続「一日一生」(14)「年を取ることの醍醐味」
千日回峰行の最後の年の七年目は、京都大廻りと言って、京都の町を一日84キロ歩くんだ。千日回峰行の集大成のようなものだね。夜中に比叡山の無動寺谷を出発して、八坂神社や清水寺、北野天満宮、下鴨神社などを礼拝して、清浄華院で宿泊する。翌日はその逆周りで比叡山へ還る。
比叡山から出て、京都の町を一日84キロ歩くんだ。ずっと山の中にいたでしょう、距離は長いけど、車が走っていたり、人間の営みを感じたりしながら歩くのはとても新鮮だったよ。
あの店のおかみさんは威勢がいいな。この店は開店準備に忙しいけど、何を売っているのかな・・・・・なんて思いながら何気なしに歩いていたの。そうしたらそのうちに、何かしら、何かこの感触は前に味わったことがあるな、いつかこういうことがあった感じがすると思ってね。
大昔、東京にいるときを思い出したの。職場を自分から放棄したことを親に言えなくてな。家ではぼくが仕事をしていると思っているから、毎日送り出してくれるわけ。それで電車に乗ってあてもなく出かけて、時間をつぶしちゃ、夕方の五時ごろ仕事したような顔して帰ってた。でもだんだん電車賃もなくなっちゃって、しょうがないから、仕事を行くふりして、歩き出した。三鷹の家を朝八時に出て玉川上水を下っていって甲州街道、都心のほうへ入っていって、市ヶ谷のほうからずーっと抜けてってそれで築地のほうまで行って、そこから引き返すように日本橋を過ぎて、後楽園の裏を通って、ずーっと青梅街道から五日市街道のほうを抜けて、三鷹のほうへ帰るとちょうど夕方の五時ごろだった。そんなことを毎日、毎日、無為にやっていたんだけど、京都の町歩いているときにふいと思い出したんだよ。まさかな、それから25年もたって、坊さんになって京都の町をぐるぐる、ぐるぐると廻っているんだものなあ。こんなことになるなんて、あのころは夢にも思わなかったよ。その時に、人生ってつながっているんだなと思ったの。仏さんはぼくに歩く予行練習をさしてくれてたんかな、とか、こうやって思い出すのは、あ
のころを忘れないようにっていうことかなって。
年を取ってくると、だんだんと過去の経験やつかかったことやなんかがいろいろと重なり合い、「あのころのあれは、こういう意味があったんだな」とか、「あのときがあったからいまの自分があるんだな」と思えることが増えてくるでしょう。自分の人生の意味がわかってくる。ええもんだな、ありがたいなあと思えるようになる。それが年を取るっていうことの醍醐味とちがうかな。だれの人生にも必ず、一人ひとりの「大局」があるんだよ。
5月2日・誕生日の花「ムシトリナデシコ」。花言葉は「青春の愛」。
・撫子(なでしこ)科。
・学名 Silene armeria Silene : マンテマ(シレネ)属
Silene(シレネ)は、ギリシャ神話の「Silenes(酒の神 Bacchas の 養父)」の名前にちなむ。この属の植物に粘液性の分泌液を出すものが多く、それを、「Silenes さん」が酔って泡だらけになったようすにたとえた。
・ヨーロッパ原産。
・ピンク色のきれいな5弁花。
・食虫植物ではないが、枝の真ん中あたりで粘着性の分泌物を出すため虫がよくひっつく。ここから”虫取り”の名がついた。消化、吸収はしない。 (ひっつけちゃうだけ。虫としては迷惑な話です)
★英語はインド式で(8)
20世紀までの英語⇒Our English is the best.⇒ネイティブのマネをする受け身の英語
21世紀からの英語⇒I find English the tool communication.⇒通じるための「道具」としての英語
★前置詞 in on at to for from by of as about with など.中学で習ったが、「at 」か「with」だけで意味が通じる。
She sounds famous at that company.
⇒彼女はあの会社では有名らしいよ。
★ラジオのある生活
今から60年ほど前、自分のラジオが欲しかった。高校生の頃、友達がラジオ英会話を勉強していた。家庭教師のバイトをしていたが、親にラジオを買って欲しいと言えなかった。
やっと自分のラジオが持てて豊かな生活を楽しんでいる。6時から15分のラジオ基礎英語を録音している。A⇒Bという機能があり、録音した講座を何回でも聴ける。
ラジオ深夜便の番組表で気に入った番組を予約している。午前2時からのロマンチック・コンサートはいつも予約を入れている。
FM放送も聞くようになった。音楽のある生活もいいもんだ。イイナーと思ったら、その場で録音スイッチを押す。
パソコンで編集も出来る。まだ勉強してないけど。
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