先日、香港で開催されたFSE2014という国際会議へ参加してきました。
The 22nd ACM SIGSOFT International Symposium on the Foundations of Software Engineering (FSE 2014) will be held in Hong Kong between November 16 and November 21, 2014.
参加した目的は、私たちソニックガーデンが提唱し実践している「納品のない受託開発」というビジネスモデルについて書いた論文が、FSE内で行われるInnoSWDevのワークショップにて採択されたので、そのプレゼンテーションをするためです。
今回の記事は、その国際会議に参加してきたことのレポートです。(こうした近況報告のブログ的な記事は久しぶりですね・・・)
国際学会に参加することになった経緯
2014年は「納品のない受託開発」に関する講演を沢山する機会を頂きました。その講演を聞いて頂いた新谷さんという方にとても興味を持っていただいて、国際学会での発表の提案を頂いたのが、たしか2014年の春頃だったと思います。新谷さんが、前述のFSEで行われるワークショップのプログラム委員の一員だったのです。
とはいえ、特別に招待して頂く訳ではなく、きちんと論文を提出して採択されないといけません。もちろん国際学会なので、英語での論文になります。これは、さすがに躊躇しました。
「納品のない受託開発」というビジネスモデルについては非常に手応えもあり、ビジネスとしてもお客様に喜んで頂き、取り組むエンジニアも幸せそうに働いているので、ひとまず成功かと思いますが、あくまで日本のマーケットの話です。私自身は、日本のIT市場が抱える課題については詳しいつもりですが、国外での状況については不勉強で知りません。
なので、「納品のない受託開発」を論文として提示したところで、どういった反応が得られるのか、まったくの未知数でした。よくシステム開発やSIerの問題は日本独自の商習慣だと言われることが多いので、そもそも課題感の共有ができるのか不安でした。しかも、英語での発表なんて、ちょうど10年前にソルトレイクで開催された”Agile2004″でやって以来のことです。なんとちょうど10年ぶり!
会社を超えたプロジェクトチーム発足
そこで、私一人では厳しそうだということで、仲間を集めてプロジェクトチームを組むことにしました。
一人目は、北九州市立大学で教鞭をとっている山崎進先生でした。国際学会という場のしきたりなど、まったく勘所がわからないため、その経験を持つ方で、かつ「納品のない受託開発」についての造詣も深い方、というと、山崎さんしか思いつきませんでした。直接お会いしてお願いしたところ快諾して頂きました。
二人目は、「メソッド屋」として活動されている牛尾剛さんです。ITエンジニアやコンサルタントとして活躍しながらも、書籍「ITエンジニアのゼロから始める英語勉強法」やITProでの英語の連載記事を持つなど、英語にも強い方です。しかも、ちょうどその頃「納品のない受託開発」のプロセスをメソッド化するための仕事をしてもらっていました。そこで、牛尾さんにもお願いをすることにしました。
私を入れた3人でプロジェクトを開始しました。論文が採択されれば、香港にいって発表が待っています。香港には学会に参加するのはもちろんですが、家族も連れて行き香港の美味しいものが食べれたら良いね、と話し合っていて、私たちの掛け声は「論文を書いて香港に遊びに行こう!」でした。
日本語から英語論文に翻訳する難しさ
しかし、論文自体の作成はなかなか困難を極めました。最初から英語で作るべきか、日本語を翻訳するべきか、の議論に始まり、章構成や話のポイントなど、とても難しい判断が多かったのです。
結局どうなったかといえば、山崎さんが章構成を考えて、そこに私が日本語の文章を埋めていき、それを英語に直していくというスタイルをとりました。私の日本語での文章について、自分ではそれなりに論理的に書いているつもりでしたが、英語にするとなると、論理的ではないようで、そこが特に大変でした。
そこで、さらに助っ人を呼ぶことにしました。書籍「アジャイルな見積りと計画づくり」の翻訳でも活躍された安井力さんです。論文作成における独特の翻訳作業を主に手伝って頂きました。また「納品のない受託開発」について、安井さんだけはほぼ中身を知らない状態からのスタートでしたが、逆にそれが良かったようで、初見の人の視点で翻訳作業を進めてくれました。
最終的には、一度、英語の論文に翻訳したものを、改めて、それをベースに新しい論文として書き上げることで、理解してもらいやすいものに仕上げることができました。完成した論文は以下に置いてあります。
論文の採択そしてプレゼンテーション
なんとか論文を仕上げて提出し、結果を待つこと1ヶ月ほど。採択されたとの連絡を頂くことになりました。香港行きが決定しました。少なくとも、扱うテーマとソリューションについては、論文の内容では国外でも評価されたようです。一安心です。
