松尾匡のページ14年11月24日 新著お知らせ+総選挙は無からの資金で福祉充実を訴える最後のチャンスかも
またずいぶんエッセー更新空けてしまいました。もう二ヶ月半ぐらいぶりになりました。すみません。
また言い訳しますと、大きいことでは、本二つの終盤の追い込みと、毎月のシノドスさんの連載に加えて、久留米の自宅で同居していた妻の父が死去したため、いつもにまして多忙だったのです。経済理論学会のコメンテーターの仕事もありましたし。シノドスさんの10月用の原稿も大幅に遅れまして、掲載は11月13日になりました。すみません。
連載『リスク・責任・決定、そして自由!』:ふたつの人間関係原理の幸せな「総合」──旧リベラル派の「社会契約」という「ゴマカシ」
次回は12月下旬の予定です。11月下旬ではあまりにタイトできついのでご容赦下さい。
さて、最終原稿出してからが、いろいろ起こる中を縫って校正等々「激動」だったPHPさんの新書ですが、やっと出ました。
ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼──巨人たちは経済政策の混迷を解く鍵をすでに知っていた
PHP研究所
2014年11月14日
880円+税
ISBN 978-4-569-82137-5
ホンヤクラブ amazon honto ヤフー 楽天ブックス
以前からの読者のかたはご存知の通り、現在ウェブ雑誌のシノドスさんで、原則として(←すみません)毎月連載している論考の第1回から第8回までを、修正してまとめたものです。シノドスの金子昂さんが非常に的確な書評記事を書いて下さっています。
今週のオススメ本 / シノドス編集部
最初PHPさんから企画のお話があったのですが、何かと忙しいので、いつ書いてもいいということになったらいつまでたっても書かなくなるのが目に見えていると思いました。そこで私の方から、いやでも毎月継続して書き続けるために、出版が決まっていて印税が出るから原稿料要らないのでということで、シノドスさんに持ち込んで連載が実現したものです。
そういうわけですから、万一売れなくて続編が出なくなったら、続きの部分の連載はタダ働きになってしまうかも!──どうかご入手まだの人はよろしくお買い上げ下さい。
タイトルは通例通り出版社さんがつけて下さったものです。私はキーワードは「リスク・決定・責任」だと思うので、どこかに入れてほしかったのですが、副題にも入れてもらえず、結局「帯」に入れてもらえました。最初もっと違う案を提示いただいたのですけど、だいぶ違うかなと言ったら、担当編集者が販売サイドと協議して今のタイトルを考えて下さったのです。何人かの人から「いい題名」と言われるし、出版後一週間もしないうちに重刷が決定しましたので、やっぱりこれでよかったのでしょう。
経済学史の本みたいな印象を受けるかもしれませんが、この本は経済学史の本ではありません。出てくるのもケインズとハイエクだけではなくて、もっとたくさんの経済理論が検討されている中の二つというだけです。あるべき経済政策体系の枠組みを探る本ですので誤解のないようにお願いします。
以前、講談社新書で出した『新しい左翼入門』のときは、編集サイドも私も「左翼」なんかつけたら売れないだろと言って抵抗したのですけど、販売サイドが強硬に「左翼」と入れさせろと主張してあのタイトルになったのですが、やっぱり売れ行き好調でたちまち重刷になって、「販売のプロ恐るべし!」と舌を巻いたものです。
うーむ今回も「恐るべし」だな。
まあしかし、煽りをいろいろつけて下さってしてちょっと恥ずかしいのですけど...。
それはいいのですが、「内容紹介」として「世界の経済史を紐解き、リスクを負わない政府・国家がいかに破綻への道を歩んだのかを検証」という出版社さんの文章があちこちのサイトに出ていますけど、これは誤解を生みやすいのでご注意下さい。この本は経済史の本ではないので、産業革命とか三角貿易とかの説明が出てくるわけではありません。もっぱら70年代以降の話が主で、しかもあまり史実問題に深入りしているものではありません。
また、この文章から「政府はリスクを負うべきだ」というのがこの本の主張だと受け取られましたら、それは全くの誤解です。この本の主張は全く逆で、「政府はリスクのあることに手を出すべきではない」というものですので、どうか誤解のないようにお願いします。
それから、「公共事業や福祉のバラマキは巨額の財政赤字を生み出し、」という紹介文も出して下さっていますが、私自身は福祉は「バラマキ」と思っていませんので、このへんも誤解のないようにお願いします。
このへん一度変えて下さるようにちょっと伝えてはあるのですが、なかなか変わらないところを見ると、だいぶ時間がかかるみたいなので、これからご書評下さる方がいらっしゃいましたら、このへんのところも誤解のないようご紹介いただけましたら幸いです。
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さて、なんとか一息ついて日常に戻りつつあるのですが、学部生のゼミナール大会と修論の最終報告会が間近に迫り、本務の方が忙しい時期になっています……というか、おい、もっと忙しくさせてくれよ。相談に来ない人、大丈夫なのか。来て下さいよ〜。
あっ、そういえばゼミナール大会の論文の査読今日が締め切りだったのに、週末持ち帰るのを忘れていたのでまだ読んでいない。どうしよう。
そんな中、田中秀臣さんから11月も二回目の週末に入って突然メールが入り、21日にトークイベントをするから出演せよ、交通費出さないけど……という依頼があったのです。いきなりで、なんと虫のよい…しかし!
