人とコミュニティが魅力的な「本能的に心地いい都市」
佐宗:
前回、アイディアが生まれる都市環境と脳の休憩についての関連性を指摘されていましたが、私も今、自分自身の「仕事をする環境」について考えているところです。
実際、アーティストやデザイナーといったクリエイティブな人々が地方に移住して、二拠点居住をしながら創作活動を行うケースが増えていますよね。地方にホワイトスペースとしてのビジネスチャンスがあるというのもありますが、何より「本能的に気持ちよく活動しやすい」と気づいているからだと思うんです。
入山:
なるほど。では、四国徳島の神山町については、どう思いますか? 過疎の山里にIT系ベンチャー企業が相次いでサテライトオフィスを開いたことで話題になりましたね。ブロガーのイケダハヤトさんも高知に移住されたそうですが。
佐宗:
古くはこの流れを作った島根の海士町、最近だと長野県の小布施や、高知県神山町なども注目されていますね。周囲にも地方に移住する動きが進んでいるのですが、彼らの話を聞くと、自治体などに先見性のある方がいて、課題があり新しい仕組みを世の中に実現したいアーティストやデザイナー、ビジネスプロデューサー的な人などその思いに響く人が集まり、成功しているんだと思います。
入山:
私も個人的にとても関心があっていろいろ情報を集めてみたりしているのですが、そうした街の活性化にはやっぱり人が重要なファクターなのではないかと考えています。
「ネットがあれば誰とでもどこでもつながれる」とはいいますが、実際にはネットが普及すればするほど、リアルな人のつながりが重要になってきます。なぜなら、ネットで集められる情報は誰でも集められるため希少性が低く、相対的に人と人とのインタラクションによって生み出される情報の価値が上がるからです。
となれば、人は魅力ある人のもとに集まろうとして限られたエリアに集積することになり、コミュニティとしての都市間競争が進むことになるでしょう。実際、米国でのクリエイティビティは限られた都市に偏っており、特許出願数ではシリコンバレーの一人勝ちです。
佐宗:
私が個人的に今引っ越ししたいと思っているのは鎌倉ですが、カヤックなどが行っている協同プロジェクト「カマコンバレー」などもあって面白そうです。デザイナーやアーティストも多く、狭い地域に良い人が集まる濃いコミュニティがあるように感じます。これは人やコミュニティに対する魅力ですね。加えて東京からさほど遠くないのに自然は多いし、特に北鎌倉のように歴史に培われたアーティステックな雰囲気にも惹かれます。
入山:
そうそう、本能的に感じられる「環境としての快適性」も重要な要素であることは間違いありません。佐宗くんのような若い世代が、そうした本能的に快適と思われる街を選んで行動に移せるようになっているので、その意味でも日本でもいっそう都市間競争が進むでしょうね。
グローバルでも都市間競争となる「War for Talent」
© Junko Shimizu
入山:
「人の吸引力による集積」と「本能的な快適性に惹かれての環境選び」という2つの仮説があるとしたら、今後はそのバランスのもとに都市間競争が進んでくると考えられます。そうすると、四国はちょっと人が少ない気がしますね。東京や大阪に時々出て人と交流したり、情報を仕入れたりする必要があるでしょう。鎌倉はいいバランスかもしれません。
佐宗:
鎌倉は、ビジネスというより、ややアート寄りかもしれませんね。京都や博多あたりはどうでしょう。京都は伝統技術を基盤とした新しいモノづくりへの気運が高まっていますし、博多はアジアとのコネクションが強いという環境下でITベンチャーに元気がありますよね。
あと、先ほどお話した島根県の海士町も面白くて、ここは若い人のIターンを推奨するモデルになっています。少子高齢化が平均以上に進んでいるという問題を逆手に取って、過疎の小さな街でどうやって幸せに生きていくか考えるという実験的な取り組みをずっと行っているのですが、新たな地域のモデルケースになっていますよね。海士町で「小さな街で生きる仕組みづくり」を経験し、そのノウハウを持って震災後の東北に移り住んで実践している友人もいます。
入山:
なるほど、日本ではある程度棲み分けをしながら、それぞれのクラスターでユニークな人たちが集まっているわけですね。海士町の場合は、社会問題にいち早く取り組むことで先進的な街づくりができている、そしてそれをソリューションや人材として外部に輩出しているというのも、興味深いですね。
佐宗:
ところで入山先生は、海外の都市についてはどのようにお考えですか。私の場合、鎌倉にはしばらくいるとして、将来的にアジアのバンコクやクアラルンプールなども「オプションとしてありだな」と思っているのですが。
入山:
おそらく佐宗くんが言っているように、移住先選びは国と国ではなく、都市と都市との比較になるでしょう。同じマレーシアでも、コタキナバルに行きたいわけじゃないですよね。移住先選びに都市間競争の視点が入ってくるのは間違いないでしょう。都市が人を選ぶという見方も出てくるかもしれない。
