福島の壮年/教学雑記帳
日々感じたことを思うに任せて綴っていきます。
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軽率だとおもいますね
投稿者:
阿部日ケ~ン(院政)
投稿日:2014年11月28日(金)15時23分6秒
返信・引用
在籍している会社名がわからなくても、福島の壮年さんが「弊社」と書いている
以上、人身事故の関係者であることを証明しているようなものではありませんか。
阿部日ケ~ン(院政)殿
投稿者:
福島の壮年
投稿日:2014年11月28日(金)14時47分39秒
返信・引用
編集済
私は、自分の居住している自治体は公表してしまって
いますが、在籍している会社名は公表していないし、
在籍している会社は、私の居住自治体(市・県)以外にも
周辺自治体に複数の事業所があります。
よって、どこで起きた事故かは、その日の全国の事故
報道を具に精査し、検証しない限り特定でき得ません。
また、あなたのように、何処で起きた事故であるかに
興味を持ち、態々それを特定して公表することを憚らない
人は、ごく一部の「変わり者」に限られるでしょう。
その意図するところも理解できません。
「警告」の意味であるなら、「それを公表して大丈夫ですか」
と書き込めば済むことです。
そういう、あなたの行為こそ危険であると判断し、あなたの
直前の書き込みを非表示とし、今後の危険性に鑑みて、
あなたのホストからの書き込みを禁止とする措置を
取らせていただきました。
何よりも、事故の当事者のプライバシーや心情への
配慮に欠ける行為を平然と行なえるあなたを信頼
することができあません。
尚、あなたが提示した報道が、私の記事の事故に
該当するかどうかも一切、言及を差し控えさせて
頂きます。
<追記>
あなたが、興味を持った事象があると、何処にでも関連の
記事やコメントを公表しまくる悪癖のある人であることを
思い出しましたので、事前に警告いたします。
もし、当該記事に関するコメント等をいずこの場であれ
公表する行為を見つけた場合、当該サイトの運営管理者に
即刻削除の依頼を出すと共に、出入り禁止の措置を講ずべく
通報をさせて頂きますので、ご承知おき下さい。
事故に遭わぬよう気をつけましょう
投稿者:
福島の壮年
投稿日:2014年11月28日(金)11時06分32秒
返信・引用
編集済
昨27日・午前、弊社3トン・トラックと、軽自動車が出遭い頭に
衝突し、双方の車両が大破、相手の軽自動車運転手が死亡
という痛ましい事故がありました。
相手方の過失責任が大きい事故ですが、その相手が亡くなった
という事実は、極めて重いものがあります。
こういうこともあるのだという事例として、簡単にご紹介させて
頂きます。
図を付しましたので、ご参照下さい。
(1)
・右上の青い矢印で表記したものが、弊社の3tトラックです。
・弊社トラックは、客先に届ける荷を積み、本道を右から左に
進んでいました。
・本道のやや左から右下に延びている側道は、一旦停止の
表示があります。乗用車が1台(グレーの表記)、本道の流れ
が途切れるのを待って、停止線で停まっていました。
・上記・停止している乗用車の後ろから、軽乗用車(赤の表記)
が1台迫って来ています。(側道右下)
本道と側道の間には、民家等の構造物が並び、弊社トラック
からは、側道側を確認することはできません。
(2)
・前に1台、乗用車が停止線手前で停車しているにも関わらず、
その側道・後方から来た軽乗用車は、前方の停止車両の
右側(反対車線)を通り、追い抜きます。
・弊社トラックは、既に交差点のすぐ手前まで進んでいます。
(3)
・停車している乗用車を追い抜いた軽乗用車は、そのまま
速度を緩めることもなく、本道に進入しました。
・その時点で、弊社トラックは、軽乗用車の進入箇所に達し、
激しく衝突します。
・双方の車両は大破。弊社トラックは廃車確定。
軽自動車を運転していた高齢者は即死。
(会社への第一報は、心肺停止)
弊社トラックの運転手と助手の2名は、軽症。
(軽自動車が、トラック前部にメリ込むも、運転席が高いため
軽症で済んだ模様)
軽自動車を運転していた相手の方が、なぜ、そのような
無謀な運転をしたのか、その相手が亡くなってしまったので
真相は分かりかねますが、弊社側としては、全く予測もできず、
前方の車列の流れに乗って、その場に差し掛かった時、
気付いたら衝突していたという状況でしょう。
側道の停止線で停車していた乗用車の運転手の方が、
全てを目撃していて、証言してくれましたので、現場検証時点
での過失責任は、相手側 4 対弊社側 1 という警察の見解の
ようですので、おそらく、弊社社員は、業務上過失致死罪等に
問われることはないものと思われますが、これが夜間で、
検証が困難な状況の下、証言者もいなかった場合、その
過失責任の割合はどう判断されたか、また、弊社の労務管理
等を問われる事態になってはいなかったかと懸念されます。
どうか、これから年末にかけて、猛スピードでの走行や
飲酒運転等の危険運転は勿論ですが、運転中の携帯通話や
前方不注意等々で事故を起こすことのありませんよう、
ともどもに、戒めあって参りましょう。
任用試験に思う
投稿者:
福島の壮年
投稿日:2014年11月25日(火)11時52分47秒
返信・引用
23日(日)は任用試験でした。
全国で13万人もの方が受験されたとのこと。
受験された方々はもとより、その方々をフォローされてきた
多くの同志の皆様に、最大の敬意を表します。
私の娘は、ついこの間、自ら受ける3級試験の勉強をしていた
