2014年12月号

現代日本のイノベーター

「伝統産業×子ども」 意表を衝くビジネス発想でヒット

嶋田淑之(自由が丘産能短大・教員、文筆家)

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今や衰亡の危機に瀕している日本の伝統産業。「世界に誇れる匠の技を失うのはもったいない」と26歳の女性ベンチャー起業家が立ち上がった。果たせるかな、彼女が創出する商品は、今や「購入待ち数か月」というセンセーションを巻き起こしているという。

矢島里佳(やじま・りか)和える代表取締役

大ヒットで4か月待ちの商品も

日本各地には、数百年あるいは千年を超える歴史を有する「伝統産業」が存在する。その中には、“日本文化の精髄”として世界的な評価を得ているものがある一方、大多数は衰亡の危機に瀕し、しかもそのことは必ずしも広く知られていない。

「愛媛県から砥部焼のこぼしにくい器」。内側に「返し」をつけることで食べ物がスプーンに乗りやすく掬いやすい器。離乳食用はもとより高齢になってからも使いやすい

こうした状況を憂慮し、「このまま先人の知恵を失って良いのか?」と立ち上がった女性起業家がいる。株式会社和える代表取締役の矢島里佳さん(26)である。

彼女は創業翌年の2012年に、“0から6歳の伝統ブランドaeru”を創出。30~40代の、子どもを持つ親たちや、“孫に贈り物をしたい”祖父母を主要ターゲット層に設定し、日本の伝統技術を用いた乳幼児向け日用品を企画・開発・販売している。

目黒駅からも程近い閑静な一角にある直営店「aeru meguro」外観。

「伝統産業×子ども」という意表を衝く発想で生み出された商品群は、発売されるやセンセーションを巻き起こし、たとえば「愛媛県から砥部焼のこぼしにくい器」などは、取材時点(10月10日)ですでに来年の2月まで待たないと入手できないと聞く。

「(工場生産ではなく)すべて職人さんの手仕事なので、大量生産ができません。そのため、お客様にはご不便をおかけしており申し訳ございません。それでも、手仕事をご理解頂き、お待ち頂けることに大変感謝しております」

現在、販売チャネルは、ネット通販、aeru meguro(aeru目黒直営店)、百貨店(日本橋三越本店、伊勢丹新宿店、西宮阪急、山形屋、佐世保玉屋)、そして各種催事だという。同社の一体何が、そこまでの評価と人気を勝ち得ているのだろうか?

店に一歩足を踏み入れると、階段箪笥から着想を得たという可動式の棚が目に飛び込む

先人の知恵と現代の感性を「和える」

「伝統は革新によってこそ生きる。革新なき伝統は伝承に過ぎない」と言われるが、衰亡に瀕している日本の多くの伝統産業もまた、時代の変化に対応した適切なイノベーションを行なってこなかったために、今のような危機的な状況を招いたと言ってよい。矢島さんは言う。

「『~年の伝統を誇る××焼』と言っても、多くの場合、今の若い人は知りません。『昔からある』というだけの“産地ブランディング”にはもう無理があるのです。でも、ずっとその土地にいる方々には、なかなかそのことがわからない。だからこそ、外部の視点が必要だと思うのです」

江戸時代から続く伝統的な“天然灰汁発酵建て”という技法を用いて染められたこだわりの逸品、「徳島県から本藍染の出産祝いセット」。

矢島さんの親族に伝統産業従事者はいない。彼女は、そういう意味で、“外部の視点”の体現者である。

「“伝統”という切り口では今の若い人はあまり強い興味を持ちませんが、“子ども”という切り口であれば、興味を持つ方が増えるのではないかと私は考えました」

そうだとしても、なぜ敢えて“子ども”なのか?

「幼少期に体験したことは、人生を通じて、記憶として残るものです。ですから、日本の子どもたちが、0~6歳の時期に伝統産業に触れることで、いずれ、また彼ら彼女らが伝統産業の商品を自ら手にする時が来ると私は思いますし、それが、長い目で見た時に、日本の伝統産業を発展させる最も有力な方法だと考えます」

誤解のないよう付言するならば、彼女は、伝統産業なら何でも良いと考えている訳ではない。商品開発に当たって矢島さんは、「なぜ、その技術を使わないといけないのか?」という点を徹底して追求する。

たとえば、彼女が「日本に生まれてきてくれてありがとう」という想いをこめたという「徳島県から 本藍染の出産祝いセット」(産着・フェイスタオル・靴下)。この商品は、オーガニックコットンに徳島伝統の本藍染を施しているが、本藍染には、紫外線カットや保湿などの効果があって、生れたばかりの赤ちゃんの肌を優しく守るのだという。

矢島さんの職人のつながりは、日本全国で300人以上を擁するが、商品開発においては、このような理に適った伝統技術選びを行っている。

だからこそ、現代の顧客からも支持される。

すべては職人の「手仕事」で作られる

「近年、よくコラボレーションという表現が用いられますが、これには2つの意味があると思います。それは“混ぜる”と“和える”です。

“和える”は、『双方の本質を引き出し合うことでより良いものを生み出す』という点で、“混ぜる”とは異なります。私たちは、先人の知恵(伝統技術)と現代の感性を“和える”ことを目指しています」

『三方よし』に基づく事業

矢島さんは、旧来型のMBA的経営観は自分には馴染まないと明言する。

「あらゆる存在がやがて滅び、循環してゆくのが自然の摂理です。企業経営もその中に包摂されており、私たちはそうした摂理に適った行動を取ることが大切だと考えます。

だから、誰かを不幸せにし、良心の呵責に苦しむような事業をしてはいけない。そういう意味で、昨今流行のWIN-WINという言葉は、あまり馴染みません。なぜなら、あくまでも自分を中心とした発想のように感じられ、当事者同士が良ければ、他者はどうなってもよいというニュアンスが感じられるからです。似たような言葉で昔から日本に伝わる『三方よし』が私には一番しっくりきます。

