●巻頭特集 みんな大好き イモ品種大全
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ジャガイモ、サツマイモ、サトイモ、ヤーコン、キクイモ、ヤマイモ…。カラフルで多彩なイモワールド、堪能あれ。
『ジャガイモ新時代の幕開け』コーナーより
男爵・メークインをやめた北海道畑作農家の話
北海道帯広市・中藪俊秀さん
中藪俊秀さん。持っているのは掘りたてがうまい「とうや」 中藪農園の広大なジャガイモ畑。約40haの畑でジャガイモ10haのほか、ダイズ、アズキ、カボチャ、麦などをつくる(小椋哲也撮影、以下Oも) 新品種ができても産地では売れない
北海道十勝の畑作地帯といえば、いわずと知れたジャガイモ産地。ここで出回っている品種のほとんどが男爵とメークインである。
「本当はもっといい品種がいっぱいあるのに……」という中藪俊秀さんは、30年近くジャガイモの種イモ生産をしてきた十勝の畑作農家である。6年前、かつては組合長まで務めた種イモ生産組合を脱退し、地元の北海道農業研究センターが次々育成している新しい品種で勝負しようと決めた。
最初つくったのは十勝こがねほか数種類。自分で食べて「すごくうまい」と思った品種だからだ。だが、できたイモを地元市場へ持ち込むと、知名度がないという理由でまったく相手にされなかった。男爵やメークインなら一箱(10kg)1300円くらいのところ400円。生産経費も賄えない値段だった。やむを得ず6ha分の新しい品種はほとんどデンプン工場へ回すことになった。当然値段は安い。
しかし「困難にぶつかると燃えるたち」の中藪さん、市場で売れないなら自分で販路開拓をしてやろうとの想いを強くした。
不思議なもので腹を決めると道は拓けてくるものらしい。売り先は意外に早く見つかった。息子の俊彦さんが参加した幕張(千葉県)のアグリエキスポで、東海地方にあるスーパーのバイヤーが中藪農園の多品種のジャガイモに興味を持ってくれたのだ。そのバイヤーは後日北海道まで来て中藪農園の畑を見た後、サンプルを送ってほしいといってきた。少し送ると「ぜひ扱いたい」と連絡が入った。契約販売の始まりである。
スーパーに行って品種の売り込み大作戦
▼焼きジャガイモで4品種を食べ比べ
バイヤーの話では、そのスーパーは月に1度、売り子さんや消費者を集めて野菜の食べ方などの勉強会をしているという。そこで中藪さん、「ぜひオレにもイモの話をさせてほしい」と願い出た。
北海道から出向き、素材の味をちゃんと味わってもらうためにスーパーの焼きイモ機を使って焼きジャガイモにした。持参した十勝こがねととうやだけでなく、スーパーが仕入れている男爵やメークインも一緒に焼いて食べ比べ。すると、十勝こがねやとうやに軍配が上がった。「味が濃くて、おいしい」と、参加した約40人の多くがそういってくれた。
断面を見ると白肉の「はるか」が目立つ。写真にはない「さやか」も白肉(O) 中藪農園の主な4品種。どれも芽が浅く皮がむきやすい。すべてシストセンチュウ抵抗性もある(O) ▼生ジャガイモでパリパリサラダ
勉強会にはその後も何度か足を運んだが、一番ウケたのは、即席料理のパリパリサラダ。ジャガイモを生のまま千切りにして表面のぬめりを水で洗い落とし、水を切ったら塩をふって軽く揉み込んでごま油を少し絡ませるシンプルな食べ方だ。
とくに果肉の白いはるかはパリパリサラダに向いている。ダイコンサラダかと間違えそうな見栄えだが、食べてみるとジャガイモの新鮮な食感が味わえるので「おいしい!」と評判になった。これ、じつは中藪さんが普段よくやる得意料理だ。
生のジャガイモを千切りにしたパリパリサラダ(品種は「はるか」)。スーパーでおいしいと大評判(O) ▼ジャガイモには食べ頃の旬がある
さらに中藪さん、ジャガイモには食べ頃の旬があることも伝えた。とうやは掘りたての新ジャガがおいしいが、十勝こがねやはるかは貯蔵したほうが甘味やうまみが増してくる。とくにはるかは9月に掘って翌春4月まで貯蔵するとビックリするほど甘くなる。実際、中藪さんはこのように時期に合わせて出荷している。
スーパーから男爵が消えた!?