時は、思うように理解が深まらず、暗い顔で悲壮感を漂わせて
頑張っておりましたが、今回の任用試験では、派遣先の女子部・
女子高等部員さんを、試験用講義の会場である総県の中心会館
まで車で連れ出しをし、一緒に講義を受けながら、
「○○ちゃん、まだ一度も講義を受けていない」と、
我がことのように心配し、試験当日も(女)本部長と連携を取り
ながら、試験会場へと送り迎えをし・・・と、最後まで、受験者に
寄り添い、励ましておりました。
誰よりも、そういう活動を通して「他者に寄り添う」ことの大変さも
楽しさ嬉しさも学ばせて頂いた日々でありました。
娘を成長させて頂いた受験者の皆様に感謝です。
また、受験者や娘を応援して頂いた、派遣先の支部の皆様、
女子部の同志、先輩の皆様に、心より感謝申し上げます。
さて、拙掲示板
http://9314.teacup.com/fukushima/bbs/3
にてご紹介した、
>我が地区内にお住まいのご夫妻が、
>今回、任用試験の申込みをされました。
>ご主人は、85歳。奥様は、83歳。
仲睦まじいご夫婦ですが、奥様は、白内障の手術を受ける
ことになり、勉強を途中で断念されましたが、ご主人は、
当日、試験を無事に受けられました。
合否云々よりも、勉強し始めてから言われた言葉、
「仏法は、深いんですね!」
という感慨。
それを理解できただけでも、私は凄いことだと思いました。
世界最高峰の哲学である、「日蓮仏法」の真髄を老いも若きも
一緒になって研鑽していく。
しかも、この学会伝統の教学研鑽と試験は、日本一国に留ま
らず、世界中で行なわれ続けています。
そして、研鑽するも講義するも、受験するも採点をするも、
皆、学歴も地位も様々な、市井の一市民たちなのです。
間違いなく、仏教史上、他に類を見ない大偉業でありましょう。
郡山市内の中心会館で行なわれた試験会場では、私が直接
見聞きした範囲ですが、94歳の多宝会のおばあちゃんが
受験されていました。全身に麻痺のある車椅子の方もおられ
ました。自在会の方もおられました。
ご本人たちの「挑戦」の気概にも深い敬意を払わずにはおれ
ませんが、それらの方たちを支えて来られた方たち、また、
付き添いの方は会場内には入場できませんので、会場内で
サポートをされた役員の方たちにもまた、深い敬意を表したいと
思います。
本当に、お疲れ様でした。
私自身が多くを学ばせて頂きました。
ありがとうございました。
長野県北部の震災にお見舞い申し上げます
投稿者:
福島の壮年
投稿日:2014年11月25日(火)09時31分39秒
返信・引用
編集済
22日夜、長野県北部での震度6弱の地震によって被災された
方々に、心よりお見舞い申し上げます。
亡くなられた方がおられなかったことは、不幸中の幸いでは
ありましたが、昨24日夜の情報では、42人の方が怪我をされ、
中には重傷の方もおられるとのこと、これからの生活に支障が
出ることのありませぬよう、ご祈念申し上げます。
また、震源である逆活断層の直上に位置するところでしょうか、
一部には集中して家屋が倒壊した場所もあるようです。
復旧に際しても、どこから手をつけて良いものか、途方にくれる
状況の中、本日は全国的に雨模様、また、豪雪地帯でもあり、
間もなく積雪の季節にもなります。
行政によくよくご相談されながら、これからの冬場を乗り切って
いける対策を速やかに講じじることができすよう、念願して
止みません。
本年の掉尾を飾る戦いに思う
投稿者:
福島の壮年
投稿日:2014年11月19日(水)11時38分3秒
返信・引用
編集済
乙御前御消息に曰く。
『抑一人の盲目をあけて候はん功徳すら申すばかりなし、
況や日本国の一切衆生の眼をあけて候はん功徳をや、
何に況や一閻浮提・四天下の人の眼のしゐたるを・
あけて候はんをや』(乙御前御消息)
この御文は、
『広布の大河に君ありて/「会則の改正」について思うこと』
http://mugenkosen.blog.fc2.com/blog-entry-98.html#comment
に、コメントさせて頂いた中でご提示した御文の後に
述べられているところですが、
時々刻々と「日本」と言う「国土世間」が変化し、また、
その変化の因は、『三世間・一如』の原理に基づけば、
「日本国民の生活」という「衆生世間(社会性)」の変化に
よるものでもあり、「衆生世間(社会性)」は、国民一人ひとりの
「一念」が複雑に絡み合いながら形成されていきます。
※
http://www.sokayouth.jp/study/from-buddhism/11.html
『大いなる一念の旅』の中、『「世間」とは「違い」の意味』
「三世間」の説明としては、分かりやすいでしょう。
『日本国の一切衆生の眼をあけて候はん』
『一閻浮提・四天下の人の眼のしゐたるを・あけて候はん』
本年の年末に起こり来たるところの「今」の戦いは、まさに、
「慈折広宣流布大願成就」の誓願のもと、全民衆の幸福を願い
日々活動する庶民の団体・創価学会の底力を「世間に知らしめ」、
「瞠目させずにおかない」ものとしなくてはなりません。
はっきりと数字に表われ、創価の機関紙・聖教新聞のみ
ならず、日本中の新聞各紙やマスコミが注目し報道をする、
まさに「満天下」に、その戦いの結果というものが公表される
戦いでもあります。
ここで、『随筆 人間世紀の光 95『「札幌・夏の陣」から50年』
('05年8月18日付・聖教)を抜粋し、引用しておきます。
---------------------------------------------
短期決戦はスピードで勝て!
