浅利幸彦の預言解読講座

預言書を解読して未来を明らかにしていきます。
2016年3月から6月までの期間に携挙=ラプチャーが予定されています。
その後にサタンによる侵略が始まります。
救済されるため=携挙されるための方法をお伝えします。

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久しぶりの更新である。
「このブログの更新はもう止めた」と決めた訳ではないのだが、どうも書く気が進まなくなってしまい一月近く休んでしまった。
というのも、ここのところ、10月くらいからか、「携挙の予定時に近づいてきたら、いつまでもやっているのは危ないから、そろそろフェイドアウトしておいた方がいいのではないか?」
という気持ちが強くなってきていたからである。

ただし、携挙の予定期間まではまだ1年ちょっとある。
「1年以上もあるのに今から止めるのは早いのではないか?」
とも思っていたのだが、1年なんてあっという間に過ぎてしまう。
あと1ヶ月もすれば2015年だ。
2015年の9月には、一応目安としての受け付け締め切りもあるのではないか?
と思われる。


また、1ヶ月近く更新を休んでいても、1日300人くらいの訪問者はいるので更新を期待されている方には申し訳ない、という気もあった。
勿論、全部の訪問者が賛同者ではない。
かなりの敵対者が紛れ込んでいることも承知している。


「やはり預言されていたように合格できる人は150人くらいなのかな?」
と思えるし、天使達が「積極的に引き取る人数を増やそう」、と思って何かやってくれるとも思えない。
それには遅すぎるのではないだろうか?
だから、私も「自力でこのブログに辿り着いて指示に従ってくれた人だけでいいのではないか?」
と思ってしまう。


さて、ブログを休んでいた間にも、世界ではいくつかのニュースがあった。
いくつかの首脳会談が行われたり、衆議院の解散、選挙が行われると決まったりというもので、評論家がもっともらしく解説していたが、評論家も一般の人達も「地球の中、地球人の中」でしか思考していない。


「この世=地球人の時代がこのままずっと続くだろう」という前提でしか考えていない。
ところが、預言書には、「この世=地球人の時代、は2016年までであり、2016年の後半から悪魔軍団による艱難が始まる」
と書かれてある(そう解釈できる)。

私の説の方を受け入れてしまったならば、今の政治家や評論家、一般の人達が議論していることが全て空しく、馬鹿らしく思えてしまうだろう。
「この世はあと1年半しか続かないのに、この地球人の中で覇権争いを続けていてどうするの? 下らないなあ」
としか思えない。
一般大衆も1年半後に迫ってきている艱難にも全く気がつかないで、年末だ、クリスマスだ、正月だ、と相変わらず浮かれ狂っている。
まあ、どうしようもないね。

こういう風潮の中で、「間も無く悪魔的未来人の襲来が始まり、地球人は征服されて奴隷にされてしまう」
と言ったところで、まともに聞く人はほとんどいないだろう。
だから、私としても下手に騒がれても危害を加えられる恐れがあるから、ここは早めに撤退しておいた方がいいのではないか?
という思いが強くなってしまうのは仕方ないのではないだろうか?

「まあ、このブログでも必要最低限のことは書いたし、後はそれぞれの人の判断に任せよう」
という思いもあった。


さて、久々に記事を書く気になったのは、ある出来事があったので、それについて知らせておこう、と思ったからだ。
それは、あるテレビの番組で久々にノストラダムスが取り上げられた、というのを知ったのである。
それは、11月25日のテレビ朝日、23:15 - 0:15放送の「中居正広のミになる図書館」という番組の中の1コーナーとしてノストラダムスが取り上げられた、というのだ。
http://www.tv-asahi.co.jp/mininaru/backnumber/0086/


この番組は毎週火曜日のこの時間に放送されているそうだが、私はこの番組も知らなかったのでリアルタイムでは見なかった。
ある人のブログで知り、ノストラダムスを研究している者としては「見ておこう」と思ってネットで検索したら見られた。


この番組の主旨としては「知らなければ良かった雑学、知ってがっかりするような情報」をいくつか集めて紹介してタレントが反応する様子を見よう、というものだ。
その中のひとつとしてノストラダムスに関する話題が取り上げられたのである。
これは深夜のお笑い、バラエティ番組だから真面目に議論するようなものではないのだろうが、その中でのノストラダムスの扱われようがあまりにも酷い、というか今の世相を象徴して反映しているようなものになっていたのである。


まず、プレゼンターは、「ノストラダムス研究家の田窪勇人氏」である。
この人は、hayato としても知られていて「ノストラダムス研究室」というサイトを運営している。
ノストラダムス研究家の中では学術派として知られている人である。
名前は前から知っていたのだが姿を見たのは初めてだった。

