お嬢、シャバに出る。
毎度、お読みいただき、ありがとうございます_(._.)_
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
登校の時に吉田さんに母から許可が下りたことを告げると、少し困った顔をしていた。
「何か問題でもあるの?」
「お嬢さまには非常に申し上げにくいことなのですが・・・」
なんでもその量販店には駐車場がないらしい。近くの駅に隣接する地下駐車場と契約しているらしいのだが、その駐車場は休日はいつも満杯なんだそうだ。
「では、いつも使っているデパートに停めさせてもらえないかしら?」
「それもよいかとは思うのですが、少し歩くことになります お嬢さまはそれでもよろしいのですか?」
「かまわなくてよ わたくしも雄斗も、社会勉強も兼ねていますもの ね?雄斗?」
「はい、姉さま 吉田、僕たちのことは気にしなくていいよ」
「かしこまりました」
こうしてわたしと雄斗はその次の土曜日、吉田さんに連れられて、出かけることになった。
まずはデパートの駐車場へ車を入れて、そこから歩いてBカメラへ行く。
うちがいつも使っているデパートは駅の反対側なので、正直かなり歩くのだが、初めての繁華街である。歩く距離よりも物珍しさのほうが先に立って、ちっとも遠いなんて思わない。知らない人が見たらどこの田舎から出てきたと思われているに違いない。
「姉さま、見てください、ほら、あんなところにライオンがいます」
「本当ね、あのデパートには必ずあるのよ?」
「そうなんですか?」
雄斗は興味津々でキョロキョロしてばかりいるから、今日はしっかりと手を握っていた。
「姉さま、あれはなんでしょう?」
雄斗が指差した先にあるのは・・・全国展開しているファストフードのお店だった。
「あれはね、ファストフードと言って・・・・」
説明している途中で雄斗の目がキラキラとこちらを見ているのがわかる。
「雄斗?」
「姉さま、僕、あそこに入ってみたいです!」
「ええっ!」
いや、それはさすがにまずいだろう・・・そりゃわたしも食べたい、この世界に生まれてから一度も食べていないのだ、久しぶりにハンバーガーをパクつきたいのは山々だが・・・。
「吉田、どうしましょう?」
「わたしに言われましても・・・・」
そりゃそうだ、吉田さんはいいともダメとも言えないだろう、母からも特に指示は出されていないようなので、こういうことは想定外だったはずだ。
わたしもしばし考える。
その間も雄斗の期待に満ちた目はこちらをじっと見ていた。
妙に大人ぶっているくせに、こういうところだけは無邪気になるとは、なんと器用な弟だろう。冗談抜きで順調に腹黒天使へと成長してるんじゃないかと心配になる。
「雄斗、ファストフードはハンバーガーやポテトを出してくれるお店なの 雄斗はそういうものが食べたいの?」
「食べたことがないものを食べてみたいと思うのはいけないことですか?」
「いけないことではないけれど・・・」
「姉さま、今日は僕は社会勉強に来ているのです 何事も経験だと思うのですが?」
正論らしく聞こえるが、自分の欲望をゴリ押ししてくるとは・・・なんだか将来の雄斗が想像出来て、ちょっとビビる。言葉は丁寧だが、どっかの俺様と言ってることは大差ない気がするぞ。
「では、自分でお母さまに説明出来るの?」
「出来ます!僕は学苑と家の往復だけでは、社会について勉強する機会がありません その為に今日、姉さまに連れて来ていただいたのですから、母さまにもちゃんとご説明します」
なるほど、正直に言うんだな、ならいいだろう。
「わかったわ、吉田、行きますよ」
「よろしいのですか?」
「仕方ないわ 自分でお母さまにも説明すると言ってるんですもの 確かに社会勉強ではあるし」
「かしこまりました では参りましょうか」
こうして三人で連れ立って、ファストフードの店に入る。
店内は活気付いていた。土曜日の昼間、ピークの時間帯だろう、レジの前にもたくさんの人が並んでいる。
「吉田、席を取っておいて 雄斗と買ってくるから」
「お嬢さま、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ」
前世ではお馴染みの店だったが、この世界にもあるとは、ちょっと驚きだった。ある程度は同じというのは過去に新聞を読み漁ったので、わかってはいたけれど。
まぁ、ファストフードに特に作法があるわけではないし、わたしは雄斗を連れて列に並んだ。