偉大な「民衆の力」を天下に示しゆけ
・・・(中略)・・・
私の胸に去来する五十年前の夏、十日間で歴史は動いた。
それは、「札幌・夏の陣」と語り継がれる、昭和三十年の
歴史的な闘争であった。
八月十六日から、十日間の勝負だった。
短期決戦である。
私は、夏季指導の北海道派遣隊の責任者として、
三百八十八世帯という「日本一の折伏」を成し遂げた。
戸田先生は笑みを湛えながら、「大作、またやったな。
日本一の大法戦の歴史を飾り残したな」と言われた。
私は嬉しかった。
短期決戦の第一の要諦は、「団結」である。
戦いが短ければ、短いほど、気を引き締め、結束しゆくことだ。
・・・(中略)・・・
広宣流布の戦いで「勝負」を決するのは、人数の大小ではない。
誓願を共にした「異体同心の団結」である。
「日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を
成じて・一定法華経ひろまりなんと覚へ候」
・・・(中略)・・・
第二の要諦は「スタートダッシュ」である。
陸上のトラック競技は、短距離になるほど、スタートが重要に
なる。
百メートル競走も、号砲が鳴る、ぴんと張りつめた瞬間に、
勝敗の分かれ目がある。
五十年前、札幌駅に降り立った瞬間から、私の闘魂は
燃えたぎっていた。
「戦いは、勝ったよ!」
出迎えてくださった方々への、私の第一声だった。
初日からフル回転である。
・・・(中略)・・・
「先んずれば人を制す」だ。
後手に回った場合、負担も。手間も二倍になる。
先制攻撃の場合、手間は半分、効果は二倍である。
・・・(中略)・・・
短期決戦であるほど、戦いは「先手必勝」である。
敵だって苦しい。時間がない条件は同じだ。
先に手を打った方が、必ず勝つ。相手も準備は不十分であり、
ここに大きなチャンスがあるからだ。
機先を制した方が、一切の主導権を握り、庶民の心を
つかみ、嵐のような喝采に包まれるものだ。
第三に、短期決戦は、中心者の「鋭き一念」で決まる。
私は「札幌・夏の陣」を前に、ひたすら祈り、智慧を絞り抜いた。
具体的な作戦に基づき、矢継ぎ早に手を打った。
当時は通信手段も限られ、連絡の大半が手紙である。
私は、東京での闘争と同時並行で、寸暇を惜しんで筆を執った。
・・・(中略)・・・
戦いの勝利の方程式は、「忍耐」と「執念」である。
「つねに気落ちを知らず、断固たる、戦いをやめぬ人間の魂」
――大詩人ホイットマンが歌い上げた、この不屈の闘魂こそ、
我らの闘争精神である。
絶対に勝つという一念を燃え上がらせることである。
・・・(中略)・・・
そして、最後は、智慧の戦いである。
敵を倒すまで戦い抜く、猛烈なる執念である。
「勝つべくして勝つ」ことが、学会の戦いであった。
リーダーは、どこまでも同志を励ましながら、
「勝利を決する厳然たる祈り」で、どこまでもどこまでも、
断固として進みゆくことだ。
いずれにせよ、短期決戦は、ゴールまで全速力で走り抜く
以外にない。
・・・(中略)・・・
脇目もふらず、力を出し切るしかない。
周りの様子などに振り回されては、絶対に勝てるはずがない。
恐れることはない。戦いはやってみなければ分からない。
五分と五分だ。勢いがある方が勝つ。強気で攻めた方が勝つ。
・・・(中略)・・・
弘安二年、日興上人は、捕らえられた熱原の農民信徒の
状況について、鎌倉から身延の日蓮大聖人へ、急報を
伝えられた。
・・・(中略)・・・
日興上人の報告が届いてから二時間後の、午後八時頃で
ある。 (筆者注:大聖人は返書の)御手紙の最後では、
重ねて、仰せである。 「恐れてはならない。心を強くもって
いけば、必ず現証があらわれる」
大聖人の電光石火の御振る舞いが、正義の反転攻勢へと
つながったのである。
戦いは、厳しい局面になるほど、スピードが求められる。
素早く手を打つことで、魔を打ち破っていける。
会員を守っていける。
スピードのない幹部は、無責任である。臆病である。
無慈悲である。
いざという時の電光石火のスピードこそ、勝利の鉄則で
あるからだ。
かつて戸田先生は、朝鮮戦争(韓国戦争)の渦中、戦火に
包まれた韓・朝鮮半島の人びとの苦悩を思いやられ、
慈しみの念を抱かれながら、こう話しておられた。
「『どっちの味方だ』と聞かれ、驚いた顔をして、
『ごはんの味方で、家のあるほうへつきます』と、平気で答える
人もいるのではなかろうか」
どこまでも、我ら人間の幸福を第一に考え、その実現の
ために戦い抜かれた先生であられた。
いつの時代も、ともすればイデオロギー等が優先され、
最も大事な人間の幸福は、ないがしろにされてきた。
「国民大衆の幸福」こそ、政治の根本であるはずだ。
これこそ、永遠に正しき普遍の政治の原理であらねばならない。
今の時代は、その政治の根本を忘れている。
蓮祖は「当世は世みだれて民の力よわし」と仰せである。
ゆえに、わが学会は、「民の力」を強め、「民の力」を天下に
示すために戦ってきたのだ。
その闘争は、時には困難を極めることもあった。しかし
困難に遭った時こそ、人間の真価がわかる。
「いざ鎌倉」の時に、本物の人物か否かが明確にわかる
ものなのである。
私は「疾風知勁草」(疾風に勁草を知る)という言葉が、
青春時代から好きであった。
激しい風に吹かれて初めて、強い草であるか否かを知る
ことができるというのだ。
この言葉は、後漢の光武帝が激闘した時に、他の兵士が皆、
逃げ去るなか、ただ一人、王覇という一兵士が、最後まで
残ったことに由来する格言である。
学会に臆病者はいらない!
いかなる疾風にも、御本尊を抱きしめ、いかなる事態に
あっても、恐れなく厳然と立ち向かっていくことだ。
・・・(中略)・・・
世界的な広がりをもつ、我ら創価の「黄金時代」を
謳歌しゆく大音楽を響かせていってくれ給え!
