食べ放題、保険、ローン… 行動経済学が解き明かす“人が知らないうちに損をしてしまう理由”
突然だが、私は損をするのが嫌いだ。なので日々、なるべく損をしないように生きているつもりである。電化製品を買うなら店頭で現物を確認した後にインターネットで最安値を検索するし、車は割引会員になっている店で給油している。ポイントカードもたくさん持っている。
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先日、夫と仕事帰りに待ち合わせて焼肉を食べに行った。テーブル席に通されてメニューを開くと、オーダー式の食べ放題メニューがある。「お肉をたくさん食べれば食べ放題のほうがお得かも?」という話になり、結局、2人で食べ放題コースを選んだ。帰宅途中、ショッピングモールに立ち寄ることに。駐車場は「1時間300円」だが、「2000円以上の会計で2時間まで無料」なので、800円の月刊誌と一緒に消耗品を1200円分購入。これで駐車料金は無料だ。
私が経験したこれらの行動は、誰でも多かれ少なかれ経験したことがあるはず。その根底にはやはり“損したくない”という思いがある。
「食べ放題」は、そもそも客が元を取れるシステムであれば店がつぶれるはずだし、駐車料金だって、無料にするために買った消耗品はもちろん後々使えるけれど、その場では財布からお金が余分に出ているだけだ。しかしそうしないと損をしてしまうような気がしていた。それはなぜか?
『その損の9割は避けられる “後悔しない選択”ができる行動経済学』(大江英樹/三笠書房)によるとその理由は、人が「得した喜び」よりも「損した苦しみ」を2倍以上強烈に感じるからなのだという。そのため人間は日常的に不合理な選択をし、結果として損をしてしまうというのだ。
著者の大江英樹氏は、日本経済新聞電子版で人気のコラム「投資賢者の心理学」を連載する行動経済学の専門家。同コラムでは主に投資初心者が陥って失敗しがちな心のワナを取り上げ、賢い投資家になる道を探っているが、本著には投資の話はほとんど出てこない。むしろ日常生活に直結する身近な例を挙げて、行動経済学の観点から“どんな選択肢を選べば損をしないか?”を、分かりやすくひも解いている。
それによると、私たちは多くの場合金額そのものの絶対値よりも、「100円を拾う喜びより、100円を落としたショックの方が大きい」という相対的な感覚で選択をしているのだという。そこには“勘定”よりも“感情”を優先しがちな人間の心理的な問題が隠されている。食べ放題について言えば、そもそも元を取ること自体が普通の人には無理なのに、心理的なワナにまんまとはまって“相手の思うツボ”になっている。
こうした“知らないうちに損をしている”ということが起こる原因は、行動経済学では“心の財布(メンタルアカウンティング)”にあると考えられているそうだ。この財布は使ったお金ごとに別々に用意されていて、トータルの残高管理がされないことで合理的でない行動が生み出されているという。
ちょっと難しい話だが、具体的に言うと「マイホームを買うために貯めていた積立定期を解約して、現金一括支払いで自動車を買う」のは勇気がいる…ということである。この場合、住宅積立定期の方が自動車ローンより金利が低いので、長い目で見れば積立を崩した方が得をするのに、なぜか一歩を踏み出せない人は多い(筆者もそうだ)。これは「住宅積立勘定」と「自動車購入勘定」という2つの財布があって、それらが連携してないために起こる損なのだ。
言うまでもなく、人生は選択と判断の連続である。今日だって「起きるか・寝過ごすか」、「朝食はパンにするか・ご飯にするか」、「会社へ行くか・休むか」…etc、何気なく小さな選択を繰り返しながら過ごしているはず。そして時には就職や結婚・マイホーム購入といった大きな選択が訪れ、そこで選択ミスをすれば人生がマイナスに進んでいくことだってあるのだ。もし心の中の財布が1つだけなら、トータルで考えた時にお得になる方を選択するはず――それに気付けるか気付けないか、その差は大きい。
他にも本著は、「“気に入らなければ返品自由”と謳うことで購入に対する心理的なハードルが下がり売り上げは伸びるが、いったん手に入れたものは手放すのが惜しくなる“保温効果”が働いて返品率は非常に低い」という通販のカラクリや、「不安になると金銭感覚がマヒして不必要な保険に入ってしまう」、「すでに損をしている時こそ判断を誤ってさらに損をする」など、心のクセによって引き起こされる選択ミスの例とその回避方法を多数解説している。中には「合コンで成功する確率を上げるためには、自分より少し条件が劣った“おとり”を参加させると良い」という経済とは関係ないような内容もあり、自分の行動に迷いが生じた時にまず読んでほしい1冊となっている。
何かを選ぶ時、私たちの心を動かすものとは何なのか? その答えがこの本の中に書かれている。誰もが持つ「損を避けたい」という感情によってかえって損をしてしまう前に、「この本を読む」という選択肢を選んでみてはいかがだろう。
文=増田美栄子
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先日、夫と仕事帰りに待ち合わせて焼肉を食べに行った。テーブル席に通されてメニューを開くと、オーダー式の食べ放題メニューがある。「お肉をたくさん食べれば食べ放題のほうがお得かも?」という話になり、結局、2人で食べ放題コースを選んだ。帰宅途中、ショッピングモールに立ち寄ることに。駐車場は「1時間300円」だが、「2000円以上の会計で2時間まで無料」なので、800円の月刊誌と一緒に消耗品を1200円分購入。これで駐車料金は無料だ。
私が経験したこれらの行動は、誰でも多かれ少なかれ経験したことがあるはず。その根底にはやはり“損したくない”という思いがある。
「食べ放題」は、そもそも客が元を取れるシステムであれば店がつぶれるはずだし、駐車料金だって、無料にするために買った消耗品はもちろん後々使えるけれど、その場では財布からお金が余分に出ているだけだ。しかしそうしないと損をしてしまうような気がしていた。それはなぜか?
