民族や国籍ってなんだろう。問い続けた映画監督、キム・スンヨンの思い
こんにちは。TRiPORTライターの赤崎です。
日本人の多くは日本で生まれ育ち、日本で一生を終えます。しかし、もし自分が日本人でありながら、別の国で生まれ、大人になり、その国の言葉しか話せないならば、あなたは自分の事を「どこの国の人」だと認識するでしょうか? また、他の人はあなたを「どこの国の人」だと思うでしょうか?
そんな葛藤を抱きながら、作品作りをしている在日韓国人三世の映画監督、キム・スンヨンさんにお話を伺いました。
自分が韓国人である事に向き合えなかった
── 最初にキムさんの簡単なプロフィールをお願いします。
1968年生まれ、滋賀県出身の在日コリアンのドキュメンタリー映画監督です。でも、コリアンと言っても日本で生まれ育ちましたので、韓国語はほとんど知らないんですよ。民族性を大切にしなさいと言われるのがとても重荷で、それに反発するように韓国語も勉強しなかったんですね。
だけど旅番組が好きで、外国に憧れて、大人になってバックパッカーとしていろいろな国を周るうち、どんどん世界が広がっていって、日本人と外国人の隔たりが無くなっていくのを感じました。今まで反抗していただけで、自分が在日韓国人であるということに向き合えないで生きて来たことに気づきました。
そんな時に世界一周に出たんですけども、途中チベット問題と出会って、歴史の教科書に載っている過去の問題じゃないってことがよく分かった。僕と同じ年齢のチベット人が拷問被害にも遭っていた。この事実を日本人の人たちにも知ってもらいたいと思って、持っていたビデオで撮影をし始めたんです。
そしたら、撮影している途中でダライラマが出演してくれて、同行取材を許してくれたんですね。帰国してから一本の映画をつくり、そこから僕は映画作家になったんです。
── じゃあ、もともと映画監督を志していた訳ではなかったんですか?
それまでは鍼灸接骨師でした。全然違うでしょ?(笑) 鍼灸接骨の学校にいながら、毎年春になったら2ヶ月間バックパッカーとして旅をしていました。
ただ学校の卒業時期が近くなってきたら、働きだしたらもう旅に行けないかもしれない、と思って最後の我儘じゃないけど「中国、上海の中医薬大学の鍼灸科に2年間留学する」と言って親を騙して、200万円貰って世界一周に出たんです。
── バレちゃいますよね?(笑)
そう。でも一生に1回のことですし、今までずっといい子ちゃんだったから1回ぐらい許して、と思っていました。けれど、世界一周旅行のつもりが、西がインドまで行って帰って来ちゃいました。更に西へ行くつもりだったけれど、そうすると映画が完成しない、映画を広めることが出来ないかもしれない、日本に帰って伝えなければいけない、という正義感で、結局二年三ヶ月間の旅行になりました。
人権侵害を目の当たりにしたチベット
── 一番最初にチベットの実情を目の当たりにした時に、見る人にどう受け取ってほしいとお考えでしたか。
チベット人が人権侵害に遭っているということを伝えたいって言う一心でしたね。そのためにいろいろ考えた結果、一人旅を通じて見えてくる、チベットの"声"と"民族性"を紹介するドキュメンタリーロードムービーにしました。それが『チベットチベット』(2008年再編集作品)です。
── 日本にいたらあまり身近に考える人は少ないと思います。
そうですよね。チベット人の人権について伝えたいと思って一人ひとり、証言する様子をビデオに撮るんですが、そういうインタビュー集を見ただけでは心に響かないと思うんですよ。「すごいこと言ってるな」と思うけど、見終わった後に「遠い世界の遠い国で起こっている、自分と関わりのない話だ」で終わってしまう。
だから『チベットチベット』の映画に、今、人権侵害が行なわれている場所まで見ている人を乗せて連れて行く必要があったんですよ。だから韓国やモンゴルのシーンもあるし、僕がひとりでバックパッカーの旅をしているシーンもあって、香港の返還の日のことも撮っています。僕の目線のままを撮れば、観ている人たちが近くで起こっていることだと感じられると思いました。
香港の返還の日は、あの瞬間から、香港人は中国人に変わった訳ですから「一体国籍って、民族って何なんだろう」という思いが強まりました。日本に生まれ育った韓国人は韓国人と言えるのだろうか? 日本名を名乗って、自分が韓国人であることを隠しながら生きているくせに、韓国人としての誇りを持って生きることは可能なんだろうか?と思っていました。
出来ることなら、こんな生い立ちも国籍云々も捨ててしまいたいって思ったこともあったけれど、でも果たして本当に、何にも無しにしてしまう生き方がいいのか分からなくて、その答えをチベットに求めて行きました。
「在日韓国人」という微妙な立ち位置にどれほどの存在意義が有るのか
── 答えは見つかりましたか?
