日経新聞 ２０１４年１１月１８日（火） Ｐ．２ 総合１面
特集連載『迫真』＝首脳交錯 � �
『会談、求めたのは習氏』
元首相の福田康夫（７８）は６月、ひそかに北京を訪れた。
スモッグに覆われた街で１１月のアジア太平洋経済協力会議（ＡＰＥＣ）の首脳外交を巡る腹の探り合いが続いていた。
「中国国家主席、習近平（６１）が日中首脳会談の実現に動き始めた」。
福田は一連の接触で確信を得た。
習は外交担当の国務委員、楊潔箎（６４）、外相の王毅（６１）に日本を含む近隣外交の立て直しを指示していた。
３年ぶりの日中首脳会談には、北京ＡＰＥＣに威信をかける習の事情が働いた。
中国で過去最大の政治イベントという晴れ舞台に失敗は許されない。
ホストの面目を保つには関係が悪い日本の首相、安倍晋三（６０）のほか、南シナ海で対立するベトナムやフィリピンの首脳らとも会う必要がある。
「ＡＰＥＣ成功」をうたうには安倍との会談がとりわけ重要だった。
力を誇示する習時代の外交・安保政策は中国周辺の海に緊張をもたらした。
５月からは南シナ海で石油掘削を巡って中越が長くにらみ合った。
夏季休暇を前に北京の外交官らは「戦争が起きかねない。 ＡＰＥＣも危うい」と噂し合った。
ＡＰＥＣが迫る中、習の外交方針の転換は当然だった。
◆ ◆
中国側との接触後、福田は７月下旬、ひそかに安倍と会い「関係改善への好機だ」と説いた。
国家安全保障局長、谷内正太郎（７０）の福田訪中への同行が決まった。
北京に再び飛んだ福田は７月２８日、習に携えた安倍のメッセージと共にこう伝えた。
「危機管理をやりましょう。 まず首脳の対話が重要です。 米国に頼るわけにはいかない」。
後の「４項目合意」の肝となる尖閣諸島など東シナ海の危機管理メカニズムづくりなどの下地となる言葉だった。
習はうなずき「よく理解しています」と応じた。
安倍の姿勢への評価だった。
約１時間の会談には、楊、王、谷内が同席した。
習に直結する楊と、安倍につながる谷内のラインで首脳会談を調整する大枠が決まった。
副首相級の国家指導者の楊を交渉担当に指名したのは異例で、習の意欲が見て取れた。
懸案を整理する文章作りも決まり、正式な首脳会談への路線が敷かれた。
「習の意欲は本物だ。 会談を求めているのは実は中国側である」。
福田・習会談の感触の報告を受けた安倍は自信を深めた。
福田と習が会談した翌日の７月２９日、習は元最高指導部メンバー、周永康（７１）の摘発を公表した。
内政の懸案が決着したことで外交に集中する環境が整い、習は対ベトナム関係の打開にも動く。
ミャンマーでの中越外相会談の後、８月末にはベトナム共産党首脳の特使が北京を訪れ、習と会談した。
「戦争の危機」は去った。
日中交渉は実務段階になると靖国神社参拝、尖閣諸島の問題で難航した。
１０月末、福田は中国の要請で改めて訪中した。
国際会議の理事長としての公務を理由としたが、真の目的は滞りがちな交渉を軌道に乗せる双方の意思確認だった。
福田は中国側も報道した表敬訪問とは別に、習と再会談した。
◆ ◆
１０日の日中首脳会談の冒頭、安倍と握手した習の表情は硬いままだった。
しかも会談を伝えた中国の発表に「求めに応じて」と奇異な語句が添えられていた。
日本が頭を下げて頼むので会うにすぎない、との態度だ。
だが中国外交筋は「中国が『求めに応じて』とする際、自ら要請した場合が多い。 譲歩したと国内から批判を浴びる危険を避ける手段だ」と解説する。
歴史は繰り返す。
１９７２年の米大統領、ニクソン訪中の前年、補佐官のキッシンジャーが秘密裏に訪中した。
中国は声明に「ニクソンが訪中を希望していると耳にした」と盛り込み、米側の希望に特別に応じるとの立場を強調した。
実際はソ連との対立のなか、中国が対米関係の正常化を強く求めていた。
ＡＰＥＣにあわせて習は数カ月前まで衝突寸前だったベトナムの国家主席、チュオン・タン・サン（６５）と会談した。
険悪だったフィリピンの大統領、ベニグノ・アキノ（５４）とも戸外で短時間「立ち話し」をした。
国営メディアは習・アキノの対話も映像付きで報じ、安倍を含めた各国首脳がこぞって北京に参じた様子を「中華帝国への各国の朝貢」になぞらえた。
習は急ごしらえながら周辺国との融和を演出し「北京ＡＰＥＣの成功」を宣言した。
◆
先週、アジアを主な舞台に世界の首脳が交錯した。