『その損の9割は避けられる “後悔しない選択”ができる行動経済学』(大江英樹/三笠書房)によるとその理由は、人が「得した喜び」よりも「損した苦しみ」を2倍以上強烈に感じるからなのだという。そのため人間は日常的に不合理な選択をし、結果として損をしてしまうというのだ。
著者の大江英樹氏は、日本経済新聞電子版で人気のコラム「投資賢者の心理学」を連載する行動経済学の専門家。同コラムでは主に投資初心者が陥って失敗しがちな心のワナを取り上げ、賢い投資家になる道を探っているが、本著には投資の話はほとんど出てこない。むしろ日常生活に直結する身近な例を挙げて、行動経済学の観点から“どんな選択肢を選べば損をしないか?”を、分かりやすくひも解いている。
それによると、私たちは多くの場合金額そのものの絶対値よりも、「100円を拾う喜びより、100円を落としたショックの方が大きい」という相対的な感覚で選択をしているのだという。そこには“勘定”よりも“感情”を優先しがちな人間の心理的な問題が隠されている。食べ放題について言えば、そもそも元を取ること自体が普通の人には無理なのに、心理的なワナにまんまとはまって“相手の思うツボ”になっている。
こうした“知らないうちに損をしている”ということが起こる原因は、行動経済学では“心の財布(メンタルアカウンティング)”にあると考えられているそうだ。この財布は使ったお金ごとに別々に用意されていて、トータルの残高管理がされないことで合理的でない行動が生み出されているという。
ちょっと難しい話だが、具体的に言うと「マイホームを買うために貯めていた積立定期を解約して、現金一括支払いで自動車を買う」のは勇気がいる…ということである。この場合、住宅積立定期の方が自動車ローンより金利が低いので、長い目で見れば積立を崩した方が得をするのに、なぜか一歩を踏み出せない人は多い(筆者もそうだ)。これは「住宅積立勘定」と「自動車購入勘定」という2つの財布があって、それらが連携してないために起こる損なのだ。
言うまでもなく、人生は選択と判断の連続である。今日だって「起きるか・寝過ごすか」、「朝食はパンにするか・ご飯にするか」、「会社へ行くか・休むか」…etc、何気なく小さな選択を繰り返しながら過ごしているはず。そして時には就職や結婚・マイホーム購入といった大きな選択が訪れ、そこで選択ミスをすれば人生がマイナスに進んでいくことだってあるのだ。もし心の中の財布が1つだけなら、トータルで考えた時にお得になる方を選択するはず――それに気付けるか気付けないか、その差は大きい。
他にも本著は、「“気に入らなければ返品自由”と謳うことで購入に対する心理的なハードルが下がり売り上げは伸びるが、いったん手に入れたものは手放すのが惜しくなる“保温効果”が働いて返品率は非常に低い」という通販のカラクリや、「不安になると金銭感覚がマヒして不必要な保険に入ってしまう」、「すでに損をしている時こそ判断を誤ってさらに損をする」など、心のクセによって引き起こされる選択ミスの例とその回避方法を多数解説している。中には「合コンで成功する確率を上げるためには、自分より少し条件が劣った“おとり”を参加させると良い」という経済とは関係ないような内容もあり、自分の行動に迷いが生じた時にまず読んでほしい1冊となっている。
何かを選ぶ時、私たちの心を動かすものとは何なのか? その答えがこの本の中に書かれている。誰もが持つ「損を避けたい」という感情によってかえって損をしてしまう前に、「この本を読む」という選択肢を選んでみてはいかがだろう。
文=増田美栄子