転載7

mdrto_nya   書き込みまとめより 

 ※それをさらに転載保存(カンガルーポーブログより)

 

「両陛下がお茶会などにお出ましになると、明るく和やかな雰囲気になり、陛下と皇后さまを各々中心にした輪が二つできる感じ。

東宮夫妻は一列にかしこまった出席者に一人ずつ言葉を賜る雰囲気。雅子さまは皇太子のあとをちょこちょこついて歩く。」

 

広報担当の男性の答え

雅子が当日ドタキャンしてナルが一人で出た24日のBBS運動60周年記念式典。

当初919日に「皇太子お一方で行啓」とプレスに発表。

前日の23日に雅子様も行く事に決まり、プレスにも連絡。

当日24日朝、体調が優れず医師の判断で欠席、という流れだったそうです。

前日に「行く」って言っといて、一晩寝たら「やっぱり行かない」

 

もし35位で紀子さまが親王を生んでたらどんなバッシング受けたんだろう?って考えると強行すべきだったとも言えない。

あのタイミングで生まれたからこその「運命の皇子」的扱われ方なんだと思う。

 

あれよりタイミングが早かったら、紀子さまは佳子さまご懐妊の時のように叩かれていただろうと。

佳子さまご懐妊〜数年の紀子さまは、会見でもお声に力がなく、顔もやつれて痛々しかった。

皇后さまは「よく立ち直ってくれた」とおっしゃったらしい。

 

女性自身

愛子は、去年は溶け込めていなかった。

運動会でも一人ぽつんと席につかなかったり競技のスタートにつくのが遅れたり。

 

大元は雅子さんの親族とも言われているが

雅子さん以外の皇族特に秋篠宮妃殿下の悪口を広めているのが、創価学会員とワールドメイトの会員。

悪意のある噂を創作し、皇室にさほど関心のない層への啓蒙活動を行っている。

 

悪意のある噂の元ネタは雅子さんの行状だと思ってよい。

一例は

「ヘビースモーカー」

以前通産省に勤務していたYさん「小和田さんのお嬢さんは相当なヘビースモーカー」

フランス料理店員

「婚前の雅子さんはたいへんにタバコがお好きで食後に一服というのではなく

食前にも食事中にも絶え間なく吸っていらした(ストレスがたまっていらっしゃるのだろう)」

これが創価やワールドメイト会員によって

「秋篠宮妃殿下(実際にはお名前を呼び捨てにしている)はヘビースモーカー」という噂に捻じ曲げられる。

中絶ネタも同様。

「秋篠宮妃殿下のお父様が皇居に怒鳴り込んだ」と言う中傷は

小和田優美子さんが怒鳴り込んだという事実を元にして作られた完全に捻じ曲げられた話であった。

 

雅子さんの背後にいるものはどれほど下劣で悪意に満ちているか。

雅子さんを擁護すればすれほど、雅子さんのさらなる事実が発覚する。

雅子さんを持ち上げるためには他の妃殿下を貶めなければならないという思考回路。

雅子さんには皇室からは出て行ってもらわなくてはならないが

このように悪意のある集団も同時になんとかしなくてはならない。

 

時間を経てはっきりしたことは雅子さんは決して被害者ではないということ

両陛下と秋篠宮両殿下は同じ考えで粛々と皇室を守ろうとしていることそれに逆らう勢力があるということ。

雅子さんは皇室に向いていないということ。

それを正当化しようと周囲があれこれ画策しているということ皇室をなくしたいと

いう人達にとって雅子さんは格好の旗印だということ。

皇太子はあやつり人形だということ

 

結局、雅子さんが思うとおりにできなかった不満が「海外に行けない会見」

「人格否定発言」となり未だに引きこもっている理由なのだろう。

一般人から皇室に嫁ぎ、自分流に改めさせようとするなど無理。

内側から破壊しようというたくらみでもあったのではないかと思ってしまう。

 

正直、日本の高校生がアメリカの高校にいったら優等生よ?特に数学とか日本はレベル高い。

アメリカでは高校でまだ掛け算とかやってる。

 

914日は学習院幼稚園での敬老会に優美子さんと一緒に出席。

この日の夕方の映画ご招待をドタキャン

 

オペラは前日に東宮職から「出るかもしれない」

→ドタ出ケテーイは3時間前。24日のBBS21日にノムラ太夫が

「行けるかもしれないから前日に連絡」→23日各社に「明日行きます」→当日『昼になって』「やっぱり欠席」

マスコミが当局側に聞いても「もうご本人に聞いてください」と言わんばかりの混乱ぶり

 

ヒゲ殿下は数回、彬子女王も手紙を出していたんだ。

そりゃ人格否定宣言は他の宮家の方々も震撼したことだろう。

 

両陛下や他の皇族の方々、誰の助言も心に響かないとは皇太子は深刻な状況。

しかし小和田らの言うことは信じて従う、もうこれは洗脳の世界。

小和田の部下で側近を固め、小和田の家族の誰かが東宮御所にやってくる

宗教の洗脳を解くのと同じで監禁でもして小和田らと引き離すしかない。

 

「害にしかならないから皇室のために出て行け!」

「有能な雅子さまを取り戻すために」

考え方はそれぞれだけど、離婚が良い選択だと思う人は決して少なくないはず。

 

隠し撮りな訳ない

電車も三四郎もラクダも関係者撮影。

それを視聴者提供としてTV局が流す。

雅子はいつもカメラ目線。

 

インコの鳥かごの敷き紙を雅子の写真にしている

 

在日ってけっこうそこかしこの市区町村の役所にいっぱいいるんですよ。

あおういう連中が雅子を崇めてるって覚えておいて損はないですよ。

ほっとけばいいというわけではないと思います。敵を知ることは必要です。

 

紀子様は、その時々の与えられた状況にただ感謝、喜び(そして笑顔)を感じて生きていかれる御方なのだと思う。

今日まで決して良いことばかりではなかったと思うし、表に出ない地味なお努めも多かったと思うけれど、

ひたむきに頑張っていらっしゃったと思う。

かといって、「一生懸命ガンガってますっ!」って感じのアピールもしないし、自然。ただ尊敬します。

アピールがないから、一見ここまでただ幸せに楽に歩まれたかのように見えるけれど、本当に大変だったと思うよ、

 

サンデー毎日

愛子は国技館で理事長に答礼出来なかった

躾に問題あるのではないか

 

秋篠宮さまは皇室オタだった。と「秋篠宮さま」にあります。

ただ淡々と自分の為すべき事をされていた。

雅子さんとか、兄とか無関係に自分の立場(スペア)を熟慮されて紀子さまと真摯に生きてこられた。

秋篠宮さまが素晴らしく見えるのは東宮が為すべきこともせずに

不満や不遇を周りの環境のせいだと決め込んで努力しないので目立つだけです。

 

「悪者、人の道を間違った者を裁けない国は滅びる。

皇族であっても間違っていればしっかり正す機能が無ければ皇室そのものが滅びる」

 

9月22日の大相撲観戦のときに足止めされた観客から「もう来るな」と野次が飛んだ

 

雅子様も、友納や女性週刊誌の妙な擁護さえなければ今の半分も叩かれてなかったと思う。

 

宮家の秋篠宮に男児が生まれても、皇太子夫妻に男児が生まれたら問題ないのに、なぜ脅し? という疑問にも、

皇族を皇太子系で独占したかったのでは、という推測もでる。

96年当時も今も、秋篠宮家と皇太子夫妻以外に子供ができる可能性はほとんどない。

そして他の宮家は女児ばかりなのでいずれ消滅の定め。

徳仁顔で性格雅子で愛子のようなクルクルパーがうじゃうじゃいたら恐ろしい。

 

あの頃から皇室が一枚岩ではなく身内に恐ろしい者がいるから「ピストル持ったSP」の配置があったと思う。

この平和ボケと言われている日本で、一般人は特に皇室ほど安心な所はないと普通は思う。

庶民がどうのこうの出来ない超越した空間と捉えていたと思うから、

ピストル持ったSPが宮妃の産院に警護につくなんて異常だと感じた。

国内で出産される紀子様の周りにどんな悪がいるのか?って不思議だった。

刺客は雅子(小和田)派から、としか考えられない。

 

