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自動車の大規模リコール(回収・無償修理)が起きたら、メーカー側の動きを報じることに力点を置くべきか? それとも、欠陥車の運転で事故に巻き込まれた消費者側の視点を紙面に打ち出すべきか?

単純化すると、日本の新聞は前者であり、アメリカの新聞は後者だ。権力側の発表をそのまま伝える「発表報道」なのか、権力側の発表を批判的に検証する「調査報道」なのか、という違いでもある。

それが如実に表れているのが、自動車部品大手タカタが製造したエアバッグの欠陥をめぐる報道だ。同じ日本関連ニュースを日米の主要メディアが同時に追いかけているため、報道姿勢の違いが浮き彫りになりやすい。

■「ホンダは問題に気付いていた。だから事故を防げたはずだ」

まずは9月12日付の米ニューヨーク・タイムズが1面で掲載した記事「リコールにつながったエアバッグ欠陥、ホンダとタカタは問題を長らく認識」を見てみよう。調査報道によってエアバッグ問題隠ぺいの可能性を示すなど、世の中に大きなインパクトを与えたからだ。

記事を見て最初に目に飛び込んでくるのは2点の写真だ。一つは事故で前部がぐしゃっとへこんでいるホンダシビックの写真であり、もう一つはシビック内で破裂したエアバッグの写真である。後者の写真には「フロリダ州オーランドで軽い事故が起き、エアバッグが破裂した」と説明書きがある。

記事中にはどんな事故だったのかが詳しく書いてある。2009年4月、シビックを運転していたジェニファー・グリフィン氏はオーランドで事故に巻き込まれた。すると、エアバッグが破裂し、5センチ強の破片が飛んできた。現場に駆け付けたハイウエー警官は同氏を見て狼狽した。首に深い切り傷があり、そこから大量の血が噴き出していたからだ。

エアバッグ問題を受けてホンダが初めてリコールに踏み切ったのは2008年11月。このとき、グリフィン氏のシビックはリコール対象外だった。同氏は記事中で「ホンダは問題に気付いていた。だから事故を防げたはずだ」とコメントしている。ホンダとは和解しているものの、和解金など条件については明らかにできないという。

グリフィン氏の発言を裏付けるため、ニューヨーク・タイムズは調査報道を展開している。記事を書いた田淵広子記者(4月に東京支局からニューヨーク本社経済部へ異動)はホンダとタカタの現社員・元社員らにインタビューすると同時に、当局への提出資料や裁判所の記録などを調べたうえで、記事中でこう指摘している。

〈 2004年にエアバッグの破裂に伴う事故が初めて確認され、2007年には同様の事故が3件も報告されている。にもかかわらず、ホンダはそれから何年にもわたってエアバッグ破裂の危険性について公に開示することはなかった。 〉

ホンダがエアバッグ破裂の危険性を初めて公に認めたのは、初のリコールを実施した2008年11月だ。記事によれば、このときもホンダは当局に対して「エアバッグ破裂によって起きた負傷事故が過去に合計で4件ある」という事実を報告することはなかった。

つまり、ニューヨーク・タイムズの調べでは、ホンダやタカタは適切な情報開示を怠っていた可能性があるわけだ。今月27日にはアメリカの消費者がフロリダ連邦地裁で訴訟を起こしている。ホンダやタカタはエアバッグ問題を隠ぺいして消費者を欺いていたとしており、初のクラスアクション(集団訴訟)へ発展する雲行きだ。

■消費者側の視点を打ち出さなかった日本の全国紙

日本の全国紙を点検してみると、このような報道は実質的に皆無である。たとえば消費者側を直接取材した形跡がない。グリフィン氏のようにエアバッグの破裂で事故に巻き込まれた消費者が1人も実名で出てこないのだ。出てくるのはメーカーや監督当局、議会などの動きばかりだ。

消費者側にしてみれば、ホンダやタカタが意図的にエアバッグの破裂問題を隠ぺいしていなかったかどうかを知りたいところだろう。ところが、ホンダが2008年のリコール実施以前にどれだけエアバッグ問題を把握していたのかなど、全国紙を読む限りはまったく見えてこない。

一部全国紙は不適切な情報開示の可能性について指摘している。もっとも地元メディアの転電であり、裁判所の記録をはじめ公開情報を自ら精査するなどで調査報道を展開する意思があるようには見えない。

たとえば、毎日は10月24日付朝刊で「ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)によると、ニューヨーク連邦地検は、エアバッグの安全性についてタカタが規制当局に不適切な情報開示をしていなかったか調査に乗り出した」と指摘。日経は同月25日付朝刊で「米メディアは米連邦検察当局が不適切な情報開示の可能性について捜査を始めたと報じた」と書いている。

アメリカでは10月17日に新たに衝撃的な死亡事故が明らかになった。それでも日本の全国紙が消費者側の視点を打ち出すことはなかった。それどころか今回のエアバッグ問題は紙面上で1面ニュースとして取り上げられておらず、アメリカとは温度差がある。

