「クイズダービー」で迷答を連発した「篠沢教授」の意外な過去・現在。
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テレビは……皆さん、そうでしょうが、いい加減にしか見ていません。食事をとりながら……、連れ合いのとりとめのない雑談に耳を傾けながら……、あるいはこうしてパソコンに向かっているときに耳だけは音声をそれとなく……。それは三番目のケースでした。連れ合いがテレビを見ながら素っ頓狂な声を発したのです。「篠沢教授だ」と。
ご存知でしょう、学習院大学教授(現・名誉教授)だった篠沢秀夫さんを。往年のクイズ番組「クイズダービー」にレギュラー出演、教授なのに頓珍漢な答えを出して、司会の大橋巨泉に笑われ、小馬鹿にされながらも、終始笑みを絶やさないことで、人気を博した人でした。大学教授たる者、テレビごときに出るべきじゃない、ましてくだらないクイズ番組などもってのほか、といったご時世だったかもしれません。
私には学習院に対して偏見がありまして、成績の良くない金持ちのぼんぼんらが行く所だと思っていました。当然、貧乏人の末子である私には、難易度ではちょうどよかったかもしれないのに、受験対象の検討にすら上げませんでした。「学習院の教授ったって、あの程度。受けなくてよかった」と、働き出した頃、受けたって落ちたかもしれないのに自己満足した記憶があります。その上、私の母校・関東地方の三流大学での恩師・助教授が公務員共済年金の受給資格を得た途端? 学習院大学教授に転身してしまって、がっかりした覚えまであります。当時の学生たちの、ここでは書きにくい皇室御用達?学習院への思いもあって。
テレビでは、その篠沢教授がベッドに横たわりながら、パソコンに向かい、ポツン、ポツンと文を紡ぎ出しているではありませんか。喉には人工呼吸器をつけながら。口をあんぐりと力なく開けて、よだれを流さんばかりに。去年2月に全身の筋力が失われる進行性の難病ALSと診断され、今は妻に支えられながら自宅で療養生活を送っているのだそうです(2日NHK教育「福祉ネットワーク」〜ALS、フランス文学 そして妻 ―篠沢秀夫さんの日々―)。
私は皮肉れ者ですから、「一言政治家」と揶揄された元首相のように安易に「感動した!」とは、言えないタチです。しかし、今回はお世辞抜きで「感動」しました。己に問いかけてみると、分かります。――お前は腎不全に陥って、16年も透析を受けていることを、本当はつらく、面倒と思っているくせに、あえてブログで「透析はラクチン」「楽しい」などと寝言を書いている。ではALSと診断されたら耐えられるのか? 「ラクチン」と書けるのか? いいえ、おそらく耐えられません。体は自由にならないのに、頭はまだはっきりしているなんて「地獄」に思えてきます。痴呆症の方がマシに思えてきます。「早く死にたい」「殺してくれ」と泣き叫ぶかもしれません。
篠沢教授はもちろん、そんなバカじゃありませんでした。「夫の書くことはさっぱり分からない」という、失礼ながらノーテンキに明るそうな妻・礼子さんのサポートもあって、パソコンで悪戦苦闘しながら専門のフランス文学の翻訳、自伝、小説などの執筆に当たっているそうです。残念ながら、私は録画しそこねましたので、興味のある方は来週木曜日の再放送を御覧ください。そんな時間のない方は、産経新聞のネットに今年3月19日アップの「ゆうゆうLife 『病と生きる』」に紹介されていますので、どうぞ。
筆談で行われた産経記事によれば「とにかく、対応の仕方が発明されていない病気だと東京大学病院でうかがいました。呼吸機能がストップしてしまうのが、半年後か10年後か、それも分からないと聞きました」そうです。悲観論者なら「半年後に死んでしまう」と思うかもしれません、楽観論者なら「あと10年も生きられるのか」と安堵するかもしれません。私は楽観にくみしたいものですが、おそらく弱気の虫に終始むしばまれることでしょう。そうなったら「何もできない」「何もしたくない」心境に陥ってしまいそうです。この世は闇です、明日は明日の風が……吹きません、そう思うことでしょう。
番組での詳細な筆談は正確に再現できませんが、女性プロデューサー?の「明日、どうなるか、悩んだりしませんか」といった問いに、篠沢教授は断固たる調子で(もちろん筆談ですから、筆致がそう見えたのです)「明日どうなるかは考えない。きょうできることをやる」と答えたのです。病んだ体で1日4時間もパソコンに向かってライフワークを続けているとなれば、「悩んでいる暇はない」と言っているような印象を受けました。仕事を続けられること、新しいテーマが見つかったことに喜びを感じているようにすら……。5分だけ人工呼吸器を外せるそうで、その間、家の中を散歩している光景も映し出されました。筋肉の衰えを防ぐのだそうです。難病を得てなお、バイタリティーあふれる生き方に、圧倒される思いでした。