皇室を守るためには皇太子離婚しかないでしょうね。

このままでは人格障害様に皇室を破壊される。

 

文春記事

両陛下は今年3回静養に行かれたが3回とも秋篠宮両殿下がご一緒だった。

東宮一家とは一度もなかった。

雅子さまの「体調に配慮」してことだろう。

 

一方馬鹿夫婦の誘いはやんわり断られている。

「一緒に静養して疲れた」と平気で言っちゃうような人」

言われた方はたまったもんじゃないからねー。

 

大相撲でのどっかり座って、肩肘付いて書類を読み指をV字に顎をポリポリしているのを見る限り

普段の生活は相当お行儀悪そうだから、そういうことも注意されたのかもしれないね。

少なくとも、朝起きてこないことは間違いなく注意されてるでしょう。

 

人格否定発言後の雅子さんの出す文章が、一段と酷くなったのを見て

今までは雅子さんの書いた物を、公表する前に添削して良い文章にして出してたり

(雅子さん的には私の書いた物じゃないじゃない!となる)

(国内でも)外交の時に直接英語で話そうとするのを

「皇太子妃は通訳を入れて話して頂きたい」とか言われたり

(言質を取られない為に通訳は当然のこと)マナーの悪い事

(陰で笑ったり、口あけて笑ったり、指差したり、大股で歩いたり)っていう

本当に細かい事(それこそ箸の上げ下ろしのように)まで一々言われたのが

「外国で暮らし外交官で、英語もマナーもバッチリな自分」に対し人格否定だったんだと思う。

むしろ、東宮職員こそ「何でこんな事まで注意したり、気遣わなければいけないのか」と辛かったと思う。

 

晴天で、おだやかな日に雪だるまの横で撮影する写真が、なぜゴーグルしたままなのか

ピンクのヘルメット、全く同じでロゴの部分だけ違うのを2種類もってるの

ピンクのジャケットも、ワッペンが違うので、スキーのときと雪だるまのとき

別??黄色のも持ってるの?

幼稚園児にスキーウエアを何着揃えているのか

 

ボーゲンしているときの?子ちゃんは膝も強く、腰もしっかり入っていた。

愛子ではありえない。

また、リフトにのっている?子ちゃん、

手だけでなくスキーもきっちりとそろえてあげていた。

愛子はダラーンとしているし、だいたい一人でリフトには危なくて乗せられない。

 

1日目とはウェアを変えたとしたって、

どうして前日の愛子ちゃんと同じピンクのウェアを来た子が写真の後ろに写ってるのか…。

偶然にしちゃ出来すぎだ

 

1991年、眞子さまご出産のときは秋篠宮バッシングなんてなかった。

1993年、浩宮と雅子さんが結婚した

1994年末(はぼ1995年)、佳子さまご誕生。

1996年、三年経っても子供が出来ないといわれ始めた途端 秋篠宮家バッシングが始まる

1997年〜秋篠宮家の映像がほとんど出なくなる。

2001年、東宮家に愛子さんが生まれる。はぼ同時に女帝論スタート

2006年、秋篠宮家に悠仁親王ご誕生

2007年、女帝論はほぼなくなったといわれ始めた途端秋篠宮家バッシングが始まる

誰が秋篠宮家バッシングを主導しているのか、ものすごくわかりやすい

 

たちばな出版

CD 千の風になって J・POPバージョン   深見東州

深見東州 へんてこ新興宗教 ワールドメイト 教祖

有力なパトロネス(金搾り取れるおばはん)の名前が 愛子 のため、

紀子様に狐憑きやら愛子様こそ運命の御子とかわけわからんこと連発のキチガイ。

金で買った学位と、聴講しかしていない音大の名前で歌歌ったり、能やったり。

宗教の名前ではなく自分の名前で寄付したり、金集めをするので、

金コマ文化協会の理事に納まったりしてる。

高円宮憲仁親王と面識ができたのもその文化行事の一環。

 

ジュース工場見学の間森を散歩

週刊新潮07614日号でもホテル従業員が

午後4時頃雅子は出かけた(ジュース工場見学は4時から5時半のタイムスケジュール)

「散策コースを30分ほど、お一人で散歩されたようです」(「一人」となっているけど宮内庁が「側近と」発表している)

「戻られた雅子さまは、気持ちのよさそうな微笑を浮かべていらっしゃいました」と証言している。

これだけ複数のメディアに報道されているのに、なんで真っ向から対立するような事書いている。

でも一般の人はそんな報道覚えちゃいないだろうから、この記事で事実のすり替え(記憶の書き換え)が成功しちゃうんだろうな。

 

愛子天皇を望む人たちは「女系容認」「直系長子」に「即刻改正」すべしという

3点セットでの改正を望んでいたけれど、同じように考えている人がどれほどいたのか。

国民のほうは、知識不足・情報不足で「女系」「女帝」の違いもわからなかったくらいだから、

やっぱりあの時点で改正されなくてよかった。

 

きちんといろんな方法があるってことを国民に提示して欲しいよね。」ということだった。

一般の人にとっては自分の生活に直結していることではないので

それほど真剣ではないのも致し方ないね、とも思った。

また、こうやっていろいろなことが恣意的に報道され、

皆が深く考えず決まっていくことも多いのだろうな。

 

相撲

去年、雅子が愛子を強引に引っ張って、出口がわからなくてオタオタしてたから、

今年は、浩宮が雅子のほうに行って、わざわざ遠回りして帰っていった。

ものすごく不自然。

 

日本を滅ぼすのにミサイルとかは不要。

日本人の精神的支えとなるような伝統世界や政界、マスコミに

雅子さんや朝青龍タイプの人をどんどん送りこめばいい。

そういうタイプの人に、日本人は何も言えないのだから。

 

高円宮様が婚約中の久子妃に、宮妃の振る舞いなどを教えてさしあげたことの中に、

ご公務や儀式中に、たとえば小蝿などの虫が顔に近づいてきても手でそれを振り払ったりしてはいけない、というのがあり、

久子妃がそれを「宮様との思い出」という回想録に書いていらっしゃいました。

また、皇太子妃時代の美智子皇后が夫君のスピーチ中だったかのおりに南国なのでお顔に何回か、

虫がとまっていても何分もみじろぎひとつなさらなかった。

またタイでの秋篠宮家の眞子様、佳子様もたくさんの蚊が飛びかい、ずいぶん刺されたとお付きのひとが言っていたのに、

お子様でも二人とも刺された箇所に手をやることももちろん掻くこともなさらなかったと感心されていました。

それらに対して雅子妃は貴賓席で顎ぼりぼり。誕生日映像では股間ぼりぼり。愛子さまは鼻糞ほじり。

そういう些細な注意が「人格否定された」になるんだろうな

 

皇族の公務は国民の要請を受けてするもの、というのが建前、原則だから「公務は受身」でいいんです。

 

アイコさんが着たベビードレスのメーカー翌年倒産

 

受験は全てコネで乗り切ってるし、得意の英語やスキーさえ

「英検1級レベル」「スキー1級レベル」 レベルってなによレベルって。

ちゃんと試験に挑んだことがない。

 

>平成7

>天皇皇后両陛下、秋篠宮妃殿下、真子様御臨席の下、

>文化庁芸術祭執行委員会 第50回記念芸術祭主催公演

>「精華琉球舞踊沖縄五十年のいま」(国立劇場)

両陛下と紀子様、眞子様って珍しい組み合わせだね。

陛下も美智子様もお喜びだったろうね。

 

この組み合わせでは2001618日「よみがえる日本画」展をご鑑賞っていうのもある。

文教ニュース・文教速報◇2001年6月18日のことろに出てる。

両陛下の日程表には掲載されていないので、これも私的ご鑑賞

私的にはよく一緒に行動されているのかもしれないですね。

 

紀子様は80%の歌を何首か作って和歌の先生に添削してもらうそうだけど

雅子サマは120%の歌を一首だけ提出して添削は受けない…というエピを思い出したw

 

