神城断層にほぼ一致=長野県北部の余震分布―本震M6.7
に修正・気象庁(11/23 時事通信)
気象庁は23日、長野県北部で22日午後10時8分ごろ起きた
最大震度6弱の地震について、余震分布が「神城(かみしろ)
断層」の位置とほぼ一致していると発表した。
本震も神城断層が動いて発生した可能性があり、同庁は引き
続き分析している。政府の地震調査委員会が23日午後に開か
れ、この分析結果が検討される見込み。
気象庁はまた、本震の震源を精査した結果、地震の規模(マグ
ニチュード=M)を6.8から6.7に修正したと発表した。震源の
深さも約10キロから5キロに浅くした。
余震は22日午後10時37分ごろに発生したM4.3の地震が最大
で、長野県小谷村で震度5弱を観測した。23日午前11時までに
震度3の余震が5回あり、震度1以上の余震は計53回に上った。
糸魚川-静岡構造線断層帯(南部・中部・北部)
余震の震源は長野県の小谷村から白馬村にかけ、姫川沿いの
南北約20キロに分布。深さは約10キロまでで、断面は東側に下
がる形となっている。本震の震源も余震分布域内にあり、神城断
層の東側が西側に対して乗り上げるようにずれる逆断層型地震
だった可能性がある。
一方、国土地理院は23日、電子基準点の観測で地殻変動を検出
したと発表した。神城断層の西側にある白馬村の基準点が、同日
午前9時すぎまでに南東へ約29センチ動くとともに約12センチ沈
降しており、神城断層の逆断層型地震の可能性が高まった。
(引用終了)
昨夜発生した長野県北部地震ですが、幸いにも死者は出なかった
ものの、けが人が39名、住宅30棟が全壊した模様です。被災され
た皆さまには、謹んでお見舞い申し上げます。
今回の地震は「糸魚川-静岡構造線断層帯」の北部にある【神城
断層の逆断層型地震】の可能性が高まってきました。神城(かみ
しろ)という断層名に反応してしまいますね~。全壊した住宅はこ
の断層上に建てられていたのではないでしょうか。
「糸魚川-静岡構造線断層帯」・・・いわゆる「フォッサマグナ」です。
改めて日本列島の活断層分布をみてみますと、原発の近くに分
布していることが分かります。
また【リニア中央新幹線が2015年以降に着工】します。私がリ
ニア中央新幹線に反対する理由は何点かありますが、その中で
も日本列島の腰の部分にあたるフォッサマグナを抜けるトンネル
を掘ることです。
原発再稼働にしても、リニア中央新幹線にしても、政府、官僚、財
界人の思い通りにはいかないと思いますけどね・・。最後に、長野
県北部地震の前日にアップされた神示をご紹介して終わります。
龍体をこれ以上傷つけるなかれ(11/21 木花咲耶姫さまの神示)
その遠き昔、神と人とが睦み合い生きたる時、人は神、自然を敬い、
いついかなる時も畏敬の念を忘れず天地に感謝し生きたるものな
れど、今人間は我を抑えられずその知恵と賢さゆえに神から遠く離
れ、魂を穢さんとす。
地形には意味あり。なれど人は海を埋め立て、川や沼地も埋め立
てその姿変えんとす。地球も宇宙も自然であろうとする作用ありな
ん。なれば不自然なるは自然に戻る作用が必ず起こらんとす。
そは時に災害となりて被害を招かん。そは人災なり。
自然なる地形を人の手によりて変えるは、不自然なり。神、地球に
とりては理不尽な行いなり。美しく意味のある地形をこれ以上穢す
なかれ。日本は龍体。その地形傷つけるは決して許されぬ。
大神神社(おおみわじんじゃ)
奈良県桜井市にある神社。日本で最古の神社の1つとされる。
三輪山そのものを神体(神体山)としており、本殿をもたず、拝殿から三輪山
自体を神体として仰ぎ見る古神道(原始神道)の形態を残している。自然を
崇拝するアニミズムの特色が認められるため、三輪山信仰は縄文か弥生に
まで遡ると想像されている。
拝殿奥にある三ツ鳥居は、明神鳥居3つを1つに組み合わせた特異な形式の
