異世界に辿り着くと、そこはブラック企業でした。
気が付けば、そこは中世ヨーロッパ風の異世界。
王様の謁見室だった。
一面の赤絨毯にシックな調度品の数々。ステンドグラスを透過した太陽光が虹色の文様を絨毯に落としている。
目の前の髭モジャのナイスミドルが王様。ゴテゴテしてる王冠を被っているからにはそれはマジなのだろう。
そして、その隣の黒ローブが王宮魔術師のお姉さん。なんていうかミステリアスな感じだ。そりゃあそうだろう、なにしろ黒ローブとか着てるんだから。
どうやら先ほど行われた説明によると、勇気達はお約束通り異世界で魔王を倒さなくてはならないらしい。
「それではお主たちのステータスを教えるのじゃ」
偉そうに髭モジャが命令してきた。
まずは、イケメン五十嵐がそのステータスを告げる。しかし、五十嵐が説明していると言うのに、何故だか黒ローブの魔術師は勇気から視線を外さない。
「ほう、レベル1でそのステータスとは……これはなかなか優秀じゃの」
王様は満足げに頷いて、次にモモが自らのステータスを告げる。
「ふむむ……こちらの勇者はイマイチのようじゃの。はっきり言ってしまえばそこらの騎士と変わらぬ……勇者としてはゴミクズじゃ。これでは魔王退治の旅の援助は出せぬ……」
初対面なのに、かなり失礼な発言だった。
落胆した王様を見たモモが気まずそうにしている。そこで五十嵐が助け舟を出した。
「陛下、お言葉ですがこちらの桃山モモは、レアドロップ10倍のスキルを持っております」
王様の表情に、パァっと華が咲いた。
「先にそれを言わんかい! 早とちりで落胆してしまったではないかっ!」
「陛下が聞かないからでございましょうに」
「ふふふ、それは良いとして、この二人は中々の素質じゃ。お主たちなら魔王を倒してくれると信じておるぞ」
と、そんなやりとりを完全に無視して、黒ローブの魔術師は勇気から目を離さない。
先ほどから、魔術師の眉間からは脂汗が垂れ、顔色も蒼ざめている。
そこで、王様が口を開いた。
「それでは、次はお主じゃ。ステータスは……」
掌で、魔術師が王様を制した。
「陛下……恐らくですが、この者は規格外です。常識では考えられぬ……有りえぬ力を持っている様子……」
「規格外……とな?」
「私はかつて冒険者でした。一人旅を好んでおりましたもので……100パーセント勝てる戦闘以外は極力避けなければならなかった……一人旅には欠かせない固有技術を持っております」
「ふむ、世界でただ一人、お主しか扱えぬと言う……『ステータス測定』か。それが故に、お主はワシの側で護衛長を務めておるわけじゃしな」
コクリと魔術師が頷いた。
「完璧にステータス数値の一つ一つを把握することまではできませんが……ステータスの数値を全て合わせた総量なれば、なんとなしには把握できます」
なるほど……と喜色を浮かべながら王様は再度勇気に尋ねた。
「これは期待できるっ……! それでは、お主のステータスを聞かせてくれんか?」
苦虫を噛み潰したような顔で五十嵐は言う。
「確かに……彼の数値の合計は……とんでもないことになっていたが……」
「異世界の中途半端勇者イガラシよ……」
「中途半端勇者っ!?」
「ワシは中途半端に優秀なお主には聞いておらぬのじゃ。ワシは魔王を超えうる真の勇者たる才覚を持つ――サイトーに聞いておるのじゃ」
ものすごい変わり身だった。
五十嵐とモモは、今すぐこの王様殴りたいと思った。
けれど、基本的にクズっぽいのでマジで殴ったら、権力にモノを言わせて『打ち首』とか速攻で言い出しそうなので辞めておいた。
「さあ、はようワシにお主の数値を教えるのじゃ」
勇気は不敵な笑みを浮かべる。
「ふふ、王様? 聞いて驚くなよ? 俺のステータスは……」
HP1
MP1
攻撃力1
防御力65535
素早さ65535
スキル:無し
勇気から聞かされたその数値に王様と魔術師は絶句している。
言葉が出ない。そして、王様と魔術師は、声をハモらせながら言った。
「「はぐれメ〇ルかお前はっ!」」
ドヤ顔で勇気は頷く。
ステータス画面にはちゃんと、
『※防御力・素早さ以外は単位:那由多表記です』と書かれているのだが、頭のよろしくない彼は那由多の意味が分からず、額面通りに1と受け取っていたのだ。
「ああ、最強の防御力と最強の回避率を誇るが、かすり傷一つでもつけば一撃死――最悪の虚弱体質だ」
王様はニコリと笑うと、側に控える兵士たちに指示を出した。