悠仁様誕生前の改正案で秋篠宮様が排除されたのは、

・秋篠宮様は即位されても短期であること

・秋篠宮様の次代の継承者がいないこと

それが踏まえて、直系長子優先で愛子様って流れだから、まだ分かるところもあった。

が、次代の若い高順位継承権者が現れた以上

生まれながらに皇位継承権がある悠仁様を押し退けて、

生まれながらに皇位継承権のない愛子様に、継承権を与え、しかも即位させるなんて皇位纂奪そのもの。

 

皇太子が「苗場山」(2145メートル)へ登ったときに

不幸にして白羽の矢が立ったのが村営の「苗場山頂ヒュッテ」。

国有地内なので建設省に申請してトイレ・風呂用の敷地借用の許可をとり、

突貫工事にかかったが、天侯不順で、資材を上げるヘリコプターがなかなか飛べず、

関係者は冷汗ものだったという。何とか皇太子来荘には間に合ったのだが、

皇太子は風呂には入らずじまい。おまけに借地に建てた風呂場なので、

“皇太子ご一行様”が去ると今度は解体工事である。

何という税金の無駄遺いであろうか。

 

山道整備は、登山愛好家からは環境破壊と位置づけられ、非常に評判が悪い。

露骨に「徳仁」など、呼び捨てにする方もいる。

自然環境に皇太子が言及すると、「それをいうなら、あなたは山に登るな!と言いたくなる」そうです。

 

ポニーロケが長時間というのは、東宮一家の影の長さで判明した

 

女性週刊誌ごときが「大御心」を推測するな、と言いたい。

 

9月6日に公開された、ラクダ映像あたりから、奈落に向かっている気がしてならない。

誰の目にも分かるくらい健常な子ではなくて愛子ちゃんには申し訳ないが正直有りがたかった。

 

皇室を思って真摯に公務に励まれる高齢の皇后陛下や紀子妃の行動の一つ一つが、

雅子妃に対するあてつけのような印象を伴ってしまうことが残念。

 

小和田雅子のようなのが皇太子妃になれるんだから、残念ながら皇室の権威も落ちたもの。

そう思う国民は少なからず存在する。

小和田雅子という皇室クラッシャーを一日も早く追放すべきだね。

 

東宮一家のあのカルタ取りの時の座り位置の場合、

普通に考えて、隣の娘が札を取り易いように母親は自分の足をどかしますよね。

愛子さんを足でブロックしてましたよ>雅子

踏まれてるのに、邪魔になってるって気付かないのが不思議。

 

>静養に入る前児童擁護施設を訪れた雅子は

子供たちの悲しい境遇がわがことのように敏感に感じられすぎ涙がとまらず。

子どもたちを抱き締めることも出来ない自分の無力さにさらにつらい思いをしたという。

 

この寒々しい擁護は何?養護施設の子供たちも、雅子に勝手に変な同情されて迷惑なんじゃないの?

雅子の考え方はあまりにも身勝手で独善的。こんな考え方をする人間は人の上には立てない。

 

4年前、軽井沢の別荘で、外に聞えるぐらいの大声を出していた雅子。

一般参賀で、側にいる人に異様にしゃべりかけながら、手を振っていた雅子。

盆栽で大笑いして、主催者に不思議がられた雅子。

メリーゴーランドで、不気味な笑いを浮かべていた雅子。

ラクダの瘤を一心不乱で揉んでいた雅子。

どんどん悪くなっている

 

紀子さまは天然石。それがご両親の心のこもった教育とご本人の努力で見事に光り、宮中に上がってさらに精錬され見事な宝石に。

対する雅子さんは河原の石ころで親が手入れもせず精一杯金メッキをほどこして宮中に無理に押し込んだものの、

もともと性質の悪い石だから時間がすぎるとともにその金メッキがはげてきたんだろうな。

 

皇太子は一度も愛子が降嫁する身だとは一度も言ったことはない。

最初からその気だったのかも。

天皇陛下も皇后陛下も紀宮様を育てるにあたり、

「将来は皇室を出る身だから」と折々に発言している。

 

古い家系なら他にいくらでもあるが、一系統のみで遡れるのは世界でも天皇家のみ。

他の王族は、父方の母方の父方の父方の母方の…とジグザグに遡るのがほとんど。

天皇家はすごく珍しい。世界的に稀少。

このように、他の一般市民とも他の王家とも「違う存在」でいられているのに

「他の王家は女王OKなのに」とか「世の中男女平等なのに」とあえて、

他と同じ存在にならなければならない意味がわからない。

他と違うからこその皇室なのに。

 

I子さんを天皇にして、その子供も天皇にすることは、

他と同じになってしまうことになる。

「父方の父方の父方の…」と遡れるのは天皇家のみだったのに、

それがなくなってしまう。

それどころか、「父方の母方の父方の父方の…」で遡れるなら、

徳川だって藤原だって同じように遡れてしまうのだ。

天皇の娘をたびたび嫁に貰ってますから。母方が入った時点で、

天皇家は徳川家や藤原家と同レベルになってしまう。

そうなると、逆に徳川家や藤原家が天皇を名乗ってもいいことになってしまう。

そうなると、日本中、天皇だらけになる。その混乱を防ぐためにも、

天皇家は「他の誰にもマネできない『他とは違う存在』」でいなければならないのです。

 

「初夏に、皇室の関係者がある学校を訪ねて、愛子さまの教育を依頼したと聞きました。

引き受けてくれたら相応の施設を寄付したいとまでいったというのです。

そこが特別な教育方法で実績を上げてきた学校だったので、『やはり』ということになった」 このとき訪ねた先は、

東京都武蔵野市の武蔵野東学園(寺田欣司理事長)だったといわれている

 

那須到着時も歩道に車乗り上げてたんですねー!>東宮一家

 

悠仁殿下が御誕生されたということは、皇室に継承者が授かったということです。

将来、愛子天皇はあり得ません。

しかし、皇太子は「愛子の立場が将来どうなろうと」と言い、含みを持たせています。

次子を諦めて、我が子を継承者にしたかったのは、

皇太子自身だったことが言外に感じられます。

 

三四郎池の映像は不思議な映像だったよね。

入院中の皇太子を外に連れ出す必要はあったの?

何であんなに陰気くさい三四郎池を選んだの?

行くことを知らせたのはなぜ?

撮られているのを知っていながら、どうしてあんな横柄な態度ができるんだろう?

 

紀子さまは皇室に入られて半年にもならない内に大礼の儀で、

筆頭宮家の妃殿下として何の粗相もなく、立派に両陛下をサポートされた

外国の若い王族の方々に囲まれて、何かを一生懸命説明されているシーンもありました。

もし皇后になられたら、外国の王室では

「あの時の若くてチャーミングな妃殿下」と皆覚えておられると思います。

 

高清水さんブログ

天皇皇后両陛下は常に国民と共に・・・というお心です。

国民とふれあう事が大切だとお考えになり実行されています。

那須にご滞在中に恒例になっていることがあります。

地元の農家訪問です。お迎えするお宅は緊張と嬉しさにあふれています。

ご近所さんも御親戚も集まり 笑顔で準備している様子は活気があります。

両陛下がいらっしゃる事で多くの皆さんが 笑顔で元気になっています。とても温かい空気です。

地元の方から農産物の紹介や工夫も合わせてお話ししていただきます。

農業に尽力されている自信に満ちたお話しから食物への感謝の気持も抱きます。

毎年お伝えしていた微笑ましい話題でした。

しかし ここ数年は先方が快く了解の時でも独自取材がむずかしくなってしまったのです。

突然できた取材規制はいったい誰のためなのでしょう・・・

 

マスコミの中にいて言葉の重みがわからないわけがないと思う。

それでもあの文を書かずにはいられなかった。

それほど心の中で忸怩たる思いがあるんだと思う。

 

皇太子ルートは、警備のため、背の高い木や草は刈られてしまうそうで地元民いわく「滑り落ちても掴まる笹っ葉もねえ」

 

