2014-11-28
ドラえもん「お金のいらない世界」がおもしろい。個人の信用がほぼ無限大になる社会
昔、見た時はただ、ギャグとしておもしろい話だと思ってたけど、いま見直すとすごい経済的な思考実験として面白い。
「お金のいらない世界」とは個人の信用が無限大になる世界
ドラえもんのエピソード、「お金のいらない世界」がとても面白い。
このエピソードの概要は、例の如くのび太がお小遣いがなくて苦しんで、ドラえもんにもしもボックスで「お金のいらない世界」にしてもらう。
そうして移動した先の世界、「お金のいらない世界」は、物を買うと、お金を払う代わりに、お金を押し付けられる世界だった。
通貨が負の作用をするようになっただけの、逆転世界だと、最初に見た当時は思っていたのだけれども、いま、改めてみると、これは全く別の意味をもつお話になる。通貨システムが“個人の信用が無限大”つまり、“個人がほぼ無限大に借金を出来る社会”ということになる。
こちらのお金のいらない世界ののび太のママもやりくりに困っているのだけれども、のび家の押入れには、押入れにはち切れそうなほどの1万円札が入っている。軽く見積もって、20億くらいある。
これは、つまりこの世界では、野比家レベルの個人が、20億の借金が出来る、ということを示している。(自宅で保管できるレベル、個人で所有できる通貨分だけ借金が出来る)
現実のこっちの世界でも、負の通貨として借金、キャッシングがあり、そしてそれはカード会社などで共有されているので、信用の上限がある、また、それ以外の借金でも、土地などの担保があり、個人が支払える(予定)の能力を越えてお金を借りることは出来ない。それは個人と“その負の通貨”が紐付されているからだ。
しかし、この世界では、スリから懐にお金を押し付けられたり、銀行に銀行強盗が金を“押し付け”にきたりと、“負の通貨”と個人が紐付されていない。
だが、そうなると疑問が生じる。
個人の信用が無限大なのに、なぜ、他人にお金を預けようとするのか
個人の資産をいちいち確認するような感じもないが、例えばあるとして。
お金の過多によってどこかでペナルティ、またはプライズがないとならない。どこかでお金が清算される機会が必要だ。そういう仕組みが行われているのか。
それとも、個人の信用がたとえば無限大になったとして、それでも、実は経済というのは問題なく廻っていくのか。
ここら辺は思考実験なので、何とも言えないけれども、個人の信用が無限大でも廻っていく社会というのは、(思考実験レベルでだが)実現しそうな気がする。
いかがでしたか?たまには、まんがの中に出てくる無茶苦茶な経済システムに想いを馳せてみるのもいいかもしれませんね。(バイラルメディア風まとめ)
- 72 http://t.co/wGbEd1P5ye
- 17 http://pipes.yahoo.com/pipes/pipe.info?_id=3eebace824bb60a10f13c841c2c64478
- 12 http://b.hatena.ne.jp/
- 12 http://t.co/CUomVcuaCX
- 9 http://reader.livedoor.com/reader/
- 9 http://t.co/r883dJuk3q
- 6 https://www.google.co.jp/
- 5 http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/orangestar/20141128/1417171310
- 4 http://orangestar.littlestar.jp/
- 4 http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=1&ved=0CB0QFjAA&url=http://d.hatena.ne.jp/orangestar/20140905/1409907007&ei=miV4VOX_Hsr68QWY8IHAAg&usg=AFQjCNFOzYS3fvIlHunV0HpGh4fREgfV0w&bvm=bv.80642063,d.dGc