とある人から、なんで君のまわりのオタクはサブカルを蔑視するの?という質問をされた。オタクも同じサブカルだろうにと思って、不思議に見ているという。自分のまわりだけではなく、自分にもそういう傾向はある。「サブカルチャー」は、「メインカルチャー」=《正統的・支配的な文化》と対になる言葉である。《価値基準が異なる集団による文化》という意味だ。その本来の意味であれば、「オタクも同じサブカル」というのはその通りである。
しかし、サブカルという言葉の意味は拡散しており、本来の意味で使われる事は少ない。自分や自分のまわりで言われる言説というのは「サブカルが嫌い」ではなく、「サブカル野郎が嫌い」なのだ。この「サブカル野郎」という言葉は、「サブカル」本来の意味とはあまり関係なく、『STUDIO VOICE』や『QuickJapan』といったサブカル雑誌(どうしてこう呼ぶのかを説明すると長くなるので省略)を読んで、わかったつもりになっている人間、といった意味である。SVやQJを読むことが悪いのではない。雑誌(メディア)に流されるイメージを簡単に信じてしまう、自分の価値観を持たない人間を信用できないのだ。
今、説明した「サブカル野郎」は受け手側の話だが、情報発信側でも、SVやQJ的なサブカル知識を元にオタク文化を語ろうとする人をよく見かける。ここではそんな人を「サブカル野郎」と区別するために「サブカル様」と呼んでおくことにしよう。他業界の血を入れて、オタク業界を活性化するという方法論自体は面白い試みだ。最近のオタク系クリエイターは、オタク的文脈を押さえながら、デザイン業界などの流行をうまく取り入れる人間が多いし、そういう人間がオタク業界の最先端を走っているといえよう。それを言論に適用しているのだから、面白くなりそうなものだが、実際のところ、それが成功している人はほんの一握りだと思う。大半のサブカル様は、自分の意見がオタク世界の住人から「文脈を押さえていない」と指摘されると、「オタクは閉鎖的だ」といって騒ぐだけ。しかし、ジャンルの歴史の文脈を押さえてない発言は、どんなジャンルだってバカにされるだろう。オタク文化は歴史が浅いからか、歴史の長いジャンルに比べて、こういう勘違いクンが迷い込む事が多い気がする。何より、サブカル様の言動からは、「好きだから語りたい」というより「この業界はちょろいから、いっちょこれで有名になってやろう」というギラギラした欲を感じてしまうのだ。
ただ、閉鎖的なオタクというのも存在するのも事実だ。いまや、オタクに限らず、どのジャンルも深いタコツボと化して、敷居があがってしまった。ちょっとぐらい興味があっても、初心者っぽい事を言うと、総攻撃を受けてしまう。せっかく何かに興味を持っても、敷居の高さのために、足が遠のいてしまう……。そんな状況は打破すべきである。だが、サブカル様によって低くなった敷居を跨いでくるのは、自分の価値観を持たないサブカル野郎だ。サブカル野郎は、どこにも属さないから、手をつけたネタに飽きても、簡単に捨てられる。そんな人たちにオタク文化を消費されたくない。
自分は、オタク文化が好きであるが、同時にオタク文化だけでの発展に限界も感じている。だから、オタク文化に他の業界の面白い部分を導入して、より面白く発展させて欲しいから、そういう動きをいろいろな形で支援していきたい。また、オタクの素質があるけど、この世界は敷居が高いと思っている人に、そんな事はないよと教えてあげたいのだ。
掲載=カラフルPUREGIRL 1999年9月号(ビブロス刊)