皇太子さまと二人山小屋でのショット

ふたりはかなり離れて写ってた。

カメラマンが雅子さまに皇太子さまの傍によるよう言ったんだけど、雅子さまが断固拒否

 

『秋篠宮さま』(江森敬治著)

自分(秋篠宮)は高いところは怖くて苦手だが、兄は高いところが好きで子供の頃煙突の随分高いところまで昇った事があります。

それ読んだ時頭に浮かんだのはもちろん、「○○と煙は高い所が好き」ということわざ

 

小和田は秋篠宮夫妻を、徹底的に叩いて、娘の居場所を作ったのだと思った。

 

周りに創価が多いんだけど、平成初めの紀子さんブームの頃から叩いてたよ。

今にして思えば、兄の件が片付いたら弟にも創価に縁のある女性を……と思っていたら、

弟宮が先に結婚、しかも学習院関係者、という、

創価にとっては不意打ちされたようなものだったと思う。

 

朝日小学生新聞には、1975年9月6日に掲載

沢山の秘蔵写真wと共に、自転車にまたがった雅子さんの写真有り。

 

”病気”を盾に取り、静養三昧・遊びたい放題、

オランダ豪遊やグルメ・ショッピングにはお元気でお出かけ、公務になると途端に体調不良になり

働きもしないのに皇太子妃の座に居座り続ける雅子さんのほうが、よっぽど”したたか”に見えます。

 

小和田家と福田家は、小和田恆と故・福田赳夫元首相との関係性から非常に縁深くズブズブ状態である。

小和田雅子本人も福田赳夫の孫娘・横手香代子(福田赳夫次男であり養子になった横手征夫氏の娘)氏と

19883月スキー旅行に出かけている写真が存在するなど、文字通り両家は家族ぐるみ親戚付き合いと言っていいだろう。

200642日、元フジテレビ女子アナのチノパンこと千野志麻氏が福田赳夫の孫・横手真一氏と結婚したが、

その挙式披露宴には小和田優美子が出席している。

 

福田康夫の妻貴代子さん。

1993119日皇太子・小和田雅子の婚約内定発表で

小和田優美子が締めていた着物の「福帯」が貴代子夫人と同じものであることが判明

この婚約の陰に福田家の尽力があったこと模様

また『週刊女性』で過激なまでの東宮夫妻擁護論を主張し続ける政府高官夫人についても、貴代子夫人説がある。

貴代子夫人はせんべい聖教新聞印刷仕事を請け負っていてせんべいには頭が絶対に上がらない

毎日新聞社社長の夫人と姉妹であり、彼女の父親は元毎日新聞社社長である。

 

紀子様がいるせいで、自分が出来の悪いのが目立つと逆恨み。

 

公務は勿論だけど、祭祀にももう二度と雅子には関わってほしくない。

この人に望むことは唯一つ、皇室から出て行くこと。

病気を治せなんて言わない、仮病は治せないし。

とにかく皇室から出て行け!これだけ。

 

とある年の園遊会

園遊会には宮内庁の職員も並ぶのだそうです。

雅子さまは、その職員の方々の前を無視して、素通り。一同ポカーン。

その直ぐ後に紀子様が来られて、一人ひとりに、いつも有り難うございますとか、労いのお言葉。

しかも、職員の方々のお名前を覚えていらして、親しくお名前かけをしながらだったそうです。

雅子さまに無視された後だっただけに、職員一同大感激だったそうです。

なんと、この様子に気付いた雅子さまは、急に、どたどたと戻ってきて、ペコペコお辞儀。一同再ポカーン。

これが皇太子妃?と、ほんと情けなかったとのこと。

 

あんなアレンジメントフラワーを臆面も無く毎年出品できる厚顔さがすごいです。

>年々精神崩壊が進行してるのが分かるアレンジメントフラワー

 

宮妃のご懐妊が「酷い」なんて、いつからそんな事を思うようになったんでしょうね。

そのような考え方の人達は、三笠系の親王方についても

「野望を感じる、昭和天皇はもう世継をもうけていらっしゃるのに」

なんて、おかしな事を考えたりするんでしょうか。

 

天皇皇后両陛下や、秋篠宮家の方々がお楽しみであれば、

私のような保守的な人間は足止め規制をくらっても、

「まあ、当たり前だわな」とか「遠くからでもお姿を見ることができてラッキー」と思ってしまうが

皇太子ご夫妻については、そういう感情が湧かない。

 

職員が他の物を用意しましょうか?と、新しいコンフェを渡そうとしたのに、それを断った。

ましてや拾い続ける愛子を、皇太子は一度止めようとしたものの愛子がきかなかったので、そのまま放置。

雅子と二人お喋りしながら立ち去ってしまった。

大人たちがそぞろ移動していく最後尾から、付いて行っていました。

雅子はダウンのコートに手を突っ込んだまま愛子を見下ろしていた・・・。

 

紀子さまがお妃に内定したのが89

雅子さんが皇太子に気に入られたのが86年。

直後に宮内庁と昭和天皇にダメ出しされて消えてたとき。

そのころいち早く妃に内定した紀子さま。

昭和天皇在世中にも会って公認を受けていたという紀子さま。

世間が紀子さまフィーバーに浮き立つ中、自分はあっさりボツにされて。

どんなにか雅子さんと小和田は嫉妬に狂ったでしょう。

そしてちょうどそのころ紀子さま叩きが行われていたのもうなずける。

 

当初の目的は、このままでは、祭祀を行うための宮家が不足するので、

三笠宮家の女王を皇族に留めて、旧皇族の男系男子を迎え入れて新たに宮家を創出するという程度だった。

まさか、継承順位を変える方向になるなんて、大半の皇族も思っていなかっただろうね。

内親王即位案は、伝統に縛られない一部の皇族とその閨閥が考え出した、クーデターみたいなものだ。

 

本来なら継承者からはずされたであろう者が典範に守られて居座り、

また皇室の根本や伝統を打ち崩すような内容で典範改悪が行われようとしている現在、

民草としては改悪阻止でできることを細々とやってみるしかない

 

東宮家の法則は、そもそも穢れの塊の小和田雅子が持ち込んできたもの

 

佐賀県

両陛下が行幸されたときの動画の歓迎ぶり。

お出迎えのときに建物の中へ両陛下が入っていかれようとされたとき誰かが君が代歌いだしたら、

他の人たちも合わせて歌いだしてそうしたら陛下が足を止められて、

向き直って、歌が終わるまで聞いていてくださって…。

歓声って、ホントこういう風に自然発生的なものですよねぇ?

 

江頭豊の吐いた言葉のほんの一部。

「死んだ魚を食べる乞食が金をせびりに来たな」

「腐った魚を食べるから、汚い病気にかかる。移るから近づくな」

「庶民が何を言うか」

「黙れ貧乏人が」

 

>東宮職は「静かな環境を確保するため」として、滞在先や期間を公表しないよう報道各社に求めている。

「静かな環境」で過ごしたいなら、りっぱな御用邸があるのに。

わざわざ一般の遊興施設に出張ってきて貸切りで遊びまくった挙句

「期間と行き先はナイショにしてほしい」ってどこまで厚かましいんだか

 

私的行楽旅行は秋篠宮家もされてる。

質素なもので、行き先も沖縄(お友達がたくさんいらっしゃる)とか、鄙びた温泉だったりお友達のいる地方の温泉だったり、

地味ながらもくつろげそうな旅行をね。

皇太子も独身時代を含め、私的に山登りは毎年行っている。

あの方たちも人間ですから、プライベートでお楽しみはあってしかるべき

両陛下も皇太子時代には、軽井沢や浜名湖で夏を過ごされていた。

ただ、皇太子一家の静養は、これまでの天皇家にはないパターン。どうにもこうにも違和感ありまくり。

 

悠仁様命名の儀の日、登山したのはマジ引いた。

だけど頂上から望まれず、下山したと聞いたときはなんか笑ってしまった。

この人、天皇にはなれないなと何となく思った。

 