たとえば「都市の魅力度」を比較するユニークな指標として、リチャード・フロリダの「ボヘミアン・インデックス」というのがあります。「クリエイティブな街にはゲイが多い」という擬似的な相関関係に基づくもので、因果関係は明らかではありませんが、ゲイが多い街はクリエイティビティに満ちた開放的な文化が育まれ、その先にクリエイティブな組織や企業が生まれると考えられているわけです。
まあ、かといってゲイを増やせばクリエイティブな環境になるのかといえば疑問ですが、個人的には「楽しくてイケてること」と「ビジネスが成功すること」との間に何らかの相関関係があるのではないかと思います。その指数化には興味がありますね。
スターバックス効果―意図しない出会いへの期待感
入山:
ところで、佐宗くんはクアラルンプールのどんなところに魅力を感じているんですか。
佐宗:
今はまだクリエーターが集積する街ではないと思いますが、政府自らクリエーターや企業を誘致し、イノベーティブな環境づくりに取り組んでいる最中なんです。居住スペースも広いし、物価も安価で治安もいい。「クオリテイ・オブ・ライフ」という観点からいくとなかなか高水準なんですよ。そして完成された街ではなくて、これからの可能性が満ちている雰囲気が魅力的ですね。
入山:
「人を誘致している」というのが、一番のポイントのように思えますね。快適な部屋も税制の優遇もあくまで「魅力的な人」を集めるための装置で、人が集まらなければイノベーティブな都市にはならない。むしろシリコンバレーでは、物価も家賃も高いけど人は集まっているんです。そう考えると、政策的に人を誘致することは、決して簡単なことではないでしょう。
そういえば、以前横浜がベンチャー企業を誘致する際に、目玉としてカヤックを呼んできたんですね。それがなんと30階建ビルの最上階だったんですよ。それでは誰もカヤックのスタッフに出会えない。カフェなどで「イケてる人」が仕事しているのを垣間見て、ノンオフィシャルな出会いがあってイノベーティブな環境ができるのに、なぜまたそんなところに閉じ込めたんだと(笑)。横浜の馬車道通りにカフェをたくさん作って自由に仕事ができる環境を作った方が、よっぽど効果的だと思いますね。
佐宗:
確かにそんなこと、ありましたよね。大きすぎてもダメ、囲い込んでもダメ。ほどほどに顔が見える距離を持つローカリティみたいなものがないと、どんなに魅力的なものを据えても、そこを中心にコミュニティが生まれにくいのかもしれないですね。
入山:
そうそう、高いビルをたくさん作って企業を誘致しても、中長期的には魅力的な人が集まるとは限らない。前回紹介した伊佐山さんは「スターバックス効果」なんて言っていましたが、人同士がノンオフィシャルに出会えることが、イノベーティブな環境には不可欠ですから。都市に人が集まるのは、ノンオフィシャルに魅力的な人に会えるのではないかという期待感です。人を求めて人が集まってくる。その起爆剤は何なのか、そこからどう広げるのか、その秘訣を探ってみたいですね。
(左)早稲田大学ビジネススクール准教授 入山 章栄 氏
(右)「D school留学記~デザインとビジネスの交差点」著者 佐宗 邦威 氏
入山 章栄(いりやま あきえ)
早稲田大学ビジネススクール准教授
1996年慶應義塾大学経済学部卒業。98年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2003年に同社を退社し、米ピッツバーグ大学経営大学院博士課程に進学。2008年に同大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサー(助教授)に就任。2013年から現職。専門は経営戦略論および国際経営論。2012年に出版された著書『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)はベストセラーとなり、現在は『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー』誌上にて長期連載「世界標準の経営理論」を掲載するなど、各種メディアでも積極的に活動している。
佐宗 邦威(さそう くにたけ)
イリノイ工科大学Institute of design修士課程修了、米デザインスクールの留学記ブログ「D school留学記~デザインとビジネスの交差点」著者。
P&Gマーケティング部入社。ヒット商品ファブリーズ、柔軟剤のレノアを担当後、P&Gとジレットの企業合併のさなか男性用髭剃りブランドジレットのブランドマネージャーを務め、世界初5枚刃のFusionの発売を手がける。2008年10月大手家電メーカーに入社。商品開発プロセス変革プロジェクトやグローバルカスタマーインサイト部門の立ち上げ、グローバルエスノグラフィープロジェクトの全社導入を行う。
2012年8月よりイリノイ工科大学Institute of design, master of design methodsコースに入学し2013年卒業。現在は、デザインセンターでグローバルトレンドリサーチや、人間中心デザインの方法論を活用した新規事業のインキュベーションを担当しつつ、グループを横断した新規事業創出のエコシステムの立ち上げに携わっている。