見つかりましたよ。今では、なんの迷いも無く生きられています。
── どうふっきれたのでしょうか?
国籍を日本に戻そうと思っています。戻すというか、最初から日本なんだけど、韓国人をやめて、日本人になろうって思ってます。
今後日本にずっと生きて行くわけで、子どもの代になっても「おまえは在日韓国人だ」ということが悪く影響するのも嫌ですし。僕はまだ三世だったから、二世の人たちその影響とかを押し付けてくるんですよ。しかも国が政策で「やれ国籍がどうした」とか、外国に行く時に韓国人なんだからビザがどうだとか、煩わしい問題ばかり。
また日本と韓国だけでなくて、日本にはこれからどんどんたくさんの外国人が住むことになるでしょう。そんな中で、在日韓国人っていう微妙な立ち位置の存在に、どれほどの存在意義が有るのか分かりません。
昔は強制的に連れて来られた歴史があったから、韓国人のマイノリティがあるということを証明する意味や意義がありましたが、今後どんどんそういうのが少なくなっていく。子ども達のことも考えると韓国人って言うことを顕示、固持していく必要は無い、そう思うようになりましたね。
自分の国籍を決めることが出来たチベット高僧の言葉
そう思うようになったきっかけになった一言があるんだけど、ダライラマを撮影している時に、チベット高僧の家に泊めてもらったことがあるんですよ。ゲシェラというチベット高僧の最高指導者で、スターウォーズでいうヨーダみたいな人でした。
その人が、僕にね「お前とワシが出逢ったのも何かの縁だから、お前はワシに何の質問をしてもいいんだよ」って言ってくれたんですよ。僕は「僕は在日韓国人三世なんだけれども、日本人になってもいいのかどうか」と聞きました。
そうしたら「そんなに難しい問題じゃない。多分、この手の問題に関して、君よりも私の方が長い時間をかけて考えていると思うよ」と言ったんです。ゲシェラは全チベット人が中国人になってもいいのかどうかについて長年考えたのです。そして「そんなワシが思うには、お前は自分にとって一番都合のいい国籍を選択すればいいんだよ」と続けました。
「それは僕にとってすごく嬉しい答えだけど、お父さんお母さんに言ったら嫌がるし、お爺ちゃん、おばあちゃんは悲しむ。それでもいいんですか?」と聞いたら、「他の人たちは、お前が考えて決めたことを見てから、自分のことを考えるからほおっておけばいいんだよ」と返されました。
彼の言葉を聞いて、民族性を守らなければいけないという呪縛から解放された気がして、許されたと思いましたね。チベット問題は、自分の悩んでいた民族問題を、違った角度から見せてくれたんです。そうすると、客観性が出て、混沌から抜け出た自分の事が分かった。
今でも自分のアイデンティティに関して、民族問題の影で悩んでる人は結構多いんですよ。
── またどこかの国の人権問題や、問題を抱えてる国などへ撮りに行きたいですか?
僕はね、社会問題を追いかけるのは『チベットチベット』が最初で最後です。第一作目が運命的にチベット問題と僕自身の長年の葛藤が合致しただけだったので。
これからも、旅の楽しさを伝える作品を作り続けていきたいです。例えば病院のベッドから起き上がれない人が僕の映画を見ることにより、バックパッカーとしてその国に行ったような気持ちになれるような映画を作りたいですね。
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■旅する映像作家キム・スンヨン 公式ウェブサイト
■『チベットチベット』
■『呼ばれて行く国インド』
○ドキュメンタリー映画『フンザハート(仮題)』2015年5月完成予定。
○ドキュメンタリー映画『民族衣装の流行通信(仮題)』2015年10月完成予定。
キム・スンヨン(Kim Seung Yong):
ドキュメンタリー映画監督、バックパッカー
1968年生、滋賀県出身の在日コリアン三世。韓国語は話せない。バックパッカーの経験から海外を扱ったドキュメンタリーを多く制作。BNN新社刊の映像作家年鑑『映像作家100人2008』に選出される。2011年に三軒茶屋から伊豆大島に移住してからはスローライフを満喫しながらPCで映像編集の日々。現在は、伊豆大島と東京を高速艇で行き来して上映、講演、メディアへの出演活動などをしている。
聞き手・構成:立花実咲、赤崎えいか
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