ものである。例年11月14日に行われる醸造安全祈願祭(酒まつり)で拝殿に
杉玉が吊るされる、これが各地の造り酒屋へと伝わった。
主祭神 :大物主大神 (おおものぬしのおおかみ、倭大物主櫛甕玉命)
配神:大己貴神 (おおなむちのかみ)少彦名神 (すくなひこなのかみ)
大物主神は蛇神であり水神または雷神としての性格を持ち稲作豊穣、疫病
除け、酒造り(醸造)などの神として篤い信仰を集めている。また国の守護神
(軍神)、氏族神(太田田根子の祖神)である一方で祟りなす強力な神(霊異
なる神)ともされている。(以上、wikiより)
さて、本殿は上記の写真なのですが、境内に祓戸神社(はらえどじんじゃ)が
あります。
祭神は・・・瀬織津姫(せおりつひめ) 速秋津姫(はやあきつひめ)気吹戸主
(いぶきどぬし)速佐須良姫(はやさすらひめ)となっています。
こちらは「夫婦岩」です。
縄文の女神である瀬織津姫を持統天皇が躍起になって封印したとするならば、
男神の封印もされたのではないでしょうか。「人の世」から「神の世」への復活も
女神おひとりではちょっと難しいと考えるのが筋ではないでしょうか。やはり、
縄文の男神はおりました。
大神神社の主祭神である「大物主神」、または「大物主命」です。蛇神ということ
です。配神に目をやると、「大己貴神」、または「大己貴命」です。那智の滝の神、
龍神です。瀬織津姫は龍神ですから、辰年、巳年の奇妙な符合。夫婦神かどう
かはわかりません。
以下にブロ友さんの記事を転載します。(一部省略)
「大物主神の封印が解かれる2012年」
出雲の王・ニギハヤヒは、かつて我が国における初代天皇として国を治められて
いました。しかし、その末裔である物部氏が、その後の日向族との権力闘争に敗
れてしまったため、「ニギハヤヒ」という名前もろとも完全に各文献から消され、か
つ日本全国に陰陽道による大規模な封印が施されてきました。
かつて日向族の藤原不比等らが行ったとされる「神道大再編事業」とは、出雲族
のニギハヤヒを封印するためだけに行ったと言っても過言ではないほどです。
それほどまでにニギハヤヒとは、古代の日本において、とてつもない霊力を持っ
た存在だったということです。
まず、ニギハヤヒのご神体が封印されたとされる場所が、奈良県桜井市にある
「三輪山」であると言われています。かつて陰陽道の大家でもあった安部晴明が、
この三輪山を見ながら、「ここには、我が国において「文字」や「数字」や「楽」や
「舞」や「風習行事」の中に、そのすべてを象徴として隠し、その本性は記紀にお
いても隠された「知恵と魔術の神」が封印されている・・」とつぶやいたそうです。
この「知恵と魔術の神」の正体が、ニギハヤヒであったことは想像に難くないでし
ょう。 賀茂一族でもあった安部晴明は、陰陽道(東洋版カバラ)の技法をすべて
知り尽くしており、ニギハヤヒがどのような形でもって封印されていたのかも知り
尽くしていたことでしょう。
物部氏の祖とされるニギハヤヒですが、別名を「大物主」とも言います。
これは「大いなる物部の主」という意味があるそうです。三輪山をご神
体とする大神神社は、今でもご祭神として祀られています。
「三輪山での麻糸の三巻き」 (ここはブログ本文を読んでね)
「三輪山での麻糸の三巻き」の故事にちなんで、注連縄は現在でも「3束の麻」
を巻きつけることによって作られているんですね。実はこれらの注連縄とは、全
て「大物主神(ニギハヤヒ)」の象徴だったということです。すなわち、これらの注
連縄と上記の神話とを組み合わせることによって、祟り神としての「注連縄=大
物主神」を封印していることになっていたのです!
注連縄を構成する「3束の麻」は、「3柱の蛇神」の象徴でもあります。
「3柱」と言うからには、大物主神の他に2柱の蛇神が存在していることになりま
すね? その1柱目としては、上記にも登場してきた「大国主」と考えるのが妥当
でしょう。
では残りの1柱の蛇神は何だったのでしょうか?