そして、次はプレゼンテーションが待っています。プレゼンテーションは時間としては短いものなので、その中でどうやってポイントをついて伝えていくか、しかもビジネスモデルという説明の難しいものを伝えていく課題があります。最初、私がプレゼンのあらすじを作ったのですが、時間内にいれるには難しいということで、プレゼンター役の牛尾さんが、うまく入れ替えたりしてまとめてくれました。
そして、プレゼンの当日を迎えます。当初は牛尾さんだけがプレゼンターとして話す予定でしたが、私も一緒に登壇させてもらって、質疑などに答えることになりました。私がプレゼンした訳ではないですが一緒に登壇できて、とても嬉かったです。そのプレゼンテーションの様子を山崎さんがビデオ撮影していたので、YouTubeにアップしました。逆光で見えずらいかもしれませんが、プレゼンテーションの雰囲気は伝わると思います。あわせて、プレゼン資料もアップしています。
牛尾さんも英語でブログとして公開してくれています。
A New Business Model Of Custom Software Development For Agile Development
海外の人からの反応はどうだったのか
牛尾さんの素晴らしいプレゼンテーションのおかげもあって、参加者からはたくさんのフィードバックを頂くことになりました。発表自体、少し時間を超過してしまったにもかかわらず、質問がひっきりなしに出てくるため、私たちのために多くの時間を割いてもらうことになりました。議長がそれを許可したということは、好感触だったのだと思います。
そして、興味深いのは出てきた質問の多くが、日本で講演したときと殆ど同じ質問だったということです。「顧客との信頼関係が重要なビジネスモデルだ」「ドキュメントはないのか、なくて大丈夫なのか」「社員が辞めたらどうするんだ」みたいなものですね。どれもFAQですし、聴衆はどの回答にも満足してもらえたようです。
日本語で出している書籍『「納品」をなくせばうまくいく』の紹介もしたところ、英語でも読みたいという声もあったことも嬉しかったことのひとつです。
今回の論文と発表は、日本国外の反応を小さく試してみる、ということで言えば、とても良い成果だったと思います。おそらく欧米ではまた違った反応になるかと思いますが、アジアでの国際会議で発表できたことは、私たちにとっても貴重な経験になったし、日本以外でも評価されうるという可能性を確認できました。
本当のグローバル化を目指してみよう
アジャイルなどの開発プロセスも含めて、多くのメソドロジーやテクノロジーが、欧米からのものが多く、日本のエンジニアたちはそうしたものを取り入れることには長けても、日本から発信することは多くはありません。「納品のない受託開発」は、日本独自の市場環境だからこそ出てきたビジネスモデルではありますが、だからこそ、日本発で考えかたも含めて発信していけたら、と思うきっかけになりました。
本当のグローバル化というのは、海外のスタンダードに取り込まれるのではなく、日本からのものを世界に受け入れてもらうこと、ではないでしょうか。
そのためにも、より一層に日本での実績を増やしつつ、プレゼンスを高めていき、海外からも知ってもらう機会を増やしていきたいと思います。
謝辞
今回、学会という未知の領域、英語での論文作成とプレゼンという大きな課題があり、会社を越えたプロジェクトチームを組みましたが、本当にいいチームで仕事ができて、とても感謝しています。
国際会議や学会での経験豊富な山崎さんにはその経験を活かしたプロジェクトの進行とコーディネートをして頂きました。彼がいなければ、このプロジェクトは最後までいきつくことができなかったのは間違いありません。香港での食事も美味しいお店、ナイスでした。
英語論文の作成には、安井さんの英語の語彙力、表現力に助けて頂きました。「納品のない受託開発」を知らないフラットな視点からの指摘も助かりました。安井さんがいるだけで、論文はなんとかなる、と思える安心感があるのは流石でした。
そして、国際会議では牛尾さんのエンターテイメント感溢れる英語での神がかったプレゼンテーションは本当に最高でした。あのプレゼンテーションは、牛尾さんにしかできません。1日ほかの発表も見ましたが、牛尾さんのが一番でした。
今回のチームは、バラエティに富んだメンバーで構成された最高のチームでした。論文の作成からプレゼンテーションまで、誰一人欠けても成功しなかったと思います。本当にありがとうございました。
最後に、私がこうして対外的に活動し発表できるのも、ソニックガーデンのメンバーの皆の現場での活躍があってこそです。香港にも行かせてくれて、ありがとう。
そして、香港で美味しいご飯、食べることもできました。
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