「うむ。役立たず決定。そのステータスでは戦えぬ。とりあえず、この勇者クビじゃ。つまみだして国の外に捨ててしまえ」
勇者たち3人のド胆が抜かれた。
薄々とは王様のぶっ飛び加減には気づいていたが……この王様……ワ○ミも真っ青のブラック経営者じゃねえかと。
3人のドン引きに気付いたのか、魔術師の女はニコリと笑った。
「五十嵐さま。モモさま。先に説明しておきましょうか。なにしろ、これから貴方たちはこの国の騎士団に所属することになりますからね」
「確かにボクとモモちゃん……勇者の身分とは……そういうことになるのかもしれないね。で、説明……とは?」
「かつて、うちの王様と賢者が対談したことがあります。それを見るのが一番理解が早いでしょう」
そして、水晶玉を床に置く。すると3D映像がその場に発生した。
「この映像は……?」
「立体映像魔術です」
映像内では、髭モジャの王様と、白髪の長髪の賢者が語り合っていた。
「賢者よ。魔王を倒すのが無理という言葉はじゃな、嘘つき勇者の言葉なのじゃ」
「王よ、我は問う。その言葉の意図は?」
「途中で死んでしまうから無理になるのじゃ。途中で死ななければ無理にはならんのじゃ」
「待て、王よ……無理だから、力及ばずに戦い破れて死亡するのじゃないのか?」
「いや、途中で死んでしまうから無理になるのじゃ」
「……?」
「死なせないのじゃ。巨大オオカミに内臓を引きずり出されようが、ドラゴンの炎に骨まで焼かれようが、とにかく教会で復活させる。そして再度出撃させる。10年間で2000回は復活となる」
「10年間……? 2000回も……無理矢理に蘇生を……?」
「そうすれば、その勇者は魔王を倒すのが無理だとは口が裂けても言えないのじゃ。事実、死ななかったのだから。死ななければ負けではない。負けてないなら無理ではないのじゃ」
「……んん? いや、10年間死ななかったじゃなくて、死なせなかったって事ではないのか?」
「しかし現実として死ななかったのじゃから無理じゃなかった。そのあとはもう『無理』なんて言葉は言わせぬのじゃ」
「……時に王よ。人間は死に至るレベルの苦痛を日常的に受けては……心が壊れてしまう。異世界から呼び出した総数100余名の勇者たちはどうなっている?」
「50人は発狂したから城の外に捨てた。40人は最初から役立たずだったから召喚と同時に城の外に捨てた。10人は今でも魔王退治の旅を続けておる……蘇生の苦痛に発狂寸前とのことじゃがな」
「……王よ、我にはお主に語り掛ける言葉は既に何もない」
「すべては魔王退治の為じゃ。国の発展……ひいては世界平和の為には犠牲は付きものなのじゃ」
五十嵐とモモは絶句する。
――完全に、ワ○ミ理論じゃねえかと。
労働条件は最悪を通り越して悪夢だ。実際のゲームの勇者も死んだら無理矢理蘇生させられていたが……と。
「良しっ!」と、どうやら役立たずを理由に最初の段階で捨てられる側に入ったらしい勇気はガッツポーズを取る。
そこで、暴君の無慈悲な宣言が行われた。
「召喚もタダではない……兵士たちよ、こやつの身ぐるみを剥いで城の外に捨てておけい」
おいおいマジかよ、と勇気は思う。
身ぐるみって言っても、今は上下白ジャージ姿。取られるものは何もない。
「異世界の衣服は素材が良い……高く売れますからね」
補足説明を行った魔術師が冷笑を浮かべた。
そして勇気は屈強な兵士たちに囲まれ、裸に剥かれる。
「待て! この国からの放逐はどちらかというと願っても無いから良いんだけど……せめて、せめて……トランクスだけは――」
大事な部分を掌で隠しながら勇気は懇願する。
さすがに兵士たちも不憫に思ったのか、王様に視線を向ける。
「ならん。どうせ明日には野犬にでも食われて消える命じゃ。全て脱がせたうえで国の外に捨ててしまえい」
兵士たちに勇気は担がれてしまう。
「せめて……せめてトランクスだけはっ……!」
あまりにも哀れに思った五十嵐が口を開いた。
「陛下……この者は我々の世界の住人……せめてトランクスだけでも……どうか、御慈悲を……」
少し考え、王様は言った。
「勇者イガラシよ……これで、貸しがひとつじゃ。兵士どもよ、そのクズ勇者に下着だけはくれてやれいっ!」
――こうして、勇気の冒険が始まった。
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