■メーカー側に厳しい論調を出すつもりはないのか

この死亡事故で亡くなったのは、フロリダ州オーランド在住のヒエン・トラン氏。運転中に交通事故に遭い、今月2日に病院で死亡した。同氏の首には誰かにナイフで刺されたような切り傷があった。それを根拠に、警察は殺人事件として捜査を始めていた。

死亡から1週間後、トラン氏の遺族はホンダからリコールの通知を受け取った。同氏が乗っていたホンダアコードのエアバッグに欠陥があり、回収する必要があるという内容だった。この結果、同氏を死に追いやったのはナイフではなく、エアバッグであるということが判明した。

トラン氏の死亡原因がエアバッグであると最初に報じたのはフロリダの地元紙オーランド・センチネル。ニューヨーク・タイムズは10月21日付でオーランド・センチネルを追いかけた。9月21日付「エアバッグ欠陥」記事と同様に1面ニュースとして取り上げ、見出しで「最初は殺傷事件とみられたが、犯人はタカタ製エアバッグだった」と伝えている。

この記事を書いたのも田淵記者(共同取材した同僚記者と連名)。トラン氏の遺族にも取材し、双子の姉妹関係にあるティナ・トラン氏からは「みんなが言うには原因はエアバッグです」といったコメントを引き出している。記事と一緒に掲載された写真の一つは、オーランド市内のネイルサロンで働くティナ・トラン氏だ。

これはフロリダで起きたローカルニュース(地域ネタ)ではなく、ホンダとタカタが深く関係している日本関連ニュースだ。にもかかわらず、日本の全国紙を見る限り、オーランドへ記者が出張し、トラン氏の遺族に取材した形跡は見られない。そもそも全国紙の中で読売、朝日、毎日の3紙はトラン氏の死亡にまったく言及していない。

面白いのは産経だ。10月23日付朝刊(東京版)で「タカタ製エアバッグ、米議会が調査の方針」と題した記事を載せ、「タカタが製造したエアバッグの欠陥を追及する動きが、米国で広がっている」と伝えている。その中でトラン氏の死亡に触れているのだが、転電形式なのだ。

具体的には、記事中で「米紙ニューヨーク・タイムズも21日付紙面の1面に、ホンダの自動車に搭載されたタカタのエアバッグの欠陥で死亡したとする女性を取り上げた記事を掲載。(中略)ホンダやタカタのリコール対応が遅れたことを批判している」と書いている。自ら消費者側に取材し、メーカー側に厳しい論調を出すつもりはないのだろうか。

■報道機関として重要なのは消費者側の視点

ここで思い出されるのは、2009〜10年にアメリカを舞台にしてトヨタ自動車を揺さぶった大規模リコール問題だ。

当時、米ロサンゼルス・タイムズは事故記録など大量の公開情報を入手・分析すると同時に、トヨタ車の運転で危険な目に遭ったドライバーに多数インタビュー。そのうえで、「トヨタは事実をゆがめて伝えていないか」「トヨタは何か隠していないか」といった視点でキャンペーンを展開し、ピュリツァー賞受賞の一歩手前まで進んだ。

一方、日本の全国紙はロサンゼルス・タイムズの調査報道を黙殺した。基本的にトヨタ首脳に食い込み、メーカー側の説明を流すだけだったのである。トヨタ車に絡んだ苦情や事故、リコールのデータを独自に集めるなどで、「トヨタの品質神話が揺らいでいないか」といった切り口で報道する姿勢を見せなかった。

そんなわけで消費者側への取材でも違いが出た。ロサンゼルス・タイムズはトヨタ車の運転で事故に巻き込まれたドライバーに取材し、彼らの写真を1面に大きく掲載することも多かった。日本の全国紙にはトヨタ車オーナーの写真が1面に掲載されることもなかったし、消費者側への取材を軸にした大型記事が掲載されることもなかった。

日本の全国紙が米国へ大勢の記者を送り込んだのは、トヨタの豊田章男社長がアメリカ議会の公聴会へ呼ばれ、経緯を説明する状況になったときだ。この取材に何人もの記者を投入する価値はあったのだろうか。公聴会は共通ネタであり、テレビや通信社電を見て対応することもできたはずだ。記者を派遣しなければネタを得られないのは、消費者側の取材である。

トヨタがリコール問題で揺れた際には日本では「トヨタたたき」といった見方が広がった。10月28日付の産経朝刊は「日本企業がまた狙い撃ちされるのではないか」と懸念する業界関係者の声を伝えている。

だが、報道機関として重要なのは、タカタ製エアバッグ登載車を運転し、不安に思う消費者側の視点ではないのか。日本企業が狙い撃ちされるかどうかというのは、供給者側の視点ではないのか。

日本の大新聞にしてみればニューヨーク・タイムズやロサンゼルス・タイムズは「メーカー側に批判的な消費者側の声を増幅して伝える偏向報道」と映るのかもしれない。しかし裏を返せば、消費者側に直接取材しないでメーカー側の発表を中心に伝えるのも同じように「偏向報道」といえるだろう。

著者:牧野 洋
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