2014-11-26 一気読みするだけの価値がある本
■[読書][ナショナリズム][歴史修正主義]「在特会」はどのように生まれたのか――樋口直人『日本型排外主義』
発足当時は一部ウォッチャーに注目されるだけだったが,あれよあれよという間に全国紙に何度も登場しついには流行語大賞にまで影響を及ぼすようになった排外主義団体「在日特権を許さない市民の会」。それをめぐっては多くの言説が飛び交ってきたが,実は本格的な学術研究は殆ど現れていなかった。本書『日本型排外主義――在特会・外国人参政権・東アジア地政学』は在特会に関する初めての本格的研究であり,従来の在特会理解に修正を迫るものである。
- 作者: 樋口直人
- 出版社/メーカー: 名古屋大学出版会
- 発売日: 2014/02/22
- メディア: 単行本
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本書の構成は次の通り。
プロローグ(1-7頁)
序章.日本型排外主義をめぐる問い(9-28頁)
第1章.誰がなぜ極右を支持するのか――支持者像と支持の論理(29-48頁)
第2章.不満・不安で排外主義運動を説明できるのか(49-68頁)
第3章.活動家の政治的社会化とイデオロギー形成(69-96頁)
第4章.排外主義運動への誘引――なぜ「在日特権」フレームに共鳴するのか(97-116頁)
第5章.インターネットと資源動員――なぜ在特会は動員に成功したのか(117-140頁)
第6章.排外主義運動と政治――右派論壇の変容と排外主義運動との連続性をめぐって(141-162頁)
第7章.国を滅ぼす参政権?――外国人参政権問題の安全保障化(163-181頁)
第8章.東アジア地政学と日本型排外主義――なぜ在日コリアンが標的となるのか(183-206頁)
エピローグ(207-211頁)
補遺.調査とデータについて(213-219頁)
注(221-252頁)
あとがき(253-256頁)
文献一覧(42-6頁)
本書の問題意識は,プロローグで次のように語られる。在特会に代表される排外主義の要因として,社会の不安定化や格差拡大などによる「不安」が持ち出されることが多い。「だが,」と本書は著者は皮肉混じりに問題提起する。「かの大政党の幹部たちは,やはり野党暮らしに耐えかねて不安にかられ,このような妄想に取り込まれてしまったのだろうか」(4頁)。たとえば東大を出て大蔵省のキャリアコースを歩み代議士にまで上り詰めた人物が国会で排外主義を剥き出しにするとき,その原因は果たして「不安」なのだろうか。「不安による説明は,わかりやすいし常識にかなっているが,社会科学的には多くの留保をつけねばならない。こうした要因を挙げることで決まりきった物語に落とし込み,逆説的だがそれで安心しようとするメンタリティすら感じる」(5頁)。
「そもそも在特会はなぜ急激に勢力を拡大しえたのか。換言すれば,捉えどころのないネットユーザーに働きかけ,『在日特権』なる虚構を信じさせるという『離れ業』がなぜ可能になるのか。排外主義運動の動員をめぐる『わからなさ』は,当事者のみならず観察者・分析者にとっても同様であり,それだけに憶測や予断にもとづく解釈が跡を絶たない」(12頁)として,本書は安田浩一氏のルポ『ネットと愛国』に代表される従来の在特会理解を批判していく(誤解のないように言えば,本書では安田氏のルポに対してはその解釈が間違っていると批判されはするものの,綿密な取材に基づいており他の類書とは比べものにならないと評価されている)。独身の非モテ男性がネットの前にかじりつき鬱屈をぶつけている――という通俗的ステレオタイプを,データに基づいて覆すのみならず「独身者に対する偏見を多分に含んでいる」(17頁)としてより合理的なモデルを提示するくだりは,独身者としてはなにか救われたような思いがした。そして筆者は,不安を抱え鬱屈した者であれば誰でも在特会に引き寄せられ得るという理解は間違っており,彼らが「右翼」として持っているイデオロギーに注意を払うべきだと主張するのである。つまり,不安を抱えていた人びとがたまたま引き寄せられたのが在特会だったのではなく,もともと保守的・右派的なイデオロギーに親和的な人びとが在特会という極右に引き寄せられたという構図だ。
本書は従来の在特会を扱った研究が,欧州で積み重ねられてきた極右研究・排外主義研究を碌に参照していなかったことを問題視し,それらの研究を踏まえつつもしかしその背後には欧州とは異なる日本独自の要素が存在すると指摘する。実際に第1章はまるまる欧州における極右研究の論点整理にあてられ,第2章がこれまでの日本における先行研究をレヴューするものとなっている。これは目から鱗というか,欧州の経験が言及されることはあってもそこで蓄積された極右研究(そういう分野があるのか……)の知見が引用されることは確かにあまり見たことがないので,不謹慎かもしれないが学術研究として非常に「おもしろい」ものになっている。
