飲食店に見られる、看板やメニューなどの手書き文字。そこからはどんな匂いが漂って来るのか。味わいは? くせ字愛好家を標榜するわたくし・井原奈津子が手書き文字から飲食店の魅力に迫ってみます。
今回うかがったのは東西線・竹橋駅とつながった、パレスサイドビルに入っている喫茶店。このビルには多くの企業が入っており、おそらく客の大半はこちらの会社員だ。同じ部署のようなグループが楽しそうにランチを食べたり、仕事の息抜きかどうか、スーツ姿の男性が一人でコーヒーを楽しむ姿が見られる。
これは、その「ティールーム花」の入り口に掲げられたメニュー看板である。
千代紙で飾られた手作りパネルに書かれた、やわらかい字。この喫茶店が入るパレスサイドビルは1966年に建てられたモダン建築で、そのころの趣がまだそこかしこに見られる。
「ティールーム花」もその頃に出来たのかどうか、ステンドグラス風のランプやタイル張りの壁が味わい深い。
私は以前、このビル内の会社で働いていたのだが、勤務時間の関係で、なかなかこの店に入れなかった。いや、入れなかったというより、この字を見るだけで満足していたというのが正直なところかもしれない。もう閉まっていると知りながら、退社後にときどき出向いては「きれいだなぁ」と眺めていた。
私は手書き文字が好きで、「くせ字愛好家」を名乗っている。活動内容はというと「気になった字を見ること」。この喫茶店の字も、そんな気になる字のひとつである。
パっと見は、書写の教科書に手本として載っていても良さそうな整った形だ。「いわゆるキレイな字」である。
しかし私には「手本を見て練習するなどしてこういう字を書くようになったわけではなく、書いていて気持ちのいい形を追求していたらこういう形になった」という字に見えた。独学でたどりついた字。よく見てみると、「書写の教科書の手本」の典型から外れた字がいくつか見つかる。
この外した部分が、絶妙なバランスを持って独特の美を造り出しているのだ。
この字を書いたのは、店主である60代の男性。聞いてみるとやはり「特に習ったことはなく、好きに書いているだけ」と言う。「いわゆるキレイ」のなかに「試行錯誤の跡が見える」字。人生の軌跡までも見えるようだ。手本をマネしているだけでは、なかなかこういう字は書けないだろう。
私は、このメニューのように「字を書くことが好きな人が、自分が働く店のために書く字」は、いいなぁと思う。字そのもののよし悪しは別として、デザイナーや書道家の字よりも、店の雰囲気とマッチすることが多い気がする。そしてマッチしていると、よりその店を味わうことが出来る。
ランチを食べに入ってみた。テーブルに持って来てくれるメニューは、同じく手書きの別バージョン。店主はじめ「おじさま」といった年齢の男性が3人、黙々と働いている。私は、年配の男性がコーヒーやカレーを運んでくれる喫茶店が好きだ。「この人たちは、なぜこの職業についたのだろう? 仕事をどのくらい好きでいるのだろう」
年の功のなせる技か、落ち着いた空間のなかでアラフォーの私が「お嬢さん」になる気がして嬉しい。
「薬膳ダイエットカレー(サラダつき)」と「モンブランケーキと炭火煎コーヒー」
ティールーム花
住所:東京都千代田区一ツ橋1-1-1 パレスサイドビル1F
アクセス:東京メトロ東西線竹橋駅1b口 徒歩1分
井原奈津子/くせ字愛好家
「字」愛好家です。くせ字を集めた本 「美しい日本のくせ字100選」を制作中です。字の活動や字に対して思うことなど、字に関する事柄を書きます。