-----------(引用、ここまで)-------------------
昨18日付・聖教(5面)の福井県高浜町在住・刀弥利弘さん
の体験談は、最後に、次の様な言葉で締めくくられています。
---------------------------------------------
57年7月17日の「大阪大会」では、場外役員を務めた。
その日の朝、名誉会長が無実の罪で勾留されていた
「大阪拘置所」の前に立った。”権力の横暴は絶対に
許さん!”そう誓った。
負けたらあかん。勝たなみじめや。そう歯くいしばって、
今まで踏ん張ってきたんや。昔はこの小さな村でも、
つまはじきにされた創価学会が、今じゃ、世界中から
賞賛されてる。全部先生のおかげや。
-----------(引用、ここまで)--------------------
同じく昨18日、創価学会創立の日に、池田先生は、
新・人間革命の発表を再開されました。
---------------------------------------------
『広宣譜1』・・・(前略)・・・
第二代会長・戸田城聖が出席して、学生部結成大会が
行われたのは、五七年(同三十二年)の六月三十日である。
それは、新たな民衆勢力の台頭を恐れる権力の不当な
弾圧の嵐が、学会に吹き荒れる渦中であった。
北海道・夕張炭鉱で、学会が組合の統制を乱したとして、
炭労が学会員を締め出すという暴挙に出たのだ。伸一は、
この理不尽な圧迫をはねのけて、信教の自由を守り抜く
ために、北の大地を疾駆した。炭労の対応にあたる一方、
友の家々を巡り、励ましの対話を重ね、心の暖炉に勇気の
火をともしていった。
当時、炭労といえば、「泣く子も黙る」といわれるほど、
絶大な力をもっていた。その横暴を断じて許すわけには
いかなかった。
さらに、学生部結成直後の七月三日には、大阪府警に
よって、青年部の室長であった伸一が、選挙違反という
無実の罪で逮捕される事件が起こる。まさに、権力の魔性
との壮絶な闘争のなかで、学生部は呱々の声をあげたのだ。
-----------(引用、ここまで)-------------------
創価学会の会則変更に伴う所感が、あちらこちらで、会員の
皆さんのブログ上や掲示板に書き込まれています。
創価学会の歴史上、画期的な内容であり、様々な思いという
ものはあることでしょう。
しかし、「議論」をする必要を、私は感じません。
私の家に、そして皆さんの家に御安置されている御本尊に
祈り、時々刻々の大事な活動に邁進されている皆さん方は
おしなべて大きな功徳を受けておられるではないですか。
それが全てを雄弁に物語っています。
皆さんも、そして私も、種々の悩みを抱えながら、日々活動を
行なっています。一つの悩みが解決すれば、また一つ、悩みが
やってくる。
悩みのない人などいません。
それを一つひとつ克服していく中に、確かな人間革命は
厳然と現れてきます。
困難に直面し、それに臆せずに挑むからこそ、自らの殻を
破り、宿命を使命へと転換していく人生となっていきます。
さあ、「自他ともの幸福」へ、今一歩踏み出す時が、また
来ました。
『汝 須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か』
(立正安国論)
宗教的理想実現への課題と、政治的現実変革の課題と、
その双方を大きく前進させるべく、自らの限界に挑戦していく。
そして、その戦いの中で、一人ひとりの境涯を大きく開いて
いく。
極めて濃厚な、凝縮された時間の中で、私は、そして、
あなたは、どこまで自らの可能性を開いて勝ち切っていく
ことができるか。
如実に「実感」できる「時」を迎えました。
ともどもに、大きな福運を積んでいきましょう。
ともどもに、「師弟共戦」の意義を実体験していきましょう。
記事・コメント一部削除の件
投稿者:
福島の壮年
投稿日:2014年11月10日(月)10時17分35秒
返信・引用
編集済
大河さんのブログから、「あの1件」に関する記事が
削除されました。
イクソーさんのブログからも、「あの1件」を記事にした
サイトへのリンクが外されました。
各人の個別的な思い、考えは、自由に意見を交換し合って
然るべきではあっても、とにかくは「あの1件」についての
記述全般を創価カテ内に登録のブログや掲示板から一掃
することが先決であり、そうでなければ冷静な議論を図る
ことはできないとの考えに立っていましたので、私も、
自身の信念に基づいて、「あの1件」に関してストレートに、
関わった人たちのHNが表記された記事やコメントを
「コメント」をお寄せ頂いた方々のものも含めて、「非表示」
とさせて頂きました。
一部、そちこちのブログ上で、該当する記事文章やコメント
が残されてはおりますが、他人様のところまで細かく指摘
する権利は私にはありませんし、また、細かく確認すること
をやっている時間的余裕もなく、ネガティブで反価値的な
行為をやり続ける必要も感じません。
後は、それぞれの皆さんの自由裁量に委ねたいと存じます。
私の本掲示板の中、浮舟さんとのやりとりを記載した記事
につきましても、発端が「あの1件」でしたから、記事文中で
当然に触れられてはおりますが、この遣り取りのメインは、
浮舟さんが少しでもご健康を回復され、希望に溢れた日常
を取り戻して頂きたいとの一心から、「あの1件」のことで、
「嫌な思い」をされれば、お体に障ります。御身のご健康を
第一にお考え下さい。浮舟さんの試練には、必ず仏法上で
大きな意味のあることですということを、私の拙い知識と
文章で書き送らせて頂いているものです。
ひと段落したところで、浮舟さんとの遣り取りは、すっきりと
分かり易く纏めた記事にしていきたいと考えておりますので、
「あの1件」に対する表記も取り敢えずは細かな検証をせず、
そのままとさせて頂きます。
浮舟さんへ(8)
投稿者:
福島の壮年
投稿日:2014年10月29日(水)15時55分42秒
返信・引用
編集済
昨28日付・聖教に、先生の随筆が掲載されました。
これまでの私の論述で『創価学会の組織では、「地区」こそ
が、まさに全ての活動の「基」になります』という主張を追認
して頂く様なご指導でしたので、一部を抜粋して引用させて
頂きます。
------------------------------------------
『民衆凱歌の大行進/地域広布の英雄』
この青年は、信心の正しさを知り、求道の心に燃えて
入会できたのは、地区の皆さんが共に勤行・唱題し、
温かく面倒を見てくれたお陰ですと、笑顔で語っている
という。
※「この青年」とは、前述されている『本陣・新宿で入会
したタイの青年』ですね。
私は、広宣流布の一切の起点たる「地区」を担い支えて
くださる、偉大なリーダーの方々を思い起こさずにはいら
れない。
地区部長・地区婦人部長を中心に、異体同心で前進する
姿こそ、広布の組織の理想である。
現在の「地区制」が発足したのは、30年前の昭和59年
(1984年)1月のことであった。
壮年部の地区部長、婦人部の地区担当員(現・地区婦人
部長)、そして男女青年部に新進気鋭の「地区リーダー」
が、各地に誕生したのである。
わが創価の地区が盤石ならば地域も栄え、未来も輝く。
その勢いは必ず一閻浮提へ波動する。
ここに日本の広宣流布の大発展の軌道が敷かれたと
確信した私は、翌月から、18年ぶりのブラジル訪問を