少し脱線するが。安田氏のルポルタージュに伏在する問題点について,本書では指摘されるだけでその原因について掘り下げられることはない。もちろん,先行研究が「どのように」間違っているのかを示すのは学者の任務ではあっても,「なぜ」間違ったかを問うのはそうではないのだから,そのことが瑕疵だと言いたいわけではない。だがわたしは,安田氏がそのように描き出した理由について,なんとはなしだがわかってしまうような気がした。
悪をただ悪として切り捨てる。なるほどそれは政治の場においては必要なことであろう。現に,いま日本政府が国際社会からヘイトスピーチをめぐって求められていることはそれだ。しかしそれは,けして相手を内在的に理解しようということにはならない。そしてジャーナリズム,特にこのようなルポルタージュに求められていることはそれだけではなく,悪は悪としつつもその悪の裏側にどんな人間性が潜んでいるのかを伝えることではないのだろうか。連続殺人犯,戦争犯罪人,そして排外主義活動家。「ふつうの人間」であればとうてい理解できないような「悪」がどのような人間性によって彫琢されたのか。それを内在的に突き詰めようと思うことは,つまりそれは相手もまた「ふつうの人間」なのではないかと想定したり,「ふつうの人間」の物差しで彼らの内面を推し量ることになる。わたしはこの作業が重要な営為であることを疑うつもりはない。相手を最初から「○○だからこんなことをするんだろう」と決めつけるのは,ただの悪しき本質主義に他ならないのだから。けれどもその作業の中で,「ふつうの人間」が持っていない特殊な変数は捨象されてしまうのではないか。そして本書の主張によれば,まさにその抜け落ちた特殊な変数こそが,在特会の行動を説明する重要なファクタなのである。
(もちろん,インパクトの違いというのもあるだろう。「旧来の右翼・保守が変な方向に成長して出来上がったのが在特会です」と,「あなたの隣の普通のひとも気付けば在特会に成り得るかもしれない」では,切実さが違いすぎる。前者は在特会が「極右」であることを思えば,右翼だから極右になったんだよという半ばトートロジー的な説明になりかねないわけで,目新しくもなんともない。物書きとしてそんな陳腐な結論には満足できなかったのではないか,とは思うがわたしは安田氏の内面を知り得るわけではないのでこの辺にしておく)*1
話を本筋に戻すと,本書で示される分析の基本方針は,次のようなものである。
……排外主義運動はこれまで「通常の病理(normal pathology)」として扱われてきたが,そうではなく「病理的な通常(pathological normalcy)」として扱う。従来の極右・排外主義は,通常の民主主義の外部にある「異常」として扱われてきた。……だが,こうした見方に対する経験的根拠が疑問にさらされ,病理的な現象だが通常の民主主義の一部とみなす研究が出てきており,本書もこれにならう。そのため,「在日特権」なるデマによって排外主義運動が組織されることも,単なる非合理な病理としてではなく,可能な限り合理的な説明を試みる。
そうした前提にたって分析するべく,本書では論理実証主義に加えて構成主義的な議論も取り入れる。「在日特権」を指弾する人々の行動をみるに際して,単にそれが存在しないと指摘するだけでは,ありもしないことを信じる愚かな人たちという結論にしかならない。活動家たちが「在日特権」をリアルなものとして受容する過程こそが重要で,構成主義の立場からアプローチする必要があるからである。……(28頁。註・文献への言及は省略)
本書はこれにのっとって,在特会やそれを取り巻く論壇の言説に深く分け入り,在特会会員たちの「語り」に耳を傾けながら,この運動がなぜ・どのように社会に生起したのかを検証していく。欧米の極右運動がフーリガンなどの特定のサブカルチャーを動員基盤としていることを説明した後,日本においてはインターネット文化がその代替になっていると指摘するくだり(66-67頁)は,インターネット文化に深く浸かり,ネットの中で多くのたいせつなことを積み上げてきた人間にとってはきわめて不愉快なことではあるが,しかし認めざるを得ないだろう。本書は多様な経験を持つ活動家たちを,ノンポリからの「覚醒」,左派からの「転向」,自覚的な右翼だった者たちの「増幅」,入会前からの排外主義者たちの「接合」,そして保守的ではあるが極端なものではなく到底排外主義者とは呼べない存在だった「草の根保守」からの「拡張」,といった具合に分類し,まったくもって共通項など見出しがたいかのように見えるそれぞれのライフストーリーを聞き出す中で,彼らが在特会のフレームを受容するに至った共通点を炙り出していく。そのうちのひとつが,歴史修正主義であった。