さて、このノストラダムスのコーナーでのガッカリ情報として、まず、
「ノストラダムスは実はジャムの作り方の本で有名になった」
と紹介された。
ノストラダムスの著書に『化粧品とジャム論』(初版1555年)というのがあるのは以前から知っていた。
当時は予言書よりもこちらの本の方が売れたようだ。
ノストラダムス研究家の中では知られている話なので別に驚かないが、ノストラダムスについてほとんど知識が無いタレント達は初めて知ったから驚いて大いに受けた。
タレントは「なんだ、ノストラダムスってジャム職人、ジャムおじさんだったんだ」
と言って爆笑した。


だが、これはことさら重要な「ガッカリ情報」として紹介する程のことがあるものだろうか?
ジャムの作り方の本で有名になったことと予言書を書いたこととは関係無いではないか。

それで、タレントが「じゃあ、ノストラダムスの肩書って何ですか?」
と質問したら、田窪氏は、
「医学博士ということになっているが、これも確かではない」
と答えた。


ノストラダムスは1529年にモンペリエ大学医学部に入学した、というが博士号を取得できたかどうかは不明だという。
それでタレントは「じゃあ、結局はジャムおじさんだったんですね」
と言って皆で笑い転げた。

そして、次のガッカリエピソードとして田窪氏は、
「あの有名な1999年、恐怖の大王が降りて来る、の詩は、実は別人の創作だった」と言った。
その根拠として、田窪氏は、
「第7章の最後に、Fin(終わり)と書かれてあり、第8章以後はノストラダムスの死後2年経ってから発表されている。
1999年の詩は第10章72番だからノストラダムスの死後に発表された。
だから、誰が書いたものなのかは判らない。」
と言った。


ただし、小さく(諸説あります)とテロップは流されたが。
これも確定されたものではないが、テレビ的には、
「あの有名な1999年の詩はノストラダムス自身の作品ではなかった」
という方が衝撃的で面白いから、断定的に言った場面が流されたのだろう。
視聴者としては、「あの1999年の詩はノストラダムス本人の創作ではない」
ということが強く印象付けられる感じになっていた。


さて、この後タレント(ローラ)が、
「一番有名な当てた予言って何?」
と聞いたら田窪氏は、
「当たった予言はおそらく無いです」
とバッサリと切り捨てた。

タレント達はまた「なんだ~、やっぱりただのジャムおじさんなんだね」と嘲笑した。

う~ん、こう断言していいのだろうか?
確かに「ノストラダムスの予言」というものは4行詩という象徴的な形式で書かれたものなので、そこに「解釈」というものが介在するので「当たった、外れた」とは一概には決め付けられないが、だからといって「当たった予言はおそらく無いです」
と言い切れるのだろうか?

そして、もし「当たった予言が無い」となれば、「じゃあ、何故何百年もの間ノストラダムスは大予言者として評価されて研究されてきたの?」
という疑問が湧く。
これは「ノストラダムスを予言者として研究してきたことは無駄で、研究家は馬鹿だった」
と言っているようなものだ。

このローラの質問に対しての返答は台本には無かったものなのだろうか?
「当たった予言はおそらく無いです」
というのは田窪氏が常々考えていたことなのだろうか?
少なくとも田窪氏が自分の口でこう言った、ということは「田窪氏はこう考えていたんだ」ということを公表してしまった、という結果になった。


更にガッカリ伝説として、
「ノストラダムスの占いはざっくり過ぎた」
としていくつかのエピソードが紹介されて、タレントが、
「じゃあ、ノストラダムスってはったりでのし上がった部分もあるんですか?」
と聞くと、
「野心家だったんですね」
と答えた。

更にガッカリ伝説として、
「ノストラダムスが長寿を祈った人は早く死んだ」
というエピソードが紹介された。


う~ん、ノストラダムスというのは、

「聖書とペアになる預言書を遺す為に天使軍団から派遣された使者」

なのだから、そういう当時の人を占う、とかいうのはどうでもいい関係無い仕事だったんですがね。

この辺もピントがずれていてトンチンカンなことを口走っているね。

10分足らずのコーナーだったが、その間じゅうタレント達は爆笑したり嘲笑したり呆れたり、というリアクションだった。


結局、「ノストラダムスというのは予知能力も無いし、予言書にしても当たった予言は無いので大したことはない凡庸な者だった。
野心家だったので大予言者のように見せ掛けていたが、それも嘘で皆、騙されていただけだ」
ということだけが印象付けられた。
つまり、ノストラダムスをコケにして笑い者にしたのである。


私は見ていて

「こりゃあ、酷いな。こんな暴挙が許されるのだろうか。神聖な預言者を嘲笑した奴らはバチがあたるだろうな」
と思った。


だが、多分、この番組を見ていた視聴者のほとんど、90%以上は、このタレント達と同じ反応をして笑い転げて、
「やっぱりノストラダムスなんてインチキ予言者だったんだ」と思っただろう。
それが今の日本人の世相、風潮である。


