2014/11/2112:13:33
>結婚だけは非処女は無理、と言うことは言論の自由の範疇ですか?
まず、「結婚だけは非処女は無理」と【思うこと】は、【自己】の内部に留まっている限り、【他者】の内部に関与しない限り、「自由の範疇」のことになります。
一方、「結婚だけは非処女は無理」と【言うこと】は、【他者】と共有する【言語という情報媒体】を介して、【他者】の内部に関与することにほかなりませんよね。
ですから、「自分は結婚だけは非処女は無理と思うから、そう言ったまでのこと。それを批判するのは、言論の自由の侵害だ!」と主張する人がいますが、そういう人は、そうと気付かないまま、自己中心的、独りよがりな発想に陥っていると見なされてしまいます。
そうならないためには、自分の意見なり、考えなりを他者に向けて発するという行為が、【他者】との共有物である【言語】によって、【他者】に積極的に関与し、働き掛けることにほかならないという事実をきちんと認識する必要があると思います。
具体的には、【他者】に向けて「結婚だけは非処女は無理」と【言うこと】は、たとえ当人にそのつもりはなくとも、事実上、【他者】の反応(共感、承認、批判、否定等)を積極的に喚起しようという意志表明にほかならないということです。
その点、「結婚だけは非処女は無理」と言うにせよ、「結婚相手は処女にこだわらない」と言うにせよ、「そう思うから、そう言ったまでのことで、そのどこが悪いのか?」と言うだけでは、「自分は『イヤなものはイヤ!』とダダをこねる中坊レベルの発想しかできません」と表明しているも同然ということになります。
ということで、「結婚だけは非処女は無理」という意見、考えを【他者】に向けて主張するにせよ、自分のこういう意見、考えを土台で支えている、より根本的な論拠や目的意識の何であるか?を【他者】に対し、より具体的に分かりやすく呈示した方がより説得力も増し、より賢明であるという結論になります。
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2014/11/2202:15:02
>他者の内部に関与するとは?どういう意味か
あなたが自分の意見や考えを、他者とのパイプである【言語】で表現することは、それを読んだ他者の内部に存在する意見や考えに接触し、それを刺激し、他者の反応を喚起することでもあるという意味で、「関与する」と申し上げたわけです。
takano990i君、下記を参照されたし。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1013835291...
僕は、そもそも複数IDの使い分けや「違反報告」などという面倒なことはしたがりません。
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2014/11/2419:33:32
>他者の反応を喚起することの何が悪く、何の問題があるとお考えですか?
いいえ、何ら悪いわけではありません。
私は、そもそも【是非・善悪・正邪】の判断を下す際の【基準(根拠)】とは何か?には旺盛な興味を抱いていますが、それだけに他人に対して【善悪】の判断を下すことには全く興味がありません。
私が申し上げたいのは、われわれが自分の「意見、主張」を【言うこと】は、「他者の反応を喚起する」ことであり、さらにはその「反応」を受け止めることでもある以上、【思うこと】と同じような意味で「自由」ではないということだけです。
その点、あなたは、【思うこと】と【言うこと】との根本的な違いについて、いかがお考えでしょうか?
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2014/11/2422:48:29
>誤読されています。
いいえ、「誤読」なんかしていませんよ。
私は一回目の回答で、【思うこと】は他人への配慮が全く不要だという意味で「自由」だと申し上げました。
もし、【言うこと】が【思うこと】と違い、他人への配慮を求められるとしたら、【思うこと】と全く同じ意味で「自由」だとはとても言えませんよね。
以上のような、【思うこと】と【言うこと】との間に存在する微妙ではあるが、歴然とした【差異】について、質問者さんはちゃんと気付いてられますか?
また、こういう【差異】が生じるのは、【言うこと】だけが、自分と【他者】とが共有している、同じ辞書・文法に規定された【言語】を媒介として【他者】に関与する【行為】だからにほかなりません。
なお、念のために申し上げておきますが、以上の言語表現をめぐる基本的な問題といわゆる「言論の自由」とは全く別次元の問題です。 -
2014/11/2423:31:47
私は、いわゆる「言論の自由」は基本的人権として守られるべきだと考えています。
ただ、【思うこと】と【言うこと】との間の根本的な【差異】が何であるかをご理解いただけるなら、私の回答の趣旨もお分かりいただけるはずです。
もし、あなたが、自分の内部で【思うこと】の【自由】と、他者と共有する【言語】を介して【言うこと】の【自由】との間に【差異】がないと主張するなら、残念ながら、私の回答の趣旨は全くご理解いただけないと思います。
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2014/11/2501:04:33
>言論の自由には、言葉に出して訴える、出版する、ビラを配るなど広範にわたるものです。
私は、あなたが敢えて「哲学、倫理」カテを選んで、このような質問を立てたのは、「言論の自由」に関する常識、通説等に懐疑的であるからだと推察したのですが、もしかして見当違いだったかもしれませんね。
なぜって、私は一貫して「思うことの自由」と「言うこと(言論)の自由」との間に明瞭な【差異】が存する以上、両者の「自由」の【差異】をきちんと心得た上で「言論の自由」を行使した方がより賢明ではないか?と申し上げてきましたから。
でも、あなたは、「思うこと」と「言うこと」との間に横たわる重要な【差異】については、なぜか見て見ぬフリをしたがりますよね? -
2014/11/2502:44:20
私は、「言論の自由」を抑圧したり、否定したりしましたか?
私は、「思うことの自由」と「言うことの自由」とでは、「自由」の実質的な中身が違う以上、その【差異】を弁えて発言した方が、そうでないよりもはるかに賢明ではないですか?と申し上げているだけです。
なお、私の回答趣旨を理解していただくには、社会では「表現の自由」は認められるのに、「行動の自由」が認められないのはなぜか?とお考えいただくことが大きなヒントになります。 -
2014/11/2503:05:30
思うに、あなたは【心の中で思うこと】、【他者に向けて言うこと】、【他者に向けて行為すること】のどこまでが【自由】であり、どこからが【自由】ではないか?、また、それはなぜか?と問われているのではないでしょうか。
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2014/11/2522:34:59
まず、お願いですから、私の質問にもお答えいただけませんか?
もし、あなたが「言論の自由」をめぐる諸問題について真面目にお考えだとしたら。
>どこから読んでも私には「それを言うな」と受け取れます。
いいえ、それこそ「誤読」にほかなりません。
なぜなら、qwei004さんの回答にもあるように、「言うことの自由」とは、「思うことの自由」と違い、相手からの反応(賛成、反対等)を前提にした「自由」にほかならないからです。
だから、私はあなたに「思うことの自由」と「言うことの自由」との【差異】をどう受け止めてられますか?と問うているわけです。 -
2014/11/2523:55:02
>そこに配慮を加えれば、何も語れなくなります。
私には、長い目で見て、「配慮を加えれば」より損をすると判断したら、「配慮」する必要はないし、「配慮を加えれば」より得をすると判断したら、「配慮」すれば良いだけとしか思えません。
で、「配慮」しなかったが故に【損】をした直近の例がbobobinbo1kさん、takano990iさん、kvvkkeekさんですよね。
彼らは「配慮を加えれば、何も語れなくなる」と言わんばかりに、私が複数のIDを使っているとの根も葉もない讒言を『知恵袋』にまき散らしたが故に、そのとばっちりを受けたmiyazakino_otokoさんからの通報、抗議によって、管理者から処分を受けたというわけです。
あなたは、三人に対する処分は不当である、「言論の自由」の否定に通じると思われますか?
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