「ダムネーション」という映画が日本で上映された。

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オフィシャルサイトによると、

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アメリカ全土につくられた7万5千基のダム。
それらの多くは、川を変貌させ、魚を絶滅させ、それにもかかわらず期待される発電・灌漑・洪水防止のいずれにおいても低い価値しか提供していない。
むしろダムの維持には高い経済的コストもかかっている。
そんな負の面ばかりのダムを「撤去」する選択が、アメリカでは現実になってきた。
だが「ダム撤去」が当たり前に語られるようになるまでには、「クレイジー」と言われながも川の自由を求め続けてきた人びとの挑戦があった。
彼らのエネルギーにより「爆破」が起こるドキュメンタリー。

ダムネーション・オフィシャルサイトより抜粋
http://damnationfilm.net/story/
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という内容。

ここに書かれた内容からするとちょっと過激だが、この映画は役に立っていないダムや古いダムを撤去しようというお話。
映画のPRとしては、ちょっと過激にしておいた方が目を引くということだろう。
小生も、この文章から、完全にダムを悪者にする映画だと思っていた。

しかし、映画を鑑賞してみるとそうでもなかった。
ダム推進派、ダム反対派の両方の意見を採り上げており、できるだけ中立を保っている印象だった。また、ダムの効能もちゃんとPRされている。
この映画は、効率が悪いダムは撤去しようという内容なのだ。

ダムを撤去するにあたり、草の根的な運動が必要になる。
その一つの運動が、深夜、ダムに忍び込んで、堤体に落書きをしてしまおうというものだった。
このシーンを見たとき、私は嫌悪感をいだいた。
人の財産に落書きをすることは犯罪である。

落書きをした者は、どうどうと映画の中でインタビューを受けていた。
笑いながら、自慢げに、その下準備や方法を話していた。
私には、いきがっている不良少年が、「○○店で10万円分万引きしたぜ!」と自慢している様にしか見えなかった。
また、この者は、この落書き行為を皆もやってほしいと言わんばかりだった。
犯罪のすすめである。

今、アメリカでは、白人警官による黒人射殺がきっかけの暴動が起きている。
人種差別はよくない。いまだに人種差別が残っているのかもしれない。
これに抗議することは何ら問題はない。
ただ、抗議と暴動は別である。
抗議するために犯罪を犯してはいけないのである。

この映画の、警備員の目を盗んでダムに落書きをするという行為も同様だ。
ダム撤去を訴えるために犯罪を犯してよいというわけはない。

この映画のPRに使われている画像に、ダムに切り取り線が書かれたものがあるだろう。
これは不法行為で書かれたものなのである。
この様なものを映画宣伝に用いるとは、常識的に疑問を抱く。

最初にも述べたが、賛成反対に対しては、できるだけ中立を保つ作りになっている(ただ、ダムマニアの私からすればちょっと反対気味に見えたが)。
せっかくの良い映画なのに、犯罪を自慢する点は倫理的に非常に残念だった。

ダムネーションのオフィシャルサイトの中に、有識者のメッセージが掲載されている。
http://damnationfilm.net/message/
この落書き行為について、誰も嫌悪感を抱くことなく、アートとして扱ってしまっていることが残念でならない。