やはりそれは「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」だったと思いますね。
日本神話の中で、八岐大蛇はスサノオによって退治されているわけですが、こ
のような形を取ることにより、「八岐大蛇=大物主神」を封印していたわけなんで
すね。
意外に思われるかもしれませんが、「八岐大蛇」とは本来、極めて重要な神なの
です。 以下はインド・ヒンズー寺院から発掘した「ナーカル碑文」の解読後に判明
した、ムー帝国時の絶対神「ナラヤナ」です。かつて、シリウスから龍蛇族たちとと
もに、龍神として飛来してきた「ムー帝国の守護神」であったと考えられます。
八岐大蛇として象徴される縄文の神・大物主神とは、ムー帝国の正統な霊統
を受け継ぐ、偉大なる神だったということです。 (転載おわり)
ということで、八岐大蛇が出てきたことで出雲地方との縁も出てきました。
出雲族というのは縄文、ムー、シリウス系龍蛇族の霊性を受け継ぐ人々です。
来年の式年遷宮は伊勢神宮とダブルで執り行われます。
これは、封印の解除が終わるだけでなく、日月神示で何度も云われる「抱き参
らせよ~」に通じることなのです。いつまでも敵対していては、いつになっても
「神の世」は出来んぞ。よくよくこの世の仕組みを悟らねばならん!和合が大事
ぞ。・・かなぁ?(笑)
夫唱婦随、夫婦和合と申しますが、同じ屋根の下で暮らす夫婦が敵対していて
は子供たちにとっては一番悲しいことで、明るい家庭はいつまで経っても出来ま
せんね。
(おまけ)
過去記事にも取り上げましたが、今年の5月6日にある有名人が大神神社を参
拝しています。是非、「2012.5.6 大神神社参拝」で検索してみてね!(*^_^*)
このシリーズは3,4日お休みします。調べるのにちょいとお疲れモード。(爆)
2日ほど前に固定電話にまた非通知ワンギリがあったのです。
今までは脅迫電話かと思っていたのですが、特に実害もないし、ひょっとしてあちらの方
からかと勝手に思っているんです。となると、何を示唆した無電だったのかですね。
多分、瀬織津姫関係しかないと思います。証拠はないから、オカルト話ということで。(笑)
ここで、私が気がついた「瀬織津姫」のまとめをしましょう。
調べれば調べるほど切りがないので、オーソドックスな要点だけです。
● 瀬織津姫は天照大神の荒御魂である。
● 水の神、滝の神、川の神であり、国津神(縄文の神)である。
● 大津遷都後の669年、大津に佐久奈度神社が創られた。
● 「大祓の祝詞」によって、祓い戸の女神として封印されてしまった。
● 国津神の力を恐れた持統天皇は、全国の神社に圧力をかけて瀬織津姫を封印した。
● 罪や、穢れを祓う女神ではなく、「再生、復活、黄泉がえり」の神ではないか。
● 瀬織津姫の元をただせば、卑弥呼、ムー、レムリア、月人、龍蛇族系宇宙人に
たどり着き、シリウス、プレアデス星に行きつくのではないか。
不思議な現象
● 10月、霊峰白山に光柱が出現
● 11月、出雲地方に白いカラスが出現
● 12月3日、奈良県天川村で震度2の地震(天河大弁財天社あり、弁財天=瀬織津姫)
● 8月17、18日に浅川先生宅に宇宙船に乗船した2人の男女が訪れた。
● その話は「かぐや姫」に関すること。それから浅川先生のかぐや姫談義が開始。
● 先生宅を訪れた男性は愛媛県松山市の方であった。
昨日の記事で気がついた方がおられるかもしれません。
天智天皇が大津に遷都したのが667年ですね。つまり前年は666年です。
666の数字で気がつくと思うのですが、アトランティス系に日本が乗っ取られた年になる
のではないかしら?そこで、天智天皇が翌年に大津に逃れたことになります。
壬申の乱は672年に起こっていますが、現代で言えばクーデターですかしら。
再三、「歴史は繰り返す」と述べてきましたが、これから逆の意味の「壬申の乱」が到来?