ほとんどの者は,「外国人問題」ではなくそれ以外の回路から排外主義へと近づいていった。その有力な要素として、まずは歴史修正主義が挙げられる。……修正主義的な情報が手軽に入手できる形で流通し始めたのは,90年代になってからである。こうした「供給」側の変化により,歴史に対する違和感が個人のなかで言語化されない状態だったのが,与えられた言葉を操る修正主義者が生まれたと考えられる。現に,排外主義以前に修正主義を内面化していた者は,90年代以降に自己形成期を送った世代であり,修正主義的な情報の助けにより政治的社会化を果たしている。……(95頁)
本書は「排外主義運動が保守主義に起因するというよりは,歴史修正主義の一変種である」(同)と主張する。だが,歴史修正主義に接してカジュアルな歴史修正主義者になったとしても,それは「在日特権」とどう繋がるのか。理論的に考えれば,歴史修正主義とレイシズムは必ず接合しなければならないわけではない。しかし日本においてその2つは切っても切れない関係にある。そしてまた,歴史修正主義がレイシズムと結合するとして,なぜ「在日特権」なのか? なぜ「今」なのか? といった問題が残される。
これについて本書は,右派論壇における言説を計量的に分析し,右派論壇が在日外国人の問題にさほどの関心を払ってこなかったことを指摘する。冷戦期,右派にとっての最大の敵はソ連および共産主義だったが,ソ連崩壊後,徐々にその「敵」は東アジア諸国にシフトしていくことになる。「変化した右派論壇が関心を持つのは近隣諸国と歴史に対してであり、言説の機会構造が開かれるのはこの領域においてであった」(153頁)。ではなぜチャイニーズではなくコリアンが排斥の対象となるのか。その鍵となるのは,「敵」とされた国ぐにの像における歴史問題の比重であると本書は主張する。「右派論壇にとっての中国は,軍事も含めて全面対決する最大の敵であるのに対して,韓国は主に歴史認識をめぐる敵となる……右派論壇と排外主義運動の接点はここにあり,歴史修正主義が韓国に特化したのが排外主義運動の起源となるのではないか」(157頁)。そして次のように喝破する。
……彼ら彼女らは,インターネット上のリンクをたどるうちに,当初の関心とは異なる「在日特権」に行き着いていた。ネット上では「歴史」と「在日特権」にはほとんど懸隔がない。その意味で,本来は物語でしかない「在日特権」の信憑性は,それと近接する近隣諸国への敵意と歴史修正主義の受容によって担保されている。……比喩的にいえば,「在日特権」という城の本丸は,東アジアと歴史にかかわる修正主義的言説を受容した段階で,外堀が埋められたようなものだった。両者の違いは本質的なものというよりは,前者はサブカルチャーでしか流通しておらず,サブカルチャーを通して初めて受容されるという程度のものでしかなかったのである(160-161頁。強調引用者)。
こういうのは以前からApeman氏らが指摘してた点でもあり。
……南京事件であれ従軍「慰安婦」問題であれ、彼らの頭の中では「中国人や朝鮮人は嘘つき→南京事件や慰安婦は捏造」であり、「南京事件や慰安婦は捏造→中国人や朝鮮人は嘘つき」でもあるわけです。……彼らの差別主義・排外主義と歴史修正主義(植民地支配正当化論を含む)は相互に依存し、相互に強化しあう関係にあるのであって、後者に目を向けることなしには前二者を本当の意味で問題にすることなどできません。
右翼論壇、ネトウヨにおいて差別主義と歴史修正主義は一体不可分 - Apes! Not Monkeys! はてな別館
長い時間をかけて根を張ってきた草木が養分を得て毒花を咲かせた,そこで花だけ摘み取って根を温存しても対症療法にしかならないし,対症療法にしかならないと自覚するならまだしも「根と花は別の問題だ」と主張したりあまつさえ根をも利用して花を散らそうなんてのは無意味だよなと。毒花に苦しめられ,藁をも縋る状況に置かれている被差別者が手を差し伸べてくる根に頼ってしまうことがあるのはわかるけれど,少なくともマジョリティに属す人間は根を温存することに与してはいけないはず。
そしてゼロ年代とは,インターネット上のものごとが現実世界に影響を及ぼすようになってきた時代ではなかっただろうか。『タイム』のパーソン・オブ・ザ・イヤー投票において田代まさしが1位になったことを懐かしく思い出すひとも多いだろう(こんな真面目な学術書で「田代祭り」という語句を見かけたときに感じたシュールさは筆舌に尽くしがたい)。また,本書では言及されていなかったが(わたしの見落としだったらごめんなさい),ネット上で公開・閲覧できる動画の質は飛躍的に向上した。読み込みが遅い上に低クオリティな動画でも十分に満足できていたFLASH黄金時代は古き良き過去になり,アニメからMMDから生放送までネット上では色々な動画をなんの問題もなく見ることができるようになった。そしてそれが排外主義団体の街宣映像であっても,技術的には同じことだ。
