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2012年2月21日 (火)

『沈黙』における「切支丹屋敷役人日記」

小説は、内容とは別に、その書き方によって、いくつかの形式に分類されると思います。
①私(主人公)が語る
②私(作者)が語る
③私(脇役A)が語る


それぞれの特徴を見てみます。

①私(主人公)が語る【主観的】
描けるもの
・主人公の心の中
・主人公の喋った言葉
・他の登場人物の喋った言葉(主人公が聞いたものに限る)
描けないもの
・他の登場人物の心の中
・主人公が見聞きしていないもの
例:夏目漱石『坊ちゃん』(主人公が自分について語る)
②私(作者)が語る【客観的】
描けるもの
・全て(いわゆる「神の視点」)
例:紫式部『源氏物語』(作者が全ての登場人物について語る)
③私(脇役A)が語る【わりと客観的】
描けるもの・描けないもの
・①の「主人公」を「脇役A」に置き換え
例:夏目漱石『こころ』(「私」が「先生」について語る)
コナン・ドイル『シャーロック・ホームズ』(「ワトソン」が「ホームズ」について語る)

(演劇は②の形式、ノンフィクションは③の形式に近いと言えるのではないでしょうか。)

この3つの形式をベースに、いろいろなヴァリエーションが展開されます。夏目漱石の『吾輩は猫である』では、「猫(吾輩)」が「人間(苦沙弥先生たち)」を語ります。
語り手が途中で入れ替わるケースもありますね。
形式が途中で変化する作品も多く見受けられます。例えば太宰治の『人間失格』は、基本的には①の形式を取っていますが、始めと終わりに②の形式が使われています。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』は、主人公の日記によって物語が展開していきますが、主人公は終盤に自殺してしまうので、そこから形式が変化します。アベ・プレヴォーの『マノン・レスコー』は、「偶然出会った若者から聞いた話」という設定になっており、途中で形式が変化します。

新しい形式を作り出そうという試みは、やりつくされて、もう全て出揃った感じがします。いえ、私も詳しく知っているわけではありませんが・・・。

【新しい形式を創出できたなら、それだけでも大変画期的】

遠藤周作『沈黙』は、途中で形式が変化しています。新潮文庫版の解説では、「語りの上からは、三部仕立てとなっている」と説明されていますが、これは「四部仕立て」の間違いではないでしょうか?

『沈黙』の構成
イ「まえがき」(②の形式)
ロ「セバスチャン・ロドリゴの書簡」(①の形式)
ハ「逃亡後(手紙が書けない状況になってから)」(①と②の混合形式)
ニ「切支丹屋敷役人日記」(破天荒な形式)


①と②の混合形式を、不自然でなく実行することは、大変難しいことだと思われる。)

『沈黙』は、新潮文庫版295ページで完結していても、全く不自然でなかった。しかし作者はそこで終わりにしなかった。


『沈黙』における「切支丹屋敷役人日記」の効果
『沈黙』を読んでいると、どこまでがノンフィクションで、どこからがフィクションなのか、判然としないところがある。ロドリゴの書簡などは、全く同じものは存在しないまでも、似たような書簡がポルトガルかどこかの教会に保存されているのかもしれない・・・などと思ってしまう。解説を読むと、モデルは実在したけれど、かなり創作が加えられているとのこと。しかしそれは、読んでいるあいだは読者には分からない。「切支丹屋敷役人日記」は、実話っぽい印象を強く読者に植えつける。

「切支丹屋敷役人日記」は、遠藤周作が創作して書いたものだけれど、この小説を書くに当たって遠藤周作が取材した実在の書類の中には、似たような日記があったのでしょう。このような日記を読み解いていって、必要な情報を抜き出し、1つの物語を紡ぎ出す才能のすごさに感じ入ります。

「切支丹屋敷役人日記」から分かること
・ロドリゴ(岡田三右衛門)は、寛文12年(1672年?)に、遠江(現在の静岡県)の切支丹屋敷へ移された。
・10人扶持(10人が暮らしていける米)をもらっていた。
・書物をしたためるなどの仕事があった。
・キチジロー(吉次郎)を中間
〔ちゅうげん〕として連れていた。
※中間とは、武士の身の回りの用を言いつかる者、その身分
・転んだあとも、たびたび穿鑿
〔せんさく〕があったが、ロドリゴには特に不審な点がなかった。
・64歳で病死した。仏前で弔われた。

上記の中で1番注目したいのは、やはり、キチジローを中間として使っていたことです。裏切って自分を売り渡した男を雇っていた。それは、キリストがユダのことをどのように考えていたのかロドリゴには分かったので、分かったように自分はずっとキチジローと接していたのでしょう。そのことを遠藤周作は書かずにいられなかったのでしょう。ロドリゴとキチジローのその後の関係を書かずにいられなかったのでしょう。

このような形式で文章が書ける人は、現代日本にはもう存在しないと思われます。書くのはおろか、読むのも無理かも・・・?

サレハウラサンヘイトロ
されば、裏、サン・ペイドロ(その片面は聖ペードロ)?


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