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 衆院が解散された21日、安倍晋三首相は自ら「アベノミクス」解散だと銘打ち、その継続を単一争点として選挙戦に臨む姿勢を鮮明にした。対する野党は、特定秘密保護法や集団的自衛権の行使容認など、安倍政権の政策全体に論戦の舞台を広げようとする。野党間の選挙協力が先行する中、今後、政権に対抗できる政策や対案を打ち出せるかが焦点だ。

 「景気を回復させて、企業が収益を上げる状況を作り、みなさんの懐へと回っていく。経済の好循環を力強く回し続けることで、景気回復を実感できる」。安倍首相は衆院解散後の記者会見で強調した。約13分の冒頭発言の大部分をアベノミクスの成果に割き、「景気回復、この道しかありません」との言葉で締めた。

 首相は「アベノミクス解散」と名付けた。それは、首相が師とあおぐ小泉純一郎元首相が2005年、郵政民営化をめぐって国民に信を問うた際、「今回の解散は『郵政解散』であります」と宣言。争点を一つに絞り込むことで大勝したのを意識したかのようだ。

 安倍政権はこの2年、特定秘密保護法や集団的自衛権の行使容認など、戦後の安全保障政策を大転換させた。来年は、集団的自衛権をめぐる関連法案の国会審議や、九州電力川内原発の再稼働が控える。

 菅義偉官房長官が「何を問うか問わないかは、政権が決める」(19日の記者会見)と言うように、首相は選挙戦で、有権者の意見が分かれるような政策を前面には出さず、郵政解散と同じようにアベノミクスで一点突破を図ろうという戦略のようだ。

 「アベノミクスに関する具体的な数値をもっと書き込んで欲しい」。首相は20日、公約を作る自民党政務調査会幹部との協議で、こう指示を出した。有権者に配るビラには「有効求人倍率は22年ぶりの高水準」とうたった後に「0・83倍→1・09倍」。「賃上げ率は過去15年で最高(2・07%)」といった数字が並んだ。

 谷垣禎一幹事長も21日、記者団に「企業業績はずっと良くなった。雇用も100万人ほど拡大した。夏のボーナスも好調だった。この道しかないことを有権者に問いかける選挙だ」と述べた。

 しかし、アベノミクス一本の選挙戦にはリスクも伴う。国内総生産(GDP)の実質成長率は2四半期連続のマイナス成長で、地方や中小企業にアベノミクスの恩恵が行き渡っていないとの指摘もある。野党は「アベノミクス失敗隠し解散だ」(社民党の吉田忠智党首)と批判を強める。

 さらに、なぜ、いま解散なのかという「解散の大義」をめぐり、自民党内には依然として疑問がくすぶっている。閣僚の一人は21日、衆院解散を控え、「やっぱり解散の理由がわかりづらい。首相は『アベノミクスが日本を立て直した』と歴史に名を残したいんだろう」とみる。

 解散が宣言されたこの日の衆院本会議。議場で万歳三唱が起こる中、小泉元首相の次男、小泉進次郎・内閣府政務官は両手をあげなかった。小泉氏は記者団に語った。

 「多くの国民は解散を『今じゃない』と冷めている。国民が解散の大義を感じていないのに、シロかクロかを選んでくれという戦いは国民との距離をますます遠ざける」

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 「どこで評価し、選択してもらうかが大事だ。集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更、特定秘密保護法、原子力政策など多々ある。経済でもしっかりとしたカウンター(対抗策)を持ち、訴えなければならない」。

 衆院解散を目前にした21日朝、民主党の枝野幸男幹事長は外国人特派員向けの記者会見で強調した。

 アベノミクスだけを争点に据えようとする首相に対し、その土俵に乗らず、世論の賛否が割れている政権の「2年間」全体を問おうというものだ。

 しかし、急な衆院選で、「多弱」の野党がまとまらなければ共倒れに終わるだけに、野党間では選挙区調整が先行。政策面で野党が一体になって、骨太な政策をまとめようという取り組みは遅れがちだ。民主党と維新の党が21日に合意した共通政策が、それを如実に示している。

 A4判1枚の紙に箇条書きで5項目。使いやすい一括交付金の創設▽同一労働同一賃金法の制定▽領域警備法の制定▽ヘイトスピーチ規制法の制定▽議員定数削減、一票の格差是正――。原発政策にも、特定秘密保護法も、集団的自衛権の行使容認も触れていない。

 急な解散で時間が足りなかったこともある。だが、それ以上に両党間の候補者調整を急いだため、対立する政策には、ある程度目をつぶらざるをえなかったのだ。維新の党の片山虎之助国会議員団政調会長は21日の記者会見で「手っ取り早いというか、合意できるものが選ばれた」と認めた。

 実際、維新が作成中の衆院選の公約案には、「国・地方の公務員総人件費2割=5兆円削減」など、公務員労組から支持を受ける民主党と温度差のある政策がある。江田憲司代表も21日、「岩盤規制の改革ができるのは自民党でも、民主党でもない」と強調した。

 政策の違いを横に置いたため、野党間の候補者調整は確かに進んでいる。

 生活の党の鈴木克昌幹事長と小宮山泰子国会対策委員長は21日、民主党入りを表明。民主・維新間の調整作業もほぼ終わり、維新の松野頼久国会議員団会長は21日、民主と維新の候補が競合する30選挙区のうち、10前後の選挙区で候補者が一本化されたことを明らかにした。民主党内では、公認内定の取り消しを強行し、維新の候補に選挙区を譲る荒療治も行われ、党内から「到底、納得できない」と、公然と不満が噴き出すほどだ。

 首相は21日の自民党両院議員総会で、そんな野党の現状を「総選挙はまさに政策を競い合う場だ。しかし、民主党は政策を横に置いて数だけ増やそうとしている。烏合(うごう)の衆だ」と指摘した。