衆院解散を表明した記者会見で、安倍首相は繰り返した。

 「国民に信を問う」

 ならば問われる前に問いたい。2年前の党首討論での約束は、いったい何だったのか。

 定数削減を2013年の通常国会で必ずやり遂げる、それまでの間は議員歳費を削減する。「身を切る」決断をするなら衆院を解散してもいいと迫る当時の野田首相に、自民党総裁だった安倍氏は答えた。「来年の通常国会において、私たちはすでに、選挙公約において定数の削減と選挙制度の改正を行っていく、こう約束をしています。今この場で、そのことをしっかりとやっていく、約束しますよ」

 この2日後に衆院は解散され、総選挙では自民党が圧勝、政権に復帰した。

 ところが約束はいまだに果たされていない。小選挙区を「0増5減」し、最大格差を1・998倍に抑えたが、これはあくまでも緊急避難に過ぎない。最近の試算では最大格差は2倍を超える。選挙制度の抜本改革については、与野党の溝が埋まらず、衆院議長のもとに第三者機関を設置して議論を委ねた。議員定数削減を実現するまでとして12年末から7%削減されていた議員歳費削減は、今年5月、なし崩し的に元に戻った。

 この間、首相がリーダーシップを発揮したとは言いがたい。重大な約束違反である。

 問題は、身を切ったか否かにとどまらない。最高裁は前回衆院選について、「違憲」一歩手前の「違憲状態」と判断。各都道府県にまず1議席ずつを割り振る「1人別枠方式」が一票の格差を生む要因と指摘し、国会に抜本的な改革を求めている。

 しかし今回の総選挙は、この方式が事実上残ったまま行われる。「民意を反映しない国会議員が選ばれてしまう」。格差是正を求めてきた弁護士グループは、選挙差し止めを求める訴訟を東京地裁に起こした。

 総選挙には700億円近い経費がかかる。それだけの税金を使って、公平性に疑問符がつく選挙制度の下、多くの人が「なぜいま?」といぶかる選挙を断行する。果たしてそこには党利党略を超えた意義があるのか。「首相が自らに有利な時期を選んで解散するのは当然だ」との声も政界にはあるが、だからといって約束をほごにし、憲法が要請する投票価値の平等を軽んじていいはずはない。

 「信なくば立たず」。首相は会見でこう述べた。政治に対する有権者の信頼を損なわせているのは誰なのか。首相はまず、自らに問うてみるべきだ。