時論公論 『火山の噴火予知はどこまでできるのか?』2014年11月28日 (金) 午前0:00~

山﨑 登  解説委員

《前説》
57人が死亡、6人が行方不明という戦後最悪の火山災害となった御嶽山の噴火から2ヶ月が経ちました。この間、火山の研究者の集まりである火山学会や気象庁の検討会などで、火山の防災対策についての議論が重ねられ、火山防災への関心が高まっています。
御嶽山では噴火を予知することができませんでしたが、過去には、噴火を予知し周辺住民の避難が行われたことがあります。そこで今晩は、最近の火山の噴火予知を巡る議論を踏まえながら、火山の防災対策の課題を考えます。
 
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《平成12年 有珠山噴火》
 日本で初めて噴火の予知に成功したのは、平成12年の北海道の有珠山でした。
 
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 そのときの経緯をみておきます。有珠山の活動が活発になったのは、平成12年3月27日の午後でした。翌日までに300回を超える火山性地震が観測され、火山噴火予知連絡会は「地震活動が活発になってから数日の間に噴火したことがある。今回も噴火につながる可能性がある」と見解を出し、地元の3つの市と町では災害対策本部を設置しました。
 その後体に感じる地震が増え始め、29日には震度3の地震が起きました。火山噴火予知連絡会は「数日以内に噴火する可能性が高い」と発表し、気象庁も当時の緊急火山情報を出しました。これを受けて、周辺の住民、およそ1万6000人に避難指示が発表されました。
 (ニュースVTR)そして2日後の3月31日午後1時7分頃、有珠山の西側の山麓から噴火が始まりました。次々に噴火が起き、およそ60個の火口ができましたが、人的な被害はありませんでした。中には食品工場や国道にも火口ができましたから、事前の避難がなかったら人的な被害がでていた可能性がありました。世界の火山防災のお手本といわれました。 
 
《有珠山で予知ができ、御嶽山でできなかった理由》
 なぜ有珠山で予知ができ、今回の御嶽山ではできなかったのでしょうか。
大きな理由は2つあります。
 
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(1) 一つは、有珠山は噴火の特徴がわかっていたことです。有珠山は350年ほど前からの噴火の記録があり、明治以降30年から50年の間隔で4回噴火しています。近代の科学で観測データが蓄積されていました。
一方御嶽山は、有史以来初めての噴火が昭和54年(10月)で、その後に観測体制が整えられました。つまり過去のデータが乏しく、噴火の特徴がよくわかっていないのです。加えて、今回の噴火は、火山学的にみて小規模な噴火でした。
 
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(2) 2つめは、有珠山の麓には北海道大学の研究所があり、有珠山のホームドクターといわれた当時の岡田弘教授や宇井忠英教授がいたことです。2人が中心になって気象庁や全国の火山の研究者と連絡をとり、観測された地震などの現象が噴火前のどの段階なのかを判断し、近く噴火が起きそうだと予測しました。
一方の御嶽山は、名古屋大学と気象庁が観測データをみていましたが、異常があったら、すぐに現場に行って噴気の勢いや臭い、色などを観測する体制にはなっていませんでした。
 
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 さらに有珠山では、周辺の自治体や住民が連携して避難の体制を作っていました。予知された情報を防災に生かすことができるようになっていたのです。全国に先駆けて麓の自治体などが集まって協議会を設置し、勉強会を開いたり、避難訓練を繰り返し、地元住民だけでなく、観光客向けの防災マップも作っていました。
一方御嶽山は、長野県側と岐阜県側にそれぞれ別個の連絡会はありましたが、麓の自治体や防災機関全部がまとまって防災対策を進める体制にはなっていませんでした。

《求められる火山防災対策》
 こうして2つの噴火を比較しながらみてくると、今後、火山の防災対策で何が必要かがわかってきます。大きな課題を3つ指摘したいと思います。
 
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(1) 一つは、大学の独立行政法人化や最近の短絡的な費用対効果の議論の中で縮小されてきた火山の監視体制を強化することです。日本には110の活火山があります。このうち気象庁が24時間体制で監視しているのは47の常時観測火山の他は、最近活動傾向がみられる八甲田山と立山の弥陀ヶ原の2カ所です。海底火山や北方領土などの火山を除いても、まだ30余りの火山は全く監視されていない状態におかれています。世界には1000年以上休んでいた火山が、突然噴火した例があります。今は静かな状態でも、いつか活動するときのことを考えて監視体制を強化する必要があります。

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(2) 2つめは、火山の噴火による社会的な影響や被害の調査を進め、研究者の育成をはかることです。火山防災を進める上で、まだわからないことがたくさんあります。たとえば大量の火山灰が降れば停電が起き、都市機能が麻痺するとみられますが、たとえば1、2ミリでも広域停電が発生し、コンピューターは影響を受けてしまうのか、また1センチ近くなったら全ての交通機関が止まってしまうのかなどの被害状況ははっきりわかっていません。実験を繰り返すなどして検討しておく必要があります。
また地震に比べて一桁少ないといわれる火山の研究者の育成を急ぐ必要があります。火山の研究者の中には、自分たちの仲間の少なさを「火山学者は40人学級一クラス分しかいない」と話す人がいます。火山の噴火には一つ一つ特徴があります。したがって常時観測している47の火山だけでも地元に研究者を配置する必要がありますが、現在、地元に研究者がいる火山は桜島などごくわずかです。火山の研究者は現場をみることは、病人を医師が聴診器などを使って触診するようなもので、データをみているだけではわからない異常を読み取ることができるといいます。異常があったらすぐに現場を見に行けるような体制を整えることが必要なのです。
 
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(3) 3つめは、火山の麓の自治体がまとまって防災対策を進める体制の整備です。多くの火山は複数の自治体にまたがっています。山麓には温泉や観光施設、別荘などがあり、道路は自治体の境を越えてつながっています。かつて浅間山が噴火した際に、隣り合った市町村の一方が道路を通行止めにしたものの、もう一方の自治体の対応が遅れたことから、自動車が規制区域に入ってしまい混乱したことがありました。47の常時観測火山のうち14の火山では地元の協議会ができていません。麓の自治体が連携して住民を守り、観光客や登山客に対しては“安全が売り物”になるような体制を作る必要があると思います。
 
《まとめ》
 ここまで噴火の予知を目指し、防災対策を強化するための課題をみてきましたが、ここで注意しなくてはいけないことは、そうした条件が整えられたとしても、相手が自然である以上、全ての噴火が必ず予知ができるわけではないということです。平成12年に三宅島が噴火した際、活動の始まりを予知することはできましたが、過去と違ったかたちで大量の有毒ガスが発生するようになった展開を予測することはできませんでした。現在の火山学には、まだわかっていないことがたくさんあるのです。
だからこそ、しばらく噴火が起きないからといって観測や研究体制を縮小したり、噴火が起きると慌てて強化するといった場当たり的な対応ではなく、常にデータの蓄積をはかり、研究者の層を厚くしていく必要があります。
20世紀の日本は、火山学的にみると、大きな噴火が少ない比較的穏やかな時期を過ごしてきました。しかし今回の御嶽山の噴火は、噴火の規模に関わらず、大災害は起こり得ることを教えました。国はこんどこそ、長期的な視野に立った火山の監視体制と防災対策を作り上げて欲しいと思います。

(山﨑 登 解説委員)