結局、田窪氏が示したノストラダムス像というのは、
「当時は予言書よりもジャムの製造法の本の方が有名だった。
医学博士ということになっているが、これも確かではない」
1999年の詩は別人の創作だった。
当たった予言はおそらく無い。
ノストラダムスの占いはざっくり過ぎた。(あてにならないものだった)。
ノストラダムスが長寿を祈った人は早く死んだ。
はったりでのし上がった野心家だった。」
となる。


つまり、「予言者と言われているが、当たった予言は無い。経歴も怪しい。予知能力なんて無かった。能力も無いのにはったりでのし上がったただの野心家である」
となるから、要するにインチキ予言者、偽予言者だった、となる。

更に、「1999年の詩はノストラダムスが創作した詩ではなかったので、あの当時に騒いだことも全て根拠のない空騒ぎで無駄、無意味なものだった」
というのだ。


つまり、ノストラダムス本人だけでなく、ノストラダムス研究家、信奉者も全てバッサリと切り捨てたのだった。
「じゃあ、何で自分はノストラダムス研究家を名乗っているの?」
という疑問が湧くが。


確かに田窪氏が取り上げたエピソードにはある程度の裏付けがあり、真実の部分もあるとは思うが、確定していない部分も多い。
しかし、ざっくりとテレビを見ていた人は、このような「ノストラダムスなんて当てにならないインチキ予言者だったんだ」
という印象しか受けなかったと思う。


さて、では田窪氏は懐疑派、否定派なのか?
というと、そうではない。
「ノストラダムスの学術的な研究家」で今まで通ってきたはずだ。
私はそうだと思ってきたので、田窪氏がここまでノストラダムスをこけにして笑い者にした、というのは意外だった。
「え~っ、田窪さんってこういう人だったの?」
と驚いた。

この番組を見ただけでは、
「ノストラダムスをこてんぱんに揶揄し嘲笑した研究家」というイメージしか受けない。
そこにはノストラダムスに対する敬意、擁護の気持ちは微塵も無かった。

一般の人からすると「ノストラダムス研究家」という肩書きで出演していたので、「研究家ならばこの人が言ったことが正しいのだろう」と思うだろう。


そもそも、この番組自体が「知らなきゃ良かったガッカリ情報、ガッカリ伝説を紹介する」
という主旨の企画なのだから、ノストラダムスにとって名誉なことを紹介する番組ではない。
むしろ、「ノストラダムスのガッカリエピソードを発掘して紹介して、タレント達が嘲笑して笑い者にしてやろう」
という企画なのだから、ノストラダムスを擁護する立場にある研究家ならば初めから引き受けないはずだ。
何故こんな番組への出演を引き受けたのだろうか?
という疑問が湧く。


ノストラダムスについて、ちょっと知識があり、どちらかというとノストラダムスを好意的に見ている人からすると、
「田窪っていうのは、学術的な研究家だと思っていたんだが、確定されたものでもないことを断言するし、ノストラダムスにとって不利なことを得意気に次々と喋って何なんだ。ガッカリだよ」
と評判を落としたことは確かだ。

まあ、今どきノストラダムスを擁護する人なんて少数だろうが。

それにこの結論からすると、「ノストラダムスなんて予知能力も無いただの野心家のおじさんだった」となるので、田窪氏に対して、
「じゃあ、何でそんな無価値な予言者を研究しているの?
そんな偽予言者の作品を研究しても無駄じゃないのか?」
という素朴な疑問が起きる。
自分の存在価値自体を否定してしまったのである。


この番組に出演したことは田窪氏にとっても決して名誉なことではない。
何故それに田窪氏が気がつかなかったのだろうか?
それとも今になって「嵌められた、やらなきゃ良かった。」
と後悔しているだろうか?
しかし、放送されてしまったものはもう取り返せない。

田窪氏は学術的な研究家と自称していたが、これで「ああ、あのテレビでノストラダムスを笑い者にしていた人」
というレッテルが貼られてしまったのである。


あの番組を見て間に受けた人が次のような感想を書いている。
http://hirokunnews.com/629.html


ただし、これには出演もしないし、名前も出さないで裏から操っていた黒幕がいたようだ。
私がこの番組が放送されたことを知ったのもその黒幕のブログからだ。
そのブログで、この番組の経緯と裏話が披露されている。


それによると、もともとこの話は田窪氏のところに来ていたものを、この黒幕のところにも話が回ってきて、出演は断ったが、ネタ出しの取材に応じ、資料も提供したのだという。
もともとの企画では、メインのジャムの話のみで行く予定だったのが、「まだまだあったガッカリ伝説」の3つのネタはこの黒幕が提出したのだという。
田窪氏とこの黒幕は以前からの知り合いだったのだろうか?
ノストラダムスに対するスタンスも共通しているようにも思える。
「田窪氏とこの黒幕がつるんでノストラダムスを笑い者にしたのかな?」
とも思ったのだが、田窪氏がその黒幕に唆されて、いいように操られて利用された、とも考えられる。