神々の系統は大きく分けて二系統あり、国津神(縄文の神)と天津神(アトランティス系)
となります。 ブロ友さんの記事を転載しますので、参考にしてください。
「天津神と国津神との和合」
地上に降臨されている神々の中には、二大霊統が存在していると言われています。
すなわち、一方は「天津神」系霊統であり、もう一方は「国津神」系の霊統です。
「天津神」系霊統とは、いわゆる『古事記』『日本書紀』において、「天孫降臨神話」の中に
登場し、高天原に降臨してきた神々のことです。すなわち、アマテラス・ニニギ(天皇家の祖)、
アメノコヤネ(中臣・藤原氏の祖)、フトダマ(忌部氏(≒賀茂氏)・平氏の祖)、アメノウズメ
(猿女氏の祖)、イシコリドメ(作鏡氏の祖)、タマノオヤ(玉祖氏の祖)となります。
一方、「国津神」系霊統とは、天津神が降臨する以前から存在していた日本古来の神々の
ことです。すなわち、スサノオ・ニギハヤヒ(物部氏の祖)、オオクニヌシ(蘇我氏・源氏の祖)
ヒルコ・ナガスネヒコ(阿曇族・アイヌ族の祖)と考えてよいでしょう。
主に、出雲系と先住民族系の神々が中心となります。
国津神の中に「スサノオ」が入っているのは、「天岩戸神話」の際に、高天原から出雲の地
へと追放されたためです。また、スサノオが母のイザナミを慕って「黄泉の国」へと行こうと
したことから、イザナミも国津神系の神であると考えていいでしょう。
すなわち、「天津神系=イザナギの霊統」「国津神系=イザナミの霊統」となるのです。
(中略)
「日月神示」でいうところの「天地がうなるぞ、上下引繰り返るぞ」の箇所です。
「天地がうなるぞ」とは、天津神と国津神の神々が動き出すということで「上下引繰り返るぞ」
とは、この二大霊統の立場が逆転するのではないかと思われるのです。
ただ、そうは言っても、天津神系の神々がいなくなるわけではなく、「天津神系と国津神系と
の和合が成立し、天下の主導権が国津神系に移る」といった解釈ができるように思うのです。
これまでの天津神系中心の価値観から、国津神系中心の価値観へと転換されるということです。
これは文字通り、「上下引繰り返る」ような、地球社会全般における価値観の「グレン」が起こる
ということなのです。
佐久奈度神社 関西の水瓶である琵琶湖
日の本の女神 瀬織津姫 (6)
佐久奈度神社は、琵琶湖から流れ出る唯一の川である瀬田川の渓谷沿いにあります。
大津京に遷都後、即位した天智天皇の勅命によって、669年、天智朝の右大臣中臣金
(なかとみのかね)によって大祓の祝詞(おおはらいのことば)が、この佐久奈度神社で
創られました。この大祓の祝詞によって、瀬織津姫は祓い戸の女神として封印されて
しまいました。(中略)
瀬織津姫のことを調べて行くと、この女神の偉大さがだんだんと分かってきました。
朝廷から1300年以上も「秘神」として、その名を消されたり、置き換えられてきました。
私も、瀬織津姫の名前の美しさと、長い受難の歴史から、薄幸のか弱い女神だと思い込
んでいたこともありました。しかし、瀬織津姫のことを調べれば調べるほど、驚くほど凄い、
偉大な女神様だということが分かりました。
伊勢神宮 内宮荒祭宮 天照皇大神荒魂=瀬織津姫
宇佐神宮 比売大神=瀬織津姫
出雲大社 大国主大神=素戔嗚尊=出雲井神=瀬織津姫
那智大社 大己貴命(おおなむちのみこと)=飛瀧権現=瀬織津姫
春日大社 比売神=枚岡神=出雲井神=瀬織津姫
宗像大社 湍津姫神(たぎつひめ)=滝津姫=瀬織津姫
住吉大社 神功皇后=姫神=瀬織津姫
厳島神社 湍津姫神(たぎつひめ)=滝津姫=瀬織津姫
愛宕神社 火産霊神=瀬織津姫
浅間神社 木花咲耶姫(このはなさくやひめ)=瀬織津姫
