技術のホンダ、なぜリコール連続の異常事態?ソフト複雑化と世界同時開発体制の誤算
「技術のホンダ」が思いがけぬ品質問題の煽りを受け、本来なら過去最高益となるはずだった14年度の業績が下振れする。
同社は7月29日、連結最終利益が前期比4.5%増の6000億円になる見通しだと発表し、期初予想から50億円上方修正した。これは同社の過去最高益である08年3月期(6000億円)に届くレベルだ。それが10月28日の中間決算発表では一転、7月予想から350億円減の5650億円へ下方修正した。加えて、同年度の自動車販売計画も、世界目標を490万台から469万台へ、国内目標を103万台から93万台へ引き下げた。
一連の下方修正をもたらしたのが、主力車種のリコール問題だった。同社は10月23日、主力小型車「フィット」など約42万台をリコールすると発表し、株式市場関係者を驚かせた。驚かせたのは台数ではなく、同一車種のリコール連発だった。
例えばフィットは昨年9月6日の発売から今回で5回目、同12月20日発売の小型多目的スポーツ車「ヴェゼル」は同じく3回目という多さで、このため同社は今春以降、今期中に予定していた国内向け新型車6車種の発売凍結にも追い込まれていた。その結果、国内生産台数は8月から前年同月比を下回り、10月からは埼玉県内の2工場が減産を余儀なくされていた。
国内の販売現場では「リコール連発でホンダ車への信頼感が消え、客足が一気に遠のいた。消費増税以降ただでさえ売れ行きが悪いところへ、このパンチ。販売の見通しがまったく立たない」(東京都内のホンダ系列販売店)といった悲鳴が上がっている。同一車種のリコール連発は、創業以来技術力を売り物にしてきた同社にとっても前代未聞の異常事態といえるが、「技術のホンダ」に一体何が起こっているのか。
●膨れ上がるソフト開発工数
フィットの欠陥が明らかになったのは発売直後からであり、前出の販売店関係者は次のように振り返る。
昨年の9月中旬、北関東のホンダ系列販売店に、顧客から切迫した声の電話がかかってきた。「買ったばかりのフィットHV(ハイブリッド車)が坂道で停止したまま動かない。一刻も早くレッカーしてほしい」。それがリコール問題の発端だった。その後もフィットHVに関するクレームがホンダ系列販売店に相次ぎ、その情報交換が販売店間で盛んになった。その矢先の10月末、ホンダが国土交通省にフィットHVのリコールを届け出たことが明らかになった。ボーナス商戦たけなわの12月にホンダは再びリコールを届け出、年明けの今年2月には3回目のリコールを届け出た。原因は3回ともHV用DCT(デュアルクラッチ式自動変速機)の制御ソフト不良だった。リコールは発売直後のヴェゼルHVにも飛び火した。
ホンダHVの欠陥は昨年末には自動車業界中に知れ渡り、社外でも専門家らの原因究明が始まり、年明け早々に原因がほぼ特定されていた。ブログなどで問題提起をする関係者もいたが、その一人は次のように説明する。
DCTの制御ソフト不良は、今回のフィット/ヴェゼルHV開発で新たに採用したHVシステムの複雑さにある。同社は従来、IMAと呼ばれるHVシステムを採用していた。エンジンとモーターがクラッチに直結した単純な構造で、発進、加減速、高速走行のすべての運転で常に両方が連動して駆動する仕組みになっている。
これに対して新HVシステムはエンジンとモータを分離、IMAではできなかったモータだけの「EV走行」を可能にしているのが特徴。つまり、2つのクラッチを持つDCTにエンジンとモーターを別々に結合させ、発進時はEV走行し、加減速や高速走行時は運転状況に応じてモータ補助走行やエンジン走行を自動的に行う仕組み。それだけ構造が複雑化している。
ホンダにとって不幸だったのは、DCTの採用経験がなかったことだ。このため、DCTの制御ソフト開発は試行錯誤状態で行わざるを得ず、同関係者は「ソフト開発工数がガソリン車や既存HVの比ではなかった。フィットHVの発売時期が迫る中、評価工程を簡略化して見切り発車した節がある」と推測。その根拠として「開発現場では発売後もバグ取りに追われていた」と指摘する。
同社開発部門トップの山本芳春専務執行役員は、10月24日に安全運転支援システム「ホンダ センシング)」を発表した際の囲み取材で、記者団からリコール連発の原因を聞かれた際、「複雑な新HVシステムに対しての知見が不足していた。採用前の習熟が必要だった」と語っている。「ホンダらしい性能競争でトヨタ自動車のHVを追い越そうとした焦りが、今回の見切り発車を招いたのではないか」(同関係者)という見方も強い。
●世界同時開発の誤算
また、別の業界関係者は「12年頃からホンダが加速させている世界同時開発が、リコール連発の背景にある」と次のように説明する。
同社は従来、世界展開する新型車を開発する際は、先行発売した国内モデルをベースに、数年かけて世界各地の現地仕様モデルを順次開発していた。それを国内モデルと並行して現地仕様モデルを開発・量産する「世界同時開発」に変えた。世界規模の生産台数をはなから確保することで、部品調達コストを大幅削減するのが目的だ。そのためには従来、数年かけて順繰りに投入していた開発要員を一気に投入しなければならず、そのひずみが開発現場を疲弊させていた。
「その典型が、昨年9月発売のフィットHVだった」と同関係者は言う。現場では「未経験のDCTを採用したこともあり、フィット旧車種開発時の6倍の要員が必要だったがそれを確保できず、結局2.5倍の要員で開発を進めなければならなかった。当然、大半の技術者が徹夜続きになるなど、外部から見ていても現場の負荷は半端なものではなかった」と振り返る。その煽りで、肝心の品質管理に手が回らなかったようだ。
●品質保証体制強化への取り組み
こうした見方についてホンダ関係者は、「世界同時開発体制は、もはややめられない」と打ち明ける。激化するグローバル規模でのコスト競争で、同社が生き残るためには不可欠な体制だからだ。しかし、フィットHVの開発で露呈した品質管理の脆さを克服しなければ、グローバル競争どころではなくなる。そこで同社が10月23日に明らかにしたのが「品質保証体制強化」だった。
具体的には、同社四輪事業本部に「品質改革担当役員」を配置し、全社の品質管理体制を横断的に指揮するとともに、開発部門である本田技術研究所の副社長を兼務する。これにより、本田技術研究所での開発段階における品質管理体制を強化すると同時に、生産・カスタマーサービス部門の品質管理部署が連携して品質チェックをする体制を整える。同役員ポストには、社内で「ミスタークオリティ」とも呼ばれる専務執行役員の福尾幸一氏が11月1日付で就任した。
「技術のホンダ」の新たな挑戦が始まっている。
(文=田沢良彦/経済ジャーナリスト)