トップ外交の表と裏を追跡した。
特集連載『迫真』＝首脳交錯 � �
『会談、求めたのは習氏』
元首相の福田康夫（７８）は６月、ひそかに北京を訪れた。
スモッグに覆われた街で１１月のアジア太平洋経済協力会議（ＡＰＥＣ）の首脳外交を巡る腹の探り合いが続いていた。
「中国国家主席、習近平（６１）が日中首脳会談の実現に動き始めた」。
福田は一連の接触で確信を得た。
習は外交担当の国務委員、楊潔箎（６４）、外相の王毅（６１）に日本を含む近隣外交の立て直しを指示していた。
３年ぶりの日中首脳会談には、北京ＡＰＥＣに威信をかける習の事情が働いた。
中国で過去最大の政治イベントという晴れ舞台に失敗は許されない。
ホストの面目を保つには関係が悪い日本の首相、安倍晋三（６０）のほか、南シナ海で対立するベトナムやフィリピンの首脳らとも会う必要がある。
「ＡＰＥＣ成功」をうたうには安倍との会談がとりわけ重要だった。
力を誇示する習時代の外交・安保政策は中国周辺の海に緊張をもたらした。
５月からは南シナ海で石油掘削を巡って中越が長くにらみ合った。
夏季休暇を前に北京の外交官らは「戦争が起きかねない。 ＡＰＥＣも危うい」と噂し合った。
ＡＰＥＣが迫る中、習の外交方針の転換は当然だった。
◆ ◆
中国側との接触後、福田は７月下旬、ひそかに安倍と会い「関係改善への好機だ」と説いた。
国家安全保障局長、谷内正太郎（７０）の福田訪中への同行が決まった。
北京に再び飛んだ福田は７月２８日、習に携えた安倍のメッセージと共にこう伝えた。
「危機管理をやりましょう。 まず首脳の対話が重要です。 米国に頼るわけにはいかない」。
後の「４項目合意」の肝となる尖閣諸島など東シナ海の危機管理メカニズムづくりなどの下地となる言葉だった。
習はうなずき「よく理解しています」と応じた。
安倍の姿勢への評価だった。
約１時間の会談には、楊、王、谷内が同席した。
習に直結する楊と、安倍につながる谷内のラインで首脳会談を調整する大枠が決まった。
副首相級の国家指導者の楊を交渉担当に指名したのは異例で、習の意欲が見て取れた。
懸案を整理する文章作りも決まり、正式な首脳会談への路線が敷かれた。
「習の意欲は本物だ。 会談を求めているのは実は中国側である」。
福田・習会談の感触の報告を受けた安倍は自信を深めた。
福田と習が会談した翌日の７月２９日、習は元最高指導部メンバー、周永康（７１）の摘発を公表した。
内政の懸案が決着したことで外交に集中する環境が整い、習は対ベトナム関係の打開にも動く。
ミャンマーでの中越外相会談の後、８月末にはベトナム共産党首脳の特使が北京を訪れ、習と会談した。
「戦争の危機」は去った。
日中交渉は実務段階になると靖国神社参拝、尖閣諸島の問題で難航した。
１０月末、福田は中国の要請で改めて訪中した。
国際会議の理事長としての公務を理由としたが、真の目的は滞りがちな交渉を軌道に乗せる双方の意思確認だった。
福田は中国側も報道した表敬訪問とは別に、習と再会談した。
◆ ◆
１０日の日中首脳会談の冒頭、安倍と握手した習の表情は硬いままだった。
しかも会談を伝えた中国の発表に「求めに応じて」と奇異な語句が添えられていた。
日本が頭を下げて頼むので会うにすぎない、との態度だ。
だが中国外交筋は「中国が『求めに応じて』とする際、自ら要請した場合が多い。 譲歩したと国内から批判を浴びる危険を避ける手段だ」と解説する。
歴史は繰り返す。
１９７２年の米大統領、ニクソン訪中の前年、補佐官のキッシンジャーが秘密裏に訪中した。
中国は声明に「ニクソンが訪中を希望していると耳にした」と盛り込み、米側の希望に特別に応じるとの立場を強調した。
実際はソ連との対立のなか、中国が対米関係の正常化を強く求めていた。
ＡＰＥＣにあわせて習は数カ月前まで衝突寸前だったベトナムの国家主席、チュオン・タン・サン（６５）と会談した。
険悪だったフィリピンの大統領、ベニグノ・アキノ（５４）とも戸外で短時間「立ち話し」をした。
国営メディアは習・アキノの対話も映像付きで報じ、安倍を含めた各国首脳がこぞって北京に参じた様子を「中華帝国への各国の朝貢」になぞらえた。
習は急ごしらえながら周辺国との融和を演出し「北京ＡＰＥＣの成功」を宣言した。
◆
先週、アジアを主な舞台に世界の首脳が交錯した。
トップ外交の表と裏を追跡した。