12月2日に公示される衆院選には、いままでの選挙とは違った重みが加わっている。
改憲のための法的手続きが整ってから、初めての国政選になるということだ。
6月の改正国民投票法の成立で、衆参両院で3分の2以上の賛成があれば、改憲案を発議し国民投票にかけられるようになった。未確定だった投票年齢が、4年後までには18歳以上とすることで決着したからだ。
いまの憲法を「みっともない」と言っていた安倍首相は、この選挙で憲法改正をどう訴えるのか。朝日新聞との会見でこう語っている。
「憲法改正は国民的な議論と理解が不可欠だ。国会で3分の2の多数を形成するのは簡単ではない。同時に国民の中で、憲法改正の議論が深まっている状況では、残念ながらない」
今回は訴えの正面にはすえず、機が熟するのを待つということか。党の公約でも、憲法改正は末尾でわずかに触れているだけだ。
だが、自民党はこうした表向きとは違う動きをみせる。
■憲法の私物化
首相は改正国民投票法が成立した直後、集団的自衛権の行使を認める9条の解釈変更に踏み切った。歴代内閣が「行使できない」としてきた憲法解釈の大転換である。
憲法についてのこんな線引きを、いつから首相ができるようになったのだろう。
自民党が12年に発表した憲法改正草案は、戦争放棄の9条1項の後に「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない」との条文を加えている。
その趣旨は個別的、集団的を問わず、「自衛権の行使に何らの制約もないように規定した」のだという。
集団的自衛権の行使を認めるならば、この改正案を国会に示し、3分の2の賛成を得て国民投票に問う。これが憲法に定められた手続きのはずだ。
野党も交えた議論や国民投票をへなければできないことを、閣議決定ですませてしまう。憲法の私物化であり、立憲主義への反逆にほかならない。
■改憲への中期戦略
自民党の改正草案はすべての条項にわたっている。
ただ、実際は関連する条項ごとに個別に改正案を発議することが国会法で決められており、いっぺんに全面改正はできない。
首相は「自民党は改正全文を示している。その中で3分の2の多数派を形成できるものから行っていくというアプローチが、一番現実的ではないか」と話している。
どういうことか。
党憲法改正推進本部の幹部は「9条改正をやりたいが、世論を真っ二つにする問題。9条は2回目以降に延ばさざるを得ない」と話す。国民の抵抗が少ない条項から改正し、まずは国民の改憲への抵抗感をなくすとの狙いだ。
そこで最初のテーマとして浮上しているのが、有事や大災害時に、法律と同じ効力のある政令制定を内閣に認める緊急事態条項の新設だ。
自民党はすでに衆院憲法審査会で、このための具体的議論に入りたいと提案している。首相に極めて大きな権限を与えるものだが、首都直下型地震などが想定される中、危機への備えなら野党や国民の理解を得やすいというわけだ。
党幹部は、16年夏の参院選をめどに最初の改正案をまとめたいと公言。改憲に向け、地方議会に意見書を可決するよう促したり、各地で党員向け研修会を開いたりしている。
首相は憲法改正は遠い先の課題のようにいうが、実は準備は着々と進めているのだ。
■個人より国家を尊重
憲法は不磨の大典ではなく、必要なら改めればよい。
ただ、それにしても自民党草案は問題だらけだ。端的なのが、個人の尊重を定めた13条の扱いだ。
一人ひとりが国家からの介入なしに自由に生きる。この近代の人権保障の核心を、13条は「すべて国民は、個人として尊重される」と規定する。
だが、自民党草案は13条から「個」を奪い、「人として尊重される」と改めた。
さらに、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」の尊重には、「公共の福祉」に代え、「公益及び公の秩序」に反しない限りとの縛りをかけている。
わずかな文言の違いではあるが、個人よりも国家に重きを置く思想が色濃い。これは、立憲主義の精神とは正反対だ。
安倍首相の今回の衆院解散劇を見ると、新たな民意を得ることで憲法改正を含めた政策実現への推進力を得たいという狙いは明らかだ。
だが、たとえ選挙で多数を得た者であったとしても、憲法を恣意(しい)的に操ることが許されるわけではない。
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