時論公論 「米韓FTAの衝撃」2011年10月13日 (木) 

出石 直  解説委員

(リード)
アメリカと韓国のFTA=自由貿易協定が、早ければ来年1月から発効する見通しになりました。両首脳とも「輸出を増やし雇用の創出につながる」とその成果を強調しています。
このFTAは、TPP=環太平洋パートナーシップ協定の交渉参加をめぐって揺れる日本の通商戦略にも少なからぬ影響を与えそうです。
今夜は予定を変更して、米韓FTAが、世界、とりわけ日本にどんな影響を与えるのか考えていきたいと思います。

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【概要】
今回のFTAは、アメリカにとっても韓国にとっても、これまでで最大規模の自由貿易協定です。
その主な内容です。工業製品のうち、95%以上の品目の関税が、今後5年以内に撤廃されます。農業製品では、コメは除外されていますが、肉や果物、乳製品などにかかる関税は、一定の期間を経てすべて撤廃されます。
オバマ大統領は、「このFTAの発効により国内で7万人の雇用が創出され、アメリカ製品の輸出が年間に110億ドル程度増える」と成果を強調しています。
一方、イ・ミョンバク大統領も「2015年には両国の貿易が50%以上増え、投資も急速に拡大するだろう」と期待を示しています。

アメリカの議会を通過したことで、今後、オバマ大統領が署名し、今月末に予定されている韓国の国会での承認が得られれば、来年1月から米韓のFTAが発効することになります。

【苦難の道のり】
しかし、アメリカと韓国のFTAが合意に至るまでには、国内での強い反対、そして紆余曲折がありました。最後まで揉めたのは、自動車と牛肉の扱いでした。
アメリカは自動車に2.5%の関税を課しています。アメリカの自動車業界は、韓国とのFTAに強く反対、逆に環境基準の緩和など非関税障壁の撤廃を要求しました。最終的には関税の撤廃は5年間猶予されることになりました。

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次に牛肉です。韓国では、BSEの影響で禁止していた骨付き牛肉の輸入の再開をめぐって大規模な抗議デモが続き、当時のブッシュ大統領の韓国訪問が一時延期される騒ぎにまで発展しました。国内産業が打撃を受けるとして今も根強い反対があります。交渉の結果、牛肉に課せられている40%の関税は、15年かけて少しずつ引き下げていくことになりましたが、輸入制限はFTAには盛り込まない、つまり継続することになり、ここではアメリカ側が一歩譲った形です。
韓国政府も、10年間で20兆ウォン、日本円で1兆円を越える農業支援策を打ち出しました。

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【両国の思惑】
いずれも国内に強い反対がありながら、両国はなぜFTAに踏み切ったのでしょうか。
アメリカのオバマ大統領は、2014年までに輸出を2倍に増やすとしています。「輸出が増えれば雇用も増える。FTAは新たな市場を開拓し、雇用の創出につながる」
オバマ政権にとってFTAは経済立て直しの切り札なのです。

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一方、韓国には、FTAで市場を開拓し輸出を拡大するという狙いがあります。

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人口が比較的少なく内需に期待できない韓国経済は、輸出に大きく依存しています。GDPに占める貿易の割合は実に88%、日本の3倍以上です。
韓国もリーマンショックの影響を受けましたが、ウォン安の追い風もあって輸出が好調、
去年は過去最高を記録し、経済成長率も6.2%と、V字回復を果たしました。

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各国とのFTAにも積極的です。2004年にチリとのFTAを発効させたのを手始めに、
ASAN、去年1月からはインド、ことし7月にはEUとのFTAもスタートさせました。
交渉中や協議中の国も含めると、ほぼ世界全域を網羅しています。

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【日本への影響】
では、米韓FTAが発効すると、日本にはどのような影響が生じるのでしょうか。

まずアメリカ市場での影響です。アメリカ向けの自動車の輸出をみてみますと、去年の実績では、韓国がおよそ50万台、日本がおよそ153万台です。しかし、東日本大震災の影響で日本車の販売は低迷、一方、韓国車は順調にシェアを伸ばしています。5年後に関税が撤廃されれば、韓国車は価格競争で優位に立つことになります。

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次に韓国市場での影響です。日本にとって韓国は、中国、アメリカに次ぐ3番目の貿易相手国、自動車部品や素材などを輸出しています。常に輸出が輸入を大幅に上回っており、
去年の貿易収支はおよそ360億ドルの黒字です。しかし、EUに次いでアメリカとのFTAが発効すれば、関税のかからないアメリカからの韓国への輸出が増え、日本は韓国市場での競争力を低下させてしまうことになります。

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関税の据え置き期間が終わってFTAが完全に実施されますと、アメリカ市場では、日本からアメリカへの輸出が6億ドル程度減るという試算もあります。韓国市場でも、アメリカから関税のかからない機械や電気製品などが入ってきて日本製品が売れなくなり、韓国への輸出もおよそ11億ドル減る見通しです。日本が受ける影響は、あわせて17億ドル、およそ1300億円に達します。

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今、大きな議論になっている日本のTPP=環太平洋パートナーシップ協定への交渉参加にも影響があるでしょう。オバマ大統領は、来月、ハワイで開かれるAPEC=アジア太平洋首脳会議で、TPP交渉を加速させる構えで、日本の交渉参加に期待を示しています。
韓国とのFTAをテコに、TPPに入らなければ日本はアメリカ市場でさらに不利になると揺さぶりをかけてくることも予想されます。

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最後に指摘しておきたいのは、日米関係への影響です。普天間基地の移設問題でぎくしゃくしている日米関係とは対照的に、アメリカと韓国はこのところ蜜月状態にあります。
今回のアメリカ議会での採決も、イ・ミョンバク大統領の国賓としての訪問に花を添えるタイミングで行われました。オバマ大統領は就任以来、これまでに5人の国賓を迎えていますが、イ・ミョンバク大統領は、インドのシン首相、中国の胡錦涛国家主席に次いでアジアでは3人目です。FTAがスタートすれば、米韓両国の結びつきは、政治、安全保障に加えて、経済面でも一層強化されることは間違いありません。
「アメリカにとって東アジアでもっとも重要なパートナーはもはや日本ではない」と、日本の地位低下を心配する声すら聞かれます。

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(まとめ)
輸出倍増で景気低迷からの脱却を目指すアメリカ。アメリカとの関係強化と貿易の拡大で
生き残りを図る韓国。ともに将来を見据えた国家戦略を立て、それを着実に実現させようとしています。では日本はどの道を進むべきなのでしょうか。来月に迫ったハワイでのAPECを前に、日本も重大な決断を迫られています。日本の国家戦略を世界に示す時です。

(出石 直 解説委員)