仮面ライダー マーチ

7. 蜂女は華麗に舞う



「すいません、なおちゃん、来てますか?」
 サッカー部の主将は、みゆきの問いに首を振った。
「なんか、妹さんが熱出したとか言って帰ったよ」
 みゆきとあかね、やよいはその答に顔を見合わせた。
「こないだは弟さんが具合悪かったし、なんか大変みたいだね」
「あぁ…」
 監督の教師もやってきた。
「伝染性のある病気は、家族の誰かが治ったころには、別の誰かにうつってる、ってことがあるんだ。緑川の家もそうなのかもしれないな。
 お前たちからも注意してやってくれないか」
「はい…」
 グラウンドから前庭に戻る。表情は曇ったままだった。
「病気て…」
 あかねがつぶやく。
「でも…」
 やよいも言葉が少ない。
 彼女たちは、なおの弟たちや妹たちのことを知っている。時折、学校の行き帰りに会うこともある。その内の誰も病気をしていないのだ。
「どうしたんだろう、なおちゃん」
 なおの様子がおかしい。前ほど笑わなくなった。疲れている様子もある。そして、大好きなはずのサッカー部の練習も休んでいる。
「筋が通ってへんがな」
 あかねが言った。なおが嘘をついているとは思いたくない。だが、少なくとも、みゆきたちに隠し事をしているのは確かだ。
「あ、れいかちゃん」
 東屋でれいかが一人、座っている。難しい表情だ。
「どうしたの?」
「あ、みなさん」
「なおちゃん、サッカー部にいなかったよ」
「えぇ。
 なおなら、さっきまでここにいました」
「ここに?
 どういうこと?」
「大分、疲れていたようで、居眠りをしていたのですが…」
 れいかの言葉はそこで途切れた。
「どないしたん」
「トンボが」
「トンボ?」
「眠っているなおの手にトンボが止まっていたのです。
 私は、それに気づかずになおを起こしてしまったのですが。
 なおは、何もなかったように立ち上がって、用事があると言って、行ってしまいました」
「トンボは?」
「なおが立ち上がると飛んでいってしまいました」
「つまり」
 やよいの声が低い。
「なおちゃんは、自分の手にトンボが止まってても全然、気にしなかったっていうこと?」
「はい」
 あの虫嫌いのなおが。プリキュアになったときに、デコルの力で蝶の翼をまとうときも嫌がったなおが、トンボを気にしなかったとは。
「寝てるときに止まっただけで起きてもおかしないはずやで」
「…」
 四人が黙る。やがて、重苦しい雰囲気を破るように、みゆきが言った。
「あたし、なおちゃんの家に言ってみるよ」
「どうなさるつもりですか」
「だって、本当に誰かが病気なのかもしれないし。
 なおちゃんが嘘をつくとは思えないもん」
「せやな」
「そうだよ」
「私もそう思います。
 では、みんなで伺いましょうか」

「プリキュア マーチ・シュート!」
「うおっ!」
 白いマスクをかぶったキュアマーチが放つ風の弾丸が蜂女を翻弄する。空中でバランスを崩した蜂女が落下してきた。
「本郷さん!」
「ライダー パンチ!」
 地震かと思われるほどの低い音が響き、仮面ライダーの拳が蜂女の体に入った。その反動で飛ばされた蜂女の体は地面にたたきつけられると、まるで飴のように溶ける。そして、不快なにおいを漂わせて、消えた。
「ふう。
 ちょっと苦戦したね」
「なお、ケガはない?」
「大丈夫だよ」
 ルリ子のいつもの言葉に、なおは力こぶを作って答えてみせた。
「この時間なら夕飯には余裕だな」
「乗っていくか」
 本郷が言うとなおは笑顔になった。
「甘えちゃおうかな。
 でも、学校と家の近くはまずいから、その手前辺りで」
「わかった。
 じゃ、ルリ子さん、あとで」
「お願いね」
 ルリ子は心配げな顔で本郷となおを見送った。

 バス停にして三つ分、手前で下ろしてもらい、なおは歩いて家に帰った。
「ただいまー」
 いい匂いがする。幸い、今日は母が食事の準備をしてくれる日だった。
「お腹空いたー」
 母が、もうすぐだよ、と答える。すると、父の源次が台所にやってきた。
「なお、ちょっと来い」
「なに?」
 縁側に連れ出される。
「さっき、友たちが来た」
 なおの顔が一瞬、強張った。すぐに表情を作る。
「誰?」
「青木さんとこのお嬢さんと、三人だ」
「じゃあ、みゆきちゃんたちかな。どうしたんだろう。別に約束したわけじゃないんだけど。後で電話してみるよ」
 みゆきたちは何か話しただろうか。あるいは、弟たちの病気の嘘に気づいているのか。
「おまえ、何か、隠し事してねぇだろうな」
「え?
 やだな、なんのこと」
 声が上ずらないように気をつける。今の自分はちゃんとした表情をできているだろうか。
「いや…。
 ねぇんならいい」
「うん」
「サッカーはどうだ」
「楽しいよ。
 後輩もぐんぐん伸びてきてるし」
「そうか。
 風呂入っちまえ。もうすぐ飯だ」
「うん」
 なおは父を見送るとサンダルを履いて庭に出た。
 何か気づいているのだろうか。
 学校から連絡が来ている、ということはないと思う。部長も主将も疑っている様子はない。だが、弟たちの病気という理由はそろそろ使いづらくなってきた。何か別の言い訳を考えなければ。
 れいかたちもだった。なおが練習に行かなかったことは知っているはずだから、その足でここに来たとすれば、やはり何かに気づいていると考えるべきだった。
(あたし、いくつ、嘘をついてるんだろう…)
 夕闇の空を見上げる。
 だが、言えない。
 ショッカーという秘密組織があって、ルリ子と一緒に戦っていること。
 そのショッカーはこの家を狙ったこともあること。
 心配をかけたくない。ルリ子や本郷、立花や滝と一緒に守りきればいい。
 そしてその戦いに、れいかと、みゆきと、あかねと、やよいを巻き込みたくない。彼女たちは、バッドエンド王国との戦いで充分に傷ついている。
(これで、いいんだよね。
 筋は…通ってるよね)
 誰も、そうだ、とは言ってくれなかった。

Ver.1.0: 2013/02/10
話数が 1 から 7 に飛んでいますが、意図的なものです。

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