村周平さん(野村さん提供)

医療・保健・ライフサイエンス分野で活躍する35歳以下の若手に贈られる「明日の象徴」の「保健政策部門」に選ばれた英インペリアル・カレッジ・ロンドン公衆衛生大学院生、野村周平さんは次のように指摘する。

「データを活用する研究者のレベルは世界に引けを取りません。しかし、一般市民向けにデータを使ってプレゼンをすると、大きな違いが出ます。英国ではポイントとなる数値には即座にリアクションがありますが、日本ではありません。データから意義のある示唆を読み解く力が違います」

英国ではいろんなパブリックセミナーが開かれ、市民が研究者の話に耳を傾ける機会が多い。これに対して、日本ではまだパブリックセミナーが開かれる回数が少ない。市民と科学の距離が遠いのだ。

受験勉強の弊害も大きい。

日本では受験、一流大学、一流企業への就職というレールが敷かれ、勉強はドリル中心。偏差値が高ければ医学部に進むといった具合だ。

これに対して、英国の教育は本質を理解しているかどうかが問われる。

正解か、間違いかの「ゼロイチ思考」が植え付けられ、多角的で複雑な思考ができなくなる。◯か、〓か。原発推進か、反原発か。親安倍か、反安倍か。正規雇用か、非正規雇用か。日本ではすべてが二者択一なのだ。

例えば、安倍政権にとって都合が悪いことを指摘する人には、「民主」「朝日」「反日」のレッテルがはられる。「反安倍」でも「親自民」の人は行き場を失う。

複雑な事象をシングルイシュー化して、味方か、敵かに色分けしてしまうのが今の日本だ。政治家にも、メディアにも、識者にも大きな責任があると思う。

ナイチンゲールってどんな人?

ナイチンゲール(ウィキペディアより)
ナイチンゲール(ウィキペディアより)

英国の看護師ナイチンゲール(1820~1910)は日本でも有名だ。クリミア戦争の惨状を知り、イスタンブールの野戦病院に38人の看護師を連れて赴任した「白衣の天使」。

しかし、英国ではナイチンゲールと言えば、「トサカのグラフ」が続いて紹介される。クリミア戦争での死者を分析して死因と死亡月を円グラフにして作ったのが「トサカのグラフ」。

ナイチンゲールはこのグラフを示して、実際の戦闘で負った傷が原因で死亡する兵士より、病院で感染して死亡する兵士がはるかに多いことを訴えた。

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これがトサカのグラフ(ウィキペディアより)

病院の衛生状況の改善に取り組んだ結果、治療実績を大幅に向上させた。英国の医療はデータ重視だ。

野村さんと同じ英インペリアル・カレッジ・ロンドンで社会医学を研究する森島敏隆・客員研究員によると、英国のNHS(国営医療制度)のデータは1カ月ごとに更新され、自由にデータが利用できる。

圧力団体の壁

森島敏隆さん(筆者撮影)
森島敏隆さん(筆者撮影)

方や日本のデータには、NHSのデータにはない医療情報も含まれ質は高い。しかし、プライバシー保護を理由に制約が多くつけられ、なかなか使わせてもらえない。

ほぼ100%電子化された診療報酬明細書(レセプト)の情報が自由に利用できれば、医療サービスを効率化できる。医療の現状に危機感を持つ民間病院団体はデータ活用を主張している。

複数の医療データを個人識別できる保険者番号などを使って合わせていくと、いろいろな角度からデータを分析し、医療をきめ細かく、効率化させることができる。

しかし、既得権を失うことを恐れる医師会は新しいことには基本的には反対なのだ。

ドイツ医学VS英国医学

医療という公共サービスの改善は、高齢社会への対応と財政の健全化を両立させなければならない日本の最優先課題であるはずなのに、さらに根深い問題がある。

医療のことは医師にしかわからないという風潮が日本では強い。ドイツ医学の流れをくむ日本では基礎医学研究が重視される。「何が原因かが一番大事なんです。我思う、ゆえに我ありのデカルトですね」と森島さんは語る。

ナイチンゲールの「トサカのグラフ」や、コレラの発生状況を地図にしたコレラマップを作ってコレラの感染ルートを突き止めたジョン・スノーは日本では馴染みが薄い。ベーコンの経験主義は日本では肩身が狭いのだ。

示唆に富んだエピソードがある。

明治時代、脚気は兵隊さんの命を奪う原因不明の不治の病だった。英国帰りの海軍軍医、高木兼寛(東京慈恵会医大の創設者)は脚気の原因は生活習慣にあると考え、今で言う疫学研究を進めた。

根本的な原因はわからないままだったが、どうやら米食に問題があることを突き止め、パン食や麦食に切り替えて脚気による犠牲者をゼロにした。

一方、陸軍ではドイツ帰りの森鴎外は脚気の原因は細菌など微生物にあると考え、実験医学による原因究明にこだわった。海軍は食事の変更で脚気を克服したことは聞き知っていたが、経験主義的医学を信用せず、そのまま被害を拡大させてしまった。

脚気の原因がビタミンB1の欠乏であることがわかったのはそれから30年後のことである。

日本では軽視される社会医学

文部科学省は莫大な研究費を持ち、大学医学部や医科大学を管轄している。しかし、自然科学(基礎医学)こそが学術研究だと思っているので、社会医学への研究費やポストの配分が少ない。

データで相関関係を調べて行けば、いろいろなことがある程度、予測できるようになる。それが社会を効率化させるとして、英国ではブラウン首相(当時)がオープン・データの旗手を務めた。

国民一人ひとりがデータ・リテラシーを向上させ、政府や企業にデータの公開を求めて自分で相関関係を調べることができるようになれば、効率化を妨げる圧力団体の存在が浮き彫りになってくる。

政府はデータ共有によってコンセンサスを得た政策を実施し、社会を向上させていくことができる。権力は社会の構成員一人ひとりに分散され、皆が平等に公平で公正な公共サービスを受けられるようになる。

日本だけが、世界の進む方向と逆の方向に進んでいないか、少し心配になる。

(おわり)

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