つまり,排外主義に至るほとんどの要素は,右派論壇の言説の機会構造が開かれた時に用意されており,そこに技術的条件の変化という媒介が加わったに過ぎない。その両方の条件が整ったのが2000年代後半なのであり,排外主義運動の発生はこの2つの要素によって説明可能である。……(161頁)
こうして「なぜ,今この時なのか?」という疑問が解決される。だが本書はそれだけでなく,標的として在日コリアンが選ばれた理由を深層構造に遡って解明しようとする。西欧諸国において移民が「脅威」であると見なされる場合,しばしば「移民が犯罪を起こして治安を悪化させる」などの論理が唱えられてきて,日本でも実際にニューカマー外国人が引き起こす犯罪に注目が集まり,取り締まりが強化される流れにある。では,なぜ在日コリアンなのか? 彼らは日本に長く居住しており,韓国語よりも日本語の方を母語とする者が多く,たとえば西欧諸国でよくみられた「学校教育についていけなくなった移民系の子供が非行に走る」という構図が問題にされることは絶無である。なぜ彼らが排外主義者の言説において脅威と見なされるようになったのか? 本書は,背景に存在する「東アジア地政学」の存在を指摘しようとする。「東アジア地政学」とは何か? 本書でいわれるそれは,東アジアにおいては冷戦が未だに終結していないという現状である。そのような状況の中で,たとえば外国人参政権が論じられるとき,それは西欧におけるものとは違った様相を帯びることになる。本書は次のように描き出している。
ここに至って外国人参政権をめぐる政治は,外国人の権利をめぐる国内問題を完全に離れ,日本と他の東アジア諸国とをめぐる安全保障の従属変数になった。その結果……外国人は日本に居住するマイノリティとしてはみなされず,東アジア地政学における各国の代理人にさせられる。反対派が外国人参政権にみるのは,日本国内のマイノリティとしての外国人ではなく,その背後にある周辺諸国の幻影であった。……(180頁。強調引用者)
この構図を,本書はロジャース・ブルーベイカーの三者関係モデルを引いて説明する(184-186頁)。ここが非常に興味深いというか,わたしはブルーベイカーの当該書(厳密に言えば,当該の理論が提示される章。まだ何章か読んだだけで通読しとらんのや……)*2を読んでいたが,東欧への適用可能性について考えることはあっても,恥ずかしながら日本に適用して考えるという発想がなく,その指摘は完全な盲点だった。
本書がこれらの考察から導き出す結論について,ここでは書かない。「知ってた」と言うひともいれば「そうだったのか」と目から鱗が落ちるひともいるだろう(前者の方が多いことを願うが)。ひとつ確実に言えるのは,このような認識を踏まえずして現在行われているヘイトスピーチについて考えることはできないということだ。本書は大学出版会から出た学術書であり,一般読者にはハードルが高いかもしれない。だが,本書はなるべく多くのひとに読まれるべき価値を持ったものであると思う。もしこのエントリを読んで興味が湧いたひとは是非とも読んでみてほしい。
最後に少しだけ。本書で引用されている著者がインタヴューした在特会会員たちの語りは,全文が大学紀要などに掲載され,その一部をリポジトリなどからPDFの形でダウンロードして読むことができる。巻末の文献目録に書誌情報が載っているので興味のあるひとは探してみてほしい。わたしもいくつか読んでみたが,口述資料として興味深いものだと思った。
*1:安田氏はその後も同じようなスタンスの記事を発表している。面白くて読み応えがあるのでお薦めだが,本書で批判されているような問題点はそのままであると感じる。ネットでヘイトスピーチを垂れ流し続ける 中年ネトウヨ「ヨーゲン」(57歳)の哀しすぎる正体【前編】 | 現代ノンフィクション | 現代ビジネス [講談社];ネットでヘイトスピーチを垂れ流し続ける 中年ネトウヨ「ヨーゲン」(57歳)の哀しすぎる正体【後編】 | 現代ノンフィクション | 現代ビジネス [講談社]。
*2:Rogers Brubaker, Nationalism Reframed: Nationhood and the National Question in the New Europe (New York: Cambridge University Press, 1996), chap.3. 同著者の別の本に関しては以下でレヴューした。分析概念として「民族」は使えるのか?――ロジャース・ブルーベイカー『集団なきエスニシティ』 - Danas je lep dan.。
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