魔獣の森のメデューサ その3
今日も今日とて勇気はスライムとの追いかけっこを行っていた。
目的のリンダール皇国の北東870キロの街道を歩いていたのに、気が付けば森林――魔獣の森。
「また……旅の扉 (ワープゾーン)に出くわしちまったようだな」
いい加減、しつこいと思われる人もいるだろうが――それはお約束……である。
ともあれ、勇気としてはサルトリーヌから貰った宝石を換金して、とっとと異世界での自立の為の足掛かりにしたいと思っているところである。
けれど、ワープゾーンが彼の邪魔をして中々目的のリンダール皇国にたどりつけない。
サルトリーヌから貰った食料(毒薬入り)も、そろそろ底をつきかけているし、食糧問題としても深刻な状況だ。
「くっそう……このままじゃ飢え死にしてしまう」
やつれ顔でそう呟いた彼の視界に、一人の旅人が通りかかった。
旅人はこちらに駆け寄ってくると同時に、勇気の風体を値踏みするように観察する。
・魔王の外套
・防毒の首飾り
・不滅のトランクス
魔王のマントは小国の国家予算に匹敵する金額、防毒の首飾りも貧村を丸ごと幾つか買い取れるような額で取引されているレアアイテムだ。
けれど、不審者丸出しの組み合わせから、普通の人なら勇気の見た目にドン引きする――はずだった。
そう、そのはずだったのだが、旅人の勇気に向ける視線は……なんだか、尊敬する人間を敬うような、そんな視線だった。
そして感嘆の表情と共に、旅人は口を開いた。
「まさか……貴方様は異世界からいらっしゃった勇者様でしょうか?」
「……まあ、一応そういうことになるの……かな?」
疑問系で応じた勇気だったが、旅人は何かを確信したかのように頷いた。
「やはり勇者様でしたか。この辺りには、魔獣の森の魔女:メデューサが棲んでおります」
「メデューサ?」
「ええ、遥か昔から魔獣の森に君臨しており、触れなければ無害と言う話ですが……私は信用できません。何より、メデューサは魔貴族の称号を得ていると言います」
「まあ、なんだかよくわからんがそうなのかもしれないな」
「ぜひとも、貴方様にメデューサの退治をお願いしたい」
「いや、あんたは知らないかもしれないけど、俺のステータスは……」
勇気の言葉を遮り、旅人が更に続けた。
「私が貴方に頼んだには理由があるのです」
「理由?」
旅人は胸を張って、こう言った。
「この辺り一帯には、メデューサを打倒する勇者の言い伝えがあるのです。貴方の姿形は……伝承に見事に符合する」
ゴクリ、と勇気は息を呑む。
風の谷のナ〇シカばりの、『蒼き衣の伝承』か何かがあるのということかと。
確かに、自分はかなりファンキーなファッションをしている。滅多に他人と被ることはないだろう。
そして……自信満々に、これだけ言うからには、本当に言い伝え通りの格好なのだろう。
と、いうことは……と勇気は思う。
ひょっとすると自分は本当に勇者で――はぐれメ〇ルではなく、実は秘めたる物凄い力でもあるのではなかろうかと。
勇気の期待の視線を受けた旅人は、胸を張って古い伝承を語り始めた。
――その者、蒼き鎧を纏いて魔獣の森に降りたつべし。
――異世界の勇者にして、真紅の瞳を持つ者なり。
――魔を払いし白銀の剣を振い、ついにはメデューサを撃ち払わん。
「異世界以外、全然違うけど良いのかっ!?」
コクリと旅人は頷いた。
「良いのです」
「蒼き鎧じゃなくて黒きマントだけど良いのか?」
「良いのです」
「真紅の瞳じゃなくて、めっちゃモンゴロイドだけど良いのか?」
「良いのです」
「トランクスだけど?」
「問題ありません」
――そこまで断言されてしまっては、勇気も納得するしかない。
「ってか……魔女って言っていたけど……ひょっとして、メデューサってのは魔法使いなのか?」