この他にも、棚機津女(たなばたつめ)=棚織姫=瀬織津姫は、七夕伝説の織姫とも習合
しました。この様に、瀬織津姫は、「日の本の女神」・「日出る処の女神」とも言えるほど
偉大な女神でした。それが、大和朝廷の新しい皇祖神である女神の天照皇大神の雛形神
であった為に、祓い戸神として以外は名前を消されなければならなかったのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
三菱形の中心は呉市、福山市周辺、大三島も近くにあります。
天照大神の荒御魂としてだけではなく、宇佐神宮、出雲大社、熊野にある那智大社などの
隠された日本の女神だったということがわかります。密かに封印されてきたのですね。
大和朝廷以来の時の為政者たち、藤原家、信長、家康、水戸光圀などは知っていた可能性
があるというお話もあります。現代ではヤタガラスなども知っているでしょうね。
瀬織津姫の封印を推し進めたのは持統天皇(女性天皇)だといわれています。
持統天皇の夫は、天智天皇の弟である大海人皇子です。(天智天皇は父)
幼き持統天皇は、百済支援のため大陸出兵に随行し、唐に大敗してボロボロになった
倭軍と滅亡した国(百済)を目の当たりにしている。
帰国した天智天皇は大津へ遷都し、息子の大友皇子に皇位を継承させたいと望む。
弟(大海人皇子)は、頭を丸めて吉野に引っ込むが、直後に天智天皇崩御。
日本古代最大の内乱と言われる壬申の乱(672年)が勃発し、大海人皇子が勝って
天武天皇となった。 (続きはこちらで・・瀬織津姫物語 )
さて、縄文日本には津々浦々まで龍神が祭られていた。
伊勢の地にも、ニギハヤヒ(別名:天照大神アマテルオオカミ:男神)と一対で祭られて
いた龍神(女神)がいた。それが瀬織津姫である。
持統天皇は、全国的に勢力を持つ瀬織津姫を封印しなければならなかった。
それが縄文(国津神)の女神だったからだ。そこで、伊勢神宮の祭神を天照大神の女神とし、
記紀から瀬織津姫の名を省き、地域の各神社の祭神を瀬織津姫以外に変えるように命令した。
その作業は驚くべく明治まで続いたらしい。
(たとえば、瀬織津姫から弁財天に変えるなど←だから、弁天さんは仏教伝来の神なのに
神道の神でもあるんだね~)。言い換えれば、それほどに勢力のあった神だったのである。
持統天皇は、「千と千尋の神隠し」で千尋の名を奪った湯婆婆のごとく、瀬織津姫の名を
全国から奪っていった。抵抗する神社は迫害にあったり、殺されたりすることもあったよう
だから容赦はない。命まで奪っていく非常さの裏に、凄まじい孤独と不安の闇が見える気
がする。(以上 瀬織津姫物語 より)
出雲大社がある島根県で「白いカラス」が発見されたり、昨年の熊野地方の洪水だったり
那智の滝に登った不届き者がいたりと、やはり、偶然とは考えられないのですが・・。
那智の滝に祭られているのは、大国主命と異名同神とされる大己貴命ですが、大己貴命は
熊野では龍神とされ、龍神伝説が残っています。・・となると、他の神社に祀られている神々
も全て龍神ということになり、やはり「龍の国日本=龍蛇族系宇宙人」となり合点がいきます。
(過去記事) 「謎多き日本(1)」 「神々の国 出雲」 「那智の滝が示すサイン」
「霊峰白山に光柱?」 (10.23)
さて、10月に霊峰白山に光柱が出現したのを、まだ覚えておられるでしょう。
金沢市には「瀬織津姫神社」があり、白山市には「白山比咩神社」があります。
全国約三千社にのぼる白山神社の総本宮である白山比咩神社の祭神は
「白山比咩大神(=菊理媛尊)」で『日本書紀』に登場する女神のひとりです。
菊理媛尊という祭神は、あちこちで本当は瀬織津姫ではないかと云われています。
(愛媛の媛という字が入っているのが隠し味?)