毎日新聞の記者だった森は、「ナマズのためなら」という秋篠宮殿下を批判する記事を書き、これが秋篠宮バッシングに発展。

後に、秋篠宮殿下を中傷するつもりはなかったこと、記事の中に事実誤認があったことを認める謝罪記事を書いているが

これがきっかけになったことは厳然たる事実。

結局雅子に肩入れして、愛子天皇画策を押していたのはこういうヤツばかり。

 

>「帝王教育」は無駄である 象徴天皇制は終焉した←森教授の署名記事2ページ

 

時系列的には、22日夜11時ごろまで会食、翌23日午前10時過ぎから午後5時前まで那須どうぶつ王国滞在。

子供には片方だけでもきついのに、両日とも連れ回したとしたら…さらにその翌日の24日は、りんどう湖ファミリー牧場。…

 

週刊朝日の森記事は失礼だと思う。

両陛下は「感謝される」ために被災地を訪問されているわけではないと思う。

両陛下の御心の中では、被災者や弱き者の下に行かれることは一種の「巡礼」というか

「義務(誰に強いられるわけではないけれども、天皇として成すべきと考えられている)」なんだろうとお察し申し上げています。

それは「感謝されているから」とか「支持基盤増大のため」といった近代的な考え方とは違う発想。

だからこそ、皇室は日本のために大事な存在だというのに。

日本を象徴する精神が「○○してくてれたから、××する」だったら日本はダメになるよ。

 

紀宮様

目に見える「成果」という形ではかることのできない皇族の仕事においては,

自分に課するノルマやその標準をいくらでも下げてしまえる怖さも実感され,

いつも行事に出席することだけに終始してしまわないよう自分に言い聞かせてきたように思います。

 

>「帝王教育」は無駄である−象徴天皇制は終焉した(森 暢平)

森暢平って、バリバリの女系容認派だったよね。紀子さまご懐妊判明直後に、

「このままでは壬申の乱や南北朝動乱の再現になるので、ご出産前に予定通り改正を」と、たわけた事を抜かしておった。

 

思い通りに行かない皇室はもうイラネ!って事?

 

ナルのやりがいのある公務って何だろう。

佐賀北を訪問したときの目つきからして全国の女子校訪問とかやりたいんじゃないかな。

あのいやらしく輝いた目。

いくら自宅にいる妻子が醜いゴリラだからって…

 

森は「天皇家の財布」を書いて、さも皇室の専門家のような顔をしているが、実際に宮内庁記者だったのは95年〜97年のわずか3年間。

1996年には秋篠宮殿下のタイ訪問に際してバッシング記事を書きそれを発端に週刊誌が面白おかしく書き立てることとなった。

森自身は後に新聞紙上に「秋篠宮殿下のタイ訪問は、タイ政府の農業・協同組合省からの招待を受けて数年前から計画されてきた

準公務的なものであり、かつ天皇陛下からの許しも受けてのものだった。と、事実関係を明らかにし、バッシング報道は、誤解に基づいたものであり、

バッシング報道をミスリードしてしまったことを謝罪する記事を書いている。

 

週刊朝日

始められない帝王教育

帝王教育は大きく二つ、まず周囲に振り回されない断固とした判断力、もう一つは歴史などの知識としての教育。

現在の東宮と秋篠宮家では予算などの歴然とした差がある。

悠仁さまの教育に関して大幅な予算増しは難しい状況。

また今、悠仁さまに特別なことをすると雅子妃がもう子供を生まないと判断したことに繋がってしまう。

典範に関して小泉時代に「長子優先」の報告まではあったが、安倍政権になり棚上げに。

現状のままの典範だと他の宮家が消滅することになりあらゆる角度からの議論が必要。

秋篠宮家は出すぎのないようとても気を使いながらも、周りの人々にもおおらかに接し、悠仁さまには挨拶や感謝の心などの教育も順調のようだ。

 

可愛い盛りの悠仁さまの成長を国民皆で祝福する、その雰囲気がこの国では失われた。

→国民は悠仁さまの成長を祝福したいんだよ!失わせたのはあの一家だけだろ。

 

悠ちゃん誕生の日にテレビに出てきた森の秋篠宮家に対する憎悪は半端じゃなかった。

 

皇室会議は形式的なものだからね。そんな場で最後まで反対する人はいないよ。

雅子さんの場合は、むしろ最終的には賛成したにしろ、そういう形式的な場で三笠宮長老が反対する意見を述べた・・この事実が重要。

とりあえず「反対意見があった」という事実を明確にしておきたかったとしか思えない。議事録に残る。

 

やんわりどころか数回に亘って側近達も反対していました。

皇太子さまが婚約会見の時の言葉↓

「本当に雅子さんでは?」ということを何回となく宮内庁にも申し入れをしました。

私は私自身の気持ちも大切にしたいと思いますけれども周囲の意見、周囲の考えも、これもまた大切にしたいと思っておりましたので、

昨年、周囲の意見が雅子さんでいい、ということで固まった時は、大変うれしいものがございました。

 

昭和天皇崩御後、皇太子が「心を惹かれたのは小和田さんだけです。」と仰って、また候補に上がった。

この頃、主な候補者は次々と逃げるように結婚したり海外に行ったりして、消えていた。

チッソの件は、江頭祖父が社長就任前に起こったことで直接関係ない、と解釈して再検討。

そして、アメリカ時代の素行調査をどこかに依頼。

婚約発表後だと思うが、雅子さんのトップレス写真を持ち込んだ某氏を、宮内庁が握りつぶしたりして何とか体裁を作った。

 

マスコミでも、雅子さんの皇太子妃はなくなった・・と思うたびに政治家周辺から「雅子さんで決まり」という情報が流された。

この結婚、皇太子の「一途な思い」だけでは説明しきれないものが多すぎると思うが・・

まぁ、離婚するなら皇太子ひとりが責任の全てを背負い込むのもいいだろうが、あの人には負えないだろうな・・

 

よくぞここまで皇室に来ても、自己を変えずにきたものだなあと感心することさえある。

側近も皇后もいる前で陛下に口ごたえできた人は、後にも先にもこの人だけではないのかな?

よくぞ平民出身で。たいしたもんだよ…。

 

口答えも酷いけれど、陛下が雅子さんに喋りかけても聞こえない振りをする。

見かねた紀宮様が「陛下がお言葉を掛けられていますよ」と雅子さんに話しかける。と週刊誌に書かれていました。

 

浩宮は、中等科時代に、同級生に「天皇制は世襲でけしからん」と言っていじめられたが、

このとき、浩宮は、「自分の意思で天皇家に生まれたわけではない」と言ったそうである。

 

秋篠宮家は、高松宮、有栖川宮、秩父宮の祭祀を継承していらっしゃるそうです。

 

宮家は皇統断絶を防ぐためにある

 

偏差値世代的には、日本の小中の詰め込み教育から

アメリカの高校に行くと、数学なんかはトップレベルで即優等生に変身、という話はよく聞きましたよね。

 

祖父母の家も通学圏内にあったし、もう高1だったのだから、

一人祖父母の元に残って、田フタを卒業する事は十分に可能だったはず。

学業上の理由か、素行上の理由があったと想像する余地が充分にある。

 

両陛下がお気の毒

まさかたった一人の嫁(とその付随物)に、こんなに皇室をかきまわされるとは思いもよらなかっただろうな

 

皇室の夕暮れ・・・6月9日

皇室のあけぼの・・9月6日

 

自分や家族や身近な人のこと以外で、あんなに嬉しかったことってなかったなぁ。

 

公務と将来の天皇のご養育で忙しい秋篠宮家では職員が過労でダウンしそうというほどなのに、

一方の東宮家ではお遊びのために友だちの警護までさせるあつかましさ。

 

ラクダも「(愛子さまより)雅子さまが乗りたがっていて・・」みたいに言われていたし

徳仁がペダルボートを漕いで汗びっしょりになる様子に至っては「皇太子さまというより、お子さんのお父さんといったかんじで・・」

と職員に言われてしまう有様。

 

東宮ご一家の映像は隠し撮りチックだったり不審なものが移りこんでいたりと

見ているこっちが不愉快になるものが多いのに対して

秋篠宮ご一家の映像はなんとも表現しがたい光に包まれた温かい映像が多い

 