はじめ北南米へ1カ月を超える広布旅に飛び出したので
ある。
「地区広布」即「世界広布」──身近な人と人との絆、
自分の住む近隣地域を大切にする行動を広げることが、
必ず世界をも変える。創価の師弟は、常にこの心意気で
前進してきた。
さらに地区を励まし支える「支部」のリーダーの方々も、
そして最前線の「ブロック」の皆様方も、「わが地域の幸福
と安穏は我らの手で!」と、誇りも高く立ち上がってくれて
いる。
---------(引用、ここまで)------------------
地区部長、地区婦人部長の使命の大きさを分かり易く
簡潔に仰られています。
誰も「暇だから」とか「能力があるから」とかで地区部長を
務めているわけではありません。
先生から託された地区を護り抜く使命感と、「何があっても
『地区組織のため』『地区同志のため』にやりぬく気概。
それによって『広宣流布』は確実に進展し、そのことで
自身の境涯もまた大きく開かれ、人間革命が実現できると
いう、確信」があればこそです。
過酷な状況の中で、必死に自身の宿業と戦いながら、
地区部長の職を全うしている(こられた)方も多く存じて
います。
私が神奈川にいた当時、同じ本部内に、「素晴らしい」と
尊敬と感嘆の念を抱かずにはいられないお二人の壮年が
おられました。
とても、詳細は書き切れませんが、簡単にご紹介させて
頂きます。
お一人は、私と同時期に壮年部に移行された方。
B長として活動に励んでおられた時に、白ゆり長をされて
いた奥様が亡くなられました。
深刻な病気ではないのに、担当医の薬の処方ミスでした。
小学校に上がったばかりの長女を始め、お母さんが恋しい
年頃の3人のお子さんが残されました。
そこからが、その壮年の方の必死の戦いが始まります。
お子さんたちのために、弱音を吐いてはいられない。
どんな事情であっても、仕事を疎かにするわけにもいかず。
娘さんは、家庭を守るにはまだ幼すぎて・・・。
毎日の遅くの帰宅に、娘さんとぶつかることもしばしば。
そういう中で、彼は、地区部長を務めることになります。
それこそ、家庭(子供さんたちの学校行事も含まれます)、
仕事、学会活動にと全てをやりきるために、何年もの格闘
が続きます。
やがて、お子さんたちも成長し、自分たちのことは自分で
できるようになり、素直にお父さんに感謝し、尊敬できる
ようになり、お父さんである地区部長さんと共にお母さんに
追善のお題目を送り、和楽の家庭を築き上げました。
前々回の記述で、私の義妹の体験を通して、
『義妹には、「何としても長男を育て切る」という使命が
あり・・・そこで使命を放棄して死ぬわけにはいかない』
とうことを書きましたが、幼いわが子のことを案じながら、
亡くなっていかれる方も勿論、おられます。
信心はしていませんが、当時の私の職場にも、まだ小さい
子たちを残して、奥様を乳癌で亡くした同僚が二人います。
無念の思いを抱きながら死を迎える、お母さんの過酷な
宿命という側面は当然にありますが、「遺された家族」という
観点で考えるならば、それは、その子達が、最も傍にいて
欲しい時期にお母さんを亡くし、その悲しみに耐えながら、
強く生きていかなければいけないという宿命を背負っている
ということ。また、奥様を亡くした悲しみを癒す間もなく、
その代わりも務めながら、何者にも替え難い我が子たちを
育てていく宿業を背負った父であるという側面もあります。
それを乗り越えて、全ての苦労を撥ね退けながら、和楽の
家庭を築き上げることが出来た時、父と子は、その宿業を
使命へと変え、お母さんの宿業までも使命へと昇華した
ことになっていきます。
遺された者たちは、歯を食いしばって、自分たちが幸せな
家庭を築くことこそが、奥さんへ、お母さんへの最大の
追善供養にもなっていくのですね。
もう一人。
この方は、シナノ企画で制作された、ノンフィクション体験
ドラマの主人公のモデルにもなっています。
小児麻痺で生まれ、車椅子などが必要な状態ではない
ものの、四肢に麻痺があり、運動機能障害を抱えて成長
していきますが、多感な時期に、周囲からは奇異の眼で
見られ、高校在学時には引き篭もり状態に。
それを心配した地元の男子部が足繁く彼のところに通い、
元気付けようとしますが、彼は、自分の現状と将来に悲観
し、聞く耳を持ちません。
お母さんとの葛藤もあり、なかなか心を開こうとしない彼。
諦めることなく、時には厳しく激しく彼を叱咤し、時には
優しく包み込むようにしながら信心の話をし続ける同志。
やがて彼は、その男子部の思いに応えようと立ち上がり
ます。
猛勉強をして進学し、コンピュータ事業で一時代を築いた
某大企業に就職。
能力を発揮した彼は、SE(システム エンジニア:
コンピュータシステムの設計をする専門職。通常は、複数の
プログラマの指揮をする)として活躍します。
やがて、ハンデをものともせずに、職場で学会活動で活躍
する彼に好意を持つ女子部が現れます。
彼は「本当に彼女を幸せにできる資格が自分にあるのか」
と、激しく葛藤し、「結婚」を言い出せません。
その頃、市が主催するマラソン大会が開催されることを
知った彼は、その大会の10kmの部(だったと思いますが、
記憶が定かではありません)で、走りきることができたら、
「プロポーズをしよう」と心に誓います。
彼の身体能力を考えれば、かなり無謀な賭けですね。
そして、大会当日。
他の参加者からはだいぶ遅れ、通常ならば大会が打ち
切られても仕方がない時間を費やして、沿道に集まった
人たちからの大声援を受けながら、遂に、奇跡のゴールを
果たします。
後日、そのことを知った、勤務先の会社の社長室に呼び
出された彼は、社長直々に表彰を受け、「君がわが社に
いてくれることを誇りに思う」と感謝されます。
勿論、その時の女子部・今の奥様には、みごとに思いを
伝え、結婚をし、壮年部に移ってから地区部長として活躍
をされています。
故郷の郡山に私たちが戻ってからのこと。
男子部の時に1年に満たない短い期間だけ同じ部で
戦った壮年部の方と、20年ぶりでお会いしました。
彼は、地区部長という立場が大好きで、上の役職に就いて
後も、組織の事情で地区部長が不在の地域があれば、
頼んででも地区部長の任命を受けていました。
当時、副役職専任だった私に、
「(福島の壮年)さん、地区部長やりましょうよ。
上に上がっても、地区部長を兼任しなきゃダメですよ!」
と、訴えかけていました。
最前線で、地域広布のために走り回るのが大好きだった
のですね。
「だった」というのは、残念ながら若くして他界されました。
病院の事務長として、仕事にも精一杯頑張っていた中での
急逝でしたが、霊鷲山に行き、大聖人や戸田先生に
お会いして、最大に称えられていることでしょう。
先生の指導に戻ります。
------------------------------------------
中でも、「白ゆり長」「副白ゆり長」の誕生から10周年の
今年、あらためて尊きブロックの婦人部リーダーの皆様
方の日々のご苦労を心から労(ねぎら)い、讃嘆したい。
また、広宣流布の最前線に立つ “黄金柱” として、
堂々と、満々たる闘魂で戦っておられる壮年ブロック長
たちの雄姿が、いつも私の目に浮かんでくる。
五濁悪世(ごじょくあくせ)の末法にあって、民衆の救済を
誓願し、慈折(じしゃく)広布に邁進(まいしん)されゆく尊貴
な民衆指導者の皆様方! いつも、いつも、本当に、
ありがとう!