田窪氏は最初のジャムの話だけだったら、これ程酷くノストラダムスを笑い者にするつもりは無かったのではないだろうか?
ジャムの話だけだったら、この話をしてもタレント達は、
「え~っ、そうだったの。意外~。」
とゲラゲラと笑って終わったのではないだろうか?
これだけだったらノストラダムスの名誉もそれ程傷つけられなかったのではないだろうか。
「ジャムおじさんだったんじゃん」と言われても「お茶目なところもあったんだな」と微笑ましいエピソードで終わったと思う。


だが、この黒幕が提出した二つのエピソード、
占いがざっくりすぎるとクレームが寄せられていた。
長寿を祈った人が早死にした。


には、ノストラダムスの名誉を傷つけて笑い者にしよう、という悪意が感じられる。
田窪氏に少しでノストラダムスに対して敬意があったならば、たとえ事実で裏付けがあったにしても、ノストラダムスに不利な証言はしなかったはずなのだが。
その黒幕が収録の時に、田窪氏に対して黒魔術か催眠術でも使ったのだろうか(笑)


まあ、その黒幕もノストラダムスに関するサイトを開設しているのだから、「何でそんな存在価値が無い偽予言者の研究(情報公開)をしているの?」
という疑問が残ることには変わりは無い。
あの人の本当の意図は何なのだろうか?
この人はもともと「私はノストラダムスのビリーバー、信奉者ではありません」と言っているから、ノストラダムスを敬愛し擁護する、という気はさらさら無いようだ。


それに、その黒幕も裏話を自慢げに書いているが、恥ずかしくないのだろうか?

「ノストラダムスを笑い者にしたネタを提供した犯人は私ですよ」

と告白しておいて、更に

「自分はネタを提供しただけで出演はしませんし、名前も出しませんでした。

全て田窪にやらせたので、責任は田窪にあります」

と自分の卑怯さをバラすとは、恥知らずと共に、あまりのずうずうしさに恐れ入る。

「どうせ1日数人しか見ない超マイナーなブログだから何を書いてもいいだろう」

と舐めきっているのだろう。


だが、後になって放送を見て、あまりにも酷いのに気づいてから「自分が出演しなくて良かった」と本音を漏らしている。
「自分のネタ出しのせいで当初の企画よりも極端になった方向性をhayatoさんに押し付ける形になってしまったのは申し訳なく感じています。」
と書いているが本心からだろうか?

いくら弁解しても、テレビ局というのは「いかに視聴者受けをするか?」
ということを第1に考えるのでこうなることは予想できたことだろう。
また、いくら「本当はこういうことも言ったのにカットされた」と弁解しても、視聴者は放送されたものが全てである。

恥になることだと思うのだが、それをブログで得々と書いているのはどういう神経をしているのだろうか?
「恥ずかしいことをしてしまった。知られてはまずい。隠しておきたい」
という自制心が少しでもあるのならば、ブログには書かなかっただろうに。

書かなければ自分が黒幕だったということもばれなかっただろうに、馬鹿丸出しとしか言い様がない。
更に翌日に後日談を載せて恥の上塗りをしているから、「本性を曝け出して恥ずかしい」という気持ちは全く無いようだ。


また、身内らしき人からも
>学術的なノストラダムス研究者であるhayatoさんを引っ張り出しておいてアレはないだろうと率直に思う。
>、久しぶりに見たノストラダムスに関する番組でしかもhayatoさんが出演しているというのに5分程度の編集でノストラダムスを笑いものにするような企画ではもったいない。


と書かれてあった。
それに対してまた弁解して、


>アレンジされていたのは事実ですが、面白おかしく元ネタを出したのはぜんぶ私なので、がっかり伝説の主犯は私です(^^;
ええ、ホント hayatoさんは何も悪くありません。


と書いたので少しは罪の意識はあるのだろうか?
だが、絵文字を使っているのでなめきっている、とも思える。
更に、


> なんにせよ、個人的にはテレビ局の取材という珍しい経験ができたという話ですむのですが、その矢面にhayatoさんを立てる形になってしまったのは本当に申し訳なく思っています。



と書いてあるが、オイオイ、田窪氏が積み上げてきた経歴を踏みにじっておいて、「自分で珍しい経験ができたから、まっ、いいや」
で済ませようとしているのか?
厚顔というか何というか。


田窪氏は放送を見てどう感じたのだろうか?
自分が使い捨ての手先に利用された、嵌められた、と解っただろうか?
田窪氏の素直な気持ちを聞いてみたいものだ。



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