さらに言えば、“お客様は神様です”という価値観にも違和感があります。たとえば、顧客が低価格を望んでいるからという理由で、商品本来の適正価格をつけることができなくなり、結果として、伝統産業であれば、職人さんたちの“匠の技”を安く買い叩くことにつながります。そして、結局、そうした姿勢が伝統産業の衰亡を招いてきたのです」

彼女の哲学は、この連載でもたびたび取り上げてきた「主客一如」である。

「“主体”としての自己と、“客体”としての、自己を取り巻く森羅万象は、不可分一体をなしている。自分という存在は、悠久の歴史や大自然の一部であり、その中で“生かされている”。商いとは、そうした森羅万象に対して“感謝”を捧げる営みである」と考える。ここで言う森羅万象とは、顧客・従業員・取引先・地域社会・自然環境を包含する。

日本において、数百年ないしは千年を超える老舗企業において「家訓」として代々継承されてきた哲学で、いわゆる「三方よし」は、そこから派生したものと考え得る。

「起業前に、ある職人さんとの会話で、“ものづくりを続けることは、ゴミを作ることになるのではないか? ものを作らなければ自然はそのままなのに”というお話が出ました。でも、どうせ誰かがものを作るのだから、だったら、自分がゴミにならないものを作ろうと決心しました」

森羅万象に対して“感謝”を捧げることを尊んでいるのに、生きるために生産活動を行おうとすると、他の動植物の命を奪わざるを得ないジレンマに直面する。

それに対し、古来、日本人は、「彼らの“死”を意義あるものにするにはどうしたらよいか」と考えてきた。そこから導き出されたのが、「すべてを大事に使い切る」ことを前提としつつ、その結果として、「その恩恵に浴する全ての人々に喜んでもらう」という考え方であった。「そこまですれば、彼らも“以って瞑すべし”であろう」と思った訳である。

和えるの商品開発においても、顧客はもとより、職人さんたちに喜んでもらえ、しかも、自然に対する負荷を極小化するモノづくりが追求されている。

「私たちは、“消耗品”ではなく、代々、受け継がれてゆくべき物を志向しています。だから、リペアサービスもさせて頂いています。これからの日本は、生活もシンプルになり、本当に良いものを長く大事に使ってゆく時代になると思います」

その言葉を裏付けるように、同社の商品は、乳幼児向けだからと言って子どもっぽいデザインは採用していない。大人になってからも深い満足感をもって使え、世代を超え、時代の流行を超えて使える普遍的な美と機能性を備えている。

名著『日本美の再発見』(1939)の著者でドイツの建築家ブルーノ・タウトは、日本文化の本質は、“簡潔”、“明確”、“清純”にあるとし、その典型を伊勢神宮や桂離宮に見出す。そして、日本文化のこの特質こそは、時代を超えて“現代的”であり続けること、そして、それを追求することが、日本が世界に貢献できる一番の道であることを喝破しているが、和えるは、まさにその道をひた走っているようだ。

グッドデザイン賞2014を受賞した「青森県から津軽塗りのこぼしにくいコップ」

最高ではなく最良を目指す

そうした同社のデザイン面を支えているのが社外パートナーのNOSIGNER代表・太刀川英輔さん(33)である。

商品開発に当たっては、矢島さん、太刀川さん、職人さんが、対等の立場で検討を進めるというが、そもそも、どういう伝統産業のどういう職人さんとパートナーになるのだろうか?

太刀川さんはこう答える。

「伝統産業の中でも、比較的メジャーではないところで、でも、本当に価値があって、しかもなおかつ、放置し得ない危険な状況にあるところを優先する傾向にあります。

そして、老匠が健在であり、承継者(もしくは承継予定者)の30~40代の働き盛りの職人さんがその下で働いているようなところです」

商品生産の直接の担い手となってもらう、そうした30~40代の職人さんには、次のような共通項があると矢島さんは言う。すなわち、(1)ウソがつけない正直者 (2)技術に自信があるからこそ謙虚(3) 先人の知恵を経験的に会得している(4) オーダー主の想いを汲みながら、それを超えたものを作る(5) 掘り下げていくと、良い意味でこだわりが強く変人という5つである。

「この事業ならではの難しさは、クオリティコントロールにあります。手仕事だから、バラツキが出やすいのです。職人さんが、まとめて200個も300個も作る数仕事の機会は近年では少なくなってきています。ですから、最初は安定するまでに少し時間を要しました。でも、最近は、本当に安定してきましたよ」と太刀川さんは目を細める。そして、こう言葉を継ぐ。

「開発のコンセンプトは、高級感を強め過ぎないこと。要するに、超かっこいいデザインではなく、顧客の使用シーンに最もふさわしいものを作るということです。

換言するならば、“最高ではなく最良のものを作る”。アップルコンピュータや、車のボルボみたいなものと言えばわかりやすいでしょうか?」

「本当に子どもたちに贈りたい日本の物」=「和えるにとっての“ホンモノ”」と定義する矢島さん。日本の伝統産業を次世代の子どもたちにつなげるため東奔西走する日々は続きそうだ。

「ペントアワード2014 ボディー・美容部門金賞」を受賞した世界的デザイナーで社外パートナーの太刀川英輔さん、「aeru meguro」スタッフ森恵理佳さんと共に

嶋田 淑之(しまだ・ひでゆき)
自由が丘産能短大・教員、文筆家
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