第1回 遺伝子解析 
遺伝子でいま、何がわかる?

古代ギリシャからヒトゲノム計画まで 「生命の設計図」をめぐる探索の歴史

「未来」は、わたしたちのすぐそこにやってきている

 「あなたのゲノム、解析します」

 ヒトゲノム計画は1人分のゲノムを解読するのに世界の科学者が協力して10年以上かかり、3000億円以上を費やした。しかし完全解読から10年を経て、ゲノム解読は一気に個人レベルのものになりつつある。

 09年、米国の企業が5万ドル(約500万円)で個人の全ゲノムを解析するサービスを始めると発表した。翌年には1万9500ドル(約200万円)に値下げされ、別の会社は1000ドル(約10万円)以下で解析できる機器の発売を予告している。

 全ゲノムではなくSNPの解析に特化したサービスでは、価格競争がさらに激しい。2000年代後半でも一つのSNPを調べるのに数万円かかっていたが、米グーグル創業者の妻らが起業した23andMe社は100万個のSNPを調べるサービスを現在、99ドルで行っている。10年ごろの資料では399ドル、259ドルという記述があるのでその価格下落の速さ、大きさも分かる。米国ではほかにも多数の遺伝子解析会社が同種のSNP解析サービスを手ごろな価格で提供し始めた。

 ところが13年11月、23andMe社に対し、米国食品医薬品局(FDA)が検査キット販売の停止を命じた。同社の事業は医療行為にあたりFDAの正式な許認可を受ける必要があると判断したためだ。同社は命令に従い、病気に関わる解析レポートの提供をストップ、14年8月現在、家系に関する情報と遺伝子解析の生データのみを提供する形に切り替えている。

 日本でも14年に入り、SNP解析型の遺伝子解析会社が続々とサービスイン、本格的な「個人向け遺伝子解析」の時代に入った。ただしいずれのサービスも医療行為でないことを明示し、現在の健康状態や病気を調べるものでないこと、遺伝的な原因で発症する可能性が非常に高い遺伝性、家族性疾患の解析は行わない方針だ。現在、日本で行われているサービスは「遺伝子のほか、生活習慣などの環境要因も重要な原因になる病気」を対象にしている。言い換えれば、遺伝子解析によって「病気のかかりやすさ」が分かった場合でも、生活習慣の改善などで予防が可能な病気ということだ。この点は将来、医師による問診や解析結果の解説を組み合わせるなど新しい仕組みが登場することで大きく変わっていく可能性もある。

 オーダーメード医療の時代へ

 私たちの遺伝子への関わり方は、確実にかつ急速に変化している。そこにはいくつか大小の解決すべき問題はあるが、遺伝子情報を個人が持つようになる流れは、今後も大きくは変わらないだろう。

 ヒトゲノム計画の責任者で現在、米国立衛生研究所(NIH)の所長を務める遺伝学者、フランシス・コリンズ博士(1950〜)は著書「遺伝子医療革命 ゲノム科学がわたしたちを変える」(NHK出版)の中で自らがSNP解析サービスを受けた体験とその結果を公表している。そして「私たちはまさに医療革命の前線にいる。これまでの『一種類しかサイズのない既製服を押しつける画一的な医療』から、『個人の違いを認めて健康を保つ方法を指導する医療』へと、大きく転換しようとしている流れの先頭に」(矢野真千子訳)と書いた。SNPをはじめとする遺伝子解析によって、病気のかかりやすさ、薬の効きやすさなどの個人差を考慮した「オーダーメード医療」が実現する、という趣旨だ。さらに「私が受けた検査は私のDNAの一〇〇万カ所を調べた。だがこれは、はじまりにすぎない。まもなく、おそらく五年から七年後には、だれでも一〇〇〇ドル未満の費用で自身の全DNA配列、三〇億塩基対の暗号情報を容易に得られるようになるだろう」とも記している。この本の原著が発刊されたのは2010年、コリンズ博士の言う「5年後」はもう目の前だ。

 遺伝子をめぐる人類の旅はいま、新しい時代に入りつつある。