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遅咲き冒険者(エクスプローラー) 作者:安登 恵一

第一章 冒険者の憂鬱

第一話 去る者と残る者

 初めは英雄に憧れていた。

 女神の祝福を受け、聖剣を手に世界を滅ぼそうとする魔王を倒す。

 ――しかし今の世界に魔王はいない。

 次に憧れたのが竜騎士。

 最強の黄金竜と契約し、大空を自由に駆ける。

 ――しかし竜と人が共存した竜王国は既に滅んでいる。

 更に憧れたのが大魔導師。

 世界にあるすべての魔法をその手に収め、世界を一瞬で移動し、一撃で山を消し飛ばす。

 ――しかしそのような魔法は失われて久しい。

 ならばその次はと色々想いを巡らせて最終的に妥協したのが冒険者だった。

 最強の冒険者になり、様々な魔物を倒し、様々な人を助ける。そんな夢を描いていた。

 ――しかし夢は夢であった。



 俺の名前はイグニス。冒険者になってはや10年。もはやベテランと言っても差し支えないだろう。冒険者の半数は最初の3年で魔物にやられたり、怪我をして引退せざるを得なくなってしまうくらい過酷な職業だ。ランクが上位になればなるほど依頼の危険度が増し、命がけになってくる。

 10年も冒険者やってりゃさぞかし高ランクだと思うかもしれない。しかし、残念ながら俺のランクはレベル3。名前の通り下から数えて3番目だ。だがそこまで低いというわけでもない。冒険者の大半がレベル3以下である。それ以上はどうすればなれるかって? それは――才能だ。

 俺には冒険者としての資質がなかった。10年鍛えているのだから流石にそこらの一般人には負けることはないが、格上の相手には手も足も出ない。

 目の前にある麦酒を煽った。最近酒が入ると嫌に感傷的になってしまう気がする。

 酒場の名前は【酒豪の鼾亭】そこそこの広さで冒険者達の馴染みの店だ。若い冒険者達は先の予定話に花を咲かせ、金回りのいいベテラン勢は看板娘にちょっかいを掛けている。この酒場の中で陰気な雰囲気を振りまいているのは俺くらいなものだ。

「おう、またせたな」

 視界を遮るように一人の巨漢が現れた。二メートルをゆうに超える毛むくじゃらの人物。獣と人間を合わせたようなその姿は獣人族と呼ばれている。

「遅えぞ、バルドル。しかしこうして顔を合わせるのも久々だな」

 今日はこの熊の獣人のバルドルに呼び出された。それなりに一緒に組んで依頼をこなしたりする仲間で、冒険者を12年もやってる俺と同じベテランだ。しかしまあ、冒険者の待ち合わせなんて適当である。どうせ集まるのは酒場で酒が入る。ならば先に呑んでいてもなんの問題もない。

「そうだな。相変わらず辛気臭い顔を振りまきやがって。そんなんだから女が寄ってこねぇんだよ」

 バルトルは向かいに断りもなく座ると、通りかかった店員に酒とつまみを注文する。麦酒の大ジョッキに加えて燻製肉のサンドイッチと仔ウサギの香草焼きにシダ芋の煮っころがし。つまみと言うよりは食事と言った量を食べるのはいつもの事だった。

「人のこと言えた義理かよ」

「まあ女なんて腐るほど居るわな。ここにも手頃なのが、ほれ」

 注文の酒を運んできた看板娘がこっちを睨んだ気がしたが、俺の責任ではないので気にしないでおく。

「そういや、お前と最後に組んだの何時だっけか」

「確か半年くらい前のオークの大量発生の時じゃないか?」

「あーあん時か。あん時は豚肉が腐るほど手に入って打ち上げは豚肉パーティだったな」

「あの時はもう一生豚肉食いたくないって思ったな」

 最初は普通に食べていたのだが、そのうち何故か大食い大会が始まって暴走したっけか。今となれば良い思い出と言えなくもない。

「なんだかんだでお前との腐れ縁も10年か」

「なんだ、急にしんみりしやがって」

「まあ聞けよ。俺はお前と組めてよかったって思ってるぜ。どっちかって言うと俺は大雑把な性格だからな、慎重なお前と組んで丁度いい塩梅だ」

「俺もお前には冒険者になった頃、色々教えてもらったしな。お陰で金のかかる女遊びも覚えちまったが」

「そこは素直にありがたがっておけよ! 早めに卒業しておけば余裕持てるだろ」

「へいへい、感謝してますよ。バルドル先輩」

「久々にその呼ばれ方を聞いたがやはり鳥肌が立つな」

「どう見ても熊肌だけどな」

「あーまったく! お前と話してると話が進まねぇよ!」

 バルドルは酒を一気に煽ると、テーブルに叩きつけた。

「そういや伝言には話したいことがあるって言ってたな」

「……ああ」

 ややあって肯定。どうやら言いにくい話題らしい。

「おいおい、俺はともかくオマエがしんみりするとからしくないじゃないか。調子狂うだろ」

 俺は軽口を叩いて促す。

「それもそうだな」

 バルドルは俺の言葉を噛みしめるようにゆっくりと頷く。

「俺もいい歳だからな……そろそろ冒険者を引退しようと思ってな」

「……そうか」

 なんとなく予想は出来ていた言葉だった。バルドルの気持ちは十分に分かる。

 己の限界を知り、それでも冒険者を続けてきたのはひとえに金回りがいいからだ。

 街中で雑用したりするくらいなら魔物と戦ったほうが何倍も稼げる。それが最低級の魔物でも、だ。

 冒険者は経費がかかるものである。宿泊費に食費、装備代にその手入れに加え、いざと言う時の薬代や野宿用品代。しかしそれを踏まえても一般の人間より数倍は稼げる。

 ある程度金を溜めて引退をする。これが普通の冒険者だ。上を目指せなければ大体10年くらいで引退していく奴が多い。つまり、俺の頭にもチラつく悩みでもある。

「そろそろいい時期だしな」

「ああ、まとまった金も入ったし、集落に戻って腰を落ち着けるのもいいんじゃねーかなと思ってな」

「お前は死ぬまで冒険者やってると思ってたけどな」

 軽く笑いながらバルドルに向けて言った。

「俺も最初はそのつもりだったけどな。流石に何も成長の実感が無いとどうしてもな」

 バルドルも俺と同じでレベル3で成長限界に達していた。

「俺も思うよ。そろそろかってな」

「ほとんどの冒険者がいつか通る道だ。取り敢えず飲もうぜ。お前と呑み合うのも久々だ」

 バルドルは麦酒の入った木のジョッキを掲げる。それに合わせて俺も掲げた。

 その日は珍しく、限界を超えて呑んでしまった。

 明日はきっと二日酔いだろう。
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