白山の開祖である泰澄は、十一面観音の徳を「太陽光のように、あまねく全ての方向に
及ぶご利益である。」と説いている。泰澄が創建した白山の那谷寺は、大日如来を最高仏
とする高野山真言宗の別格本山で、本尊に十一面千手観音を祀っている。
白山比咩神の本地仏は十一面観音で、通常の本地垂迹では太陽の神である天照となる。
つまり、瀬織津姫が天照の「荒魂」とされるのならば、つまり「和魂」である天照が太陽の力
と光を内包し蓄積する神であり、そしてその太陽の力と光を外に向けて顕現した太陽神とは
「荒魂」としての瀬織津姫だったのかもしれない。 瀬織津姫(白山と荒魂) より
2012年は辰年(龍)、2013年は巳年(蛇)です。
また、来年からは「水瓶座の時代」といわれています。関西の水瓶といわれる琵琶湖。
琵琶湖と云えば滋賀県。大津遷都というのもありましたね。(667~672)
今年は日本列島のあちこちでシリウスの教師たちが降りてきて、「人の世」の終わりを告げ
悪事が次々と暴かれるようになり(もうなっていますが・・)来年はいよいよ「神の世」への
本格的な脱皮が始まるようですね。ダブル式年遷宮の儀式は何回か執り行われるようです。
来年の今頃はきっと、今とは全くちがう時代の様相を呈しているのではないでしょうか。
いやぁ、なんだかすごい事になってきたようです。(*^_^*)
新井氏の記事にみなさんもびっくりされたようですが、私も今朝方から「瀬織津姫」を
調べてみました。今までの不思議な現象とか、過去記事とかにリンクしちゃうんですよ。
「白いカラス」については記事に一旦しようとしてたのですが、特別な考察がないもので
ただ単に「出雲」に現れたことが、どうも心に引っ掛かっていたのです。
未来の党、嘉田由紀子は瀬織津姫(アマテラスの荒御魂)の化身。そこに国常立が動いている
純白のカラス出現 突然変異か 島根 (11.19)
「瀬織津姫 wiki」
瀬織津姫(せおりつひめ)は、大祓詞に登場する登場する神である
◎ 概要
祓戸四神の一柱で災厄抜除の女神である。神名の名義は川の早瀬の穢れを清めるとある。
祓神や水神として知られるが、瀧の神・河の神でもある。その証拠に瀬織津姫を祭る神社は
川や滝の近くにあることが多い。
◎ 関連する神
瀬織津姫は天照大神と浅からぬ関係がある。天照大神の荒御魂とされることもある。
兵庫県西宮市、西宮の地名由来の大社である廣田神社は天照大神荒御魂を主祭神と
しているが、戦前の由緒書きには、瀬織津姫を主祭神とすることが明確に記されていた。
また、伊勢神宮内宮の別宮の荒祭宮祭神は、瀬織津姫であることが記されている。
そして、祓神としての関連は、『倭姫命世記』では八十禍津日神の別名とされ、平田篤胤は
さらに大禍津日神・大屋毘古神とも同神としている。
その他では宇治の橋姫神社では橋姫と習合(同一視)されている。
◎ 瀬織津姫を祭神とする神社
- 佐久奈度神社(滋賀県 大津市)
- 瀬織津姫神社(金沢市)
- 多摩市の小野神社と府中市の小野神社:天下春命と共に祀られる。
- 建水分神社(大阪府千早赤阪村)
- 宇奈己呂和気神社(福島県郡山市)
- 河濯神社 (福井県坂井市)
● 御霊神社(大阪市)
(参考) 瀬織津姫神祭祀社全国分布図
上記の動画で、愛媛県大三島「大山祇神社」が出てきますが、過去記事で「大山祇神社」を
扱ったのを覚えていますか? (参考) 「シリウスの教師たちが降りてきた」
(抜粋)大山祇神(おおやまづみのかみ)は日本全国の山を管理する総責任者です。
その娘に、富士山の神の木花咲耶姫(このはなさくやひめ)神とその対の存在であり
同じ神の両面ともいわれる木花知流比売(このはなちるひめ)神、浅間山の神の岩長姫神、
稲荷神や大年神の母である神大市比売(かみおおいちひめ)神、などがおられます。
木花咲耶姫様=瀬織津姫様=卑弥呼(倭人)=かぐや姫(月人)・・・(゜◇゜)~ガーン
いよいよ大三島。十六皇子の瀬織津姫は
大山祇神社の真実 (瀬織津姫)
大山祇神社 「木花咲耶姫」と「瀬織津姫」が同一と言われる理由
大山祇神社の秘密4 「月の聖なる泉と瀬織津姫」
この「愛姫伝」というブログはすごいです。寒気しまくりです。
愛媛の「媛」という漢字は他にあまり使われませんが、ホントは「愛姫県」なんじゃない?