---------(引用、ここまで)------------------
私が一時期担当し、そのまま派遣で黄金長(B長)をお引き
受けした地区がありました。
私の前任の黄金長さんは、自ら役職を辞退されました。
活動家として、座談会や御書学や本幹同中などには
欠かさずに参加されていたので、推薦を受けて黄金長の
任を受けましたが、その方は、教学や体験や先生の指導
など信心の話を「聞く」ことは好きだったのですが、人前で
お話しを「する」ことは苦手だったのですね。
黄金長になるやいなや、やれ会合では皆さんに「お話を」
と促され、新聞啓蒙やら折伏やら・・・怒涛のように責めら
れて・・・勿論、地区の方たちは、責めているつもりなど
毛頭ありません。黄金長としてすべきことを「当たり前に」
求めているだけです。
仕事でも、その方は、真面目にこつこつと同じ会社で
定年退職されるまで勤め上げておられますが、仕事
以外のことを話せる友人も持たずにきたのです。
結局、「話せ」と急き立てられることが負担になり、
一切の会合に出て来れなくなってしまいました。
私が、そのブロックをお引き受けしてから、何度もお宅に
お邪魔し、個人的にはいろいろとお話もお聞きしましたが、
数年後に亡くなりました。
その方の告別式の日。
私は、開始時間を間違えて1時間早く式場に着いて
しまい、式場の担当者のご配慮で中に入れて頂き、
その方の眠るお顔を拝見しながら、
「○○さん、随分と小さくなっちゃいましたね。
でも、おきれいな顔で成仏できましたね。
良かったですね」
と、話しかけていると、娘さん(地区リ)が気付いて近寄って
きて一言、こう言われました。
「お父さん、また(来世には)学会員として
生まれて来れますよね?」と。
「○○さん、あなたの信心は、誰がどう言おうと、
娘さんにしっかりと受け継がれていますよ。
娘さんを後継者として育てのは、間違いなくあなたですよ」
私は、そう思いました。
ご友人の少ない方でしたから、参列者も少なく、ひっそりと
した葬儀ではありましたが、友人葬として、同志が一糸乱れ
ずに、真心の唱題を朗々とあげてお送りする、清清しくも
荘厳な、故人の来世への追善の式典でした。
任命された役職を辞するというのは、様々な事情から
仕方のない場合は、確かにあります。
せっかく境涯を高め、成長し、人間革命の因を創れる
絶好の機会ではありますが、どうしても、事情やその方の
特質が向いていないのであれば、地元の幹部の指導を
受け切り、後任に道を譲ることもあるでしょう。
そして、役職を持つ人の大変さを身をもって味わったの
ですから、地域において、自身の力の及ぶ範囲で構わない
から、そういう人たちを陰になって助けてあげればいい。
「陰徳あれば必ず陽報あり」です。
必ず、自身の福徳として眼に見えて輝きわたるときが来る
筈です。
しかし、そういう自身の境涯が引き起こすストレスから逃れ、
それを正当化するように、学会に弓を引くような行為は、
明確に同志への裏切り行為です。
彼の醜悪なブログに対して、私は確かに、
「さっさと退会された方が、組織としてはすっきりします」
という言葉を投げつけました。
それが良くない。魔の所作だと騒いでいる人たちが
未だにいますが、私は、前提条件として次の様に
申し上げています。
「組織に害を成すくらいなら」と。
私がこれまで、この創価カテニ入って以来、一貫して
主張しているのは、「己義や邪義を振りかざして、純真な
学会員を誑かすな!」ということです。
そして、私が糾弾すべき基準に合致し、いやそれ以上に
醜悪な主張を展開したのが、まさにあのブログです。
「なあなあ」で済ますわけにはいきません。
さて、これで一先ずは、浮舟さんに宛てた私の論述を
終了させて頂きます。
http://blog.livedoor.jp/ukifune1966/archives/41567198.html
こちら、拝見しました。
私が思っていた以上に、お辛い状況のご様子に、
少しずつでもご回復をと祈らずにはいられませんでした。
こちらは、紅葉も今が盛りです。
先の日曜日には、家内が両家の母を車に乗せて、
磐梯山の周辺にドライブをしてきてくれました。
「命の洗濯になった」と、大変に喜んでいたそうです。
なかなか、外出されるのも億劫なところもおありでしょう
けれど、ご主人や娘さんとご一緒に、紅葉などを観に
行かれれば、心も晴れるかなと、勝手に思っていたり
します。
どうか、くれぐれも、ご自身の大事なお体をお労り下さい。
時間を見つけて、この浮舟さんとの対話を再編集し、
別掲示板として独立させようかと考えています。
長々と引っ張ってしまいました。
お付き合いいただきまして恐縮に存じます。
浮舟さんへ(7)
投稿者:
福島の壮年
投稿日:2014年10月27日(月)13時13分36秒
返信・引用
すみません、本稿を以って一応の終結とする予定で
おりましたが、昨日の聖教新聞の感動を間に挟ませて
頂きます。
聖教・本27日付『今週のことば』は、次の通りでした。
--------------------------------
難を乗り越える信心だ。
妙法は絶対なりとの 大確信で祈り切れ!
