• 作品を探す:

小説

携帯でもPCでも書ける!

  • 3 / 6 ページ
(2)

 錆の谷を流れるメイリ川の川原には、ぽっかりと温泉が湧き出ている。
 姉弟はここに来たとき、川原の石や岩を積み上げて温泉を囲い、湯に浸かれるようにした。湯の近くの川岸には研究室を兼ねた家を建てて、主な生活の場にしている。
 一日のうち、ほとんどの時間を家に籠って薬をいじっているのが、魔術師クロウのここ数年の生活だった。


「片付いてなくて済まないな。魔術師なんてこういうもんだと思ってくれ」
 姉弟は女を川岸の家に招いた。もちろん、湯から上がって服を着てから。
 客の女は、年は姉と大差ないように見えた。ゆるく波打った淡い茶の髪を腰まで伸ばしている。丈の長いスカートと地味な色味の上衣に身を包んだ姿は庶民のそれだ。
 レイヴンが玄関を開けるとすぐに、辺り一面に散らかった紙切れと書物の山、転がる器材が目に入ったようで、客の女は困惑でひきつった顔をした。足の踏み場もなかったので、レイヴンは先に家に入って転がっていたものを周囲に避け、接待の場所を何とか確保する。積み上げた本にくるっと囲まれたそこは、鳥の巣のようでもある。
「座って」
 片付かない家の奥底から、クロウが椅子を持って来て客に勧めた。姉の真っ黒なローブと長く伸びた黒髪は、女魔術師の趣がよく出ている。服の上からは彼女の綺麗な体型が分からないのが――体型を知っている男は自分だけという優越感が、レイヴンは好きだった。
 女は腕をさすった後、椅子に腰かける。その後で、レイヴンは自分たちの分の椅子を取りに行った。
 机もなしに椅子だけで客の女に向き合うと、彼女はきょろきょろと姉弟の顔を見比べる。
「ええと、魔術師のクロウさんと……こちらは?」
「レイヴン。四歳下の弟」
 そっけない声で、クロウは言った。
「私たちのことを喋るより、あなたの用事を知りたい」
「あ……そうでした。その、錆の谷の魔術師が、薬を扱う方と聞いたので」
 女はようやく、用件を話し始めた。

「私の名前はニニと言います。町で行商人から薬を買ったのですが、それを服用したら、手に痺れが」
 ニニと名乗った女は、上衣の右袖をまくって白い肌を出した。彼女の右腕には、どことなくこわばりが見受けられる。
 険しい顔になってニニの腕を見るクロウの横から、
「医者には診せたのか?」
 レイヴンが尋ねると、ニニはおずおずと頷く。
「はい……でも、これは魔術の領分だと言われました」
「飲んだのは何の薬なんだ?」
 ニニは視線を落として、唇を震わせた。
「飲めば魔術師になれる薬だと言われて、売りつけられたものです」

 姉弟はお互いの顔を見合わせた。
 魔術師になれるかは生まれついての素質で決まる。クロウにはあっても、レイヴンにはないものだ。後天的に魔術の素質を得る方法は、今のところ存在しないはず。

 ――飲めば魔術師に、ね。
 レイヴンの頭に、昔の自分が思い出された。魔術の素質を欲して怪しげな薬に手を出す者の気持ちはよく分かる。
「魔術師には生まれ持った素質がないとなれないってのは、誰でも知ってることだろ。詐欺に引っかかって、金を取られたどころか体まで痛い思いをしたわけか」
 笑えない話だ。自分への皮肉になる台詞を、レイヴンは吐き出した。
 クロウにも聞こえたはずだが、彼女は表情を動かさなかった。何を考えたかは分からない。
「その薬、少しでも残ってる?」
「はい、ここに」
 クロウに言われ、ニニは鞄から薬包を取り出した。受け取ったクロウが広げると、中から白い粉が出てくる。
「調べてみる。あなたには、湯に浸かることを勧める」
 魔術師になれるという触込みの薬は、クロウの関心と怒りを少なからず買ったようだ。クロウは薬を持ったまま、家の奥――本と器材の山の中に戻っていこうとする。
「待ってください。お湯って、外の温泉ですか?」
 ニニの声に、姉弟は揃って頷いた。
「体を温めるのは痺れに効くんだ。ああ、一人じゃ寂しいなら俺も一緒に入ろうか」
「レイヴン!」
 姉の苛立ちを含む声が飛んで、レイヴンは苦笑いした。
「ニニも、真に受けちゃ駄目。レイヴンのこれは挨拶。レイヴンは相手が女なら、赤ちゃんからおばあさんまでこんな調子」
 クロウはむくれていた。別にいいじゃないか、と彼女に言い返そうとしたが、
「そういう方なんですね……」
 ニニも似た感想らしい。軽んじるような視線で見られてしまって、どうにも居心地が悪くなる。
 レイヴンは引っ込めることにした。
 

更新日:2014-11-26 18:36:53