少女たちは幸せを求めている

彼女たちと支援者の断絶

 

―― どのようなかたちで取材をしていらっしゃるのですか?

 

ぼくの場合、荻上さんみたい(http://synodos.jp/newbook/265)に自分から積極的に調査するというよりは、だれかが紹介してくれたひとを取材するというかたちをとっています。これは、複雑な背景をかかえた少女らが、一期一会の取材という関係で本当のことをなかなか話してくれないというのもあるし、抱える事情を語る言葉をもたない子も多いから。そして、仲介者のない少女を取材しても、あっという間に連絡不通になってしまうからです。

 

ゆっくりと何度も女の子に話を聞いて、ようやく出てきた本音をひろっていくという感じですし、長期間取材していくなかで、女の子が本気で困ったり落ち込んだときになってようやく本音をドロっという感じでこぼすこともある。ボロっと、というより、ドロっとという感じで。本当に苦しかったエピソードは軽く話せないということだと思いますが、取材のペースとしては本当に遅々としか進まないです。

 

 

―― 彼女たちが鈴木さんを恋愛対象としてみてしまうこともあるのでは?

 

そうでもないですね。『出会い系のシングルマザーたち』の取材をしていたときは、露骨に依存してこようという感じがありましたが、援デリの女の子たちはまだ10代から20代前半ですから、ぼくとはジェネレーションギャップもあるし、まだ自分にも世界にも絶望しきっていない。前を向いている気力があるうちは、記者風情に依存してはきません。取材後も連絡がくる女の子というのは、お金が無くなったり、落ち込んで死にたくなってしまったというときに連絡をしてくる子がほとんどですね。

 

でも、取材をするときに、女の子との距離感はけっこう大事にしています。いろいろな方から、「女の子たちに寄り添っていて、すごいですね!」とかいわれますが、彼女たちに本当に寄り添ったら、引っ張られてぼくが死んじゃう。寄り添ったら本当に支援なんかできないというのは、つねづね肝に銘じてます。

 

 

―― そもそも、なぜ裏の世界のルポを始めようと思ったのでしょうか?

 

うーん。むずかしいですね。えらそうな言い訳をしても、どうにも説明できない部分が多くて。でも、もともと自分は、痛いとか苦しいといっているひとをみるとめちゃめちゃ引っ張られてしまうタイプなんです。なんというか、苦しんでいるひとたちにたいして自分がなにもしてあげられないということに、必要以上に申し訳なさを感じてしまう。結局のところ、そういった自分の厄介な性格が、取材へのモチベーションになっているのかなという気がしています。最近思うのは、ぼくのメンタルは中学二年生くらいの女子だな、と(笑)。

 

 

―― でも、共感能力が強いからこそ、貧困の現場で苦しんでいるひとの現実を社会にとどけることができるのでは。

 

そうですね。彼らには言葉がないし、あったとしても当事者の言葉はいろいろなバイアスにのってしまうので、代弁者として社会にメッセージを伝えていかなければいけないとは思っています。苦しんでいるひとたちにたいして無理解なひとには、とてもプリミティブな怒りを覚えてしまうので。

 

 

―― 保護施設も取材されていますが、それも彼女たちをなんとか助けてあげたいという思いからでしょうか?

 

というよりは、支援しているひとたちと情報を共有したいという思いが強いですね。福祉の現場ではたらいているひとたちは、どうにもならない現実のなかで、なんとかしようと頑張っている。でも、支援者からはみえない情報がとても多くて。

 

『家のない少女たち』をだしたあとに、いろいろな施設の職員の方から「ようやくつながった!」という声をいただきました。もちろん、保護されている女の子たちからある程度の状況は聞いているけれども、具体的にそれがどんなところなのかはわからなかったそうです。それがぼくの本を読んでやっとつながった、と。ならば、少女たちがどう貧困の現場で生きているのかということを、支援の現場の方々が腑に落ちるかたちで伝えたいと思いました。

 

 

―― 現状として、貧困の現場と支援者の断絶は大きいのでしょうか?

 

そうですね。ただ、両者は断絶していなければ危険という面もあるようです。売春の世界にはさまざまな裏のつながりがあります。保護したところで、裏の世界の人間と支援者がたたかうのは難しいし、本来の業務に支障をきたす可能性もある。ことを荒立てれば、自分やまわりにまで危害がおよぶかもしれないわけですから。

 

理想をいえば、風俗でも援デリでもスカウトでも、あまりに悲惨な境遇で生きてきて、これはそっちの世界でも地獄をみるだけだなという女の子については、憐憫を感じているんです。そこと支援者が繋がればいいのにと思ったこともありますが、そう簡単な問題ではないですね。

 

それに、福祉の現場と援デリの女の子たちって、とても折り合いが悪いんですよ。女の子たちは、いくら生活がつらくても、「自分の力で自由を勝ち取っているんだ」というものすごい解放感にあふれている。でも、施設に保護されると、その自由はなくなってしまいますよね。

 

だから女の子たちは、生活が立ちいかなくったときには助けを求めるけれども、状況が良くなれば、やっぱり自由なところに戻りたくなってしまう。売春以外の方法でも自由を手に入れる方法がある、または手に入れるための能力をつけるためにはこんな方法がある。そういうことが女の子たちにスッと染みこむかたちで伝えられなければ、彼女ら側から支援者に寄ってくるのはすごく難しいと思います。

 

 

障害と貧困の関係

 

―― 性産業や貧困の現場には、障害をかかえているひとが多いとわれます。なぜ彼女たちは行政のセーフティネットから漏れてしまうのでしょうか?

 

障害にたいするセーフティネットというのは、障害を認定してもらうことではじめて機能するものです。あきらかに自分一人でなにもできないという場合には、おそらくネットにひっかかるでしょう。でも、「日常会話ができる」、「お金の支払いができる」、「電車で好きなところまで行ける」といったいろいろな「できる」がある場合、なんとか自力で生き抜くことができてしまう。そこに、彼女たちの貧しい成育環境が拍車をかけて、さらに障害が可視化されにくい状況がつくられてしまっているんだと思います。

 

 

―― 取材をおこなっていくなかで、どれくらいの割合で障害を持っている方に出会いましたか?

 

あきらかに知的障害をもっているような子は、狙って取材しなければ出会わないですよ。でも、コミュニケーション能力に問題がある子はとても多い。吃音がはげしい子とか、自分の考えを言葉にだせない子とか、重度の発達障害の傾向がみられる子とか。この傾向は『家のない少年たち』で取材した男の子たちにもあてはまりますね。

 

彼女らは、一般の性風俗業界からもパージされてしまって、過酷で危険な援デリにまで落ちてきている。でも、そのように社会に適合できない面をもった子たちをすべて福祉の力で助けるのはむずかしいというか、無理ですよね。結局、そういう子たちを許容し、フォローしていくことができるような社会をつくっていくことが必要かと思います。これは売春の世界に限らないことですが。

 

 


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