そんな中藪さんの話を聞いてスーパーの売り子さんたちの品種アピールにも力が入ったのだろう。最近、なんと、そのスーパーからは男爵が消えてしまったという。「うちでは男爵を仕入れる必要がなくなりました」とバイヤーが言ってきたのだ。さすがに中藪さんも驚いてしまったが、「こういう中小規模のスーパーは大手量販店と勝負するために目玉になる商材を必死になって探していると確信できた出来事だった」とのこと。中藪さんがスーパーに売り込んだ品種は主に5つ。
●ホクホク系なのに煮崩れしない十勝こがね
中藪さんがもっとも力を入れているのが十勝こがね。ホクホク系なのに煮崩れしないのが最大の特徴だ。「カレーやシチューに入れて3日くらいたっても煮崩れしない」。そのうえ冷めてもおいしいところがお気に入り。油との相性もいいので煮物だけでなくフライにも向く。このイモに惚れた中藪さん、十勝こがねのコロッケまで商品化。業者に頼んで作ってもらい道の駅やホテルで販売したら大人気となった。
地元の飲み屋さんが「こがね丸」でつくってくれたポテトフライ。存在感のあるイモのうま味が、絶品! ただし、中心空洞が出やすいという欠点がある。イモを大きくしようと欲張って肥料をたくさん入れると出る。そこで中藪さん、チッソを男爵では10a10kg入れるところを6kgくらいに抑えている。また休眠が長いので種イモは春先ハウスで芽出しをしてから植えるようにしている。初期の茎立ちがよければ中心空洞が出にくいともいわれている。
●しっとり系で白肉のはるか
もうひとつ十勝こがねと同じくらい力を入れているのがはるか。しっとり系で煮崩れしにくく、肉色が白いのが特徴だ。最近の品種はほとんど果肉が黄色いので差別化できる。ポテトサラダ専用といわれるさやかの血を引くので煮物だけでなく、サラダにも合う。食味もいいので「ぜひこの品種を扱いたい」というバイヤーが最近急増中の品種なのだ。
注意したいのは芽が同じ場所に集中しやすいので、種イモは切り方を気をつけて植えること。それと熟期が男爵より遅いので早掘りしないこと。
●掘りたてがおいしいとうや
休眠性の強い「十勝こがね」「こがね丸」は種イモをハウスに約3週間並べて芽を出してから(浴光育芽)、植える 中藪農園で出荷のトップバッターがとうや。掘りたてがおいしい早生種で、クセがないので煮物やスープに合う。少し前に人気が出たキタアカリも早生でおいしいが、とうやの2倍くらい肥料を食う。肥料高騰時代、とうやは10aチッソ6kgくらいですむのが中藪さんのお気に入り。
●フライドポテトには最高のこがね丸
こがね丸は十勝こがねを親に持つ大玉品種で収量もとれる。油との相性が抜群でポテトフライ専用といわれている。知り合いの飲み屋さんにこれを持って行って、フライにしてもらうとお店の人は存在感のある味にビックリする。大規模にはつくっていないが、アイテムのひとつにつくるとおもしろい。
●ポテトサラダ専用のさやか
さやかはマヨネーズやドレッシングによく合う淡白な味でポテトサラダに向くといわれている。芽が浅いので皮がむきやすい。光に当たってもエグミが少ない。量は多くないがサラダ専用の業者向けにつくっている。
お客さんのことも考えてつくるのはおもしろい
中藪さんがとくに力を入れている十勝こがねやはるかは、育成のお膝元である北海道ではほとんどつくられていない。ところが都府県ではけっこうつくられていて、直売所などではいま急速に人気を集めている。直売所は個性で勝負するので、味のいい新品種はすぐ話題になるからだ。だが新品種の導入は小面積だからできること。大規模につくる産地農家にとっては「つくって売れなかったではすまされない」のが現実だ。そんな中で新品種の売り込みを始めた中藪さん。直売を始めて5年、東海のスーパーでは中藪農園のジャガイモを1日500kg売ってくれるまでになった。このスーパー以外にも4つの業者と契約し、現在10haのジャガイモをすべて直販できるようになった。魅力が伝われば欲しがるお客さんは確実にいる。
「最初は正直どうなるかと思ったけど、お客さんのことも考えて味や料理のことまで考えるとおもしろいのさ。奥深い世界だよ」と笑う中藪さん。北海道の大規模農家も確実に変わり始めている。
この記事の掲載号『現代農業 2012年2月号』特集:2012品種特集 イモ品種大全
本気で直売 野菜品種・果樹品種/黄色いリンゴと緑のブドウ/いま「昔の品種」/台風・長雨・ゲリラ豪雨で見えた品種力/日持ちする花品種/麦と米「業務加工」を拓く/鳥獣が食べない品目/「絶品加工品」に、この品種/機能性品種/草取り名人ヤギ&ヒツジ ほか。 [本を詳しく見る]『地域食材大百科2 野菜』農文協 著 91種の野菜をとりあげ,巻末には『各地の地場・伝統食材』として222を収録。各地の野菜研究,調理研究者137人による記述は,原産・来歴からおすすめの一品まで歴史,季節・地域さらに実用性もかねた内容。たとえばツケナ類なら,調理は和え物,おひたしが代表で,加工品では漬物が一般だが,その種類は多く,地域名を冠したものなら,仙台芭蕉菜,大山そだち,勝山水菜,鳴沢菜,大野菜,野沢菜,羽広菜,大阪白菜,大和まな,広島菜,三池高菜,雲仙こぶ高菜,阿蘇高菜,水前寺菜,久住高菜など。 [本を詳しく見る]