「私も良く分かりませんが、魔女と言うからにはその可能性は高いでしょう」
「……なるほど。それで、メデューサってのを倒せば……報奨金とかは出るのか?」
「一応……高位魔族ですからね。その首を切り取り、冒険者ギルドに持っていけば金貨30枚ほどは……」
「首を切り取るって……酷いな。ってか、イマイチこの世界での相場は分からん。金貨っていうのは……?」
「大体、金貨一枚で半年は遊んで暮らせるでしょう」
よし、と勇気は頷いた。
――は〇れメタルには魔法は効かない。つまり……魔法使いなら、俺のカモだと。
「それで、魔女はどこに住んでいるんだ?」
旅人は、北に延びる道を指さしこう言った。
「ここから20分ほど歩いたところに、巨大な洋館が見えます。そこにメデューサが棲んでいるはずです……」
「よし、分かった……って言っても、首を切り取らなきゃいけないんだよな?」
「高位魔族の報奨金ですからね……証拠は必要です」
うーーーん……と勇気は思う。
グロ耐性は彼には無いのだ。それにメデューサが具体的にどんな悪さをしているとかは旅人は一切語っていない。
「まあ、とりあえず退治の方向では考えるけどさ……魔女を殺すかどうかは、俺自身の目で見極めをさせてもらってからにする」
「勇者様なら必ずや魔女を打倒すると信じておりますよ」
それだけ言うと、旅人は元々の進行方向に向かって歩き始めてしまった。
勇気も魔女の館に向かって歩き出した。
旅人の言うとおり、しばらくすると巨大な洋館が見えた。
荷馬車数台が出入り出来るような仰々しい門を潜りかけたところで――勇気は目撃してしまった。
「ふっ、どうやら、メデューサってのはとんでもない悪党らしいな」
勇気は拳をギュッと握りしめる。
彼の視線の先――そこには野外に放置されたエサを貪り喰らう猫たちの姿が見えた。
どうやら、魔女:メデューサは近所の野良猫に……食べ物を施すタイプの女らしい。
しかも、子猫も見える事から、猫達は明らかに繁殖もしている。
そして、猫たちは何度も何度も屋敷の中に入ろうと試みているが、見えない結界のようなもので阻まれている。
門があけっぴろげで不用心だな……と勇気は思っていたが、そういうカラクリがあったということらしい。
「オマケに結界まで……本当に……とんでもない悪党だ」
そう、勇気はその手のタイプの人種が嫌いだった。
そして、独りごちた。
「俺は、去勢もせずに……家で飼いもせずに……自分の手に負えないにもかからわず……可愛いからって――猫に餌だけを与える人間が嫌いだっ!」
勇気の正義感に火が付いた。
彼の心に怒りの炎が熱く燃え上がる。
「俺だって……猫好きだっ! 近所の野良猫に何度も餌をやりたい衝動に駆られたっ! 餌付けして、仲良くなって撫でさせてもらいたかった!」
だがしかし……と勇気は思う。
「最後まで責任を取れないなら……それをやっちゃいけないんだっ!」
彼は魔女の洋館を睨み付けた。
――当初のメデューサ退治など、彼の中ではどこ吹く風。
「とりあえず……魔女に物申すためには……結界を何とかしないと……」
そのまま門に向かって歩みを進める。コツンと見えない障壁に勇気も阻まれた。
と、そこで勇気のマントが淡く光りはじめた。
――魔王の外套
ありとあらゆる魔術の効果を半減、あるいは無効化するチートアイテムである。
なんだか良く分からないが、勇気が入る分には結界は問題とならないらしい。
「待ってろよ……妖怪:猫ババアっ……! その腐った性根を俺が叩き直してやるっ!」
どうやら、そういうシチュエーションで本番に突撃するようです。
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