愛媛県在住の方は、このブログは必見ですよ。まじ、すごい。
嘉田滋賀県知事ですが、みなさん、以下の文を読んで寒気しないでくださいね。
(転載開始)
今日は、瀬織津姫の古代の姿、「月の女神」としての御神徳と、大三島の繋がりの話です。
昨日は、コノハナサクヤ姫、そして磐長姫と、瀬織津姫の関係のお話でした。
この二柱の姫もまた、瀬織津姫の「分御魂」の姿でした。
大山積神は、古事記、そして、新たに書きかえらた日本書記の中で、多くの子供をつくり、
そして、さらにその子供からまた子供をつくりました。その子供、孫、ひ孫・・・。
その中に、現在、多くの人が瀬織津姫の変えられた姿と言っている神々がいることが
わかってきました。それは、瀬織津姫の分御魂、瀬織津姫のさまざまの姿の一部分だけを、
神格化した姿だったのです。そして「元」全ての原点ともいえる瀬織津姫そのものの、
御魂は。。。「大山積神」 なのです。
あの、大島宗方沖「津島」に祀られた「瀬織津姫」の名前の所に、記された記号
「∴」 大山積神 ∴ 瀬織津姫
これは、やはり大山積神と瀬織津姫は、同じ神だということを言いたかったのだと
思うのです。ある文書では、コノハナサクヤ姫の親「大山積神」を女神として書いて
いました。それも、本来の姿が、瀬織津姫だということを訴えたかったのかもしれません。
沢山の姿を持つ、瀬織津姫。
その中でも、最近、私が特に注目している姿「月の女神」としての姿です。
古代、人々、太陽と月に神の姿を見、信仰していました。それは、縄文時代から続いて
いる姿です。縄文時代の土器には「太陽の神」「月の神」が多く描かれています。
太陽は「男神」月は「女神」に現されていました。それは、後のニギハヤヒと瀬織津姫の姿
に重なります。一般的に言われる、「水の女神」としての瀬織津姫の姿の、原点はもしか
したら 「月の女神」 だったのかもしれないと最近思い始めています。
そして現在の神徳である「祓神」あの大祓詞にでてくる、姫の姿も、原点は「月」から
きている。
それが、なぜかと言いますと。。。。
瀬織津姫が初めて、祓戸大神として現されたのが、天智天皇669年、
滋賀県に建立された佐久奈度(さくなど)神社です。
中臣朝臣金連が、この地に社殿を造り、祓戸大神四柱「瀬織津姫命・速秋津姫命・
気吹戸主命・速佐須良姫命」を奉祀したのが始まりと言われます。
この時、「大祓祝詞」がつくられたといいます。
罪や穢れを祓い、海へと流す御神徳の女神としての瀬織津姫の姿が世に現れた時です。
天智天皇は、この2年後、突然の死を迎えます。
天智天皇については、また、ある場所を訪れてからお話したいと思いますが、
もうこの時既に、新しい勢力側は、ちゃくちゃくと準備を進めていました。
この大祓祝詞は、一説によると「元」となる祝詞のようなものがあったと言われます。
ですから、瀬織津姫の本来の姿も、これに近いものがあったとも言われますが、
その意味は全く違っていたと私は思っています。瀬織津姫は、罪や、穢れを祓う女神では
なく、「再生、復活、黄泉がえり」。エジプト文明でのピラミッドや、始皇帝が探し求めて、
蓬莱山のように、古代の人々がずっと信じ続けていた、「復活」です。
そして、それは「月」にあると思っていたのではないでしょうか。
日本は、今も昔も、多くの文明、さまざまな文化、そして宗教も、よいと思うものは抵抗なく
混合して考えることのできる民族だったのではないかと思うのです。
ですが、その時代によって、その内容は変化していったのではないかと思います。
そして、ある時代、それはたぶん、縄文時代に始まった「太陽と月」の信仰。
(以下はブログの方でご覧下さい)
最近、みなさんの声で「太陽と月の位置がおかしい・・」「昨晩の月の欠け方がおかしい・・」
などのお話がありましたが、やっぱり「瀬織津姫さま」に関係してるんじゃないでしょうか。
瀬織津姫様関係の記事はこれだけに終わらず・・。なぜか良い意味でビビッております。
(かぐや姫に関する過去記事)
「かぐや姫と月の謎」
「宇宙船天空に満つる日(札幌にて)」
「謎の巨大物体とかぐや姫伝説」