日本人としての教養

西洋に深い影響を与えた、日本人リーダー

山折哲雄×上田紀行(その3)

上田:そのジャヤワルダナは、スリランカでは日本を助けたことで非常に有名で、あのときの恩義を日本人は忘れていないから、今、スリランカにこんなに経済援助をしてくれるのではないかと思っています。

これは笑い話ですが、日本に来て山手線に乗ると、「JR」と書いてある。ジャヤワルダナの名前は、ジュニアス・リチャードという。「JR」です。日本人は恩義を忘れないために、すべての電車にジャヤワルダナのイニシャルを打ち込んでいるんだとスリランカ人は勘違いする(笑)。それぐらい、日本を助けたジャヤワルダナの話を知っているのです。

では、ジャヤワルダナがサンフランシスコ講和会議で語った演説を読みますね。

 「憎悪は憎悪によって止むことはなく、慈愛によって止む」というブッダの言葉を私たちも信じます。これはビルマ(現ミャンマー)、ラオス、カンボジア、シャム(現タイ)、インドネシア、セイロン(現スリランカ)を通じて中国、日本にまで広まって、共通の文化と遺産をわれわれは受け継いできました。
 この会議に出席するために途中、日本を訪問しました。その際に私が見いだしたように、この共通の文化はいまだに存在しているのであります。そして、日本の指導者たち、すなわち民間人のみならず、諸大臣から、また寺院の僧侶から、私は一般の日本人はいまだにあの偉大な平和の教師の影響を受けており、さらにそれに従おうと欲しているという印象を得たのであります。
 われわれは彼らにその機会、つまり彼らにまた仏教を推し進めるという機会を与えなければいけません。だから、日本をゆるそう!

 

……こんな演説を打ちました。サンフランシスコ講和会議に行くときに、直通でサンフランシスコまで飛べないので、日本を経由して行った。そのときに誰に会ったのかが問題です。どうも鎌倉に行ったらしいのです。

そして、ジャヤワルダナが1979年に再び日本を訪問したときに、日本の恩人だということで宮中の晩餐会が開かれました。1951年からもう30年近く経っていましたが、ジャヤワルダナ大統領は天皇陛下の前でもう一度、こんなスピーチをしています。

 あなたたちは戦争が引き起こした惨事に苦しんでいました。いくつかの都市は完全に破壊され、東京も半分以上が破壊されていました。私はいくつかの寺を訪ねて仏教指導者たちと会いました。私は、当時から禅の世界的権威とされていた鈴木大拙教授とお会いしたことをよく覚えています。
 私は鈴木教授に、日本の方が信仰している大乗仏教と、私たちが信仰している小乗仏教はどう違うのかを尋ねました。すると教授はこう言いました。なぜあなたは違いを強調しようとするのでしょうか。それよりも、私たちはどちらも仏法僧を護持することで共通しており、無常、苦、無我を悟るための八正道を信奉しているではありませんか。
 私は日本の仏教徒とスリランカの仏教徒を結びつける強い絆があることを感じました。

 

……ジャヤワルダナは鎌倉で鈴木大拙やお坊さんたちに会って、ものすごく感動したのです。それでこの仏教の伝統を絶対に消してはいけない。われわれは仲間なんだと演説を打ったんですね。

そこで、私がまず言いたいのは、外国の大蔵大臣や大統領を感動させられる宗教人が、当時の日本にはいたということです。

ところが、これにはもうひとつオチがありまして、ジャヤワルダナのスピーチの続きです。

 私が1968年に再び日本を訪れたとき、あなた方は以前と変わって物質的にとても繁栄していました。今日では日本国民は奇跡の復活を遂げ、国は富み、経済的には世界をリードする国のひとつとなりました。
 しかし、私たちが知っているように、それだけが文明ではありません。私たちの周りにある、人によって建てられた偉大な建造物がひとかけらもなく消え去ったとしても、私たちがちょうど28年前に、サンフランシスコにおける演説で引用したブッダの言葉は、人々に記憶されていることでしょう。
 ほかのあらゆる国々と同様に、日本においても壮大な権力がその必然的な終わりを迎えたとしても、あなた方の寺院から広まった理想や、あなた方の僧侶が実践した瞑想と敬虔な言葉は記憶され、そして、来るべき世代の人類の型をつくっていくことでしょう。

 

……これは皮肉を言っているのです。日本はこんなに発展したけれど、あのときの鈴木大拙の言葉は生かされているのかと。

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