秋篠宮家の子育てのありようを率直にそのまま語ると、それがすべて東宮家への痛烈なあてつけっぽくなってしまうのは、

それはもちろん秋篠宮家のせいではなく、100パーセント東宮家が責めを負うべき問題です。

 

紀子様の皇居に上がるときのきちんとした出で立ち。

私たちが、皇室の人に求めるのは、あのような「きちんと」したことだったはず。

劣化一家のホームビデオなんてみたくもない。

彼らが劣化するのは彼らの勝手なので、どこまでも劣化してくれてかまわないけれど、それを表に出さないで欲しい。

あのラクダビデオからは、とてもじゃないけれど、皇族の気品は感じられなかった。

 

口をひん曲げてラクダのこぶを揉んでましたね。

 

駱駝の瘤もみを見た時にボートの先頭に、嬉しそうに乗っていた機長を思い出しました…

あの映像こそ東宮一家の人格否定かと思ったら本人達嬉々としてやってる

あの衝撃映像で親王様一歳のお誕生日に対抗しようとはwwどこまで狂ってるのか

 

地方自治体やら各種団体の間では「皇太子は呼べない、呼ばない」というのが定着しつつあるらしいです。

呼ぶ以上は礼儀として、ご夫婦お二人で、と言わなきゃいけないけど、

本当は出る出ないがはっきりしない皇太子妃は呼びたくない。

ドタキャンドタ出、遅刻したり休憩したりでスケジュールが押しまくる。現場はもうてんやわんや。

 

光格天皇は第六皇子だった

 

当時浩宮に期待したであろう方々の気持ちがよく分かるような気がします。

自然に情がわいてきます。

こうして見守り続けた結果の今の皇太子を否定することなんて難しいでしょうね・・・

 

確かに昨日の7時台のNHKニュースの秋篠宮ご一家報道ボリュームには、びっくりした。

悠仁さまの退院時の沿道の様子まで丁寧に放送していたもの。

 

雅子さまは一周するところ全部放送されたけど愛子ちゃんは一周どころか、

乗り込むシーンと乗り始めの首がガックンガックンする場面しか放送されなかったね。

1歳児と張り合う43歳児(w)の図も、どう考えても分が悪い

 

山登りの時大きな機材を抱えて登って青息吐息の同行者に

「だらしないですね」と得意になってるとか、ほんと情けないよ…

(陛下はそういう時、さりげなく休憩をとって下さるらしい)

 

浩宮は一家で山登りしたとき

皇太子(今上陛下)と喧嘩になったというエピもあったね

皇太子は、マスコミに気を配って、撮影の時に立ち止ったり、草花を時間をかけてみたりで

ペースが乱れるってのが浩宮の考えだったみたい

 

好きで生まれたわけではないと、自分の身分に不自由を感じ被害者意識を持ってたんだろうね。

そんな性格なのに、雅子さんのような人を困らせても恥じない女と結婚して、

「普通」に行動したいとことあるごとに洗脳され、皇族のなんたるかを忘れ、

今日の東宮家の惨状を招いてしまったんだね。

 

ラクダの雅子さん映像の中で係員が「『すごーいたのしーい』と仰ってました。」と言ってました

 

97年、紀宮さまの誕生日の回答

「皇后様を陛下との御結婚に踏み切らせた最終的なものが、

陛下の皇太子としての立場に対する深い御自覚であった」と述べている。

一方雅子さんの婚約会見での話を聴いてると、彼女が結婚を決めた理由は、

「皇太子殿下から嬉しいと思う言葉、幸せに思う言葉を沢山言って頂いたのでそれを信じて」

 

秋篠宮殿下は別に皇位を狙って公務に励まれているわけでもないし、外堀を埋めているわけでもない。

皇族としての務めを果たしているだけ。

青年皇族が数人しかいないという中で、しかも筆頭宮家、頑張らざるを得ない立場。

殿下ご自身、筆頭宮家でいられるならその方がありがたいでしょう。

元々第二位の方。皇太子殿下が、弟宮より優れていなくても、

その立場で最善を尽くしていれば何の問題もなく、秋篠宮殿下始め皇室内は穏やかで居られた筈。

 

なんだか同じ声の主が、ただあいこさま〜と言い続ける不思議「雅子さまぁー」と言い続けている人も、同じ人の声って。

 

>江頭の名を口にしたら穢れる

そりゃそうだよ、「江頭」なんて、まんまそのままの名前だもの。

「エ」の「カシラ」、つまり「エタの頭領」ってことだもんね。

帰化系の、日本の伝統的な支配階級でなく、縄文系の、日本土着の階級。

つまり、「エタ」の出だったのでしょう。

 

小和田は反日

なぜ天皇陛下に対して畏敬の念をあの一家が持っていないのか

なぜ日本国民の税金を私物化しても平然としているのか

なぜ竹島を韓国に売り渡しても平然としているのか

なぜ日本の土下座外交を推進したのか

 

紀子さまが佳子さまを出産したとき、久子さんが雅子さんのことを考え遠慮すべきと言った、

という話は、優美子さんと旧知の間柄ということで納得がいく。

 

外務省がらみで久子に近寄り、お世辞べらべらで手練駆使して、皇太子に紹介してもらう。

パレードの後、高円宮一家が中で待っていて出迎えていたから、きっと、いろいろ繋がっていたんでしょうね。

そしてペンネが恒久子…

事実なのは久子さんが小和田と旧知の仲でアルザスの密会と同時期に高円宮と婚姻

その高円宮さまご夫婦が皇太子と雅子の婚姻に尽力した事実

 

結納も済ませ、式の日取りまで決まっていたのに、憲仁親王と親しくなったので、婚約破棄した鳥取久子。

 

三笠宮家の皇族だと、テープカット1回90万円。

秋篠宮とか皇太子とかになると相場はもっとあがるけど、さすがに皇太子秋篠宮レベルになると謝礼を受け取らないとのこと。

ということは、三笠宮系は普通に受け取っているということか、と思った。

 

昔は「江頭の名を口にしたら穢れる」と鍋島藩とどのような確執があったのかは

武家に口伝で伝わるのみですが、災いを呼ぶ家柄と聞きました。

 

学習院には、「拒否」という選択肢はない。だからこそ、この態度に腹が立つ。

 

小和田は入内を当然狙っていたと思う。自分がロシアでハニトラされた方法で、皇太子を嵌めた。

 

マキシマ妃は、アマリアちゃんを日本の皇太子の前に立たないように、さりげなく気を遣っていたけど

愛ちゃんのことは、オランダ女王の前に何回も立たせてたよねーそれぐらいも気を遣えない

 

女性宮家を推進してたのは売国民主党だし、自民党政権で頓挫したのがわかりやすい。

両陛下が仮に女性宮家を推進していたのなら、自民党政権になったところで再び議題に登るはず。

ぷっつり途絶えてしまって残念だったね小和田さん。

 

愛子さんがいなければ女性宮家OKな人はもっと多かったと思う

 

動員は創価がよく使う手口です。選挙の演説とかあるとき、必ず現場まで動員されます。

那須での妙に不自然な紋切り型の声援も、前もっての動員ですね。

自然と集まって来た、生の国民の声の醸しだす熱気やラブコールと、

ある組織によって意図的に作り出されたそれとは、根本的に異なるものがあります。

 

「常任化と小和田氏」

 一方、松尾元室長は九九年八月一六日に要人外国訪問支援室長を離任する。

小和田氏が国連大使を離任するのは、その二ヶ月後のことである。

小和田氏は五年半以上も国連大使を務めたわけだが、これは歴代国連大使の中でも最も長く、

平均在任期間二・九年の倍近い。しかも興味深いことにこの期間は、

やはり異例の長さの任期を要人外国訪問支援室長として過ごした松尾氏とほぼ重なる。

 

>「私も応援しました」

佐賀北に対して「応援していました」って言っちゃった事が非常にマズイんだと思う。

言外に相手校の負けを願ったって事だから。皇族として絶対に言っちゃいけない一言だった。

 

もともと壬申戸籍が閲覧できなくなったのは、旧社会党の同和の圧力

 