出版したばかりで、拙著の宣伝の機会になることを見越されている……。
しかも共演者に美人金融アナリストの三井智映子さんを持ち出してきている……。
…負けた!
というわけで、11月21日午後7時から荻窪ベルベットサンで行われたトークライブイベントに行ってまいりました。
トークイベント「消費税問題とこれからの日本経済ー左派・リベラル派の経済政策を考える」(松尾匡、田中秀臣、三井智映子)
三井さんのブログの報告エントリー
お忙しい中、会場一杯に集まって下さったみなさんに深く感謝します。持ち込みの本を当日お買い上げ下さいましたみなさんはじめ、新著お買い上げ下さいましたみなさん、ありがとうございます。PHPの大岩さんは販売作業をして下さいましてありがとうございます。田中さんも三井さんも宣伝等いろいろありがとうございました。
当日はだいたいは田中さんのネタ話に三井さんが突っ込むペースで進んでいったのですが、三井さんは聡明で、画像で見るよりお美しくて、大変楽しかったです。三井さんが田中さんの額にサインを書きたいとおっしゃったあとの、「私ドSですので」との発言が琴線に響き、思わず「僕と相性ぴったりですね」と言いそうになったけど言えなかったヘタレな私。その点では田中さんよりはずっと相性合うだろうことは衆目の一致するところだと確信してやまない。
さて、トークイベントでは最後の方で私は、あらかた以下のような内容のことを訴えました。多少捕捉を加えて説明します。
安倍総理の最終目的は、改憲を成し遂げ、戦後民主主義体制に替わる新体制を樹立した指導者として歴史に名を残すことだと思います。そのためには、公明党に依存しない自民単独3分の2議席が両院で必要です。集団自衛権も今のままでは使いにくいので、公明党抜きの絶対安定多数は欲しいところだろうと思います。
そのための天王山が、2016年7月の参議院選挙だと思います。これを同日選挙にして、衆参両院の3分の2を制覇することが大目標になっているものと思われます。
そのためには、2016年7月ごろに景気の絶好調になるようにもっていかなければなりません。
ところが、消費税引き上げの当初予定によれば、2015年10月に10%に引上げることになっていました。この場合、今回の4月の8%の例からもわかるように、引き上げの悪影響による景気後退が一番深刻なときに選挙にぶつかることになります。
したがって、当初予定通りの消費税再引き上げは、最初からあり得ないスケジュールだったと言えます。再引き上げは予定される同日選挙よりあとに延期するのが正解ということになります。
実際、消費税再引き上げは2017年4月に延期されましたが、これは、東京オリンピックの特需がそろそろ始まってくる時期だと思われ、その分実害がマイルドになることが期待されます。また、再引き上げをこの時期にもってくると、天王山の2016年7月頃は9ヶ月前なので、大型の設備投資や住宅建設の駆け込み需要が発生しはじめて景気を引っ張ると見られ、安倍さんの選挙にとっては好都合です。
さて、そうすると、2014年終盤のこの時期に、再引き上げを延期する決定を必ずしなければならない運びになります。しかしそこで立ちふさがるのが、強大な財務省と自民党内の増税派です。
だからまず、引き上げ延期の口実が必要です。
4月の消費税引上げの悪影響は、すでに当初からいくつかの数字で確信でき、夏にはデータ上はっきりと見て取ることができるようになりました。それは、前回のエッセーでもご紹介したとおりです。そこでも私は、こんなはっきりしたデータが出ているのに政府も日銀ももたもたして悠長に見えると述べました。
今から思うと、これは、わざと手をこまねいていたのですね!
再引き上げ延期の口実のために、安倍さんは「悪い数字」を必要としたわけです。だから、景気拡大がもたつき出したのを見てもわざと手を打たなかったと解釈できます。
そしてさらに、それでも延期に抵抗する勢力があるだろうから、解散で黙らせると!