そして、意外にも、と書くのは失礼なのですが、篠沢教授には悲劇的な過去がありました。前妻を自分の運転する車の交通事故で失い、ふたりの間にできた息子までも10代終わりのころ、海難事故で命を落とした、というのです。人工呼吸器を外して二人の墓前にぬかずく姿は、深い思いのこもったものでした。いくら豪胆な方であっても、医師から宣告された「半年後」は、頭にこびりついているのでしょう。もしかすると最後かもしれない。満ち足りた「今」を送る、篠沢教授に感銘を受けたのです。「クイズダービー」での笑顔の影に、そういう歴史があったとは……。私は、曲がりなりにも人間を観察する商売をしてきたつもりだったのに、結局人間を表面からしか見てこなかったのです。
思えばALS患者としては著名な先達がいます。イギリスの理論物理学者・スティーヴン・ホーキング博士。20代初めに発病し、もう47年研究活動を続けています(ウィキペディアには「別の病気であるとする意見もある」と書かれてはいますが…)。篠沢教授にも、仕事はたっぷり残っているようです。3月の時点で刊行予定3冊、進行中は2冊とか。病を得てから書く本は、専門書とは違う、別の味わいを醸しだすことでしょう。「今日を満足して生きるものには永遠の命が与えられる」――昔の金言ではありません。たった今、浮かんだ私の戯言。
どうか篠沢先生、(「教授」から「先生」に変えました。私が経験していない病と闘う人は「先達」であり「先生」に違いありません。吉川英治に「我以外皆我師」という名言もありますし…)ホーキング博士のように長生きして、私のような軟弱な病人にカツを入れ続けてください。 |
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「透析の日々」書庫の記事一覧
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2014/11/4(火) 午後 5:30
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透析患者がたらふく食って、飲んで、いいんでしょうか? 酒を飲ませられなかった故、こんなボヤキを吐きたくなる。仙台・川平内科・腎友会の芋煮会。
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2014/9/28(日) 午後 4:20
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2014/7/22(火) 午後 5:28
世に難病と言われる人々の数は多いものです。その人達の生き様とか言葉は健常者の我々に常に深い感銘を与えてくれるようです。篠沢教授の「明日の事は考えない。今日出来る事をやる」の言葉はこうした難病に苦しむ人々の共通の心理であるように思えます。
私はその放送を見落としました。来週木曜日、心して拝見する事に致しましょう。
2010/9/5(日) 午後 1:10 [ psvaek ] <<コメントに返信する
生きると云うこと。 間違いなく命は縮まっている確かさ。
最近はよく考える事です。 残してきたもの物も心も、整理のつくも
のは、始末を付けておきたいです。 と再認識の今日です。
2010/9/5(日) 午後 3:40 [ bfx**774 ] <<コメントに返信する
katsu…さん、数ある難病の中ではALSがとりわけ悲惨に思えます。再放送をぜひ、ご覧ください。
2010/9/5(日) 午後 4:41 [ aka*9m*h* ] <<コメントに返信する
bfx…さん、私も同感です。整理と始末を考えてはいても、なかなか実行に移せません。
2010/9/5(日) 午後 4:46 [ aka*9m*h* ] <<コメントに返信する
篠沢さんが、不誠実な新宿区の対応に抗議されたことは、
役場の福祉関係の仕事をしている関係で、知らされていました。
病んでも、向上心が衰えず、チャレンジしている篠沢さんの姿は、
あのほわっとしたお気楽教授とは思えぬ、
パワフルで、芯のとおった生き方ですね。
世の中にはいろんな難病と闘っている人がいっぱいます。
今の仕事をするようになって、狭い区内に、こんなに障害者がいるのか、と当初は驚きました。
そして、彼らにかかわるいろんな方がいます。
ほとんどが、後ろ向きのようにみえます。
みんなが、積極的な生き方をめざしてくれたら、と祈りたいですね。