今の労苦が必ずや 生命の財宝となる。
--------------------------------
昨26日付・聖教5面には、この大確信を自らの89年の
人生で体現された方の体験が、掲載されていました。
大感動の体験談でした。
浮舟さんも、そして、他の皆さんも勿論、感動しながら
読まれたことと存じますが、一部抜粋して引用致します。
--------------------------------
信仰体験
『後藤のおばあちゃん 入会50年の貫禄を語る』より。
※89歳にして、岩手県久慈市の支部副婦人部長が
語っておられます※
「年を踏まねば分がんねえべなす」。
80歳を過ぎてようやく手にした確信。
※人生の宿業を「障害物競走」だと仰っていますね※
信心したから嫌なごどがなぐなるわげはねえ。
信心すれば宿命を受げ入れる力がつくこってす。
※人生の荒波を越えて来られた方の至言ですね※
祈るだげではだめだ。
御本尊様のお使いせねば。
折伏とか、聖教新聞の拡大とか。
両肩から同生天・同名天が暇(いとま)なく報告すんだ
もの。
だがら、いざって時は御本尊様がちゃんと守ってくれ
るんでねすが。
--------------------------------
この方は、4年がかりでといいますから、85歳の頃から
御書の全編読破に挑戦され始め、間もなく完結するとも
仰られていますが、御書を頭で理解し、それを実践する
ことの難しさは、皆さん、よくご存知の通りです。
この広布の大先輩であるおばあちゃんは、まさに大聖人
が魂魄を留められた御書の文々句々を証明する人生
そのものであったのだなと、感じずにはいられません。
ご長寿で在られる方は、ましてや信心をされている方は、
それだけ罪障を消滅できる機会、福徳を積める機会を
多く持てるわけですから、それだけでも素晴らしいことです。
しかし、ある意味では、長生きをするということは、お身内、
ご友人に先立たれる悲しみもまた多く経験されることでも
ありますね。他、苦悩を多く経験する機会も多いということ
にもなります。
この方も、ご長男に先立たれた時の悲しみと、それを
信心でどう捉えてこられたかにも言及されています。
体験を通して仏法の極意を学び、御書の世界そのままを
生きてこられた。
何と貴く、何と深い人生を歩んでこられたか。
若手の幹部など、束になってもとても適わない方だなと、
つくづく思います。
※この方の体験談が綴られた面右上の笑顔のお写真、
私たち家族が、神奈川で子育てに奮闘中だった時に、
実の母親の様にお世話になった方(本年96歳で他界)
が80歳代半ばの頃のお顔によく似ていらっしゃる。
思わず懐かしさに涙するところでした※
更には、同日付4面(見開きで、先の体験談の右面)の
『声』の欄・上段左には、神戸市の64歳の壮年の方が、
一緒に大誓堂での勤行会に参加された89歳のお母様
(奇しくも、先の方と同い年)のことが書かれていました。
--------------------------------
『医師も感嘆した母の前向きな姿』より
かかりつけの医師から
「いつも明るくて、お元気そうですね」
と声をかけられ
「『できない』ことを嘆くよりも、『今できること』に
喜びを感じます。毎日が歓喜に満ちています」
--------------------------------
広布の諸先輩方に教えて頂くことは、まだまだありそう
ですね。
過去世で強く願い求めて、ようやく今世で、この信心に
めぐり遭い、所願成就、罪障消滅、其罪畢已の機会を
得ながら却ってより深い悪業を積んでしまい、そのこと
に気付くことすらできずにいる人が、いかに多いことか。
いくら信心を重ねても「師弟不二」の意味を知らなけれ
ば、苦難に立ち向かう気概を持てずに、世間的な安逸を
貪りたくて仕方がない境涯を抜け出せなければ、結局は
「自身の無明に負け」て、悪道に転がり落ちてしまいます。
その罪は、過去世からの罪に倍にする重さになって、
来世以降に持ち越されてしまいます。
そのことに気付かせてくれる最大の教訓こそが、戦って
勝ち得た自らの体験です。
それを掴む前に白旗を挙げて、大きな体験の機会を
放棄してしまう愚かしい行為。
しかし、まだ自分が成仏への軌道に外れるだけであるならば、
また次により大きな、泣いてお題目をあげずにはおれない
ような試練を受けて気付くこともあるでしょう。
しかし、「自身の無明」による行為で、他の信仰者・学会員
までを巻き添えにしてしまえば、それこそ「度し難い
(救い難い)」「一闡提(いっせんだい)」の道に、我が
境涯を落としてしまいかねません。
だからこそ、そういう人は厳しく糾弾し、気付かせて
あげなければいけない。
仏法の因果とは、「希望の原理」でありながらも、それに
反する行為を繰り返す者には、極めて厳しく厳粛なもので
あると、私は思うのです。
(続きます)
浮舟さんへ(6)
投稿者:
福島の壮年
投稿日:2014年10月24日(金)15時11分4秒
返信・引用
編集済
さて、私自身が当初考えていた以上に、ここまでの論述期間が
長引いてしまいました。
長々とお待たせして申し訳ありませんでした。
今回と次回をもって、一応の終着点としたいと思います。
前回までに記述した役割以外にも、地区部長の果たすべき
役割と使命と責任を下書きでは細かく列記してみましたが、
内部の方なら当然に知っていることであり、おそらくは覗き
見ているであろう少数の外部の方に、事細かく説明して差し
上げる必要はありませんので、全て割愛することに致しました。
最後の締めくくりとして、今回のこの論述の切欠となりました
浮舟さんが深く憂慮されて記述されたブログ『あさき夢みし』の
『自分のやるべきこと』以降のお書き込みに関して、所感を
述べながら、この騒動に関する私のスタンスを明確にして
おきたいと存じます。
>今、自分のやるべきこととは何だろうと思うことがあります。
>まずは、我が家の後継者を育成すること。
そうですね。
各家庭において、しっかりと我が子たちが信心の継承をして
いけるようにすることは、親として、とても大事なことですね。
「親の責任」とか「親の義務」とかという表現をすると、とても
重圧、重荷になってしまいます。
親子とは言っても、それぞれが独立し、互いに尊重すべき
一個人です。
親子兄弟は、遺伝による体質の相似性もありますし、同じ
家庭環境で過ごしてきたことによる共通点も多い(宿縁に
よる結びつきの強さ)わけですが、明確に別人格(善悪の
宿業の個別性)であることもまた、紛れもない事実です。
親は、わが子に対して、その子が今世で果たすべき使命の
自覚を促す助縁として、誰よりも濃い役割を担っています。
