難航するイラン核協議(後篇) 交錯する各国の思惑
小泉 悠 | 軍事アナリスト
前回の拙稿では、イラン核協議を巡る主要な問題点や、20%ウラン濃縮の何が問題なのかといった点をまとめた。
そこで今回は、イラン核協議を巡る各国の思惑について解説してみたい。
「核の平和利用」を主張するイラン
イラン自身は、核兵器開発の意図を認めたことはない。ウラン濃縮活動を初めとする核関連活動はあくまでも原子力発電における核燃料の自律的な供給確保を目的としたものである、という立場だ。
現在、イランは1967年に稼働を開始したテヘラン研究炉(TRR)やごく小規模なタンク型研究炉のほか、ロシアの援助で南西部ブシェールに建設された軽水炉(2013年に本格稼働開始)を有している。
さらにイランは西部アラクに重水炉を建設中であるほか、2014年11月11日にはロシアとの間で新たに軽水炉2基の建設契約を結ぶとともに、さらに6基の原子炉の建設についても交渉中であるという。
核開発への懸念
しかし、米国は、イランが実際に目指しているのは核兵器の開発ではないかとの疑念を抱き続けている。実際、イランは前回紹介したウラン濃縮活動を続けている上、上記のアラク重水炉は年間5-10kgの兵器級プルトニウムを生産可能と見られている(イランは医療用アイソトープの生産や研究目的に使用すると主張)。
イランの核保有が問題なのは、国連常任理事国以外に核兵器保有を禁じたNPT(核不拡散条約)体制が破れるばかりか、中東の安全保障情勢を大きく揺るがす可能性があるためだ。
第1に、イスラエルはこれまでイラクやシリアの核開発計画を武力によって強制的に阻止ししてきた経緯(空爆による各施設の破壊)があり、イランが核保有へと踏み出せば、今回もイスラエルの武力行使につながる可能性が高い。
第2に、イランの核保有によって、周辺の地域大国も連鎖的に核保有に踏み切る「核のドミノ」が発生する可能性が懸念される。特にサウジアラビアは以前から中国製中距離弾道ミサイルを保有しており、有事にはパキスタンに製造させた核弾頭を搭載する計画があるのではないかとの疑念が絶えない(同問題についてはこちらの拙稿を参照)。
ロシアの思惑
このような懸念が存在するために、欧米はイランの核開発能力を抑えるべく2000年代から交渉を続けてきた。
ここで仲介者として振る舞ってきたのがロシアである。ロシアは冷戦期からイランを中東における重要友好国と見なし、政治・経済・安全保障上の協力関係を築いてきた。たとえば前述の原発契約に見られるように、イランはロシアの高度技術産業にとっての上得意であり、イラクとシリアで猛威を振るうイスラム過激派「イスラム国」への対処でも両国の利害は一致している(ロシアとイランはイラクに対して軍用機を緊急輸出しているほか、軍事顧問、特殊部隊「コッズ」イランなどを送り込んでいるとも言われる)。
また、南カフカスにおけるロシアの同盟国アルメニアを維持する上でも、イランはエネルギー供給、通商、軍用物資の補給等で重要であり、イランとの友好関係が失われたり政変が起これば、ロシアのカフカス戦略まで狂ってしまう。
このため、米国のブッシュ政権がイランを北朝鮮、シリアと並ぶ「悪の枢軸」として名指しし、イラクに次ぐ攻撃目標となる可能性が浮上した際には、イランに対して高性能防空システムS-300の供与をちらつかせてこれを牽制するなどしたこともある(この問題はまだ解決しておらず、最近になって再び防空システムの供与が取りざたされている)。
また、ロシアとしては、イラン核問題において仲介者として振る舞うことにより、米国に対する外交上の優位を確保することができる。特にウクライナを巡ってロシアと西側との関係が悪化する中、イランの核問題は米露が「目と目を見て対話できる唯一の場所」となったと、ハーバード大学ヴェルファー・センターのタバタバイ客員研究員は言う。要するに、イランの核問題はロシアにとって重要なレバレッジであり、また西側とのパイプでもあると言える。
交渉妥結を喜ばない面々
もっとも、核協議の進展を喜ばない国々もある。その筆頭がイスラエルだ。イスラエルはイランの核武装を懸念する一方、昨年以降続いている核協議ではイランの核開発能力を大きく制約することにはならないとの不満を示している。
前回も述べたように、今回の核協議で西側が「ブレイクダウン」期間(イランが核兵器保有を決断してから実際に保有するまでの期間)を現状の2ヶ月から1年程度まで引き延ばすことを目指しているのに対し、イスラエルは、これを少なくとも2年間、可能ならば完全に核兵器開発能力を喪失させるべきであるとしている。
このため、イスラエルのネタニヤフ首相はウィーンでの核協議が合意できずに終わった後の11月26日、この結果を「歓迎する」と述べた。中途半端な合意ならば結ばない方がいいとの立場だ。これ以前にもネタニヤフ首相は、イランは経済制裁を解除させるために見せかけの譲歩を行っているに過ぎないと主張していた。
実際、2006年の安保理決議ではイランに対してあらゆる濃縮活動と重水炉関連活動が禁止されているため、今回の核協議で西側が立場を後退させていることは事実である。
さらにネタニヤフ首相は、26日の上記発言において「イランには自衛の権利がある」と述べ、改めてイラン核施設への空爆の可能性を匂わせた。ただ、仮に空爆を行っても、すでにイランがウラン濃縮など核技術のノウハウを蓄積している以上、核開発を完全に停めるのは難しいとの見方が一般的だ。
当然、このようなイスラエルの批判的姿勢は米議会内の親イスラエルロビー(特に共和党)にも反映されており、オバマ政権としては悩ましいところである。
同様に、サウジアラビアも今回の協議を中途半端なものと見なすと共に、米国とイランが接近する可能性を強く警戒しており、2013年10月には国連非常任理事国への就任を拒否するという前代未聞の行動に出た(これは対シリア政策に関する齟齬が大きな要因であったと思われるが、イランの核問題も影響したと見られる)。翌11月に「包括合意」が締結された際も、賛同を示すまでに数日間の沈黙期間を置いている。
ロシアにしても、核協議が妥結して制裁が解除された場合、現状では輸出が封鎖されているイラン産原油が国際市場に流れ、さらなる原油安となることを警戒しているとの指摘もある。
イランが交渉に応じる理由
では、あくまで核開発を続けるイランが核協議に応じているのは何故だろうか。最大の原因は、近年の経済制裁がイラン経済に深刻な影響をもたらしていることである。特に主力輸出品である原油の輸出や直接投資の減少による影響は大きく、一大産業である自動車生産台数なども大幅な減少が伝えられる。
この結果、イランのGDPは2013年、5.8%のマイナス成長に陥った(世界銀行に数字による。2012年及び2013年は3.0%のプラス成長)。イランは豊富な資源や大きな人口などによって今後、高い経済成長が見込まれているにも関わらず、核開発を巡る対立で国力の伸張がフイになっては元も子もない。
それにゆえ、前回紹介したように、イラン指導部は核協議の妥結による制裁解除に強い望みを掛けているわけだが、協議自体には依然として課題が山積している上、上述のように今回の協議そのものに批判的な見方も多いのが現状である。