この『スティーブズ』というマンガは、アップル・コンピュータを創業した二人、スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックの物語だ。成功した起業家には伝説がつきものだし、特にスティーブ・ジョブズにはそうした逸話が多い。
ところで、スティーブ・ジョブズの本当の凄さというのはなんだったのだろうか。そんな疑問をもつことはないだろうか。エンジニアのスティーブ・ウォズニアックの天才性や投資家としてのマイク・マークラ(アップル・コンピュータへの最初の投資家)やドン・バレンタイン(シリコンバレーの伝説的な投資家)の先見性に比べてわかりにくい面があるのではないだろうか。そうした疑問に、『スティーブズ』は明快に答えてくれる。エンターテイメントとしてスティーブ・ジョブズの凄さを追体験させてくれる。
一般に、こうしたビジネス上の逸話をマンガにしたときに、会議室の絵ばかりで面白い話になりにくいといわれている。堀江貴文と著者のうめが新宿ロフトプラスワンで対談したときにこの『スティーブズ』の話を聞いてそんなふうに感じたのをおぼえている。
例えば、ビジネスマンのマンガとしては『サラリーマン金太郎』や『課長島耕作』、『特命係長 只野仁』『いいひと』などいろいろなバリエーションが描かれているが、ビジネスそのものを詳細に描いたマンガはない。見どころはケンカだったり、探偵と共同で敵を追跡するサスペンスであったりする。それだけビジネスそのものの現場を描き、面白くするのが難しいということだと思う。
ところが『スティーブズ』の1話をスペリオールで読んだときにぶっ飛んだ。AppleⅠの開発用にインテルにDRAMをもらいに行った場面や、世界初のパーソナルコンピュータショップの「Byte Shop」にAppleⅠを売り込みに行く場面が『ドラゴンボール』で、悟空が気を充満させる描写のようにエネルギーに満ちている。相手は魔法にかかったようにジョブズに説得されてしまうのがとにかく爽快だ。
この説得力というのは、マンガの中だけの創作ではない。ジョブズが魔法のように人を説得してしまう様子を、現実歪曲空間 [ Reality Distortion Field ] と名付けたのは、アップル・コンピュータの同僚のバド・トリブルで、1981年の話だ。
説得力という点で言えば、アップルを追い出されたあとに創業したピクサーを、ディズニーに売却するときの恐るべきセールスマンぶりや、iTunes Music Store をスタートして、ボブ・ディランやローリング・ストーンズ、そしてビートルズまでもラインナップに含めてしまう豪腕ぶりなど、その実例は枚挙に暇がない。そして、彼の現実を歪曲するほどの「説得力」こそが、このマンガでも一番の見所になるはずだ。
よく考えてみれば、スタートアップが死んでいくのはキャッシュを使い果たしてしまうからではない。キャッシュを使い果たす前に、協力してくれる部品会社がなかったり、優秀なエンジニアを口説けなかったり、販売をしてくれる小売店や代理店が商品を理解してくれなかったり、投資家にビジネスの将来性をわかってもらえなかったりで、経営者が人を説得できないからだ。
人と会い、その人を説得し、自分たちに協力してもらうことで、スタートアップは生き残っていく。つまり、死にゆくスタートアップは、キャッシュが無くなる前に、人を納得させることができていない。経営者にとっては一つ一つのミーティングが「生きるか死ぬか」の瀬戸際なのだ。
そして、スティーブ・ジョブズはアップルという会社が岐路にたつミーティングにおいて、奇跡的なまでに相手を説得することに成功し続けた起業家だった。そんなマンガのような奇跡を現実に起こしてしまった彼の物語が、マンガで読めるというのは望外の幸せではないか。
明日、11月28日に『スティーブズ』の第一巻が発売される。第三話までは無料で読めるので、ぜひ予習して明日の発売を待って欲しい。起業家にとってのバイブルになるマンガだと自信をもってオススメしたい。
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