実際には皇族と皇室周辺の人達のレベルの高さに付いて行けなかったんだろうね。

侍従や女官だって教養あふれる人が多いと思うし、

実際は雅子のレベルが余りにも低く皇室の方々に合わせられないのが真相だろう

 

雅子の履歴って逆から見るとわかりやすい。

外務省は決定だから、そのための東大、そのためのハバド

そのためのアメリカ行き。

積み上げてったらとても無理だから全部逆から責めて行くという巧妙かつ悪質な穴埋め型の人生。

 

公務を休んで堂々と外出できる神経。

 

寛仁殿下は、紀子様を色眼鏡で見ていたのかな?という気もする。

紀子様をシンデレラ、と評したマスコミを批判してみたり、出自のことにも言及されていた記憶がある。

皇室が芸能マスコミにまで報道されたりしてたから、それを危惧なさっていたのかも知れないけど。

しかし紀子様のご努力もおありになって、寛仁殿下とのご関係は、極めて良好だと思う。

宮中の行事で、紀子様と寛仁殿下がすれ違う時、互いに会釈をなさっておられたけれど、

どちらも自然な笑顔で、決して威圧的な御態度ではなかったよ。

 

秋篠宮家は両陛下同様に終戦日等には一家揃って追悼の祈りを捧げていらっしゃいます

(皇室関連の本で読みました ちなみに皇太子一家については触れられていない)

これはその日に海外公務をしていようが、その土地土地で必ず行うそうです

 

ナルは天皇になってはいけないヤツと思っていたけど最近は皇太子で居てはいけないヤツと思い始めた。

 

親日のタイ王室からもスルーされている皇太子夫妻。

皇太子一家の写真だけ飾られていない。

雅子さんの擁護者がタイ王室を憎む理由がわかった。

 

>泰国交120周年記念のパンフレットにも今上陛下と秋篠宮殿下の研究業績と

それがタイ国民の福利に貢献したことについて

感謝が述べられているのですが東宮はまったく触れられていません…

戦前の皇族とタイ王家の方の写真も載っているのですが…

タイ王室は日本の皇室とは120年の付き合いがあり

タイ王族が毎年毎年いれかわりたちかわりとっかえひっかえ次から次へと来日してくるよ。

タイ交流はほぼ秋篠宮が一手に引き受けている状態だがそれでも秋篠宮がタイへ行かない年は

他の皇族方(陛下・寛仁殿下・高円宮妃)が訪タイする。

だいたい秋篠宮が訪タイするのは日タイ合同野禽プロジェクトがらみ。

そんな親密なタイ王室から皇太子夫妻が10年以上締め出しをくってる。

 

>小和田恒外務審議官(皇太子妃の父)も全く同じ期間、偶然にもすぐ上の部屋に入院し、

>二人が退院した夜、フンセン首相を囲む夕食会が開かれ

バレバレの工作活動

 

ベルギー皇太子結婚式の映像で白人男性が自分と話してるときは

超にこやかなんだけど男性が皇太子に向き直り話し始めたらむっとしてにらみつける。

彼女の勘違いぶりにいつもため息が出る。

 

自分たちの、都合の悪い話はみんな弟一家の方へスライド。

弟一家の微笑ましい話題は、いちいち自分たち向けにアレンジしてパクり。

恥ずかしくないのかね。ないから今があるのか

 

現天皇一家も傍系

悠仁さまがいらっしゃるのに、愛子さんを皇位につけるのは無理ある

 

雅子も中学位までは官舎暮らしだった

別に恥ずかしいことじゃないんだよ、官舎や社宅暮らし。

小和田家はそういうのを恥ずかしいと思うんだね〜

で、コンクリ御殿をたてたから官舎暮らしの時代のことにはふたをしたいと。

 

アンチ秋篠宮夫妻は、「公務は受身」の意味を勘違いしているようだ。

自分が好きなことを何でもやっていいというのではなく、

あくまで、社会から望まれたことを公務=公の仕事として行う、という意味なのに。

 

雅子さん、朝見の儀で着てたローブデコルテ

妹たちに何度も「仮縫い見にこない?」と言っていたそうです。

とてもお気に入りだったそうですよ。

 

7/23,27,29,30に続き、8/3もやったんですね、秘密の子供会。

そして翌日はフレンチ貸切宴会・

 

両陛下にとって、「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶ日々」であったのではないかと思う。

真正キチの皇室破壊者が身内になり、内から外から皇室を攻撃する。

常識やルールは何も通じない、身も心も図太い奴ら。

まだ私たちが知らない、有り得ない非常識な行動が山ほどあるはず。

表に出さず御自身を律しながら、本当によく耐えてこられたよ。御労しい。

 

本当に会いたかったら、内々に「会いたい」っておっしゃっている。

記者会見という公式の場で言われた時点で、終わっていることに気付け。

つまりあれは「天皇陛下と愛子は会ってない」の公式認定化の作業なんだよ。

 

オランダ遊山旅行への批判をかわすため両陛下との団欒ショットをマスコミに撮らせようと画策したり

皇后陛下のお誕生日に突然愛子ちゃんの参内を取りやめたり、

「家族だけ」の新春写真撮影に出仕を同室に入れたり、

皇后陛下ご不調のときにお見舞い「ではなく」「スキー旅行の報告」のために一家で参内したり、といった

東宮→両陛下への過去の非礼は一切棚上げですか。

都合のいい脳を持ってらっしゃるんですねwww

 

浩宮の結婚を待っていたら礼宮は当分結婚できなかっただろうし(実際浩宮の結婚は数年後だった)

礼宮の意中の人としてマスコミに追いかけられる状態だったので、中途半端な状態におけなかった。

 

宮内庁が発した、心ない言葉って、要は

「外務省時代の経験は過去の物。皇太子妃として研鑽を積んでください」

「皇太子殿下に敬意を払うように。皇太子殿下を人前で、夫という認識で捉えない様に」

「英語の前に、日本語の勉強をしてください。あなたは日本国の皇太子妃です」

「皇室外交より、日嗣の皇子を」

当たり前のことを当たり前に受け止められない人に、希望は抱けないよね。

 

雅子様の「こんなに頑張ってる、苦労してる」が嘘っぽいのは

すでに民間から皇室入りした前例がお二方いらっしゃるからなのよね。

旧弊なしきたりで苦労した→美智子様はもっと苦労して、ちゃんと役割を果たされたのに?

今は時代も違う→紀子様は雅子様より年下なのに病気になったって話も聞かないよね?

ほとんどの主張は「美智子様や紀子様はそれでもちゃんとやってるのに」と疑問を持たれる。

つまり「雅子様は美智子様や紀子様より、皇室的に『できない子』だ」と思われる。

だからキャリアを粉飾して振り回したり、「あの二人だって実はこんなにダメなとこがあるのよ!」

と中傷を吹聴しまくる。挙げ句に宮内庁職員、常磐会、警備陣、国民の期待、あらゆる人々に

「おまえらのせいだ、もっと配慮しろ、察しろ」と責任を押しつける。

 

先年秋、国体で東宮が来ましたが、周りは冷めたものでした。

西区のホテルで昼食をとるため寄られましたがはっきり言って、警備なんかいらんわ!というくらいほとんどの人が無視。

でもその後両陛下が来られた時はすごかったです。

 

確かに雅子さんの功績はそれなりにあると思う。国民に色々気づかせてくれた。

皇室の危うさも含めてね。これからはこの教訓を生かして皇室を守っていくシステムを考えて行かなくては。

 

「愛子さまがお好きな朝青龍と琴光喜」

皇太子も特定固有名詞を出すのはやめたほうがいいよ。

 

TV越しだったけど、ご出産後、愛育病院を出られる紀子様の映像は後光がさして見えた。

白い肌に真っ白のお召し物がとてもよくお似合いで、本当に素敵でした。

 

理事長が挨拶か何か始めたら、雅子が振り向いてかなりいやな感じで何かを言っていた。

説明を遮ったのか、挨拶無用と拒絶したのか、それとも全く別の話しをしていたのかは、分からない。

けど、雅子が理事長に何か言い放ったのは事実。

 