「雄斗、あそこにメニューが書いてあるでしょ?何か食べてみたいものはある?」
「えぇと・・・姉さま、あのフィッシュというのは何ですか?」
「あれは白身魚を油で揚げたものがパンに挟まっているのよ」
「僕、あれを食べてみたいです 学苑のラウンジにもハンバーガーはあるので」
確かに、ハンバーガーはある。フォークとナイフで食べる、リッチテイスト満載のヤツだけど。
自分たちの番が来ると、フィッシュのセットとハンバーガーのセットを注文する。
「お飲み物はいかがなさいますかぁ?」
レジのお姉さんがお決まりの台詞を淀みなく言ってくれる。
「雄斗、ここから選んで」
「えっと・・・この、コーラというのはなんですか?」
げ・・・コーラの説明とかしなきゃダメなんかいっ!コーラはコーラだ、某有名企業が出している定番中の定番、ファストフードといえばコレだろう。
「試しに飲んでみたら?」
「じゃあ、コレにします」
「わたしはお茶を」
「かしこまりましたぁ~」
会計を済ませて、トレイを持って吉田さんが取ってくれていた席に着く。吉田さんにはホットコーヒーを買っておいた。
「お嬢さま、大丈夫でした?」
「ええ、ちゃんと買えたわ」
吉田さんは意外そうな顔をする・・・そりゃそうだ、ファストフードなど行ったことがないと思ったのだろう。真莉亜として来たことは一度もない。
「テレビや新聞などでわたくしなりに勉強した甲斐がありました」
「そうでしたか」
吉田さんは納得してくれたようだったが、雄斗は少し怪訝そうな顔をしていた。
「姉さま、本当に初めてでいらっしゃるのですか?」
「ええ、そうよ 何かおかしい?」
「オーダーの仕方が慣れていらっしゃるし、列に並んでいても気後れなさっているようにお見受けしませんでしたので」
「初めての場でも堂々と振舞うことも大切なのよ?」
「そうでしたか・・・さすが姉さまですね」
納得してくれたのか、にっこり笑うと、早速買ってきたフィッシュの紙包みを開けて、周囲に習いながらパクつき始めた。
わたし自身は内心ヒヤヒヤものだ。初めての経験でないことを、いかにも初めてですという顔をして振舞うというのは、なかなか難しいものだ。
こうして雄斗のファストフードデビューは無事に終わり、わたしたちは本来の目的である、家電量販店へと足を運んだ。
店内はごった返していたので、はぐれないように雄斗の手をしっかりと握り直す。
「姉さま、すごい人ですね」
「そうね」
店頭はどこもそうだが、携帯の販促で各電話会社のはっぴを着た人たちが呼び込みで忙しそうだった。
「姉さま、お祭りでもないのにはっぴを着てましたね」
「そうね、呼び込みというものだと思うわ」
「呼び込み?」
「ああしてお客さんの目を引いて、新しい携帯を販売するのよ」
「へえ・・・」
雄斗は携帯なのかはっぴなのかはわからないが、興味を引かれたようだ。携帯はまだ持たせてもらえてないので、そのせいもあるのかもしれない。
エレベーターに乗って目的の階を目指す。本来の目的はパソコンを見に来たのだ、それを忘れてはいけない。
売り場に到着すると、一階ほどではないが、それでもお客さんが多くいた。
「お嬢さまのご希望はどんなものですか?」
「わたくしはデスクトップ型が欲しいと思うのよ」
「では、この辺りでしょうか」
吉田さんが先導してくれて、わたしと雄斗はその後を大人しくついていく。
おお、あった、あった。
家電量販店らしく、ほぼブランド家電ではあったけど。
パソコンというものは、有名家電メーカーが作っているものは同じスペックでも高い。前世でもネトゲはしなかったけど、それを視野に入れたものを探した時に、その値段に愕然としたものだ。
なので、自作というほどではないが、いくつかのパーツを組み上げて完成させたものを愛用していた。
知り合いのSEはユニットからマザーボードを仕込んで作っていた・・・そんなこと、素人が出来るかっての。
わたしの譲れない点はいくつかある。
まずはCPUの処理速度、そしてメモリが多くて、グラフィックにもこだわりたい。
処理速度が早くないと並列処理が追いつかず、ペンタブの性能を生かしきれない。ということはクロック数が多いコアが必要となる・・・ん~・・・悩むなぁ・・・。
ということで、色々見たが、やはりそれなりの値段だった。
さすがにわたしが愛用していたものと同じスペックのマシンは高い。
わたしは悩んだ・・・これはお店の人にアドバイスしてもらったほうがいいかもしれない。
