2‐1‐7
アカギが自宅マンションへ再び帰る頃には、すっかり日も落ちて晩春の冷たい風が彼の足取りを早くしていた。
部屋のドアを開けると、姉ヒロセの脱ぎ散らかした靴があった。帰宅済みのヒロセは、今日も缶チューハイ数缶で、立派な酔っぱらいが出来上がっていた。仕事着を脱ぎ散らかしている。
(あーあ、スーツは皺になっちゃうのに……。)
アカギがそっと服を拾い上げる。
「ただいま、ヒロセお姉ちゃん」
「んー、弟ニウムぅー」
ヒロセが女性とは思えない怪力でアカギを抱きしめてくる。つまり、プロレス技を受けている状態である。アカギは赤い顔をして、ヒロセにタップした。
(酒臭いよぉ。すでにお姉ちゃんが、おっさん化しています。)
「お姉ちゃん、苦しいってば!」
「よいではないかー、よいではないかー」
どこのエロ大王だ。アカギは生存的本能から、側に置いてあったケーキ用フォークでヒロセの額を刺した。
「あべしッ!」
「自業自得だよ!」
ヒロセは額を抑えて悶絶し、床を転がる。アカギはジト目でヒロセを見下した。これはアヤシ家の日常的会話なので、素人はマネしないでください。
ヒロセの額に絆創膏をアカギは貼り、2人はテーブルに座り直した。アヤシ家ではきちんとした話があるときはいつもこうしている。
アカギはこほんと咳払いをして話す。
「大事なお話です。ボクは今日、子役を辞めました」
「ふーん……ん、えぇーッ!」
ヒロセのリアクションタイムが遅かったのは、彼女が酔っているのもあるが、スルーしようとした事案が重大だとわかったからだ。彼女はグラスに残っていたチューハイを一気に飲み干した。
「ぷはっ、何があったんだよ。おじさんに言ってみな」
「えっと、ボクもう中学生でしょ。部活に入ったんだよ、えへへ」
アカギはニコリと愛想笑いで誤魔化した。ヒロセの目が真剣になる。大人の女性の目だ。アカギはかつてないヒロセの視線に釘付けだった。
「そうかい。基本的に弟の決定に私は反対しないぜー。ただ何部よ?」
「えと、ヒーロー部だけど。その……やっぱり笑うかな……」
「あははははッ! そいつは最高だぜッ!」
やはりヒロセの酔いは覚めていなかった。笑い上戸リミッターが外れたようだ。アカギは唇を横に結んで視線を落とした。
そこへヒロセの言葉が優しくかかる。
「ん、勘違いするなよ。私はアカギが何を目指そうと笑わない。問題はその宿命を笑ったんだ」
「えっ、宿命って何?」
ヒロセの意外な言葉に、アカギは顔をあげた。それを見てヒロセは、アカギの目を見つめ話し始めた。
「男なら一国一城の主となるこれが『城』である!」
「え、それお母さんも言ってたボクの名前の由来だよね?」
アカギは笑って流そうとした。酔っぱらいが話を盛っただけだ。しかし、ヒロセは大真面目だった。
「違う! 大事なのは『赤』だ。アカギが産まれたとき、なぜ『赤城』になったかだぜ。病院に来た私の友達、レッドが『男なら一国一城の主』と言ったんだ。だから、『赤』の『城』で、私の弟になった。貴方はヒーローになる宿命な……ぐー……」
ヒロセは唐突に酔い潰れて寝てしまった。アカギは自分の運命が、『赤城』という名前によって決まっていたことに驚いた。自分に戻るまでややあった。
そして酔い潰れたヒロセを引きずり、ベッドへ放り投げた。そして、ヒロセが散らかした服や空き缶の片付けをする。
(ボクは自分が初めて誰かわかった気がする。間違っていなかった。これが運命なんだ。胸が熱い。)
アカギはぎゅっとこぶしを握った。レッドが名付けたヒーローの名に恥じないように、アカギは生きようと決めた。
「調子に乗るんじゃねぇよ!」
学生服の上からでもキツい一撃が、アカギの腹に当たった。どんなにヒーローの名前でも、どんなに強い意志を持っても、目の前の現実から目を背けて生きてきたアカギが現状を打開する力はまだなかった。
昨日ミキを泣かせた悪人として、同級生たちが学校中に情報を広めていた。そして、面倒な悪ガキ3人組に、殴る蹴るの制裁を受けた。正義も悪もない。ここは学校だ。
彼らが去った後、アカギはボロ雑巾のように転がっていた。これで何十回目の暴力を受けただろう。アカギは自嘲めいた笑みを浮かべ呟いた。
「イメージ最悪だよ……こんなボクにヒーローの資格がありますか?」
始業のチャイムが鳴る。しかし、アカギは動きたくなかった。壁に寄りかかり、静かに目を閉じた。頬に涙が伝った。
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