雅子さんと皇太子の結婚がモメていたのは皇太子自身も認めていたまぎれもない事実

【婚約会見1993.1.19

 (皇太子)「あの、この件に関しましては、チッソの問題もあって、宮内庁のほうでも慎重論が出ておりまして、

一時は中断することもやむを得ない、やむを得ざる状況になってしまいました。」

一方紀子さんとの結婚は秋篠宮殿下が婚約会見で「反対はなかった」と明言している通りで、

お二人が出会った直後(1985年)今上陛下が二人のつきあいを認め、

御自ら宮内庁に「お妃候補として検討するように」と申し付けていることでも明白な事実。

 

女系天皇や東宮家を応援している人たちは基本的に反日主義者。

できれば皇室制度なんてなくしてしまいたいけれど、

民主主義のもとでは皇室制度を支持する勢力が過半数を占めているので

そういうわけにはいかない。だからせめて廃止につながるように少しでも伝統を破壊したい。

東宮家には本当に気の毒ですが、東宮家は反日勢力にとって捨て駒でしかないのです。本当の支援者ではないのです。

反日勢力は皇太子殿下の皇位継承を望んでいます。しかし同時に批判されることも期待しているのです。

より正確にいえば皇位を継承したあとで批判されて欲しいのです。

今のところは東宮家か秋篠宮家かという争いであるために東宮家についています。

しかしこれが皇室制度の存続か廃止かという争いになったとき、彼らはきびすをかえして廃止を唱えるでしょう。

そして東宮家は皇室制度を廃止させた元凶として日本史に不名誉な歴史に刻み込むのです。

 

法律と2千年の伝統を変えてまで、あの気味の悪い子を国民の象徴にしなければならない理由って何? 

雅子さんのご機嫌でしょ

国民こぞってそこまで雅子さんのご機嫌をとらなければならない理由はない

 

悠仁親王殿下の出生前検診のとき集まった群衆の地鳴りのような歓声と退院されるときのお母様の聖母の様な神々しさと

恵比須顔でお祝いする日本共産党委員長は後世に語り伝えるべき映像だと思う

 

紀子様が頑張りすぎるから、雅子のオサボリが妙に浮き立って、それが嫌なんだね。

仕方ないよ、素質が違いすぎるもの。

お心もお頭も、雲泥の差がある。紀子様は秋篠宮様に愛でられて、国民の祝福の元皇室にと継がれた方。

雅子は皇太子の激しい思い込みにより、国民に皇太子妃と認めるよう、

強要した上で「嫁いでやった」意識満々で皇室に乗り込んできた人。

自ずから差が出てしまうのは、初めからわかっていたことなんだけどね。

だからこそ、皇太子は自重しなきゃいけなかったし、

雅子は皇室に嫁いだ以上は、私欲を捨てなきゃいけなかったんだけど。

 

紀子様が交通費の無駄遣いですって?

雅子のオランダ豪華静養旅行「3億円の無駄遣い!」忘れたの?

 

いまの何一つ満足にこなせない取り柄のない有様を見てる国民に、

ハーバード・東大という名前が、無能の評価をひっくり返すことに繋がると思ってるんだろうか。

日本語すらきちんと話せない雅子さんが優秀であったことはないと断言できる。

 

久能は悠仁親王が生まれた時に、国民はあくまでも秋篠宮家の長男が誕生したことを

喜んでいるのだとテレビで発言した人間ですよ。

皇位をナル→愛子に継がせたいと思っているのでしょう。

 

正直言ってアイコさまが?なのは周囲にも本人にも幸いだったのでは

紀宮さまのような聡明なお姫様だったら、今以上の波風だったろうし本人も辛い

 

優美子はすごいよね。皇太子にご進言。

「妃殿下を公務というものを考えずに済む環境でもっと静養させるべきでは」

天皇家の長男に娘を嫁がせたというのに度胸の凄さ!

 

雅子愛子への関心度が高いのは当然だよ。

だって怖いもの見たさや怪しい不可思議なものへの興味と一緒

関心度が高い=人気がある のとは違う。

 

○内廷費 天皇家5人の生活費・・・3.24億円

○皇族費 天皇家以外の皇族の生活費・・・2.7359億円

皇族費とは、「皇室の品位保持」などの名目で天皇家以外の各宮家に支出される私的な「お手元金」で、

食費や被服費、使用人などの費用に充てられ、課税されません。

国が負担する5人の生活費と22人(2003年度時点)の生活費が同様な金額なのですから、

一人当たりの生活費はまったく異なります。

同じ皇族でも、天皇家以外の皇族は、自由に使える金額が少なく財政的基盤がまったく違うということが、

分かってきます。それだけでは、ありません。

雅子さまがどんなに長電話をなされても電話代は宮廷費から公的費用として支出されますが、

紀子さまの電話代は私的費用として割り振られた皇族費からお払いになる必要があります。

 

皇太子妃の身分のまま死なれても迷惑。

 

皇室本

紀子様の紹介は

「クラスの人気者だった」

「明るい性格」

「海外生活が長いので外国のお友達も多い」

「皇室に入ってからは〜に取り組まれ・・」

雅子様の紹介は、紀子様の倍のページ数なのに、ひたすら学歴・学歴・学歴で、人柄や皇室に入ってからの様子は一言もなし。

 

書けないよ

同棲経験はあるわ

白人のBFがトップレス写真持ってたので買い上げたとか

上司との不倫に同僚との交際、野球選手との親密ツーショット写真

 

秋篠宮様が「直系」だということが雅子擁護には何回言ってもわからないようです。

ついでに言えば傍系から天皇って歴史上から見ても不自然では無い。

 

紀子様がご結婚した頃、雅子は皇室にいなかった。

皇太子はあの当時、紀子様の皇室入りを心から歓迎していた。

筆頭宮家のお妃として、紀子様は懸命に働かれた。

いずれ皇太子の元に嫁いでこられる、お妃の代わりをも時として果たしてこられた。

綺麗に代役をお務めになり、綺麗に受け継がれるお積りだったご公務を、あのバカ女は早々に拒否し始めた。

 

紀子様こそ、平成の時代に東宮がこれほど変貌するとはお考えにならなかったはず。

困惑され、自分に出来ることをと真摯にお考えになればなる程、あのバカ女は辛くあたった筈。

それでも宮妃として、立場を弁え、秋篠宮様をお支えし、両陛下をご尊敬申し上げているあのお姿に、心動かされる。

 

東宮家が厚遇であるというのは、次の世代の天皇家だからに他ならず、

宮家と比べて自由がないというのも、厚遇と表裏一体をなす当然の出来事。

 

「愛子はダグワドルジと呼んでいます」

この発言の直後からドルジの人生が一気に暗転。マジで怖い…。

 

美智子様、紀子様は、その位を汚さぬよう必死で努力しまさに磨かれてその地位にふさわしい方々になられた。

 

とても不思議なことは、週刊誌や、マスコミは雅子擁護が多いということ。

どう考えても公務を頑張ってる秋篠宮両殿下にとって

良くない記事を書いたりしても雅子を庇うっていうことはとてもおかしなこと。

裏でなにかあるにちがいない。。

 

>一般客に混じってTDLを訪れ

全然混じってなかったじゃんw 混ざるってのはちゃんと列に並んだりすることなんじゃ?

「普通の子のような体験をさせたい」って言いながら異常なことしかやってないんだよね。あの人は。

 

普通っていうけど全然普通じゃない。特別待遇ばかり。普通というのはなんでも順番を待ったり

準備や後片付けもやって自分の足で移動して特別扱いをしないのが「普通」っていうのよ。

 

正直言って、両陛下や皇族方の慰問を有難いと感じる人もいれば、それどころじゃないのに迷惑だという人もいる。

それを知りつつ両陛下は行動なさっているんだと思う。

100%全面支持があるとは考えていない、でも反対があっても行くのだという覚悟をもってなさっている。

だってそもそも天皇制反対を唱える国民だってかなりいるんだから。

そういう覚悟が東宮夫妻には感じられない。

 

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