子もまた、自分の成長過程を通して、親に成長を促し、
今世での学びの機縁となっていきます。
私の義妹は、信心強情な家庭で育ち、兄弟姉妹の中でも
最も強くその信心を継承し、圏女として明るく朗らかに、
部員さんたちを励まし戦いながら、保育士としてもしっかりと
信頼を勝ち得て、別分県の圏男と結婚をし、誰もが婦人部と
して洋々とした人生を送れるものと思っておりました。
義妹夫妻に待望の長男(自営業の実家にとっては、将来の
跡取り)が生まれ、幸せな前途が約束されたかに見えました
が、長男が成長するにつれ「普通の子とは違う」ということに
気付きます。
地方の病院では対応できず、東京の専門医の診断を仰ぐ
ために、当時、神奈川にいた我が家に泊まり、詳細な検査を
受けます。
検査の結果、医師に告げられたのは、「遺伝子異常」という
ことでした。
ダウン症ともまた違う、極めて稀な症例でした。
そこからが、その義妹の本当の宿命との戦いでした。
某誌に体験を載せて頂き、そこにも書かれていますが、
「心中も考えた」というほど、精神的に追い詰められました。
詳細は書きませんが、義妹にとって人生で初めて我が身の
宿業の深さに気付かされ、「泣きながらお題目をあげ」、
檀那と一緒に一歩も引かずに戦う日々が続きます。
その長男も、今年、支援学校の高等部に進学しました。
その間には、体質と心労とが重なり、脳内のくも膜下に瘤が
でき、2度、緊急手術を受けています。
瘤は2度とも破裂寸前でした。
自ら「普通じゃない」と気付いて救急車を呼び、そのまま即、
緊急手術。
破裂していれば、脳内出血でも最も危険な「くも膜下出血」と
なりますから、かなり大きな確率で「死」を迎えたか、幸いに
一命は取り留めても、重い後遺障害に苦しむことになった
でしょう。
しかし、義妹には、「何としても長男を育て切る」という使命が
ありました。
そこで使命を放棄して死ぬわけにはいかないのです。
その使命を生命の内奥で深く覚知している義妹の死を、
長男を守る諸天が赦してはくれません。
長男にとって、まだ「元気な」母の存在は必要なのですから。
親子の関係とはそういうものだと、私は考えています。
同じように、学会の地区にあっては、地区部長・地区婦は
地区同志の皆さんにとっては、なくてはならない親であり、
地区部長・地区婦は、地区員の皆さんをわが子のように
慈しみ、育てなければいけない「使命」を持っています。
彼の醜悪なブログを公開した御仁は、その使命を放棄した
ばかりか、守るべき地区同志の皆さんがもし、そのブログ
記事を眼にするようなことがあれば、「信心に疑念」を抱か
せるような事態を自ら創出し、演出したのです。
それを眼にした学会員は、真っ先にそのことを糾弾しなけ
れば、大聖人から極めて重いお叱りを受けることでしょう。
「成りすましかどうか」などという世法的な責任のなすりあい
など、純真な学会員同志を誑かす仏法上の罪に比較すれば
遥かに小さい。
私は、そう思います。
また、地区部長に限らず、正の役職者の大きな使命と責任
には、次の「後継者を育てる」ということがあります。
これは、連絡や報告といった事務的な業務のみではできる
ことではありません。
地道な家庭訪問と一対一の対話。
その中にしか「人材育成」は存在しないのですね。
それは、健全な家庭環境を築くことにもまた、通じます。
>「何のために」「何を書くのか」
まさに、浮舟さんのこの問いかけを、彼のどら猫氏に
ぶつけたい思いです。
「何のために」あのようなことをしでかしたのか?
謝罪後にまでネットに執着し「何を言おうと」しているのかと。
>学会を変革していきたいと思うのであれば
>組織の中に潔く身を置き、
>藻掻きながら前に進んでいくしかありません。
>組織を離れ、批判したとて、女々しさが残るだけです。
まさに、その通りです。
更に、
>判断基準につきまして。
>この創価カテゴリ内のことに限らず、
>信心に関する全てのことについて申し上げれば
>「広宣流布を推し進めているか否か」、
>これこそが判断基準となりましょう。
これもまた、その通りであると、私は思います。
大河さんのところにコメントし、個人的な理由からそれを
削除した後に、大河さんが再掲されたことに私は抗議し、
削除を依頼しましたが、再掲して欲しくない部分を除き、
自ら再度、その内容を提示したいと思います。
--------------------------------------
Commented by 福島の壮年 at 2014-09-08
仮に、どら猫さんご夫妻が、まだ学会に籍をを置く方たちで
あるとしても、今回の騒動に際し、「自分が悪かった」
「間違っていた」と心から懺悔する一念が芽生えないので
あれば、間違いなくまた同じ過ちを繰り返し、獅子身中の
虫となっていくことでしょう。
悶々とした恨み辛みを抱えて組織に害を成すくらいなら、
さっさと退会された方が、組織としてはすっきりします。
学会は、入会するも退会するも、本人次第です。
「一念三千」「色心不二」「依正不二」「現当二世」の法理から、
その先にどういう結果を迎えようと、それは、誰のせいでも
ありません。
全ては御自身の責任で、ご自身が抱えていかなければ
いけないことです。
どういう結果を迎えようと、「自己責任」でお願いします。
けして、他を巻き込むことのありませぬように
--------------------------------------
私のスタンスは、一寸たりとも変わってはおりません。
これまで、退転した人たちの言い分を嫌というほど聞いて
きているし、幸いにも思いとどまりながら、未だに燻り続けて
いる不信の同志も見てきています。
本当に『獅子身中の虫』と、判断された時、その処遇は
極めて厳しい状況に置かれるであろうということを付記して
おきたいと思います。
(勿論、世間的な脅迫や恫喝などは一切ありませんが、
「信心」で受け止めきれるかどうかは、本人たち次第です)
こともあろうに、「同じ過ちを繰り返す」に等しい行為を
結果的に促し、助長している輩がいる。
どら猫氏と内通して、騒動を引っ張ろうと画策している者も
いる。(確かな状況証拠を多数握っています)
厳しく「仏法によって」裁かれ弾苛される前に、早く気付けと
申し上げたい。
>ネットでの発言は世界に広がります。
>ひとつの地区内でおさまるものでは決してありません。
>その影響力の大きさ、深さをこそ考慮するべきでしょう。
けして、ネット上でのことを侮ってはいけませんね。
確実に、発言者・閲覧者双方に、「身口意」の三業として
刻まれていきます。
(続きます)
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