そこで、接客をしていない人をとっ捕まえて、色々聞いてみた。
雄斗が暇そうにしていたので、吉田さんに頼んでカメラ売り場へ連れて行ってもらった今がチャンスだ。
お店の人にイラスト製作をしたいと伝えると、某有名メーカーのものを勧めてもらった・・・が、しかし値段が高すぎる。
そこで、値段の件をそれとなく告げる。
「お年玉で貯めたお金で買うんです・・・」
こう言えば、もう少し廉価なものを探してくれるだろう。
お店の人にしてみれば、もっと高価なものを売りたいだろうに、その人は親切だった。その人のおかげで、そこそこのスペックの、そこそこの値段のマシンを見つけることが出来た。
お父さまもこれなら納得していただけそうだ。
「買うのはもう少し先になるんですが・・・」
「かまいませんよ、せっかくですから、他も色々見たほうがいいでしょうしね」
ああ、なんていい人なんでしょう!買うなら絶対、あなたから買うわと心に決めた。
「よろしければ、お名刺を頂戴出来ますか?」
「え、あ、名刺ですか?・・・・僕、バイトなんでないんですよね」
「あら、そうなんですの? 残念ですわ」
「まぁ、しばらくはこの店に来てると思うから、また声をかけてください」
「はい、ぜひそうさせていただきます」
大学生のバイトなのかな、そんな雰囲気の純朴そうな青年は白い歯を見せて笑ってくれた。
ちょうどそこへ雄斗と吉田さんが戻ってきた。
戻ってきた吉田さんの様子がなんだか変だ。
「父さん・・・」
え?今、このバイトくん、父さんって言った?
「なんだ、お前、こんなところでバイトしてたのか」
ええっ!!吉田さんの息子さん?!
なんてご都合主義な展開なんだろうと思わず突っ込みたくなる・・・誰にって?もちろん書いてる張本人だよ。まぁそれはともかくとして。
そう言われてみれば似てないこともない・・・か。
「お嬢さま、不肖の息子で一哉と言います」
「息子さんだったんですね 初めまして、大道寺 真莉亜と言います こちらは弟の雄斗ですわ」
「こんにちは」
吉田さんの息子・・・一哉さんは目を白黒させている、そりゃ驚くだろうね、わたしもびっくりだ。
というか、これってヤバくないか?わたしがイラスト製作したいってことが吉田さんにバレやしないだろうか?
ビクビクしながら親子の会話を聞いているが、そんな話は出るでもなく、吉田さんは息子さんにうちのお嬢さまにいいアドバイスを頼むと言うと、照れくさいのかわたしたちに行きましょうと言うと、エレベーターの場所へと視線を向けた。
思いがけない親子の様子を目の当たりにして、ああ、吉田さんにも家族がいるんだなと当たり前のことだけど、今更ながら実感した。
駐車場への帰り道も雄斗はあれはなんですか?これは?と楽しそうに辺りをキョロキョロしていた。
いい加減にしておかないと、本当におのぼりさんに見えてしまうぞとやんわりと嗜めたくらいだ。
帰りの車に乗り込んで、ようやく一息吐くと、雄斗が思い出したようにわたしに言った。
「姉さま、いいのがありましたか?」
「ええ、とてもいいのを見つけました」
「姉さまはパソコンにもお詳しいのですね 僕が買う時にはぜひアドバイスをお願いします」
「わかったわ、その時が来たら教えてね」
雄斗が使うパソコンなら通常のスペックで問題ないはずだ。
わたしは表計算ソフトや、文書作成ソフトが入っている必要はないので、OSのみで探したのだが、雄斗ならそちらも完装されているものでいいだろう。
ちなみに表計算や文書作成ソフトが入っていると、その分、ハードの容量が削られる。外付けハードディスクを付けるという選択もあるが、そこまでして私的なパソコンに必要があるとは思えない。
実際、前に使っていたOSの容量がデカ過ぎて、容量が大変なことになっていた・・・そのせいかは不明だが、リカバリーまでやる羽目になったのだ・・・思い出したくもない。
そういう経験から、必要ないものはとことん削りたかった。
そんなことを考えながら、やっぱりパソコンショップも覗いてみたいと、新たな願望が首をもたげてきた・・・これは吉田さんの息子さんにお願い出来ないだろうか・・・それにはまた策が必要である。
さて、どんな策を練ろうかと、わたしは思案し始めた。
以前、リカバリーしてえらい目にあったのはわたしの経験でもあります・・・本当に大変でした(涙
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