閉店の老舗料理店全焼 出火原因はいまだ不明 愛知・名古屋市

11/24 18:12
保存をめぐり議論になっていた、愛知・名古屋市の老舗の名店が火事で全焼した。出火原因はわかっていない。
肝心の建物は、灰になってしまった。
全焼したのは、名古屋市にある老舗料理店の建物。
2014年3月の閉店後建物の保存をめぐり、市との対立が表面化し、11月、所有者側が取り壊しに着手したばかりだった。
名古屋市の河村 たかし市長は「びっくりして、やっぱり悲しいわね。名古屋にとっては、かけがえのない財産。(さみしい気持ち?)さみしいというより申し訳ない」と話した。
150年以上の歴史がある建物の、突然の全焼に残る謎。
名古屋市の河村たかし市長は、24日午後2時ごろ、「スーパーニュース」の取材に答え、まさかの事態への胸の内を明かした。
河村市長は「(放火なら)何をやってくれるんだと。とんでもない」と話した。
老舗料理店「鳥久」の元店舗から出火したのは、22日の午前3時半ごろだった。
火事があった元料理店は、出火から2日たった24日も、現場一帯には、焼け焦げたにおいがたち込めていた。
建物を見てみても、どこが入り口だったのか、もともとどのような様子だったのか、全くわからないほど、全体が焼け崩れてしまっていた。
木の骨組みなどを残して、ほぼ全焼した建物。
目撃者は「あそこの上まで火がのぼって、えらいことになっていた。朝8時くらいまで燃えていた」と話した。
江戸時代後期から明治時代に造られたとされる建物は、戦前は料亭「得月楼」として、作家の芥川 龍之介や坪内逍遥ら、多くの文化人が訪れていた。
料理店「鳥久」として再スタートしたのは、1950年。
名物の名古屋コーチンを使った鳥鍋が、美食家の評判を集めた。
鳥久の竹中 均社長は19日、「特に覚えているのは、高倉 健さん。玄関を入ると『こんばんは』と。すごくかっこよかった」と話していた。
しかし経営難から、2014年3月に閉店を余儀なくされた。
竹中社長は「壊したくはなかったですけれども、鳥久の経営が、業績が思わしくなくて」と話していた。
建物の所有者である会社側は、跡地にマンションを建てるため、解体作業の足場を組むための道路使用許可を名古屋市に申請した。
ところが、河村市長は19日、「(建物は)本当に欠くことのできないやつですよ。江戸時代のやつは。絶対に残してもらわないかんということで、粘り強く話を続けとるところです」と話していた。
名古屋市は、歴史的な価値があるとして、建物を保存するよう求めたが、金銭等の条件面で折り合いがつかず、交渉は平行線に。
11月20日、所有者が手作業による解体を始めたその矢先の火災となった。
竹中社長は22日、「地下の厨房(ちゅうぼう)の中から燃えているという。このようなことになって、さみしい、悲しいの一言です」と話していた。
消防による検証が続く現場。
当時、建物には人はおらず、火の気はなかった。
河村市長は、「もう取り返しがつかん。なし。(建物の所有者には)まぁ、いっぺんお会いせないかんと思いますけれどね」と話した。
謎が深まる、この事態。
所有者によると、出火した10日ほど前、川側の木製の雨戸が壊される被害があったということで、警察は、不審火の可能性を含めて調べている。 (東海テレビ)

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