還暦若造さんの。「今日を満足して生きるものには永遠の命が与えられる」――の金言も輝いてますね。
2010/9/5(日) 午後 7:09
<<コメントに返信する
「篠沢教授」の現在については、都内にお住まいの方なら知っていることなんでしょうね。私は恥ずかしながらテレビを見て、初めて知りました。既に闘病記ふうの著作も出しているというのに。
imokoさんは、福祉関係の仕事をなさっているんですね。どうぞ、障害者に優しく接してくださいね。たとえ画期的な解決策が見いだせないとしても、職員の対応ひとつで前向きになれることもあるでしょうから。
2010/9/5(日) 午後 7:50 [ aka*9m*h* ] <<コメントに返信する
還暦若造さん、わたしたちの窓口では、懇切丁寧、やさしさいっぱいの対応してますよ。
窓口に来られる方は、もちろん重病の方は、身内の方になりますが、障害を実際よりも、とても重く感じる傾向にあるようです。
また反面、たいして重くないかたは、障害者ということを認めたくないという方もいて、ナイーブな感覚を考慮しないといけないので、神経を使います。
ちょっとしたことでも、文句になりますから、気は使います。
2010/9/7(火) 午前 7:32
<<コメントに返信する
imokoさんに、別のパソコンで返事を出していたつもりでいたら、アップされていませんでした。失礼しました。「障害者に優して接して」は、imokoさんには言わずもがな、でしたね。きっと、いろんな方の「応援団」をなさっているでしょうから。
窓口の方々の気苦労は、私にも分かります。権利を言うならスマートに言うべきなのに、品のない障害者も散見しますから。
疲れたときは、どうぞ「小雪」さんにでも慰めてもらってください。私も今は「小雪」シンパなんです。
ブルーレイで見る名画も楽しいでしょう? 私は過去に何度か見た「情婦」「ナイル殺人事件」のどんでん返しに、また騙されました。そのたびに新鮮に見られるなら、加齢も捨てたもんじゃありません。
2010/9/9(木) 午後 3:16 [ aka*9m*h* ] <<コメントに返信する
>>あのほわっとしたお気楽教授とは思えぬ、
>>パワフルで、芯のとおった生き方ですね。
実は篠沢教授は東大進学校で有名だった日比谷高校(今なら灘高に相当)の出身で成績も良く天才と呼ばれていたそうです。
当然東大へ行くと思いきや、なぜか本人が強く学習院を希望し、
学習院大学に進学、ここでも天才と呼ばれていたそうで
その後東大大学院に進学して、大学教授になっています。
東大大学院でも留学生選抜試験に東大生を蹴落として
合格しフランスのパリ大学(ソルボンヌ大学)に留学した
そうです。
顔つきだけ見てるおバカに見えますが、実はかなり頭のいい人だったそうで、しかもかなりの親日タカ派の人でしたね。
実は私は個人的に若い頃、篠沢教授と目白駅前の橋の上で自転車で正
面衝突したことがありますw
本人の話だと、いつも自転車で大学に通っていたそうです。
(確かクイズダービーに出ていた頃ですね)
そのときそばの喫茶店で2人で話をしたんですが、意外と硬派なことを言うので驚いたことがあります。私もタカ派だったせいか、いろんな話をしてくれました。
2010/11/21(日) 午後 3:07 [ 思い出 ] <<コメントに返信する
「思い出」さん、コメントありがとうございました。
それにしても正面衝突した経験がおありとは…。
有名人と遭遇する機会のほとんどない、地方暮らしだと、そういう偶然が不思議に思えてきます。
2010/11/21(日) 午後 5:35 [ aka*9m*h* ] <<コメントに返信する
ふざけないで
貴方にカツを入れるために教授はALSになったんじゃない
私は教授と同じ病気
勝手に感動なんかしないで
感動を与えるためにALSになったんじゃない
感動なんかしてる暇あったら治る方法教えて
2011/10/12(水) 午後 11:32 [ ふざけないで ] <<コメントに返信する
私は「ふざけている」つもりは全くありませんが、実際の患者さんがそう感じたというのなら、悲しくなります。私も遺伝性の腎臓病を抱えて、透析をしている身ですから。
それでも「…にもかかわらず笑う」をモットーとして生きてきました。篠沢さんからもそういう印象を受けたのですが、下手なブログでは伝わらなかったのでしょうか。
2011/10/13(木) 午前 10:19 [ aka*9m*h* ] <<コメントに返信する
篠沢先生の本を発行しました
日本へわが遺言
今の日本に必要な日本人論 ウィル編集長 花田氏presents
2013/7/23(火) 午後 3:23 [ tetu ] <<コメントに返信する