とはいえ、先日のGDP成長率マイナス1.6%という数字は、さすがに安倍さん側の予想を超えた悪化だったんじゃないですかね。
もしこれが、悪い数字は悪い数字でも、プラス零点何パーセントとかそういうのだったら、安倍さん側の作戦は完璧だったと言えます。延期反対派もそう簡単には引き下がらなかっただろうし、解散にも説得力が出ます。「アベノミクス」と消費税増税の影響をいっしょくたにした批判もそれほど受け入れられなかったでしょう。
いろいろなスケジュール上、解散作戦はGDP統計の発表の前に始動しなければならなかったのでしょうけど、この点は多少の誤算だっただろうと思います。
日銀は10月31日になってやっと追加緩和を決めましたが、うがった見方をすれば、これも安倍さんのスケジュールの一環ではなかったかと疑っています。
すなわち、15年4月に統一地方選挙がありますが、これを念頭においているのではないかと。金融緩和は約半年のラグをおいて実体経済に効きはじめますので、先日の追加緩和の場合、ちょうど統一地方選挙のころがその時期にあたります。
「悪い数字」を得るために、わざと手をこまねくにしても、統一地方選挙のときには多少景気が持ち直して選挙に悪影響が出ないようにしたい。そのためにギリギリひっぱって手を打つタイミングが先日の10月31日だったというわけでしょう。
以上の推測を図にまとめると次のようになります。
さてそうすると、安倍さんは「ラージT」(目標時点)から後ろ向きに計画を解いて、合理的に最適戦略を導いていて、今のところほぼ思い通りにそれが進んでいると言うことができます。それに対して民主党さんも共産党さんも、左派、リベラル派の野党は、いつも後手、後手で翻弄されて、安倍さんの手のうちの場当たり的な対応に終始してきたと言わざるを得ません。
では、左派、リベラル派の野党はどうすればいいのか。
安倍さんは、景気対策として、2〜3兆円規模の追加財政支出を計画しているようですが、こんなものでは足りません。
野党はまずもって、これを「全然足りない」と声高に批判して、高齢者福祉や貧困対策や子育て支援や教育、医療等々に、10兆円、20兆円規模の財政支出をつぎ込んで景気を拡大させると派手に打ち上げるべきです。これしか勝てる道はありません。
もちろん「財源は?」と問われます。当然、金融緩和で日銀が無から作り出すと答えればいいのです。安倍さんは事実上そうやって公共事業の財源を作り出してきたのです。
今度の総選挙は、こんなことを訴えることができる最後のチャンスになるかもしれません。
遠からぬ将来、少子高齢化下で労働人口が低下して、慢性的な人手不足時代がやってきます。高齢者福祉ニーズはじめとする需要は増えるのに、人手が足りないのですから、慢性的にインフレ傾向が続く時代です。これは必ずやってきます。そんな時代になったら、無から資金を作って福祉の財源にするなどとんでもない話です。それこそ「ハイパーインフレ」話も笑い話ではなくなります。
いいでしょうか。需要も供給も相乗的に成長する成長時代と、労働人口が漸減する供給制約のせいで需要をまかなうことができないインフレ時代との間には、成長期に築いた供給能力がいっぱいあるのに需要が停滞してしまう移行の時代があります。
これは、ほうっておけばデフレ不況の時代となりますが、見方によればこれは、神から与えられたチャンスの時代だと言えます。「人口ボーナス」と言う言葉がありますが、それにならって言えば「供給力過剰ボーナス」の時代です。
すなわち、無からおカネを作って財源にして財政支出でばらまいても、悪性のインフレにならずに景気が好くなるだけという、夢のような時代なのです。
これは、将来の人手不足の高齢化時代に備えて、今のうちに高度福祉国家のインフラを築いておけよと、神様が与えてくれたチャンスと言えると思うのです。
ところが日本はこの貴重な夢のような20年を、デフレ不況を放置して無駄に過ごしてしまったのです。死ななくてもいい人を無駄に自殺させ、多くの家庭を壊し、多くの人の暮らしを破滅させて過ごしてしまったのです。
この本来ラッキーだったはずの時代はもうそろそろ終わりかけています。終わりかけになって、安倍さんに公共事業のために使わせているのです。
今度の総選挙を逃して次の選挙になったら、もうずいぶん景気はよくなってしまっていそうです。東京オリンピックの頃には、本格的にインフレ時代にビッグプッシュされるかもしれません。そう考えると、今度の総選挙が、無から作った資金で福祉の充実を訴えることができる最後のチャンスかもしれないわけです。
本当に、どうかこんな主張を公約に掲げて闘ってほしいところなのですが、もし駄目ならば、せめて敵の手のうちに乗って経済について妙なことを言うのはやめて、右傾化批判とか集団的自衛権批判に専念して選挙戦をやってほしいものだと思います。ビルがドカーンとテロられているポスターとか自衛隊員が砂漠で死んでいるポスターとか作って。
そもそも批判する側までもが「アベノミクス」とか言うのはやめてくれと。全然方向性が違うものをひとまとめにしているのに、そんな言い方をすると、第三の矢(規制緩和など)なんか景気回復の足引っ張ることしかしてないのに、いざ将来景気が好くなったら、第三の矢まで含めて「成果」ということにされてしまう。そしてこれで景気が好くなって「アベノミクス景気」なんてマスコミから名付けられた日には、バリバリ安倍さんの手柄というイメージで2016年7月の天王山を迎えることになってしまう。イヤだいたい、将来授業で「アベノミクス景気」なんて用語を教えたくないぞ。入試問題で「2017年秋まで続いたこの好景気を何と言うか」とか出て「アベノミクス景気」とか答えてあっても丸つけたくないぞ。──なんてことをトークで言っていたのでした。
総選挙に間に合う可能性はあまりないのですが、左派、リベラル派の野党の経済政策になんとか影響を与えたいとお感じになった読者は、どうかこのページを拡散して下さい。
え? 本の宣伝狙いだろって?──チっバレたか。
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