ゾウリムシって細かい毛をワサワサ動かして移動するイメージがありますよね。あの毛が動く分子的な仕組みを知っていますか?
東京大学の研究グループが世界で初めて「構造の周期を決めるタンパク質」を発見し、繊毛が適切に動く仕組みを明らかにしました。それについてごく簡単に書きます。
繊毛・鞭毛は分子モーターによって動かされる
我々の細胞の中には、エネルギーを使って物理的な力を生み出す分子モータータンパク質が存在します。
この動画は、細胞質ダイニンと呼ばれるタンパク質がレールの上を動くモデルです。分子モーターは自己の形態を変化させるためにエネルギーを消費し、これを繰り返すことによって一方向性の動きが作られるという特徴を持ちます。
繊毛や鞭毛と言った微小構造も、この分子モーターが動かしています。鞭毛・繊毛の中には軸糸ダイニンと呼ばれる分子モーターとレールが連結された状態で存在します。
この中に存在する複数個の分子モーターが協調して動くと、鞭毛・繊毛全体が動かされ、推進力を生み出すというわけです。
繊毛・鞭毛の内部では分子モーターが規則的に並ぶ
鞭毛・繊毛の中に分子モーターがランダムに存在していたとしたら、協調して力を生み出すことはできません。鞭毛・繊毛に共通して見られる軸糸と呼ばれる構造は、タンパク質が規則正しく並んだ美しい構造として世界中の科学者を魅了してきました。
軸糸の中には周辺に9本、中央に2本の微小管(レール)が収まっており、ダイニン(分子モーター)は周辺微小管の間に存在します。このを深さ方向に見てみると、外腕ダイニンが24nmの周期で、内腕ダイニンが96nmの周期で配置されています。この分子モーター1つ1つが生み出す物理的な力が合わさって軸糸を動かし、ひいては細胞全体を動かす推進力になると言う事実は、生物を物理的に考える上で魅力的です。
なぜ分子モーターは規則的に配置されるのか?
これまでの研究で軸糸全体の構造が明らかにされ、また軸糸を構成するタンパク質がリストアップされてきました。しかし、軸糸のどの部分にどのタンパク質が位置し、またそれが本当に軸糸を動かすのに重要かはまだ解明されていません。
東京大学の研究グループは、クラミドモナスを用いた遺伝学と電子顕微鏡による構造解析技術を組み合わせ、分子モーターを96nmの周期で規則的に配置させる分子を初めて明らかにしました。
分子モーターを規則的に配置する分子定規の発見
同定されたFAP59とFAP72と言うタンパク質をそれぞれ欠損すると、内腕ダイニンが96nmの周期性を見せなくなり、また軸糸の動きに異常を来します。
これらのタンパク質の構造を解いたところ内腕ダイニンの間に位置し、その長さが96nmであったことから周期性を作る分子だと言うことが示唆されました。
研究グループはこの仮説を直接的に証明するため、FAP172の分子長を人為的に大きくしました。すると96nmの周期性が128nmに変化したことから、これらの分子が長さを規定していることが明らかになりました。
ギークが好きそうな話をしましょう。クラミドモナスから単離した鞭毛にエネルギーを外から与えることで、この鞭毛を動かすことが出来ます。単離した鞭毛は生命ではないので、生物ナノマシンであると言うことが出来ます。
FAP172の分子長を人為的に操作することにより内腕ダイニンに128nmの周期性を作ることが出来たということは、分子モーターの配置を人為的に操作できることを意味します。まだ鞭毛の動きを人為的に制御することは難しいと思いますが、今後の研究により軸糸の全貌が明らかになれば、そう言うことも可能になるかもしれませんね。
分子定規はカルタゲナー症候群の原因遺伝子である
「こんなこと調べて人の役に立つの?」と思う人がいるかもしれません。鞭毛や繊毛はヒトにも存在します。鞭毛の推進力によって精子は動きますし、繊毛の力によって気管はゴミを排出し卵管は卵子を送り出すのです。
小さな頃から風邪や肺炎になりやすかったり、男性不妊だったり、内臓逆位が見られたりする症候群があります。実はこの原因は、繊毛が適切に動くことが出来ないからです。軸糸の動きを制御するメカニズムが分かれば、これが原因で発症する疾患が治す方法が見つかるかもしれません。カルタゲナー症候群の原因遺伝子として分子定規タンパク質が同定されていると言う事実は、このタンパク質の重要性を示しているでしょう。終わりに
高校の教科書までの知識だと、繊毛はゾウリムシに、鞭毛はクラミドモナスにしかないと思いがちですが、我々の細胞にも存在しているとは奥深い。ヒトの細胞ではどんな機能を持っているのか、非常に気になります。
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「あ、一つ聞き忘れたけど、なんで内蔵逆位の原因が繊毛の異常なの?」それは話すと長くなるまた別のお話。参考文献*1を読んでね♡